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老警 [読書・ミステリ]


老警 (角川文庫)

老警 (角川文庫)

  • 作者: 古野 まほろ
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/08/24

評価:★★★


 小学校の運動会に男が侵入し、無差別大量殺人事件を引き起こした。男は33歳の「ひきこもり」で、現場に居合わせた警官から銃を奪って自殺してしまう。そして、男の父もまた現役警官で、事件直後に自ら命を絶つ。
 県警警備部長を務める警察キャリア・佐々木由香里(ささき・ゆかり)警視正は混乱を極める県警本部にあって、事実確認を進めていくうちに、驚きの真相に辿り着くが・・・


 伊勢鉄雄(いせ・てつお)は33歳。大学を中退して後、引きこもりとなった。やがて妄想に囚われるようになり、自らに文才があると信じ込んで、"超大作小説" なるものを執筆しては出版社に送りつける日々を送っている(もちろん色よい返事が来るはずもないが)。
 最近、イライラとして落ち着きがない。近所にある五日市(いつかいち)小学校の騒音が気に障っているのだ。運動会が近づいているせいだ。

 そして迎えた運動会当日。校内に現れた鉄雄は瞬く間に、大人と子ども併せて19人の人間を殺傷し、最後は現場に居合わせた警官から奪った拳銃で自殺を遂げる。

 通報を受けた県警本部は、前代未聞の大量殺人という凶悪犯罪に大混乱に陥る。やがて、犯人の父親が警官と判明、警察にとっては "最悪の事態" となり、騒動にはさらに拍車がかかっていく。


 鉄雄の父・伊勢鉄造は、県警警備部に所属する現役の警部だった。父子2人暮らしであったことから、犯人の情報を知る唯一の人間として、警察によってマスコミから隔離されるが、隙を見て自ら命を断ってしまう。

 県警警備部長を務める警察キャリア・佐々木由香里警視正は、混乱の中にある県警の中にあって、上層部の動きに不審なものを感じる。自ら調査を進めていくと、やがて驚きの事実にぶち当たるのだが・・・


 ミステリ的なカラクリについては、かなり早い時期に気づいてしまう人もいるだろう。作者もあまり隠そうとはしていないみたいだし。

 しかしそれよりも作者が描きたかったのは、この事件に対する県警上層部の不可解な対応であり、その理由だろう。むしろこちらの方がミステリのネタとしては重きを置いて描かれている。

 そこには、元警察官僚だった作者らしく、県警内部の暗闘、権力争い、入り組む思惑などが描かれており、さらには地方と中央との関係も大きく絡んでくる。
 このあたりは作者による他の警察ミステリ『監殺』『女警』などでも描かれていることなのだが、いつもながら(フィクションとして "盛ってある" 部分はあるのだろうが)警察といえども組織であり、それ故に、外部からは窺い知れない ”独自の価値観” で動いていることが今回も示される。

 あともう一つ、本書で印象に残るのは、大量殺人犯となる伊勢鉄雄の描写である。引きこもりに入ってからは妄想状態になり、昼夜逆転でひたすら「大傑作小説と自ら信じて疑わない」文章を書きまくる。しかもそれだけではない。家族に対して凄まじい暴言、暴力を繰り返すようになるのだ。
 本書では父親の鉄造がその標的となる。いかに警官といえども既に還暦近い年齢で、息子は立派な体格に成長してしまっているわけで、体力的にも敵うものではない。DVを恐れてひたすら息子の顔色を伺う日々は、まさに "生き地獄" だろう。

 ちょっとネットで検索してみたら、内閣府が2022年11月に行った調査では、15~64歳の年齢層において、その2%を超える推計145万人が(程度の差はあれ)いわゆる「ひきこもり」なのだそうだ。
 2%ということは50人に1人。伊勢鉄造・鉄雄親子のような家庭は、現代日本では決してレアケースではなさそうだ。いささか暗澹たる気持ちになってしまう。

 『監殺』『女警』の記事の時、「警官志望の若者が激減してしまうんじゃないか」って書いたんだが、本書を読むと、それに加えて「子どもをもつことに恐怖を感じる」若者が増えてしまうんじゃないかと心配になる。(作者にそういう意図はないと思うが)少子高齢化を促してしまいそうな "問題作" になってるかも知れない。



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