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カインは言わなかった [読書・ミステリ]


カインは言わなかった (文春文庫)

カインは言わなかった (文春文庫)

  • 作者: 芦沢 央
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2022/08/03

評価:★★


 カリスマ芸術監督・誉田規一(ほんだ・きいち)が手掛ける新作ダンス公演「カイン」。劇団員・藤谷誠(ふじたに・まこと)はその主役に抜擢されるが、初日を迎える直前に消息を絶ってしまう。
 誠の弟で、画家である豪(ごう)は「カイン」の舞台芸術を務めていた。芸術の神に魅入られた兄弟を巡るミステリアスな物語。


 物語は兄弟を取り巻く人々の行動を追っていく。それによって、誠と豪の人となりが浮き上がってくる、という流れだ。


 嶋貫(しまぬき)あゆ子は誠の恋人の大学生。
 公演直前になって誠から〈カインに出られなくなった〉というメールを受け取り、それ以後は音信不通になってしまう。
 不安になった彼女は、誠を探して動き出すが、手がかりがつかめない。誠の弟・豪の線から兄弟の実家を探り出し、二人の母に会いに行くのだが・・・


 尾上和馬(おのうえ・かずま)は誠と2人でルームシェアをしている。
 同じ劇団員で、「カイン」にも端役で参加することになっていた。しかし直前のリハーサルで、誠は誉田の求めるレベルに応えることができなかった。
 誉田は云った。『俺が間違っていた』と。 
 リハーサルは中止になるが、なぜか和馬はその場に残される。どうやら誉田は和馬を代役に立てることを考えているようだが・・・


 松浦久文(まつうら・ひさふみ)とその妻は、3年前に一人娘の穂乃果(ほのか)を喪った。
 誉田の率いる劇団の一員だった彼女は、スタジオの中で倒れていたところを発見された。死因は熱中症。しかし、自主練習中の事故として扱われ、誉田に法的責任が課されることはなかった。しかし両親としては納得することはできない。
 妻はそれ以来、精神的に不安定になり、ネットで誉田のことを検索することに没頭するようになってしまう。
 ある日、劇団員のSNSを見ていた妻は、誉田がリハーサルで『俺が間違っていた』と云ったことを知る。
 彼女は思う。「あの男も、非を認めることがあるのか」(誰かに対して謝るということができるのか)
 でも、その場にいた劇団員(加えて読者)は「誠を主役に抜擢した自分(誉田)の判断は誤りだった」という意味だと解釈してる。だからそれは大いなる勘違いなのだが、文字データだけではニュアンスは伝わらないからねぇ。
 妻は誉田に会いに行きたいと言い出し、久文はそこに危うさを感じる・・・


 皆元有美(みなもと・ゆみ)は不動産会社に勤めるOL。
 仕事を通じて豪と知り合い、男女の仲になるが、"芸術家らしい"(?) 豪の言動に振り回され、悩むことになる。


 中心にあるのは誠の失踪なのだが、そちらの状況はさっぱり明らかにならずに、周辺の事態がどんどん進行していく。兄弟の生い立ちや葛藤も明らかになっていくのだが、ミステリらしい "事件" が起こっていたと明らかになるのは、かなり後になってから。

 分類をすれば whatdunit(何が起こっていたのか) を巡るミステリなのだろうが、そちらはどちらかというとサブ・ストーリーで、迫ってくる舞台初日に向けて「何かが起こりそうな」不安な予感とともに静かに高まっていくサスペンスのほうがメインだろう。


 誠と豪の行動も一般人とは異なる価値観で描かれるのだが、本書でいちばん強烈な印象を残すのは誉田規一だろう。

 "芸術家肌"、"天才"、という言葉での括りには収まりきらない。凡人からは理解不能な、一種の怪物的なキャラクターとして描かれる。
 劇団員たちに対して、プライドをズタズタにするような暴言、理由なき無茶振りが繰り返される。それが許されるのは、舞台上の彼は ”全能の神” だからだ。

 端的に言えば、"パワハラの塊" にしか見えないのだが、それは一時の感情的なものから来るのではなく、彼のアタマの中に(たぶん)確固として存在する "理想の舞台" を実現するための言動になっている(ように見える)。
 そしてその結果として完成した作品は、世間から絶賛を浴びるのだから始末が悪い(笑)

 物語として読む分にはいいが、こういう人が身近にいたらたまらないだろうなぁとつくづく思う。
 もしも職場の上司にいたなら、即時に転職を考えるだろう(おいおい)。



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