白い衝動 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
地方都市・天錠(てんじょう)市でスクールカウンセラーを務める奥貫千早(おくぬき・ちはや)。彼女の前に現れた高校生・野津秋成(のづ・あきなり)は、自身の中に強い殺人願望があることを告白する。
一方、15年前に3件の強姦致傷事件を起こした入壱要(いりいち・かなめ)が刑期を終え、出所した後に天錠市に住み始めたという。
この2人が直近の距離に存在することに危惧する千早だったが、入壱の存在を知った近隣住民たちが騒ぎだしていく・・・
第20回(2018年)大藪春彦賞受賞作。
地方都市・天錠市。そこにある中高一貫の私立校・天錠学園で、奥貫千早はスクールカウンセラーを務めている。
そこでは最近、学園で飼っている山羊が傷つけられるという事件が起こっていた。
そんなある日、彼女の前に現れたのは高等部1年の野津秋成という男子生徒。彼と言葉を交わしてみて、知的能力の高さに驚く千早。その秋成が云う。
「人を殺したい」「殺すことが僕の生きる道」そして「山羊は僕がやりました」
自らの心の中にある殺人衝動を隠さない秋成に対し、千早はとりあえず定期的な対話を続けることに。
千早の夫・紀文(のりふみ)は地元のラジオ局でアナウンサーとして働いている。彼の話によると、入壱要が天錠市に住んでいるという。
入壱は15年前に連続監禁強姦致傷事件を起こしていた。女子高生に対して、3日間にわたってレイプし続けたうえに、残虐な人体損壊を加えるという鬼畜のような犯行を3件も起こしていたのだ。
検察は無期懲役を求刑したが、死者がいなかったことから15年の懲役刑となった。その入壱が刑期を終え、天錠市に住む親族に引き取られてきたというのだ。
殺人衝動を抱く秋成、世間からの憎悪の対象となっている入壱。この2人が直近の距離で暮らしていることに危惧を抱く千早。
そんなとき、紀文がMCを務めるラジオ番組に、入壱事件の被害者親族である白石重三(しらいし・じゅうぞう)が出演し、生放送中に "爆弾発言" をしてしまう。
それをきっかけに天錠市にマスコミが殺到、地域住民たちも騒ぎ始める・・・
本書の特徴を一言で云うと「緊迫の対話劇」だろう。
作中、さまざまな人物が対話をする。冒頭における秋成から始まり、千早は様々な人物と対話を重ねていく。白石重三、入壱を引き取った親族など、緊張せざるを得ない相手はもちろん、"ある事情" から嫌悪感を抱いている恩師・寺兼英輔(てらかね・えいすけ)准教授とも対話せざるを得ない状況になる。
中盤では、その寺兼が入壱と "面接" するシーンに千早が立ち会うことに。
そんな対話シーンを読んでいると、いろいろ考えさせられる。
いわゆる「正常」と「異常」の境界はどこにあるのか?
実はその二つには意外と差は無いんじゃないのか?
"異常" と見なされた者に対して "正常" の側はどう振る舞うべきなのか?
普段の生活では考えたことのない、重い内容を含んだ言葉の応酬に緊張感は高まっていく。
コミュニケーションの限界、というのも感じる。
秋成は聡明で、彼の言葉はこちらも理解できるし、千早の云うことも分かってくれる。しかしそれだけで彼の心を救うことはできない。
寺兼と入壱との面接に立ち会った千早は、入壱が口にする断片的な言葉から、彼の心の内を探ろうとするが、わずかな時間で彼のことを理解するのはそもそも不可能だろう。
ミステリ的な "事件" は、ページ数にして 3/4 ほど進んだ後になって起こるのだが、仕込みは序盤から始まっている。この "事件" については、そこまでのストーリーすべてが伏線になっていた、とも云えるだろう。
事件をきっかけに一連の騒ぎは収拾されていく。千早はすべてを仕組んだ "張本人" を突き止める。彼女と "張本人" との対話が最後のヤマ場だ。
秋成と入壱にも、それぞれの行く道というか "着地点" が示される。この結末が最善なのかどうか、たぶん誰にも分からないのだろう。
でも現代社会で生きていく限り、”異常”(とされる者たち)との共存はどうあるべきかという問題は、常に発生し続けるのだろうなぁ・・・なんて考えながら本書を閉じた。