この本を盗む者は [読書・ファンタジー]
評価:★★☆
主人公の御蔵深冬(みくら・みふゆ)は高校1年生。
彼女の曾祖父・嘉市(かいち)は、"本の町" と呼ばれる読長(よむなが)町に巨大な書庫「御蔵館」(みくらかん)を作った。
しかしある日、「御蔵館」から蔵書が盗まれたことで〈ブック・カース〉(本の呪い)が発動し、町が物語の世界へと変貌してしまう。
元の世界に戻すためには本を取り戻すしかない。深冬は謎の少女・真白(ましろ)とともに、本泥棒を追って物語の中へと入り込んでいく・・・
女子高生・御蔵深冬の曾祖父・嘉市は書物の蒐集家で、巨大書庫「御蔵館」を建設した。彼の娘・たまき(深冬の祖母)は、受け継いだ「御蔵館」から大量の書物が行方不明になっていることを知り、「御蔵館」の閉鎖(外来者の入館禁止)を決断する。
現在の管理人はたまきの子どものあゆむ・ひるねの兄妹。
あゆむは深冬の父で、柔道の道場を経営している。
ひるねは深冬の叔母で、名前通り、いつも「御蔵館」の中で寝ている。彼女は蔵書のすべてを読んでいるらしいのだが。
舞台となる読長町は別名 "本の町"。書店が50軒以上あり、国内から海外、新刊から古書、絵本に稀覯本まで揃う。ブックカフェなど書物関連の施設も充実、書物を司る稲荷神社まであるという、本好きにとってはワンダーランドだ。
そんな物語の主人公なのだが、深冬は本が嫌いという困った設定(笑)。
怪我をして入院したあゆむの見舞いを終え、「御蔵館」にやってきた深冬は一人の少女に出くわす。深冬と同じ高校の制服を着て、歳も同じくらい。ただ髪の毛は雪のように真っ白だ。彼女は "真白" と名乗り、深冬に告げる。
「御蔵館」の蔵書すべてに、〈ブック・カース〉(本の呪い)が掛けられている。それは御蔵一族以外の者が書物を持ち出したら発動する。本を盗んだ者は "物語の檻" に閉じ込められてしまうのだ。
その証拠に、読長町は見知らぬ異世界(物語の世界)へと変貌していた。元に戻すには本泥棒を捕まえなくてはならない。深冬は真白とともに異世界に飛び込んでいく。
しかし本泥棒は次々と現れ、深冬はそのたびに姿を変える町で展開される様々な "物語" を経験していくことに・・・
「第一話 魔術的現実主義の旗に追われる」
いわゆるマジックリアリズム。一言で説明するのは難しいが、悪夢のようなファンタジー世界、とでも云うか。日常と非日常、現実と非現実が同居するような空間を描いている。
「第二話 固ゆで玉子に閉じ込められる」
文字通りハードボイルド・ミステリ。私立探偵リッキー・マクロイの活躍する世界。
「第三話 幻想と蒸気の靄に包まれる」
スチーム・パンクSF的な世界。圧政を敷く帝国、そして謎の巨大生物。
「第四話 寂しい町に取り残される」
読長町からすべての人の姿が消えてしまう。土俗的ホラーな世界、かな。
変貌してしまう読長町にあって、住民たちはどうしているのかというと、彼らもまた物語り世界の登場人物に "変異" してしまう。例えば私立探偵マクロイは深冬の学校の体育教師だったりとか。もちろん本人は意識までその人物になりきっているのだが。
そして「第五話 真実を知る羽目になる」に至り、物語の根底に関わる謎が明らかになっていく。
そもそも〈ブック・カース〉を引き起こす力の源は何なのか?
「御蔵館」からの大量書物紛失事件の真相とは?
いつも寝ている叔母・ひるねに隠された秘密とは?
そして真白の正体とは?・・・
こうやって内容を書いてみると、とても面白そうではある。でも本書を読むのは、ちょっと難儀だったよ。
思うに、「第一話」のマジックリアリズム世界のエピソードに馴染めなかったのが躓きの原因かな。どうやら私は、ファンタジー世界でもそれなりに筋が通っていないとダメみたいで、何でもありのこの世界にはなかなか入り込めなかった。
そのせいか「第二話」以降のエピソードに入っても乗り切れず、ストーリーを追うだけで精一杯。
まずはハードボイルド世界かスチームパンク世界から始めて、マジックリアリズムは後半にあったほうが、私のアタマには優しかったのかも知れない(笑)。
ラストで描かれる深冬と真白の関係がちょっと感動的だったりと、読みどころも少なくないんだけどね。
本書を通じて、作者が 本/書物/物語 というものに対して、限りなく大きな愛を抱いてるのは痛いほど分かるのだが、それを受け止めるだけの器量が私にはなかったようです。
タグ:ファンタジー
白い衝動 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
地方都市・天錠(てんじょう)市でスクールカウンセラーを務める奥貫千早(おくぬき・ちはや)。彼女の前に現れた高校生・野津秋成(のづ・あきなり)は、自身の中に強い殺人願望があることを告白する。
一方、15年前に3件の強姦致傷事件を起こした入壱要(いりいち・かなめ)が刑期を終え、出所した後に天錠市に住み始めたという。
この2人が直近の距離に存在することに危惧する千早だったが、入壱の存在を知った近隣住民たちが騒ぎだしていく・・・
第20回(2018年)大藪春彦賞受賞作。
地方都市・天錠市。そこにある中高一貫の私立校・天錠学園で、奥貫千早はスクールカウンセラーを務めている。
そこでは最近、学園で飼っている山羊が傷つけられるという事件が起こっていた。
そんなある日、彼女の前に現れたのは高等部1年の野津秋成という男子生徒。彼と言葉を交わしてみて、知的能力の高さに驚く千早。その秋成が云う。
「人を殺したい」「殺すことが僕の生きる道」そして「山羊は僕がやりました」
自らの心の中にある殺人衝動を隠さない秋成に対し、千早はとりあえず定期的な対話を続けることに。
千早の夫・紀文(のりふみ)は地元のラジオ局でアナウンサーとして働いている。彼の話によると、入壱要が天錠市に住んでいるという。
入壱は15年前に連続監禁強姦致傷事件を起こしていた。女子高生に対して、3日間にわたってレイプし続けたうえに、残虐な人体損壊を加えるという鬼畜のような犯行を3件も起こしていたのだ。
検察は無期懲役を求刑したが、死者がいなかったことから15年の懲役刑となった。その入壱が刑期を終え、天錠市に住む親族に引き取られてきたというのだ。
殺人衝動を抱く秋成、世間からの憎悪の対象となっている入壱。この2人が直近の距離で暮らしていることに危惧を抱く千早。
そんなとき、紀文がMCを務めるラジオ番組に、入壱事件の被害者親族である白石重三(しらいし・じゅうぞう)が出演し、生放送中に "爆弾発言" をしてしまう。
それをきっかけに天錠市にマスコミが殺到、地域住民たちも騒ぎ始める・・・
本書の特徴を一言で云うと「緊迫の対話劇」だろう。
作中、さまざまな人物が対話をする。冒頭における秋成から始まり、千早は様々な人物と対話を重ねていく。白石重三、入壱を引き取った親族など、緊張せざるを得ない相手はもちろん、"ある事情" から嫌悪感を抱いている恩師・寺兼英輔(てらかね・えいすけ)准教授とも対話せざるを得ない状況になる。
中盤では、その寺兼が入壱と "面接" するシーンに千早が立ち会うことに。
そんな対話シーンを読んでいると、いろいろ考えさせられる。
いわゆる「正常」と「異常」の境界はどこにあるのか?
実はその二つには意外と差は無いんじゃないのか?
"異常" と見なされた者に対して "正常" の側はどう振る舞うべきなのか?
普段の生活では考えたことのない、重い内容を含んだ言葉の応酬に緊張感は高まっていく。
コミュニケーションの限界、というのも感じる。
秋成は聡明で、彼の言葉はこちらも理解できるし、千早の云うことも分かってくれる。しかしそれだけで彼の心を救うことはできない。
寺兼と入壱との面接に立ち会った千早は、入壱が口にする断片的な言葉から、彼の心の内を探ろうとするが、わずかな時間で彼のことを理解するのはそもそも不可能だろう。
ミステリ的な "事件" は、ページ数にして 3/4 ほど進んだ後になって起こるのだが、仕込みは序盤から始まっている。この "事件" については、そこまでのストーリーすべてが伏線になっていた、とも云えるだろう。
事件をきっかけに一連の騒ぎは収拾されていく。千早はすべてを仕組んだ "張本人" を突き止める。彼女と "張本人" との対話が最後のヤマ場だ。
秋成と入壱にも、それぞれの行く道というか "着地点" が示される。この結末が最善なのかどうか、たぶん誰にも分からないのだろう。
でも現代社会で生きていく限り、”異常”(とされる者たち)との共存はどうあるべきかという問題は、常に発生し続けるのだろうなぁ・・・なんて考えながら本書を閉じた。
マーダーズ [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★★
商社員・阿久津清春(あくつ・きよはる)と現職刑事・則本敦子(のりもと・あつこ)。2人とも、それぞれ過去に殺人を犯しながらも、それが露見せずに生きてきた。
しかし2人の前に現れた女性・柚木玲美(ゆずき・れいみ)は「あなたたちの罪の証拠を握っている」と告げ、19年前に起きたことの調査を命じる。玲美の母が自殺し、姉が行方不明となっていた事件だ。
清春と敦子は命じられるままに探索を開始したが・・・
本書の冒頭は、元刑事・村尾邦宏(むらお・くにひろ)が、ある民家に侵入して住人の男・伊佐山(いさやま)をなぶり殺し(!)にするというショッキングな場面からスタートする。
村尾は多くの未解決事件を独自の視点で追い、警察も気づいていない多くの証拠を手にしていた。伊佐山は長年にわたって複数の女性を誘拐・監禁・暴行の末に殺害するという極悪人でありながら、司法の手から逃れていたのだった。
柚木玲美(ゆずき・れいみ)は、余命幾ばくもない村尾から彼の持つ "資料" を譲り受けた。その中から選んだのが商社員・阿久津清春と警視庁の現職刑事・則本敦子。どちらも過去に殺人を犯し、法の手から逃れていた。
2人に接触した玲美は告げる。「あなたたちの罪の証拠を握っている」と。そしてある調査を命じる。
19年前、玲美の母・祐子(ゆうこ)と姉・麻耶(まや)が失踪した。5ヶ月後、祐子は遺体となって見つかったが麻耶は行方不明のまま。
祐子は自殺と判定されるが、玲美は納得できない。清春と敦子は、祐子の死の真相と麻耶の行方を突き止めるように強要されることに。
祐子は縊死したものと思われたが、遺体の状況が似ている事件が過去に複数起こっていたことが判明する。しかも調査を進めていくうちに、それらが相互に関連を持っていたことが明らかになっていく。
ここを突破口に、祐子を殺害した犯人に迫ろうとする2人だが、謎の妨害者が現れる・・・
殺人犯を使って殺人犯を狩り出そうとする玲美。
清春は大事な人を奪った者たちへの復讐のため、敦子は命に関わる悲惨な境遇から抜け出すために、2人は自らの手を血で染めていた。
清春も敦子も、常人では持ち得ない感覚を以て殺人犯の "匂い" を嗅ぎつけ、追い続ける。
清春は極めて有能な商社員であり、近々結婚式を挙げる妹を気に掛けている。敦子も警視庁の第一線で働きながら、離婚した夫の元に残した娘を心配する。
外見的には普通の一般人の姿をしているが、その裏にはダークな殺人者の顔を持っている。時にそれは牙をむき、容赦なく冷酷非情な対応ができる人間として描かれる。
玲美を含めて極悪な主人公3人組なのだが、彼らが調査の結果で "掘り当ててしまった" ものは予想外に強力な "敵"。
この設定はいささか意表をつく。詳しく書くとネタバレになるのだが、清春も敦子も、もっと早い時期にこの "敵" に接触していたら、逆に取り込まれていたかも知れない。
終盤に入ると、この巨大な "敵" を相手に、清春も敦子も文字通り身を挺し命を賭けて、激しい戦いに身を投じていくことになる。
周到に罠を張り巡らせて迫る "敵" に対して、徒手空拳の清春が反撃していくあたりは、やはり ”常人” にはできない芸当だろう。こういう人物でなければ本書の主役は務まらない。
敦子もまた、意外なところに潜んでいた "敵" に足をすくわれ、満身創痍の身となりながらも最後まで挫けることなく抗い続ける。やはり "戦うヒロイン" はカッコいい。
このあたりのアクション描写は凄まじく、ハラハラドキドキの連続でページを繰る手が止まらない。極上のエンタメ作品であるのは間違いない。
本書は徹底的に 殺人者 vs 殺人者 の戦いを描いていく。タイトルの「マーダーズ」にはそういう意味が込められてるのだろう。
思えばデビュー作『赤刃(セキジン)』で、極悪非道な辻斬り集団に立ち向かうのは、自らも死に魅入られた旗本・小留間逸次郎だった。
第2長編『リボルバー・リリー』で、軍部の陰謀から少年を守って戦うのは、50人以上の要人暗殺に関わったとされる凄腕の女スパイ・小曽根百合。
"巨大な悪" の前に立ちはだかるためには、自らも "強き悪" でなければならない。そんなダーク・ヒーロー / ダーク・ヒロインの戦いを描き続けていくのが作者のテーマなのだろう。
そして迎えるラストシーン。清春や敦子の運命も気になるが、それ以上に、物語を推進させてきた原動力である玲美がどんな着地点を迎えるのか。多くの読者の興味はここに集まるだろう。
「これでいい」とうなずくか「これはない」と首を振るか。いろんな感想があるだろう。
ちなみに私は、100%の納得はできなかったのだけど、じゃあどんな結末だったら良かったのか、って云われると頭を抱えてしまうんだよなぁ。そう考えると順当な落とし所だったのかも知れない。
チーズ屋マージュのとろける推理 [読書・ミステリ]
評価:★★★
東京・神楽坂にあるレストラン・マージュは、チーズ料理が絶品と評判だ。
素性が謎のシェフ・風野真沙流(かざの・まさる)と、ワケありのウエイトレス・琴平美藻(ことひら・みも)の前に現れる事件を描く、日常の謎系連作ミステリ。
ダメ男な彼氏から逃げ出した美藻は、転がり込んだレストラン・マージュでウエイトレスとして働くことに。
お客さんが持ち込んでくる謎を鮮やかに解き明かし、トラブルを無事に収めてしまうのはシェフの真沙流。物語が進むにつれ、彼の素性もまた明らかになっていく。
「第1話 ビー玉の謎にはフォンデュを添えて」
常連客の竹中は7年前に結婚し、3年前には子どもも生まれた。夫婦仲は円満だったが、先日喧嘩したという。家の掃除でビー玉を捨てたのが原因だというのだが・・・
最近になってビー玉を見たのは、何ヶ月か前の100円ショップのおもちゃ売り場だったか。考えようによっては、今時のビー玉というのは案外貴重かも知れない。ビー玉で遊ぶ子どもなんて絶滅していそうだし。もちろん、本作でのビー玉の意味はそんなことではないのだが。
「第2話 ヴァランセに悔いはなし」
美藻がマージュで働くきっかけとなったエピソード。
ダメ男の彼氏・幹夫のもとから逃げだした美藻は、その途中で鴻上那奈(こうがみ・なな)という女性と知り合い、彼女の手引きで無事に脱走することができた。
那奈の紹介でやってきたのがレストラン・マージュ。そこで那奈は父が最初に作ったチーズ料理のことを懐かしそうに語りだす。チーズには多くの種類、そして熟成期間の長短などから千差万別の違いがあるという。しかしマージュのマスターは、話を聞いただけで那奈の父のチーズ料理の味を再現してみせる・・・
美藻と真沙流の出会いを描く。チーズについての蘊蓄があるのだが。如何せん素人にはいまひとつピンとこない。那奈の父が料理に込めた思いが切ないが、それを受け止める那奈が優しい。
「第3話 空蝉に捧げるリゾット」
常連客の沼田義男は元俳優で、今は引退して悠々自適の生活。その日は若い女性を連れて店にやってきた。ハルミというその女性は、どうやら沼田に現役復帰を促しているらしい。その第一歩としてホームページの立ち上げを提案する。
新手の詐欺ではないかと美藻が心配していたとき、ハルミがポーチからハンカチを出した。それには、なぜかセミの抜け殻がついていた・・・
なかなか意表を突いた謎からはじまるが、もちろんこれには合理的な説明がなされる。でも、謎を解くだけでは事態に解決にはならないと考える真沙流の気配りがいい。
作中に "パンくずリスト" なる用語が出てくる。寡聞にして知らなかったのでネットで調べてみた。わかってみれば、これ自体はよく見かけるものではあったのだけど、こういう呼称があるとは知らなかったよ。
「第4話 消える花」
その日マージュを訪れた男は、大学で発酵学を研究している准教授だと名乗る。2年前に結婚したのだが、式の直後に妻が彼の同僚からセクハラ被害を受けた。そして同僚は大学を去ったという。どうやら、その同僚というのが真沙流らしいのだが・・・
真沙流の過去が明かされるエピソード。
そして「エピローグ」では、今までの4話の陰で静かに進行していたもう一つのストーリーが明らかになり、物語にひと区切りがつけられる。
美藻も真沙流も、抱えてきた過去の清算を終え、新たな段階に進むことを予感させて本書は終わる。
その気になれば続けられるようにもなってるので、チーズ料理のネタが尽きなければ(笑)、またいつか2人に会えるのかも知れない。
タグ:国内ミステリ
リア王密室に死す 梶龍雄 青春迷路ミステリコレクション1 [読書・ミステリ]
梶龍雄 青春迷路ミステリコレクション1 リア王密室に死す〈新装版〉 (徳間文庫 トクマの特選!)
- 作者: 梶龍雄
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2022/09/08
評価:★★★★
昭和23年、京都市。旧制第三高等学校の学生・木津武志(きづ・たけし)は同居していた友人が毒殺されるという事件に遭遇する。現場は蔵を改装した密室状態の部屋だった。
武志のアリバイを証言してくれるはずの人物は姿を消し、彼は第一容疑者となってしまう。友人たちとともに犯人捜しを始めるのだが・・・
本書は前後編の二部構成になっている。
「前編 若者よ往け」
舞台は昭和23年の京都。旧制第三高等学校(京都大学の前身。在学者の年齢は概ね17~20歳ほど)に在学している学生たちのグループが主役となる。
彼らはお互いを本名ではなく、ニックネームで呼び合っている。前編の視点人物となる木津武志は "ボン" と呼ばれていて、他のメンバーにもそれぞれ "リア王"、"カミソリ"、"ライヒ"、"マーゲン"、"バールト"、"カラバン" というあだ名がつけられている。それぞれ由来があるのだが、ここでは割愛。
ほとんどの学生は寮住まいなのだが、武志とリア王は寮を出て2人で暮らしている。蔵の中に併設された居住スペースに、蔵の番人を兼ねて住み込むことになったのだ。その分、家賃も格安だった。
ほとんどの学生は経済的に苦しく、武志も例外ではない。彼は観光客相手に京都市内の案内をするアルバイトで日銭を稼いでいた。
その日、アルバイトを終えて蔵に帰ってきた武志は、扉の前でバールトに出くわす。
「ボン、リア王が大変だ! 中で倒れてる!」
鍵穴からは倒れたリア王の足が見えた。施錠されていた扉を開けた武志は、リア王が死んでいることを知る。
死因は毒物の注射による中毒死。リア王の腕には注射針が刺さっており、注射器は部屋の座卓の下に転がっていた。
現場は密室状態で、出入り可能なのは一カ所ある扉のみ。そこの鍵は武志、リア王、大家である有馬夫人の3人のみが持つ。
状況から、武志は第一容疑者となった。しかし彼には犯行時刻にはアリバイがあった。伊藤と名乗る初老の夫婦の案内をして、先斗町(ぽんとちょう)にある彼らの知人宅を訪れていたのだ。
ところが後日その家に行ってみると、見知らぬ人物が住んでおり、伊藤なる人物も知らないという。もちろん伊藤夫婦とも連絡はつかず、武志は窮地に立たされることに。
もう一つ、武志に不利な状況があった。彼はバールトの2歳年上の姉・奈智子(なちこ)に恋をしていたのだが、リア王もまた彼女に想いを寄せていた。つまり、恋のライバルでもあったのだ・・・
武志を筆頭容疑者としつつも決め手に欠け、捜査は膠着状態に。そんな中、グループ内でも頭脳明晰を誇るカミソリによって、真相が解明されるのだが・・・
「後編 青春よ彼方へ」
時代は一気に30年以上を飛び越え、昭和50年代へ。
「前編」に登場した旧制三高時代の仲間だった "ある人物"(作中では誰なのか明記されてるんだが、ミステリとしての興を削ぐと思うのでここでは名を秘す)が、ある新聞記事を目にするところから始まる。それは、30年前のグループの一人が事故死したというニュースだ。
"ある人物" の息子・秀一(しゅういち)は、記事をきっかけに父から学生時代の殺人事件のことを聞かされる。
父の話(カミソリによって解明された真相)に納得できないものを感じた彼は、医学生である恋人・弥津子(みつこ)とともに調査に乗り出していく・・・
本書の惹句には「絶妙の伏線マジック」とある。
以前読んだ、同じ作者の『龍神池の小さな死体』でも感じたが、作中に散りばめられた多くの伏線が、謎解きに際して綺麗に回収されていくのはたいしたもの。
さらに本作では、前編と後編で二通りの解決を示しているのだが、密室トリックまで二通り用意されているという周到さ。
それに加えて現代編では、現在進行中の重大事件も関係してくると云う多重な構成で、ミステリとしての楽しみはてんこ盛りと言っていいだろう。
惹句には、さらに続きがある。「戦後の青春をリリカルに描く」と。
旧制三高ならば、卒業生の多くは京都大学へ進学しただろうから、秀才の集団だ。よく言えば個性豊か、悪く云えば奇人変人の集合である学生たちが過ごす日常の描写。
青臭い議論に熱くなったり、アルバイトに奔走したり、麻雀などの遊興に明け暮れたり、恋愛に心悩ませたり・・・。太平洋戦争が終わって3年、未だ混乱は残るものの、自由奔放な学生生活を謳歌する彼らの心は晴れやかだったろう。
現代の我々からは想像するしかできないが、少なくとも彼らの目の前には揚々たる前途、明るい未来が見えていたと思う。
作中で描かれる武志たちの過ごした学生時代と、自分自身のそれと比べる読者は多かろう。もちろん異なるところが多々あるだろうが、それでもどこかしら重なるところを見つけ、そこに懐かしさを感じる人もまた多かろう。
そういう、自らの青春に思いを馳せさせる "ノスタルジー" もまた、本書の大きな持ち味だ。
そんな若者たちの30年後を描く「後編」では、かつて ”同じ時間” を過ごした者たちの ”その後” が描かれる。
功成り名を遂げた者、故郷で地道に生きる者もいる一方で、鬼籍に入った者、消息不明な者もいる。辿った時間を追っていくと、まさに ”人生いろいろ” と感じさせる。
そして、ラスト近くの一行に込められた哀歓は忘れがたい。
ミステリとして一級品なのはもちろん、青春小説としても一級品だ。楽しい読書の時間を約束してくれるだろう。
線路上の殺意 鉄道ミステリ傑作選 〈昭和国鉄篇〉 [読書・ミステリ]
線路上の殺意 鉄道ミステリ傑作選〈昭和国鉄編〉 (双葉文庫)
- 出版社/メーカー: 双葉社
- 発売日: 2020/10/15
- メディア: 文庫
評価:★★★☆
昭和の時代に発表された鉄道ミステリを4編収録。
いずれも有名作家さんのものばかり。
「早春に死す」(鮎川哲也)
東京駅八重洲口近くの工事現場で他殺死体が発見された。国領一臣(こくりょう・かずおみ)、茅ヶ崎の工場で働く会社員だった。
その日、彼は「東京で8時(20時)に女友だちに会うので、18時38分発の電車に乗る」と云って職場を出た。茅ヶ崎から東京まで約1時間10分。
しかし東京駅で彼と待ち合わせていた芝崎しず子は、19時50分着の電車にもその次の電車にも国領は乗っていなかったと証言、後に国領は20時38分着の電車に乗っていたものと判明する。
やがて容疑者として、しず子を巡っての恋敵である証券ブローカー・布田福次郎(ふだ・ふくじろう)が浮上するが、彼には完璧なアリバイがあった・・・
探偵役の鬼貫(おにつら)警部の推理によって、事件の様相が鮮やかに一変するところは流石に巨匠の技というべきか。ただトリック自体は古典的で、この時代(発表は昭和33年)だからこそ成立するものだろう。
「あずさ3号殺人事件」(西村京太郎)
小林和美は、恋人の岡田利男とともにTVのクイズ番組に出場して入賞、二泊三日の京都旅行を獲得していた。その和美のところへ、長谷川浩子と名乗る女から電話が入る。
「私も他局のクイズ番組で三泊四日の長野(松本・白馬)旅行が当たった。でもそこには何回も行っている。よければ、交換しませんか?」
和美たちも京都へは何度も行っていたので、2人は旅行を取り替えることに。
そして旅行当日。新宿発8時、終点白馬着12時52分の「あずさ3号」で出発した和美と岡田だったが、11時34分、塩尻駅を出た直後に岡田の死体がトイレで発見される。
和美は長野県警の刑事・小野とともに "長谷川浩子" を追うが、彼女もまた殺されており、やがて浮上した容疑者には確固としたアリバイがあった・・・
「あずさ3号」の路線図とか載っていて、さすがトラベルミステリの大家だと思わせる。文庫で約110ページと、長さとしては中編だが、二転三転するストーリーで読ませる。
「特急夕月」(夏樹静子)
岡山発宮崎行きの特急「夕月」に乗った会社社長・羽島(はじま)は、目の前に秘書課長の恩田(おんだ)が現れて驚く。出張で逆方向の明石に行ってるはずの男が、途中の駅から乗ってきたからだ。
実は恩田は羽島の殺害を企み、完璧な計画を立てて「夕月」に乗り込んできたのだった。しかし「夕月」は踏切事故のために途中停車してしまう。このままではアリバイ・トリックが破綻してしまう・・・
突然のアクシデントに翻弄される恩田の姿がブラック・ユーモア的に描かれる。とても珍しい状況を描いた作品とはいえるかな。皮肉がたっぷり効いた、ラストの切れ味が抜群だ。
「新幹線ジャック」(山村美紗)
新大阪発東京行き、16輛編成の「ひかり24号」。しかし発車直後、車掌の小池は若い男から拳銃で脅迫を受ける。「我々はグリーン車2輛を占拠した」
東京駅の総合司令所では事態への対応に追われる。グリーン車の乗客は約90人。犯人は5人組と思われ、様々な要求を突きつける。まずは「運転を自動から手動に切り替えろ」。
京都駅でグリーン車以外の14輛の乗客を解放した後、犯人グループは身代金を要求してきた。
「まず現金で3億円を名古屋駅に用意しろ。引き換えに乗客を10人解放する」
「以後、停車する駅ごとに3億円ずつ用意しろ。その都度、乗客を20人ずつ解放する」・・・
長編になりそうなネタをわずか文庫60ページ弱に収めてみせる。しかも、予想の遙か上を行くラストの鮮やかさ。短編だからこそ、この結末が際立つのだろう。いやはやトンデモナイ傑作だと思う。
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カインは言わなかった [読書・ミステリ]
評価:★★
カリスマ芸術監督・誉田規一(ほんだ・きいち)が手掛ける新作ダンス公演「カイン」。劇団員・藤谷誠(ふじたに・まこと)はその主役に抜擢されるが、初日を迎える直前に消息を絶ってしまう。
誠の弟で、画家である豪(ごう)は「カイン」の舞台芸術を務めていた。芸術の神に魅入られた兄弟を巡るミステリアスな物語。
物語は兄弟を取り巻く人々の行動を追っていく。それによって、誠と豪の人となりが浮き上がってくる、という流れだ。
嶋貫(しまぬき)あゆ子は誠の恋人の大学生。
公演直前になって誠から〈カインに出られなくなった〉というメールを受け取り、それ以後は音信不通になってしまう。
不安になった彼女は、誠を探して動き出すが、手がかりがつかめない。誠の弟・豪の線から兄弟の実家を探り出し、二人の母に会いに行くのだが・・・
尾上和馬(おのうえ・かずま)は誠と2人でルームシェアをしている。
同じ劇団員で、「カイン」にも端役で参加することになっていた。しかし直前のリハーサルで、誠は誉田の求めるレベルに応えることができなかった。
誉田は云った。『俺が間違っていた』と。
リハーサルは中止になるが、なぜか和馬はその場に残される。どうやら誉田は和馬を代役に立てることを考えているようだが・・・
松浦久文(まつうら・ひさふみ)とその妻は、3年前に一人娘の穂乃果(ほのか)を喪った。
誉田の率いる劇団の一員だった彼女は、スタジオの中で倒れていたところを発見された。死因は熱中症。しかし、自主練習中の事故として扱われ、誉田に法的責任が課されることはなかった。しかし両親としては納得することはできない。
妻はそれ以来、精神的に不安定になり、ネットで誉田のことを検索することに没頭するようになってしまう。
ある日、劇団員のSNSを見ていた妻は、誉田がリハーサルで『俺が間違っていた』と云ったことを知る。
彼女は思う。「あの男も、非を認めることがあるのか」(誰かに対して謝るということができるのか)
でも、その場にいた劇団員(加えて読者)は「誠を主役に抜擢した自分(誉田)の判断は誤りだった」という意味だと解釈してる。だからそれは大いなる勘違いなのだが、文字データだけではニュアンスは伝わらないからねぇ。
妻は誉田に会いに行きたいと言い出し、久文はそこに危うさを感じる・・・
皆元有美(みなもと・ゆみ)は不動産会社に勤めるOL。
仕事を通じて豪と知り合い、男女の仲になるが、"芸術家らしい"(?) 豪の言動に振り回され、悩むことになる。
中心にあるのは誠の失踪なのだが、そちらの状況はさっぱり明らかにならずに、周辺の事態がどんどん進行していく。兄弟の生い立ちや葛藤も明らかになっていくのだが、ミステリらしい "事件" が起こっていたと明らかになるのは、かなり後になってから。
分類をすれば whatdunit(何が起こっていたのか) を巡るミステリなのだろうが、そちらはどちらかというとサブ・ストーリーで、迫ってくる舞台初日に向けて「何かが起こりそうな」不安な予感とともに静かに高まっていくサスペンスのほうがメインだろう。
誠と豪の行動も一般人とは異なる価値観で描かれるのだが、本書でいちばん強烈な印象を残すのは誉田規一だろう。
"芸術家肌"、"天才"、という言葉での括りには収まりきらない。凡人からは理解不能な、一種の怪物的なキャラクターとして描かれる。
劇団員たちに対して、プライドをズタズタにするような暴言、理由なき無茶振りが繰り返される。それが許されるのは、舞台上の彼は ”全能の神” だからだ。
端的に言えば、"パワハラの塊" にしか見えないのだが、それは一時の感情的なものから来るのではなく、彼のアタマの中に(たぶん)確固として存在する "理想の舞台" を実現するための言動になっている(ように見える)。
そしてその結果として完成した作品は、世間から絶賛を浴びるのだから始末が悪い(笑)
物語として読む分にはいいが、こういう人が身近にいたらたまらないだろうなぁとつくづく思う。
もしも職場の上司にいたなら、即時に転職を考えるだろう(おいおい)。
青髪鬼 [読書・ミステリ]
評価:★★☆
横溝正史・復刊シリーズの一冊。
表題作の中編と短編3作を収録。
「青髪鬼」
ある日、東京の大新聞に、3つの死亡広告が掲げられた。
1人目は日本の宝石王と呼ばれる大富豪・古家万造(ふるやまんぞう)、60歳。
2人目は理学博士・神崎省吾(かんざき・しょうご)、45歳。
3人目は月丘ひとみ。まだ13歳の少女であった。
しかし、3人ともまだ生きているのだ。
生者に対して仕掛けられた悪戯にしては極めて悪質だ。
いつも思うことだが、横溝正史は物語の発端が上手い。読者の興味を引きつける導入部は名人芸だと思う。
その直後、東京の大新聞社・新日報社へ、三津木俊助(みつぎ・しゅんすけ)記者を訪ねて一人の男がやってきた。応対したのは御子柴進(みこしば・すすむ)。どちらも横溝ジュブナイルではお馴染みのメンバー。進は今年中学を卒業して新日報社で働いていた。「サザエさん時空」ではなかったのだね(笑)。
あいにく俊助は会議中で、男は一通の封筒を託して帰ってしまう。男の行動を不審に思った進は尾行を開始、そのとき、自分以外にもう一人、男を尾行している者がいることに気づく。
日比谷公園までやってきた進は、女性の悲鳴を聞く。声を上げたのは月丘ひとみだった。死亡広告の秘密を教えると云われてここへやってきたが、彼女の前に現れた男が突然血を吐いて倒れてしまったのだという。
その男こそ、俊助を訪ねてきた男だった。そして死体の上には、巨大な蜘蛛が蠢いていた!
作者お得意の怪奇趣味もしっかり。
そこへ謎の尾行者が現れて云う。倒れているのは古家万造の秘書であること、死亡広告を出したのは自分であること、目的は3人への復讐なのだと。そして男はかぶっていた帽子を取り、その容貌に進は驚く。
つり上がった目、とがった鼻、大きく裂けた口、カサカサと乾き、しわの寄った灰色の肌、そしてその髪は、秋の空のように真っ青ではないか・・・
というわけで、三津木俊助&御子柴進 vs 青髪鬼の戦いが始まるのだが、毎度のことながらそう単純な話ではない。ストーリーの進行とともに複数の青髪鬼が現れる。つまり「青髪鬼」の仮面の下で、何者かが別の悪巧みを進行させているのだ・・・
過去の事件に端を発した物語は、暗号解読あり、他作品のキャラである "怪人・白蝋仮面" のゲスト出演ありとなかなか賑やか。いろんな要素がてんこ盛りのサスペンス作品だ。
「廃屋の少女」
主人公は12歳の少女・千晶(ちあき)。
ある夜、彼女の家に泥棒が入る。たまたま目を覚ました千晶は、泥棒の身の上に同情して金を渡そうとする。しかし彼女の言葉に心を動かされた泥棒は何も盗らずに去っていった。落語あたりにありそうな話だね。
その半年後、莫大な財産を残して千晶の父が亡くなった。親類の青年・弓雄(ゆみお)とともに産業博覧会にやってきた千晶は、2人で軽気球に乗る。しかし係留していた綱が切られ、気球は飛び去ってしまう。
やがて神奈川の山中に落下した気球から、弓雄は無事に発見されたが千晶は行方不明に。しかし黒手組(くろてぐみ)を名乗る悪漢集団から、千晶の身代金要求の手紙が届けられる・・・
このあと、冒頭の泥棒の話とつながっていき、ミステリと云うよりは一種の人情噺になっていく。
「バラの呪い」
主人公はS学園(たぶん女子校)の寄宿舎で暮らす15歳の少女・鏡子(きょうこ)。彼女の美貌は全生徒の憧れの的。そしてテニスの名手でもある。なんだか ”お蝶夫人” みたいである。
一年前、学園内で鏡子と並ぶ存在と謳われていた妙子(たえこ)は、丹毒(感染症の一種)で死亡していた。「バラが・・・恐ろしいバラが」という言葉を残して。それ以来、寄宿舎には妙子の幽霊が出るとの噂が流布していた。
その夜、寄宿舎の廊下を歩いていた鏡子は、無人の部屋からすすり泣くような声が漏れてくることに気づく。それはまさに妙子の声だった・・・
ミステリ的なオチはあるのだが、それよりも女生徒同士の甘美ともいえる不思議な関係性が印象に残る作品。昨今流行っているという "百合小説" というもののハシリだったのかも知れない。
「真夜中の口笛」
主人公は16歳の少女・益美(ますみ)。身体が弱いので学校へは行かず、叔父で高名な昆虫学者である片桐敏郎(かたぎり・としろう)のフィールドワークに付き添って全国の保養地を回っていた。
その夜、ホテルの一室で眠っていた益美は、ふと不気味な気配を感じて目を覚ます。そして響く、謎の口笛。
2年前、益美の姉は謎の死を遂げていた。今際の際に「口笛の音に気をつけて」と云う言葉を残して・・・
もう見当がついた人もいるかも知れないが、ホームズものの有名短編「○○○の○」を翻案したような作品。どういう経緯で書かれたのか知らないんだが、いくつかの点で独自のアレンジはあるものの、ミステリとしては原典そのまんまの内容に驚いてしまう。
明治の頃には外国作品の翻案は結構あったと記憶してるけど、これが書かれたのは昭和二十年代らしい。著作権は大丈夫だったのかな?
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