宵待草夜情 新装版 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
1987年に新潮文庫に入り、1998年にハルキ文庫で再刊、
そして今年になって「新装版」として版を重ねることになった。
何度も再刊されているが、それにふさわしい "高密度" の短編集だ。
収録作にはそれぞれ、ヒロインの女性の名前が
副題みたいに付されてる。
ただ、内容的はみな独立した短編になっているので
どれから読んでも問題ない。
「能師の妻」<第一話・篠>
能師の娘に産まれた篠は、父から厳しく芸を仕込まれた。
長じて後、篠の芸に惚れ込んだ藤生流の能師・信雅の愛人となり、
やがて信雅の正妻が亡くなると後妻となった。
しかし信雅は間もなく他界、後に残されたのは正妻の息子・貢。
信雅の遺志に従い、貢に対して稽古をつける篠。
しかしそれは次第にエスカレートし、虐待の様相を呈していくが・・・
ミステリと言うよりは、凄まじい情念に満ちた愛憎の物語。
しかし、ラストでしっかり驚かされるのも連城作品。
「野辺の露」<第二話・杉乃>
兄・暁一郎の浮気に悩む兄嫁・杉乃の境遇に同情した順吉は、
暁一郎が落馬で入院していた間に杉乃と関係を持ち、
兄嫁は妊娠、生まれた子は暁介と名付けられた。
事実関係を知った暁一郎は、その後20年にわたって
暁介と杉乃を蔑ろにし続けるが、ある晩、
暁一郎が暁介に殺されるという事件が起こる。
物語は、順吉から杉乃へ宛てた手紙文の形式で進行する。
不幸な兄嫁を20年に渡って慕い続けた順吉の思いが
切々と綴られていくのだけど、ラストでぶん投げられてしまう。
それもまた快感。
「宵待草夜情」<第三話・鈴子>
結核を患った元美術学生・古宮は3年ぶりに東京へ舞い戻る。
カフェ「入船亭」で知り合った女給・鈴子と深い仲になるが
鈴子の同僚の女給・照代が殺される。
古宮は犯行時刻に、血まみれの鈴子が犯行現場から
外に出てくるところを目撃していた・・・
それぞれに辛く哀しい過去を持つ古宮と鈴子が、
身を寄せるように過ごしていく日々の描写が切ない。
それでいてしっかりミステリをしていて、ラストまで来ると
今までの何気ないやりとりや行動がきれいな伏線になっている。
連城作品には珍しく、ちょっぴり希望が見えるラストも心地よい。
「花虐の賦」<第四話・鴇子>
劇作家・絹川幹蔵に見いだされた女優・川治鴇子(ときこ)は、
病床の夫と子を捨てて絹川の劇団に参加、一気に才能を開花させる。
やがて幹蔵と愛人関係になった鴇子だが、
人気絶頂の公演の最中、絹川が謎の自殺を遂げる。
そして絹川の四十九日法要の夜、鴇子もまた自ら命を絶った・・・
この二人の自死に秘められた、凄まじいまでの執念というか何というか
男女の愛憎というものは、無限の深淵を伴っているんですねえ。
「なぜこの日に死ななければならなかったのか」
この理由に思い至る人はまずいないだろう。
「未完の盛装」<第五話・葉子>
昭和22年。戦死したはずの夫が復員してきたが、
葉子は既に闇物資の仲買人・吉野の情婦になっていた。
吉野と共謀して夫を死に至らしめた葉子だったが・・・
昭和37年になり、弁護士・赤松の元を訪れた吉野は、
この15年間、葉子の夫を殺害した件で吉野と葉子の二人を
脅迫しつつづける人物がいること、そして
殺害事件の時効が成立したことを告げる・・・
いやあ、"二転三転" とは、まさにこのこと。
単純な殺人事件かと思いきや、二重三重に仕組まれた "からくり" に
圧倒される。文庫で70ページほどの作品なんだけど
その気になれば長編にも仕立てられそうなネタ。
連城作品につきものの "情念" テイストはやや希薄だが、
そのぶん、"本格" テイストは濃厚か。
以上五編、粒ぞろいのトリッキーな作品ばかり。
やっぱり連城三紀彦はスゴい。