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人影花 [読書・ミステリ]

人影花 (中公文庫)

人影花 (中公文庫)

  • 作者: 今邑 彩
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/09/20
  • メディア: 文庫



評価:★★★

作者は昨年(2013年)、病気でご逝去されてたらしい。
ここ数年、新作が出てないような気がしていたので
スランプなのかなあとか思ってたんだけどね。

享年57歳とのこと。私とほぼ同世代と言っていい。
作家としてはまだまだこれからの年齢。
生きていれば、もっともっと多くの作品を産み出していただろうに、
とても残念です。

今邑彩といえばミステリもホラーも書く人だったんだけど
何といっても最高傑作は「金雀枝荘の殺人」だと思う。
綾辻行人の「館シリーズ」と比べても遜色ない、
堂々たる本格ミステリだった。


さて本書は、雑誌などに発表されたまま
単行本に未収録だった作品の中から9編を収録したものだ。
純然たるホラーもあるし、限りなくホラーっぽいミステリもある。

「私に似た人」「鳥の巣」「返してください」
この3編は、何となく途中でオチの予想がついてしまうのだが、
そこに至るまでの経過が充分読ませるので、これでいいんだろう。
作者もそんなに隠そうとはしてないし。

「疵」の意外性は抜群。このラストは、
この手の話を読み慣れた人でも見破るのは難しいだろう。
「人影花」はさすが表題作と言うべきか。椿の花の使い方が実に上手い。
「いつまで」は、話の着地点が最後まで読めなかった。

「神の目」は、本書の中では比較的(あくまで比較的、だが)
明るめの作風。ストーカー被害に悩むヒロインに依頼された
探偵二人の掛け合いが楽しい。

「ペシミスト」は、箸休め的なショート・ストーリー。
「もういいかい・・・」も短いけどしっかり怖い。


これからも旧作の再刊はあるかも知れないけど、
新作はもう出ないのだね。
そう思ったら、いつもよりもじっくりと読んでしまいました。


面白いミステリを(そしてホラーも)、ありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。


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伏 贋作・里見八犬伝 [読書・ファンタジー]

伏―贋作・里見八犬伝 (文春文庫)

伏―贋作・里見八犬伝 (文春文庫)

  • 作者: 桜庭 一樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/09/04
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」。
いままで映画になったりアニメになったり
いろんな作品の元ネタになったり。
(「八犬伝」自体、「水滸伝」が元ネタだと思うが。)
"和製ヒロイック・ファンタジーの元祖" とも言うべき作品だ。

私自身は小学校の頃、子供向けにリライトされたものを読んだのが最初。
40代以上の方なら、NHKで放送されていた
坂本九の語りによる人形劇「新八犬伝」を憶えている人も多いだろう。
私も大好きで一生懸命見ていたよ。

薬師丸ひろ子&真田広之の映画「里見八犬伝」も見たなあ。
見ていてああだこうだ考えて疑問やら不満やらもあったはずなんだけど、
ジェットコースターみたいなラスト30分、
あのアクションシーンが全部持っていってしまった。
"力業" とはこういうものかと思った。

閑話休題。

数多くの「八犬伝」に、新たに加わった本作は、
日本推理作家協会賞&直木賞
作家の手になる
"桜庭一樹版・八犬伝" である。

物語は、祖父に死に別れた猟師の娘・浜路(14歳)が、
たった一人の兄を頼って江戸の町に出てきたところから始まる。

折しも江戸の町には「伏(ふせ)」とよばれる
不思議な "犬人間" が跋扈し、彼らによる凶悪事件が続発していた。
幕府はその首に懸賞金をかけ、多くの者が「伏」を追っていた。

浜路は兄・道節とともに「伏狩り」に加わるが、
「伏」の一人、信乃(しの)に捕らえられてしまう・・・


この作品世界には曲亭馬琴が存在し、
「南総里見八犬伝」の執筆を続けている。
タイトルの「贋作・里見八犬伝」とは、馬琴の息子の
滝沢冥土(めいど)が書いた作品のタイトルで、
題名こそ「贋作」となっているが、彼自身が安房の地で
伝承・伝説を収拾、再構成した「ドキュメンタリー」という設定。
対して父の「南総里見八犬伝」は伝説を題材に
自由な想像の翼を広げた「フィクション」という位置づけのようだ。

作中作ともいうべき「贋作・里見八犬伝」は文庫で約140ページを占める。
お馴染み伏姫・八房の登場する「八犬伝」冒頭部分に相当するのだが
そこは桜庭一樹。「赤朽葉家の伝説」を彷彿とさせる筆裁きで
伝奇色たっぷりに里見家の盛衰を描いている。


本書は、原典を大幅に改変してあって、人によったら
「あの素晴らしい原作をこんなめちゃくちゃにしやがって」
って怒る人もいるかも知れない。
伏姫・八房編だってかなり「えぇー」って展開なんだけど
江戸編にいたっては、もはや共通するのはキャラの名前だけ、
と言っても過言じゃないからねえ。
私は充分に楽しんだけど、好みは人それぞれだから・・・


信乃が自らのルーツを探った旅を独白する「伏の森」も
文庫で80ページ近くもあり、「贋作」と合わせると
なんと本書のページ数の半分を占める。

そのせいか、浜路・道節・信乃のメインキャラ3人の
活躍場面が思ったより少なく、気がつけばラスト50ページあたりで
いきなりのクライマックスに突入する。


物語自体はとても面白いのだけど、上にも書いたように
メインのストーリーに伏姫・八房のエピソードと信乃の回想が
けっこうな分量で入り込んでいて、
なんだか消化不良な感じもしないわけではない。

本書では敵対する立場になっている浜路と信乃のからみだって、
「もっと読みたい!」って思う人は少なくないと思うし。

こういう作品こそ、「赤朽葉-」みたいに
一大伝奇大河小説にして語ってほしいなあ。
それなら全10巻くらいになっても読むよ。


本書の解説は脚本家の大河内一楼。「コードギアス」の人ですね。
この作品はアニメになっている。タイトルは「伏 鉄砲娘の捕物帖」。
大河内氏はその脚本を書いたそうで、そのつながりで解説を書いている。
それによると、本書からスピンアウトした作品がいくつかあるそうなので、
近い将来に本書と同一世界の物語が読めるのかも知れない。

主役の浜路(14歳。大事なことなので2回書きました)がとにかく元気。
でっかい鉄砲を担いで、花のお江戸を走りに走る。
人間離れした「伏」を追っかけまわし、派手なアクションもこなす。
でも年相応に純情なところを併せ持っていたりと、もう可愛くて仕方がない。

アニメの方も見てみたくなったなぁ・・・


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もろこし紅游録 [読書・ミステリ]

今日はたいへんだったなぁ。
職場の中を一日中走り回って
あちこち行ってお願いしたり謝ったり
次の仕事の段取りをつけたり。
なかなか見つからない捜し物もしたなあ。
何だか今日だけで一週間分くらい働いたような気がするぞー。
あぁ~、明日休みたいなぁ~。
でも休めないんだなぁ・・・


もろこし紅游録 (創元推理文庫)

もろこし紅游録 (創元推理文庫)

  • 作者: 秋梨 惟喬
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2010/12/11
  • メディア: 文庫



評価:★★★

中国伝説の黄帝が残した "天下御免の銀牌" 。
それを受け継いだ者たち、"銀牌侠" の活躍を描く第2弾。

「子不語」
 斉の都・臨淄(りんし)の郊外で、惨死体が続けざまに5人も見つかる。
 学徒の青年・霄(しょう)は、遊説の士・淳于髡(じゅん・うこん)
 とともに捜査に乗り出すが・・・

「殷帝之宝剣」
 武者修行中の許静は、旅で知り合った主従・半房と蔡を伴い
 山中の修行場・紫雲観へ赴くが、そこには
 天下に名を知られた武人たちが集っていた。
 しかし、その中の一人、破剣道人が首を切られて殺される。
 紫雲観は山奥深く隔絶した場所で、
 外部からの出入りはありえなかった・・・
 前巻で登場したキャラが再登場している。
 時代を考えると年齢が合わないような気もするが、
 そういうのは深く追求してはいけないのだろう。

「鉄鞭一閃」
 饅頭売りの少年・小八が悪ガキに絡まれていたところを助けたのは
 幻陽と名乗る豪傑だった。
 しかし小八の父親が殺され、首が持ち去られるという事件が起こり、
 二人は下手人を捜し始める。
 折しも、武術の達人・馬崇年が殺され、馬の兄弟たちもここ一年の間に
 次々と殺されていることが判明する・・・

「風刃水撃」
 文庫で約120ページ弱と、本書中一番長い。
 ついでに言えば一番好きな作品。
 何と言っても主人公・関維の弟子の甜甜がほんと可愛いんだもの。
 本作だけぐっと時代が下がって20世紀の話。
 中華民国建国から間もない頃、長江沿いの町・江仙。
  町一番の商人・張家の庭で、木が爆破されるという事件が起こる。
 折しもイギリスの国策を背負った商社・ストーンブリッジ商会が
 江仙を訪れることになり、風水師の関維はその要人警護に駆り出される。
 しかし、ストーンブリッジをつけ狙う組織には関維の弟がいた・・・


読んでいてミステリを読んでる、って感覚はあんまり無いかなあ。
サスペンスか武闘アクション小説の雰囲気で、
犯人あてという要素は非常に希薄になってきてる。

 ある作品なんか、探偵役の "銀牌侠" が容疑者の一団を眺めただけで
 「あいつが犯人だ」って断言してしまうんだから。

でも、物語としては決してつまらなくはないし、
謎解きの要素が希薄なわけでもない。
犯人あての興味は少ないが、そのぶん、
「天下でも指折りの武術の達人が、簡単に倒されてしまったのはなぜか」
とかの how done it や、
「謎の風水師の一団があちこちの家で模様替えを進言したのはなぜか」
とかの why done it がメインとなる魅力的な謎は健在である。

前巻のときに
「本シリーズで使用されてるトリックは、現代だと
 リアリティに欠けたり、非常に特殊で使いにくい」
ようなことを書いた記憶があるんだが、
本書ではそれがさらにエスカレートしてきたような気がしてる。

「風刃水撃」に出てくる某アイテムは、たしかにアレですね。
たしかにコレも、現代ミステリではまず使われない、
というか、使えないものでしょう。

クライマックスの武人同士の戦いなんて、さしずめ
懐かしのマンガ「サスケ」や「伊賀の影丸」みたいな雰囲気。
いや、私はどっちも好きですし、
マンガやアニメ風の展開も大好きなので、当然、本書もOKなんですが。


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わたしのノーマジーン [読書・ファンタジー]

([は]7-1)わたしのノーマジーン (ポプラ文庫 日本文学)

([は]7-1)わたしのノーマジーン (ポプラ文庫 日本文学)

  • 作者: 初野 晴
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2013/06/05
  • メディア: 文庫



評価:★★

異常気象、政情不安、経済の混乱・・・
1999年のノストラダムス、2012年のマヤ暦に続く
第三の "終末論" が囁かれ、怪しげな宗教団体がはびこる。
ゆるやかな滅亡へ向かいつつある荒廃した近未来の世界。

車椅子の女性・シズカは、街外れの荒れた一軒家に一人住み、
名職人・桐原の残した革製品の修復で生計を立てていた。

彼女のもとに介護ロボットが届くはずの日に、
現れたのはロボットならぬ赤毛の猿だった。

5~6歳児ほどの知能を持ち、人間の言葉を話し、
自らを「ノーマジーン」と名乗る不思議な猿とシズカとの
奇妙な共同生活が綴られていく。

孤独の中で、外の世界に対して心を閉ざしていたシズカだったが、
ノーマジーンと暮らしているうちに少しずつ変化が生じていく。

やがてお互いをかけがえのないものと感じ始めていた矢先、
一人の侵入者が現れ、ノーマジーンに隠されていた秘密を告げる・・・


ノーマジーンの正体を含め、舞台設定や登場する道具は
SF仕立てなんだが、漂う雰囲気はファンタジーに近い。
それも、かな~りダークな。

滅亡へのカウントダウンを迎えた世界で、
孤独な人間と孤独な猿が、互いの心を寄せ合って生きていく。

これ自体はとても "いいお話" なんだと思うんだが、
どうにも "救い" のない物語のように感じられて、
私はこの手の話は苦手だ。

この二人、というか一人と一匹が暮らしている世界では、
明日の朝を無事に迎えられるかどうかすら定かではない。
この先、世界が良い方向へ向かいそうな兆候も一切無い。

まあ、こういう過酷な状況であるからこそ、
ささやかな "安らぎ" を見いだすことに意味がある、
って事なのかも知れないが・・・

こういう話が好きな人もいる、というのは理解できるけどねぇ。


「機動戦士ガンダム」の監督の富野由悠季氏は、
作品の雰囲気によって、 "白富野" と、 "黒富野" って
言われているらしいが、
初野晴にも "白初野" と "黒初野" がありそうだ。
さしずめ「ハルチカ」が前者で、
「水の時計」とか本書が後者だね。


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寮の七日間 青春ミステリーアンソロジー [読書・ミステリ]

寮の七日間 (ポプラ文庫ピュアフル)

寮の七日間 (ポプラ文庫ピュアフル)

  • 作者: 加藤 実秋
  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2012/01/04
  • メディア: 文庫



評価:★★★

「舞台は紅桃寮」
「404号室が『開かずの間』」
「事件の発生から解決までが『七日間』」
っていう3つの共通設定の "縛り" の下に、
4人の作家さんが競作した作品集。

 それぞれ文庫で70ページ弱なので、
 たぶん原稿用紙100枚ってことなんだろうね。


「聖母の掌底突き」(谷原秋桜子)
 両親が借金取りに追われて蒸発してしまった主人公の高校生・佑介。
 行き場が無くなった彼は、入学以来ずっと不登校だった高校の
 学生寮に潜り込むことに成功するが、入った405号室の隣は
 かつて人が死んだとの噂があり、「開かずの間」となっていた。
 折しも夏休みで寮生はみな帰省しており、
 只一人残っていた先輩・奥山は、佑介に「開かずの間」の
 "探検" を持ちかけてくるのだが・・・
 ミステリ的には本書中一番の出来かなぁ。
 「開かずの間」に隠されていた "お宝" の正体には
 思わず苦笑してしまいました。
 それをこのタイトルに持っていくセンスもすごいけど
 作者は女性だったことを思い出して、さらに苦笑。

「桃園のいばら姫」(野村美月)
 美少女・ノエルに憧れて転校してきたヒロイン・雨音(あまね)。
 誰もそばに寄せ付けない孤高の "いばら姫" に、
 なんとか近づこうとするのだが・・・
 うーん、こういうのを "百合っぽい" って言うのですかねえ。
 出てくる生徒さんたちの "百合百合" な言動には
 オジサンはついていけません・・・って思ってたら
 ラストで思いっきり投げ飛ばされてしまいました。

「三月の新入生」(緑川聖司)
 春休みの男子寮に、一週間早くやってきた新入生・ハル。
 しかし彼は、1年前に生徒が転落死を遂げて
 「開かずの間」となっている404号室に
 なぜか異様にこだわりを見せるのだった・・・
 ミステリ的には易しめで、犯人の目星も早めについてしまうけど
 物語としてはいちばん好きだなあ。
 ラストシーンの明るさもすごくいい。

「マジカル・ファミリー・ツアー」(加藤実秋)
 他の作品がみんな学生寮だったんだけど、本作は
 「マスコミ健康保険組合の福利厚生施設『紅桃寮』」と
 設定からして変化球だ。場所も観光地の箱根。
 そこへ高校1年の主人公・大樹の一家が家族旅行で宿泊にやってくる。
 旅の途中で父・直樹の同業者である小川の親子と知り合う。
 しかし、小川家一行は怪しげな二人組に追われていて
 何やらわけありの様子で・・・
 ミステリと言うよりはサスペンスタッチのコメディ。
 カメラマニアの父・直樹、格闘技マニアの母・由美子。
 大食らいの弟・颯太とキャラ立ちも十分。
 小川の娘で中学生の美咲は愛想が悪くて、
 最初は大樹と険悪な雰囲気なんだが、それもだんだん
 物語が進むにつれて変わっていくのもお約束。
 「404号室の『開かずの間』」って設定も「え? これでいいの?」
 本書の4人の作家さんでは(たぶん)一番の売れっ子らしく
 堅実かつ手慣れた、自信たっぷりって感じの作りでしたね。


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カード・ウォッチャー [読書・ミステリ]

カード・ウォッチャー (ハルキ文庫 い 18-1)

カード・ウォッチャー (ハルキ文庫 い 18-1)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
  • 発売日: 2014/07
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

最初、題名だけ見てクレジット会社の話かと思ったのはナイショだ。

ここで言うカードとは「タイムカード」。
会社で、出勤退勤の時間を記録するカードのことですね。
watch には "監視する" と言う意味があって、
この作品においては "勤務時間を監視する"、
つまりは「労働基準監督署」のことを意味している。


東京・飯田橋にある株式会社塚原ゴムの研究所。
残業で残っていた研究員の下村が、椅子に体重をかけたところ
背もたれが壊れて転倒、手首を負傷する。

下村の妻がそのことを友人に話したことがきっかけとなり、
研究所に労働基準監督署の臨検が入ることになる。

突然の通告に、研究総務の小野はその対応に大わらわになる。
なにせ研究所は長時間のサービス残業が常態化しており、
小さな怪我や疲労による体調不良は日常茶飯事だったのだ。

研究所内を走り回って臨検への対応準備をする小野だが、
倉庫の中で研究員の八尾が死亡しているところを発見してしまう。

病死か事故死か、はたまた殺人か・・・

しかし監督官の到着時刻まであとわずか。
状況を調べている余裕もなく、小野は上司の米田に報告して、
臨検が終わるまで八尾の死を隠しておくことに決める。

 労基署の臨検中に、過労死(かも知れない)社員の
 死体が見つかったりすれば、下手をすると(しなくても)
 経営陣の進退にも関わってくるかも知れない・・・

そしてやって来た監督官・北川。
愛想の良い笑顔の裏にカミソリのような鋭さを秘め、
所内を巡りながら "超過勤務の実態" を次々に暴いていく。

しかし会社にとっての "絶対防衛線" は八尾の死の隠匿。
小野と米田は知恵を振り絞って北川と対決するのだが・・・


まあブラック企業は論外として、
ある程度のサービス残業はどこの職場でもあるだろう。

しかし作中のこの研究所のように、毎日夜11時過ぎまでの残業が
"日常" とは、いささか度を超えているだろう。

 25年ほど前に私の知人が働いていたところも
 一時期「セブンイレブン」と言われていた。
 コンビニではない。毎日朝7時から夜11時まで働いていたのだ。
 彼は数年後には別の職場に移ったので、今でも無事だ(笑)。

 私も30代前半くらいまでは、かなり遅くまで働いてはいたけど、
 かみさんもらってからはちょっぴり早く帰るようになった(笑)。
 
 今の職場でも、定時で帰る人はまずいないが、
 さすがに11時はいないなあ。

 閑話休題。


探偵役となる監督官の北川がとにかく切れ者で、
彼のような人が全国の労働基準監督署に配置されていたら、
ブラック企業がこんなにのさばることもないんだろうなあ・・・
なぁんてことを考えてしまったよ。

中盤過ぎまでは、八尾の死の隠蔽を巡る
小野と北川の息詰まる対峙が描かれていて、

一種の「倒叙もの」として読める。

そして終盤では八尾の死の真相を探るミステリとなる。
基本的に "犯人" は社内にしかいないわけで、
ここで「クローズト・サークル」ものへと雰囲気が一変し、
そこで明らかにされる真実は、悲しみと切なさに満ちている。

作者は、会社を舞台とした「八月の魔法使い」という
傑作ミステリを書いてるけど、本書もなかなかの佳作だと思う。

研究員や総務の業務内容など、研究所内の描写がリアルなのは
理系出身のサラリーマン兼業作家ならではだろう。
二足のわらじはとても大変だろうと思うんだけどね。


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冷たい方程式 [読書・SF]

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)

冷たい方程式 (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: トム・ゴドウィン・他
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2011/11/10
  • メディア: 文庫



評価:★★★

1980年に刊行されたアンソロジーを、作品を入れ替えて再編したもの。
カバーの惹句には「SF入門書の新版登場!」なんて書いてあるけど
初心者向け・・・かなあ。ちょいと変化球も入ってるけどね。


「徘徊許可証」(ロバート・シェクリィ)
 わずかな人口のため、地球から忘れられた植民星。
 しかしそこは犯罪のない平和な世界だった。
 200年後のある日、地球から居留地捜査官が来ることになり・・・
 舞台は、ホントにいい人ばかりの素晴らしい星。
 こんなところだったら私も住んでみたいなぁ。

「ランデブー」(ジョン・クリストファー)
 長期休暇を取って乗り込んだ客船で、
 「私」はシンシアという女性と知り合う。
 彼女は、50年前に死別した愛する男性のことを語り出す・・・
 SFではなくてちょっぴりホラーっぽいファンタジーですなぁ。

「ふるさと遠く」(ウォルター・S・テヴィス)
 文庫でわずか6ページという掌編。
 "すこし" ・ふしぎ?・・・いや "かなり" ・ふしぎな話(笑)。

「信念」(アイザック・アシモフ)
 ある日、自分の身体が重力を無視して浮き上がり始めた男。
 よりによって彼は大学の物理学の教授だった!(笑)。
 というわけで始まるSFコメディ。
 アシモフもこういうの書くんだねえ。ちょっと意外。

「冷たい方程式」(トム・ゴドウィン)
 風土病に冒された惑星探検隊に血清を届けるべく発進した緊急連絡艇。
 パイロットである「私」1名を、目的地に届けるための
 片道分ぎりぎりの燃料しか積んでないその船に、
 密航者がいたら・・・規則ではただちに「船外投棄」!。
 しかしその密航者が年端もいかぬ美少女で、
 たった一人の兄に会いに行くための密航だとしたら・・・
 少女の命を助けると、船は十分な減速が出来ずに惑星に墜落、
 彼女も自分も、そして探検隊員たちもすべて命を落とす。
 そんな中、「私」が取った選択とは・・・
 SF史上に燦然と輝く記念碑的作品で、読んだことはなくても
 名前だけは知っている、という人もいるだろう。
 私も未読か既読か忘れていたんだけど、読んでみたら既読だった。
 でも細部は忘れていたので読んでよかったよ。
 この作品自体が名作、と言うより「方程式もの」ともいうべき
 後続の作品群を生み出したという意味で画期的な作品ではある。
 普通に考えたらこの方程式、ハッピーエンドに終わる解は存在しない。
 でも、今回再読してみて、いろんな作家さんたちが
 この方程式の "ハッピーな実数解" を求めようと
 さまざまなアイデアをつぎ込んで挑戦してきた理由がよく分かったよ。

「みにくい妹」(ジャン・ストラザー)
 これもSFではないかなあ。
 いわゆる「奇妙な味」の作品、って感じ?

「オッディとイド」(アルフレッド・ベスター)
 一種の超能力もの。
 ことごとく幸運を引き寄せる能力を持った男と、
 それを利用しようとする者たちの話。
 藤子・F・不二雄あたりが描きそうな話だなあ・・・って思った。

「危険! 幼児逃亡中」(C・L・コットレル)
 これも超能力もの。強大な "超能力" を持つ幼女が、
 みずからの "力" をコントロールできずに、
 "破壊" をまき散らしながら暴走していく話。
 「サイボーグ009」にもこんな話があったなあ。
 もっともあっちは幼女じゃなくて犬だったけど。

「ハウ=2」(クリフォード・D・シマック)
 仕事の徹底的な機械化により、週休4日(!)となった未来世界。
 人々は時間をもてあまし、暇を "つぶす" のに汲々としている(笑)。
 そのために流行しているのがDIY。もうなんでも自分で作ってしまう。
 そのための半完成品のキットもあらゆる種類が出回っている。
 主人公のゴードン・ナイトはロボット犬のキットを注文したが、
 会社の配送係の手違いで、彼の元に届いたのは
 試作品の人型ロボット「アルバート」だった。
 しかしこのロボット、ある特別な "能力" を持っていることが分かり、
 開発が途中で中止されたものだったのだ・・・
 このアルバートくんが引き起こす大騒動を描いたコメディなんだが、
 終盤へ向かうにつれてだんだん笑えなくなってくる。
 20世紀の頃は、機械化が進めば単純作業は減り、勤務時間も減るし、
 なにより人間はもっと知的生産活動に関わるようになるだろう、
 なーんて言われてたような気がするんだが、
 21世紀の現在、企業はブラック化して労働時間は増えるし、
 ロボットくんも「きつい・汚い・危険」の3Kをカバーしきれていないし、
 人間は長時間の肉体労働から解放されてはいない。

 「頭脳労働で短時間勤務」なんて夢のまた夢。
 (いや、ごく一部の人は実現しているのかも知れんが・・・)
 果たして、この作品のような "人間が暇を持て余す時代" って
 来るんだろうか? 来ないような気がするんだけど・・・


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扼殺のロンド [読書・ミステリ]

扼殺のロンド (双葉文庫)

扼殺のロンド (双葉文庫)

  • 作者: 小島 正樹
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2014/04/10
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

「十三回忌」でデビューを飾った素人名探偵・海老原浩一くんが
再び登場し、連続密室殺人事件に挑む。

資産家・姉川家の次女・信子と、その従兄弟・清人が乗った車が
廃工場の壁に激突し、二人は死体で発見される。

しかし信子は腹を割かれて胃と腸を抜き取られ、
清人は高山病としか思えない症状で死んでいた。
(ちなみに現場の標高は600m)

しかも衝撃で車体が歪んでドアが開かなくなっており、
事故の直後に工場の入り口には外部から施錠されていたことが判明する。
たとえ他殺としても犯人は脱出できないわけで、
現場は "二重の密室" となっていた。

その後も信子と清人の親族が次々に殺されていく。

隠れ場所の全くないアトリエに突然現れた死体、
床から生える二本の手、そして包帯で巻かれた首が宙に舞い、
それをなぞるかのように、包帯を巻かれた死体が密室で発見される。

前作でもそうだったが、これでもかとばかりの
ミステリのガジェットがてんこ盛りで、もうお腹いっぱいになる。
本格ミステリ好きにはたまらないだろう。

まあ、前回も書いたがトリックについては、
若干 "苦しい" かなぁ・・・ってものもある。
冒頭の二重密室にしても、死体とか現場を調べれば
何らかのトリックの痕跡が見つかるんじゃないかなあ・・・
日本の警察や鑑識はそんなに無能じゃなかろう・・・
なぁんて思わなくもないんだが、
これも前回通り、そんな野暮なことは脇に置いといて、
「よくまあこんなこと考えたな~」って感心しながら
作者の仕掛けた壮大な "ホラ" を素直に楽しむべきだろう。

前回とは打って変わって、海老原くんの中にも
自分が "名探偵になった" って自負が出来たみたいで
すっかり押しが強くなり、前回から犬猿の仲であるところの
刑事の小沢くんとも堂々と張り合って見せて
このあたり、二人の掛けあいが本当に面白くなってる。

巻末の解説によると、「十三回忌」と本書を含めると
もう9作も発表しているらしい。ということは、
これから続々と文庫化されるということだよね。
とっても楽しみである。


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キョウカンカク 美しき夜に [読書・ミステリ]

キョウカンカク 美しき夜に (講談社文庫)

キョウカンカク 美しき夜に (講談社文庫)

  • 作者: 天祢 涼
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/07/12
  • メディア: 文庫



評価:★★☆

文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりと、
通常の感覚に連動して他の感覚が生じることを「共感覚」と言うらしい。
wikiにも載ってて、実際に共感覚をもっている実在の人物の一覧まで
あるんだから、本当なんでしょう。
(本書では「10万人に1人の割合で存在」って書いてある。)

殺した遺体を必ず燃やすという殺人鬼・"フレイム" 。
フレイムに妹を殺された高校生・天弥山紫郎(あまや・さんしろう)は、
謎の女性・音宮美夜(おとみや・みや)と出会う。

彼女は、「自殺願望」や「殺意」などの感情を、
その人間の声に "色" として見ることのできる共感覚者だった。
彼女はその "感覚" を使って独自ルートで犯罪の捜査を行っていた。

山紫郎を助手としてフレイム探索を開始した美夜は、
ある人物の "声を見て"、 フレイムであると直感するのだが・・・


物語があまり進んでいない段階で「フレイムはこいつだ!」って
美夜が言い出すんだが、当然ながら証拠は何もないわけで
美夜の直感が正しかったのか間違いだったのかも含めて
最後までフレイムの正体は分からない。

そういう意味では通常のWho done it ? ミステリでもあるんだが、
この物語のキモは「なぜ死体を燃やしたのか」という
Why done it ? にあるのだろう。
ラストで明かされる理由は、たしかに意外極まるものではあるが・・・

サイコパス気味のシリアルキラーってのが、私はあまり好きではないし
探偵役の美夜サンの "不思議ちゃん" ぶりもちょっとついて行けない。

 まあ、本格ミステリの探偵役では、
 奇人変人でないのを探す方が大変なんだけど・・・

美夜が、かなり不幸な過去を背負っていて、
エキセントリックな振る舞いもそこに原因があるのが
作中で示されてはいるんだけどね・・・

「共感覚」という素材、「音宮美夜」というユニークな探偵役と
新人さんらしい意欲的な作品ではあるのだけど
今ひとつ私の好みに合わないかなあ・・・

というわけで、ロジカルなミステリ部分だけなら★3つなんだが、
好みと合わない分だけ★半分減点してしまいました。
スミマセン。


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十三回忌 [読書・ミステリ]


十三回忌 (双葉文庫)

十三回忌 (双葉文庫)

  • 作者: 小島 正樹
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2013/07/11
  • メディア: 文庫



評価:★★★☆

静岡の資産家・宇津城家。
大井川上流の山奥に広大な敷地を持ち、
そこに何棟もの屋敷を構えている。

13年前、その当主・恒蔵の妻・律子が不審な死を遂げる。
事故死として処理されたものの、律子の年忌法要のたびに
宇津城家の敷地内で少女が殺されていく。

一周忌では、ハシゴも脚立もない場所で、
4メートルもの高さの樹木のてっぺんに、胴体を串刺しにされて。

三回忌では、被害者は森の木に縛り付けられ、
切断された首がいずこかへ持ち去られて。

七回忌では、唇を切り取られた死体が滝に沈められて。

そして迎えた十三回忌。被害者は侵入不可能な密室の中で、
背中からナイフで刺し貫かれて・・・。


探偵役は、親の遺産で悠々自適の生活を送る青年・海老原浩一。
友人である静岡県警の刑事・笠木と共に、連続殺人事件へ介入していく。


島田荘司氏の後押しでデビューした新人作家さんのようだが、
師匠を彷彿とさせるような大がかりなトリックが
いくつも投入されている。

三回忌の首切断のシーンも、ありきたりかと思いきや
ラストの解明を読むと「え・・・」って絶句してしまうし。

殺人以外にも、
真夏の7月に線路に積もった雪(!)のせいで列車が転覆したり
壁から死者の声が聞こえてきたり。
もちろんラストではきっちり解明されるけど、
サービス精神は非常に旺盛。

ただまあ、一周忌の「死体を樹に刺す」トリックは
さすがにちょいと無理がありそうかなあ・・・
書かれているとおりなら確かに可能そうだが
現場を調べても何があったか分からないほど
日本の警察は無能じゃないだろう・・・とは思う。

でも、そんなことはほとんど気にならないくらいの
力が入った作品なのは間違いない。

細かい欠点を探すより、のびのびと(笑)描かれたトリック群を
素直に楽しむのがこの手のミステリを読むときのお約束だろう。


島田荘司氏は、今まで多くの新人作家を発掘し、送り出してきた。
本書の著者・小島正樹もそういう中の一人とのことだ。
デビューまでの経緯を、巻末エッセーの中で島田氏自らが述べている。

それによると、全くの無名の新人が本を出すことが如何に大変なことか、
島田荘司という "ビッグネーム" の推薦があっても、
いや、推薦があるがゆえに余計な風当たりや軋轢が生じることなどが
こまごまと書いてあって、やっぱり作家デビューするには
何でもいいから "新人賞" と名のつくものを獲るのが
いちばん手っ取り早く、かつ "無難" なのだなあ・・・
なんてことを思った。


新人作家の処女作なんだけど、私はとても楽しんで読ませて頂いた。
特にラストでの○○○には「やられた~!」って思ったし。

いやあ次回作が楽しみですねぇ、っていうか
実はもう文庫化2冊目の「扼殺のロンド」を読み始めてたりする(笑)。


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