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エンドロール [読書・ミステリ]


エンドロール (講談社文庫)

エンドロール (講談社文庫)

  • 作者: 潮谷験
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/04/14

評価:★★★★☆


 5年前、天才小説家・雨宮桜倉(あめみや・さくら)は22歳で夭折した。弟の葉(よう)は姉の背中を追って小説家を志し、高校2年生にしてミステリの新人賞を受賞した。
 しかしその頃、自殺を肯定する "生命自律思想" を唱える者たちが、雨宮桜倉の遺作を利用して勢力を増しつつあった。
 葉は動画配信者・遠成響(とおなり・ひびき)と組んで対抗しようとするが、そんなとき、ネットテレビ(動画配信サイト)から、生命自律主義者との討論番組への出演オファーが舞い込むが・・・


 主人公・雨宮葉は高校2年生にしてミステリ新人賞を受賞した。5年前に22歳で病死した姉・桜倉を追って作家を目指してきたのだ。

 そのころ、"生命自律思想" というものがネットを中心に広まりつつあった。コロナ禍の最中だった2020年に服毒死を遂げた哲学者・陰橋冬(かげはし・とう)が唱えた、自殺を肯定する思想だ。

 雨宮桜倉の遺作『落花』は、ブックカフェを立ち上げる若者を扱った小説で、彼女は脱稿した1ヶ月後に亡くなった。しかし、そのモデルとなったブックカフェは彼女の死後に閉店し、スタッフが全員自殺してしまった。実は店の出資者は陰橋で、スタッフは全員、彼の思想の信者だったらしい。

 『落花』は若者の希望を描き、前向きなメッセージに溢れた作品だったが、スタッフの自殺によって、間違ったメッセージとして受け止める者が出てくるかも知れない。
 同時期に、やはり信者だった女性アイドルの自殺が起こり、自殺者の増加が懸念される事態となってしまう。

 姉の遺作が自殺の増加をもたらしかねない事態を憂慮した葉は、動画配信者・遠成響と協力し、"生命自律思想" についての警鐘を鳴らす活動を始める。
 そんなとき、ネットテレビ(動画配信サイト)のディレクター・久慈沢達也(くじさわ・たつや)から、生命自律主義者との討論番組への出演オファーが舞い込んでくる。

 討論は3対3。こちらは葉、響、そして箱川嵐(はこがわ・あらし)という高校生。嵐は名門で知られるサッカーの強豪校で主将を務め、プロ入りが確実視されている逸材だ。
 相手は長谷部組人(はせべ・くみひと)をリーダーとする生命自律主義者たち3人。

 いよいよ討論が始まる。さぞかし激しい舌戦が交わされるのかと思いきや、予想外の展開を迎える。
 生命自律思想主義者との言論バトルは決着がつかず、後半で第二ラウンドに入るのだが、ここでもまた意外な事態が発生する・・・


 ミステリであるから、作中では死者も現れるのだが、誰がどこで命を落とすのかも含めて予備知識がない方が楽しめるだろう。

 登場人物があまり多くない代わり、それぞれのキャラ立ちが際立つ。

 葉は作中で、たびたび深い洞察力の冴えを見せ、探偵としての能力を示すのだが、ずっと姉の姿を追いかけ続けるというシスコンぶりに、いささか危惧を覚える。
 しかし、本作の中で最も変化と成長を見せるキャラでもある。どう変わっていくのかも本書の読みどころだろう。

 響は未成年を自称する女性だが、酒を飲んでる動画もアップしてるので二十歳は越えてるはず(笑)。性格はいたって開放的で活動的。年下である葉への好意を隠さないのだが、彼のほうは迷惑みたいだ(おいおい)。

 嵐はスポーツマンだが、いわゆる "脳筋" ではない。理知的で論理的な思考ができる文武両道キャラで、"健全" を絵に描いたような人。
 本作は拗らせたり病んだりしてるキャラばかり(笑)なので、バランスをとるためにも彼のような人物が必要なのだろう。

 組人をはじめとする生命自律主義者たちも、その思想に染まってしまった背景がそれぞれ描かれていて、薄っぺらい存在ではない。

 警察側の代表として登場するのが警視庁の管理官・舞子ノ宮静流(まいこのみや・しずる)警視。29歳のキャリアだが「(管理官なんて)ドラマでは損な役回り」とか「(キャリアなんて)ロクな役割じゃない」って自分で言い出すあたり、かなりユニーク。
 本作だけで終わるのは惜しいなぁ。彼女には、ぜひ今後の作品にも出てほしい。

 葉の姉・桜倉は故人だが、回想シーンとして本書の中で何カ所か登場し、彼女の言動が葉を導いていく。一緒に出てくる桜倉の友人・リナちゃんもいい味出してる。


 ちなみに本書の初刊は2022年3月。本作の舞台がいつなのかは明記されていないのだけど、絶望感や閉塞感に囚われていたコロナ禍からあまり時を経ていない時代に起こったこととして描かれている。
 コロナ禍のさなかに書かれたミステリは、コロナが流行していない世界を描いたものがほとんどだった。コロナの影響を取り入れた作品は、これから増えていくのかも知れない。



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『ゴジラ ー1.0』 ネタバレあり感想 後編 [映画]


 表記にあるとおり、『ゴジラ ー1.0』のネタバレあり感想・後編を始めます。
 未見の方はぜひ劇場でご鑑賞の上で再度お越し下さい。
 映像・音響共に、まさに映画館の優れた設備で ”体験” するための作品で、一見に値する映画だと思います。

 「ネタバレなし感想」は11/12にアップしております。


■海神作戦開始

 いよいよ「海神作戦」が開始される。参加艦艇は、駆逐艦「雪風」「響」「夕風」「欅」のわずか4隻。しかも武装解除のため砲塔は撤去されていて、丸腰の状態だ。

 敷島の駆る「震電」によって相模湾へと誘導されたゴジラに向かって、まず「夕風」「欅」が突進する。ゴジラはこの2艦を熱戦で一掃するが、実は両艦とも無人。これは銀座での熱戦発射後のゴジラの ”損傷” 具合から、短時間内での連射はできないと踏んだ野田の計画だった。
 まずゴジラに一発撃たせてしまうための囮。実際の間隔を計測したわけではないから、これもけっこう危ない橋を渡ってるよねぇ。でも「穴だらけの作戦」なのは、みな百も承知の戦いだ。

 残る「雪風」と「響」による、ゴジラにガスのボンベを装着させる作戦が始まる。途中、二艦がギリギリの距離ですれ違うという決死の操艦を見せる。
 なんでギリギリになったかはノベライズ版で解説されてる。「雪風」の艦尾に装備されたクレーンが吊っているワイヤーと、海面との間のわずかな隙間を「響」が通り抜けるためだ。

 2艦とも海中にワイヤーを曳航したまま交差すると、ワイヤーが艦体に接触して損傷したり、スクリューに絡んでしまうリスクがあるからだろう。
 ノベライズを読んでからもう一度映画館に行ったら、このシーンはちゃんと画面に映ってる。細かいところまで考えて作ってるんだなぁと思った。

 堀田艦長の「全艦、衝撃に備えよぉぉ!」の命令が緊迫感満点でシビれる。


■ゴジラ、深海へ

 ゴジラへのボンベ装着に成功、開放されたガスの発泡に包まれ、浮力を失ったゴジラは1500mの深海へ一気に沈降していく。

 『ゴジラ-1.0』は、さまざまな形態で上映されてるけど、IMAXで観ると音響に圧倒される。ここでのゴジラ周囲の爆発音、続いて深海へ引き込まれていく海水の音は、全身に響いてくる。まさに ”轟音” だ。

 ゴジラって、普段はどうやって浮いてるんだろう?って疑問を頭の隅に残しつつも(笑)、目はスクリーンへ釘付けだ。

 流石のゴジラも、熱線の放射態勢へ入っていた背びれの輝きが消えたので、それなりの効果はあった模様。
 しかし未だ動きは止められないようで、野田は ”予備作戦” への移行を進言、バルーン展開によるゴジラ引き上げへと進んでいく。

 ところがゴジラはバルーンを食い破り、引き上げ途中で停止してしまう。堀田は駆逐艦2艦による引き上げを始めるが、絶対的な推力が足りない。


■”援軍” 登場

 そこに、水島率いる船団がやってくる。負傷によって作戦から外された彼は、近隣の小型船舶をかき集めて作戦海域へ急行してきたのだ。

 ちりも積もれば山となるではないが、小さい船でも数が揃えば大きな力になるってわけで、首尾良くゴジラ引き上げに成功。

 あんなにたくさんのロープで引っ張られて駆逐艦の艦体は大丈夫なのかとか、ワイヤーは(海水の浮力はあるにしろ)ゴジラの体重に堪えられるのかとか、頭の隅っこに浮かんだけど、そこはツッコんではいけないところ(笑)。

 浮上してきたゴジラは体のあちこちがなんだか爛れたみたいになっていて、かなりのダメージを喰らっているように見える。しかしそれでもなお、熱線放射シークエンスに入ってしまう。このままでは海神艦隊(+水島船団)の消滅は必至だ。


■敷島の決断

 万事休すと思われたそのとき、敷島の「震電」がゴジラに向かって突っ込んでいく。750kgもの爆弾を抱えていたのも、ゴジラと差し違えて倒すため。

 「震電」はまっすぐにゴジラの口へと突入、次の瞬間大爆発が起こってゴジラの頭部が吹っ飛ぶ! そして本体もまた、光を放ちながら崩壊を始め、破片となりながら海中へ没していく・・・

 敷島は・・・一同が呆然とする中、野田が上空のパラシュートを発見する。彼は直前で脱出していたのだ・・・

 橘は、爆弾と同時に脱出装置も装着していたのだった。彼もまた敷島に「生きろ!」と告げていた・・・



■脱出装置

 2回めの鑑賞のとき、「震電」を整備している橘のシーンでコクピットが映ったのだけど、座席の背面に横文字が書いてあったことに気づいた(ドイツ語っぽいと思ったけど、ノベライズ版ではやっぱり「ドイツ製」と明記されてた)。

 ネットで調べたら、圧縮空気を利用した座席の射出装置は、第二次大戦中に既にドイツとイギリスで完成していたらしい。前線の戦闘機に搭載されるまでには至らなかったが。

 この「震電」の射出装置は、橘が進駐軍から手に入れて ”後付け” で装備したものだと思ってたんだが、Yahoo!ニュースの記事で、(映画内の設定として)機体にもともと付いていたのではないか、っていう考察があった。

 日本は大戦中にドイツから潜水艦を使って様々な軍事情報を得ていた。ジェット戦闘機Me262やロケット戦闘機Me163の情報まで手に入れていた。日本がそれを元に「橘花」と「秋水」を建造したのは有名な話だ。
 ならば、ドイツが開発した射出装置もまた潜水艦を使って日本に持ち込まれ、「震電」の試作機に装備されていたのではないか、というもの。

 「震電」は後方にプロペラがある関係で、パイロットが脱出する時にプロペラに接触して負傷する可能性がある。そのため、元々の設計ではプロペラシャフトに爆薬を仕込み、パイロットが機を捨てる際にはそれを使ってプロペラを爆散させる仕組みを取り入れる予定だったという。
 ドイツから射出装置が手に入ったのなら、それを使う方が確実なのは間違いないので、この考察には「なるほど」って思った。

 いくら橘が整備士として有能でも、短時間で射出座席を機体に組み込むのは、流石に無理があるよねぇ。


■生きる

 経緯はともかく、敷島は自ら「生きる」ことを選択した。
 典子の喪失を乗り越え、彼の心を ”生” へと向けさせたのは、明子の存在もあっただろう。「海神作戦」に参加した人々の、諦めずに運命に抗う姿勢もあっただろう。

 でも、いちばん大きかったのは、突入直前に「生き残ったものは、きちんと生きていくべきです」という彼女の言葉を思い出したから、そして何より、いま生きているのは、銀座で彼女が自らの身を挺して守ってくれたから、ではないだろうか。いわば、彼女から ”譲られた” 命なのだから。

 いずれにしろ、この映画のテーマである「生きて、抗え」を体現したシーンだろう。

 生き残ったとしても、敷島を待っているのは典子のいない世界。それでも、生きていく。そういう覚悟をしたのだろう。

■再会

 「海神作戦」を終え、帰港した「雪風」。しかし敷島に笑顔はない。そんなとき、出迎えの人々の中から明子を抱えた澄子が現れ、一枚の電報を渡す。
 それをみた敷島は顔色を変え、明子を抱いて病院へ向かう。そしてそこの病室には・・・典子の姿が!

 包帯姿も痛々しいが、生きていた典子の姿に号泣する敷島。そんな彼に、典子は優しく語りかける。

「浩さんの戦争は、終わりましたか・・・?」

 思えばこの2時間の映画(作中時間では実に2年近い)の間、敷島は悩み、悔やみ、悲しみ、泣き、そして怒りと絶望に苛まれてきた。

 だが、このラストシーンで流した涙は、いままでとは全く違う、温かい喜びに溢れたものだったはずだ。彼の戦争は、まさに今、終わったのだ・・・


 典子は死んだままの方がよかったのではないか、という意見も散見する。まあ、そのほうがドラマとして綺麗に収まるのかもしれない。
 でも、私は思う。2時間の上映時間のうち、1時間59分くらいはずっと悩み苦しんできた敷島に、最後の1分くらいご褒美をあげても罰は当たらないんじゃないか、って。
 頑張った者が報われるとは限らないのは世の常。だからこそ、フィクションの中だけでも、報われて幸せを掴む姿を、私は見たい。

 私はこのラストシーンの後、二人は幸福になったと信じている。


■不穏

 ラストシーンの典子の首筋に、不気味な黒いアザのようなものが浮かび上がってくるという不穏なカットで二人の物語は幕となる。

 ここの解釈は様々だろう。まあ普通に考えれば、ゴジラのまき散らした放射能に被曝したことで、典子の体にこれから何らかの健康被害が起こって来るのかもしれない、ということ。

 ネットには、銀座で剥がれた落ちたゴジラ細胞を典子が体内に取り込んでいて、その生命力のおかげで生き残れた(あるいは甦った)のだろう、って意見があって、それもまた大胆な解釈だと思った。

 ゴジラ映画であるならば、やはり核兵器、そして放射能の恐怖について描かれるのは当然で、むしろ全く触れないのも不自然だろう。

 もちろん、単なるアザで、そのうち消えてしまうって考えることもできる。そう考えられたら精神衛生的にはいちばんいいのだが(笑)。

 もっと大きく考えれば、”核” や ”戦争” の暗喩なのかもしれない。
 ゴジラは去っても、人類は ”核” の力を手にしてしまった。人類文明の陰には、これからもずっと ”核” の脅威が存在し続ける。そして ”戦争” もまた、なくなることはない。

 一見して平和な世界に見えても、その裏には常に ”核” や ”戦争” があり続ける、ということを示しているのかもしれない。

 ハッピーエンドかと思えたラストに、ちょっと不穏な余韻を残すというのはよくある手法で、この映画でもその解釈は観客に任されているのだろう。


■ゴジラ復活?

 そして最後は、深海に沈降していくゴジラの破片の映像。徐々に再生を始めていくような描写でエンドとなる。
 ゴジラは完全に倒すのは不可能な不滅の存在で、いつかまた人間の前に現れる・・・ということだよね。

 山崎監督は「もう1本くらい撮りたい」なんて言ってるらしいから、ひょっとして何年か後に、再び同じ監督によるゴジラ映画が観られるかもしれない。


■おまけ

 プラモデルメーカーのハセガワから、こんな製品が発売されるとアナウンスがあった。

「九州 J7W1 局地戦闘機 震電 『ゴジラ-1.0』 劇中登場仕様」
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 映画とのコラボ製品ですね。発売は12月27日頃とある。ハセガワの公式サイトにある紹介ページにある「※キットにゴジラは付属しません」という注釈が笑える。

 心が躍って購買欲が刺激されるのだけど、もう50年もプラモデルに触ってないからなぁ。上手く作れる自信は全くない。
 1/48スケールだから全長196.5mm、全幅231mmもあって、意外と大きい。たとえ上手く作れても飾る場所に困りそうだ。うーん、どうしよう・・・


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マトリョーシカ・ブラッド [読書・ミステリ]


マトリョーシカ・ブラッド (徳間文庫)

マトリョーシカ・ブラッド (徳間文庫)

  • 作者: 呉勝浩
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/05/13

評価:★★★★☆


 神奈川県警に一本の匿名電話が入る。「5年前、死体を埋めた」
 通報の通り、東京都と神奈川県の境にある陣馬山から白骨死体が見つかり、傍らにはマトリョーシカが埋められていた。
 さらに、同じ通報者によって八王子市から第2の死体が発見される。こちらにもマトリョーシカが。
 神奈川県警と警視庁による合同捜査となるが、刑事たちはお互いに反目し合い、協力体制の構築は覚束ない・・・


 JR川崎駅の公衆電話から神奈川県警に入った匿名電話。
「5年前、死体を埋めた。埋まっているのは香取富士夫(かとり・ふじお)だ」
 通報通り、陣馬山から白骨死体が見つかり、その傍らにはマトリョーシカが埋められていた。その中には正体不明の液体が入ったガラス瓶が。

 ちなみにマトリョーシカとは、大きな人形の中に小さいサイズの人形が何重にも入れ子構造になっている、ロシアの民芸品だ。

 香取は7年前に発覚した薬害事件に関わった医師だった。彼の勤務する東雲(しののめ)総合病院で、10歳の女児を含む4人のガン患者が急死した。原因はムラナカ製薬が開発した抗ガン剤「サファリ」。新薬の副作用を報告していなかった病院は非難に晒されるが、香取の部下の医師が自殺したことによって真相はうやむやになってしまう。

 その2年後、病院・製薬会社・厚生労働省を相手に被害者団体が起こした民事訴訟でも因果関係を立証できず、和解に至る。そしてその3ヶ月後に香取は失踪していた。

 そして再び匿名の通報により、八王子の公園内で第二の死体が発見される。遺体の側にはマトリョーシカが置いてあり、中には家庭用ビデオカメラのDVテープが。
 被害者は弓削浩二(ゆげ・こうじ)。厚労省の元官僚で、薬害事件の当事者の一人だった。ビデオに映っていたのは香取の遺体を損壊する謎の人物の姿。同一画面の中に映っているTVの映像から、撮影されたのは5年前、香取の失踪直後のものと判明する・・・


 メインとなる薬害事件だけでもけっこうスケールの大きな話なのだが、それに加えて重いテーマが二つもある。

 第一は、主人公の一人である神奈川県警の刑事・彦坂(ひこさか)の抱えているもの。彼には香取に対して "負い目" があった。失踪する直前、彼の愛人だという女性・林美帆(はやし・みほ)から「香取に身の危険が迫っているかも知れない」という相談を受けていたが、まともに取り合わずに放置してしまったのだった。

 二件の殺人は事件は神奈川県警と警視庁の合同捜査となり、彦坂もそれに加わるが、被害相談を握りつぶしたことが殺人に発展したことが発覚すれば県警を揺るがす不祥事になってしまう。彦坂(と神奈川県警)はそれを隠したまま捜査に臨むことになる。

 第二は、神奈川県警と警視庁の反目の問題。このあたりは警視庁の刑事・辰巳(たつみ)の行動を通して描かれる。
 競争意識はあるだろう。縄張り意識があるのも分からなくはない。だけど、組織のしがらみに囚われ、意地とメンツに拘り、顔を合わせればけんか腰でのもの言い、そして足の引っ張り合いを続けるのは如何なものか。まったく「誰のために働いてるんだよ」って云いたくなる。


 「神奈川県警と警視庁は仲が悪い」ってのは警察小説の世界では定番の設定(笑)みたいなんだが、ホントのところはどうなんだろうね?


 当時の関係者を洗ううちに容疑者が浮上してくるが、これ以上ないような鉄壁のアリバイを持つことも判明する。合同捜査にあたる刑事たちの足並みの乱れが真犯人への道を阻み、全容解明までほど遠いことをうかがわせる。


 しかし牛歩の歩みながら、刑事たちは徐々に真相に肉薄していく。だが皮肉なことに、真実に近づいたが故に、この社会を支配する ”理不尽” に直面することにもなる。警察内部のいがみ合いなんてものを遙かに超えた巨大なものだ。
 このあたり、詳しく書くとネタバレになるので隔靴掻痒の感がある。

 そんな中、辰巳の部下である若手刑事・六條(ろくじょう)がキーパーソンとなっていく。資産家の家族を持つが故に、組織のしがらみに囚われず、一歩引いたところから俯瞰してものを見られる立場にいる。読者からすると、いちばん感情移入しやすいキャラかも知れない。
 序盤では辰巳に顎で使われる身だが、事件を通じて成長を遂げていき、終盤に至って重要な役回りを果たすことになる。


 この作者の特徴として、本格ミステリ要素も併せ持つことがある。事件の各所で、そこぞれ大きさの異なるマトリョーシカが現れる。つまり、一組のマトリョーシカがバラバラにあちこちで使われているわけで、この人形の持つ意味も大きな謎だ。

 文庫で500ページを超える中で、新たな証拠や事実が見つかるたびに事件の様相が二転三転し、さまざまな伏線や断片が終盤に向かって綺麗に収束していくのは、毎度ながら見事なものだ。



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