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鵼の碑 [読書・ミステリ]


鵼の碑 【電子百鬼夜行】

鵼の碑

  • 作者: 京極夏彦
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/09/14

評価:★★★★


 「鵼」(ぬえ)とは、頭が猿、むくろ(胴体)は狸、尾は蛇、手足は虎の姿をした妖怪で、鵺(ぬえ:トラツグミ)に似た声で鳴くという。
 「百鬼夜行」シリーズ、17年ぶりの書き下ろし長編。昭和29年の日光を舞台に、五つの物語が錯綜する。古書肆(こしょし:古本屋)である中禅寺秋彦(ちゅうぜんじ・あきひこ)は、戦前~戦後にかけての巨大な陰謀を明らかにしていく。


 本書は五つのストーリーラインが並行して語られる。それぞれのパートには、タイトルの妖怪に倣ってか「蛇」「虎」「貍(狸)」「猨(猿)」「鵺」という章題がついていて、最後に解決編である「鵼」という章が置かれている。

「蛇」
 小劇団の座付き作家・久住加壽夫(くずみ・かずお)は、新作執筆のために日光のホテルに逗留している。
 ある日、周囲を散歩しているときに小説家・関口巽(せきぐち・たつみ)と知り合う。久住は関口に「ホテルの従業員の娘が『人を殺した』と云っている」と打ち明けるのだが・・・

「虎」
 御厨富美(みくりや・ふみ)は、寒川薬局で働いている。しかし主人の寒川秀巳(さむかわ・ひでみ)が失踪してしまう。恋人でもあった寒川の捜索を依頼するために、富美は薔薇十字探偵社を訪ねてきた。
 寒川の父親は植物学者で20年前に事故死していたが、彼は父の死亡時の状況についてずっと調べていた。富美が云うには寒川は日光へ向かったらしい。
 依頼を受けた探偵助手の益田は、富美と共に日光へ向かう・・・

「貍」
 刑事・木場修太郎(きば・しゅうたろう)は、先輩刑事・長門の退官祝いの席で奇妙な話を聞く。
 20年前の昭和9年、東京の芝公園で3人の遺体が発見された。到着した警察によって遺体は運び出されたが、それきり遺体は行方知れずになってしまう。
 捜査員と偽って外部の者が入り込んでいたようだが、真相は藪の中。気になった木場は独自に調べ始めるのだが・・・

「猨」
 中禅寺秋彦は日光東照宮にいた。新たに発見された長持の中に古文書と経典が見つかり、調査担当の築山公宣(つきやま・こうせん)から助っ人を頼まれて、研究者の仁礼将雄(にれ・まさお)とともにやってきたのだ。
 仁礼は、宿泊していた民宿の親父から、昭和12年頃に "光る猿" が現れた、という話を聞くが・・・

「鵺」
 大学で病理学を研究する緑川佳乃は、大叔父が亡くなったとの知らせを受けて日光にやってきた。
 大叔父は20年前まで理化学研究所に勤めていて、それを辞めてから日光の山奥にある診療所にこもって診療を続けていたらしい。
 しかし診療所に残されたカルテは異様に少ない。大叔父の生活に不審なものを覚える佳乃だったが・・・


 五つのストーリーラインはみな20年前の ”昭和9年” に向かって収束していき、最終章「鵼」で一つになる。これらはいわば「鵼」という山を登る五本の登山道みたいなもので、登っている途中では自分がどこにいるのかも分からない。途中で見える景色も、他の登山道から見たら異なる形に見えることもある。そして頂上に至って初めて、自分たちが登っていた山の形が分かる。そういう風にできている話だ。

 17年ぶりの新作だが、レギュラーメンバーたちは健在。関口は相変わらずボーッとしているし(笑)、木場は強面で、中禅寺は古文書に夢中で、榎木津は事態を引っかき回すだけ(おいおい)。
 ああ、「百鬼夜行」の世界に帰ってきたなぁ、って思える(笑)。

 それにしても、作者は関口や益田など、ちょっとトボけて抜けてるキャラを描くのが抜群にうまい。もっと云うと榎木津みたいなハチャメチャなキャラを書かせたら独壇場だね。彼が登場するシーンは多くないのだけど、一言しゃべるたびにもう爆笑してしまう。人がいる場所では読まないほうがいい(笑)。

 作者の本は「レンガ」とか「枕」とか云われているくらい厚い。本書も830ページくらいある。並の小説3~4冊くらいの分量だろう。何でこんなに厚いのか、ちょっと考えてみたんだけど、一つのシーンが長いんだね。
 例えば、御厨富美が薔薇十字探偵社にやってきて、益田に寒川の調査を依頼するシーン。登場人物はこの二人だけ、場所は事務所。ここで34ページも使う。新書で上下二段組だから、文庫に換算したら50ページ近いんじゃないかな。短編小説ひとつ分くらいある。でも冗長とか退屈とか感じさせないで面白く読ませるんだよねぇ。これはやっぱりたいしたものだ。
 "京極節" というか、みんなこの語り口が好きなのだろう。

 17年も新刊が出なかったのには、いろいろ理由があったみたいだけど、本書の中核にある "ネタ" も原因のひとつかな。これがために、出版(執筆)する時期を延期せざるを得なかったのだろう、ってのは理解できる。

 ぜひ次作は、あんまり待たされずに読みたいものだ。



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この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 [読書・SF]


この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 (創元SF文庫)

この地獄の片隅に パワードスーツSF傑作選 (創元SF文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/03/11

評価:★★★☆


 どこぞのアニメ映画のタイトルみたいだが、本書はSFアンソロイジー。ロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』から始まり、SFの重要ガジェットとなった「パワードスーツ」「パワードアーマー」「二足歩行メカ」などを扱った作品、全12編を収める。


 各編の扉裏に、作品の概要と作者紹介が載ってるのだけど、この概要がとてもよくできてるので、以下の文章にも引用させてもらいました。


「この地獄の片隅に」(ジャック・キャンベル)
 異星種族との戦争の最前線で、いつ果てるとも知れない激戦を続けている小隊。そこへ司令官のマクドゥーガル将軍が前線視察にやってきて・・・
 前線の一兵士から司令官まで全員がパワードスーツを着るようになったら、起こりそうな話。主人公の上官の女性軍曹がいい味。


「深海採集船コッペリア号」(ジェヌヴィエーヴ・ヴァレンタイン)
 遠い異星の海洋で、メカを用いて藻類などの採集作業に勤しむコッペリア号とそのクルーたち。だがその日は厄介なものを見つけてしまい・・・


「ノマド」(カリン・ロワチー)
 "ラジカル" と呼ばれる、メカと人間との融合体のギャングたちが闊歩する未来。人間のトミーを喪った(メカの)「オレ」は、"縞"(シマ)を抜けて無所属(ノマド)になろうとするが・・・
 全員がパワードスーツを着用したヤクザ同士の抗争みたいな話、って云ったら怒られるかな?


「アーマーの恋の物語」(デヴィッド・バー・カートリー)
 天才発明家アンソニー・ブレアはめったに人前に出ず、また決してアーマーを脱がないことで知られていた。暗殺者を恐れる彼の秘密とは・・・
 ブレアの前に現れた魅力的な女性・ミラ。ブレアは彼女に自分の秘密を語るが、ミラ自身にもまた秘密があって・・・というところから始まる、SFならではのサスペンスがたっぷりのラブ・ストーリー。


「ケリー盗賊団の最後」(デイヴィッド・D・レヴァイン)
 19世紀末、開拓時代のオーストラリア。隠棲する老発明家アイクのもとに現れた "賞金首" ケリーが彼に造るように要求したのは・・・
 蒸気機関で動くパワードスーツなんて「帝国華劇団」かいな、って思ったけど、扉絵に描かれたメカが素晴らしい。これもスチームパンクなのか?


「外傷ポッド」(アレステア・レナルズ)
 偵察任務中に攻撃を受け、深刻な傷を負って外傷ポッドに収容された兵士マイク。医師アナベルが遠隔通信により彼を救おうとするが・・・
 終盤の展開が怖い。SFホラーだね。


「密猟者」(ウェンディ・N・ワグナー&ジャック・ワグナー)
 地球が人類遺産保護区に指定されてから100年。月出身のカレンは傑出した自然保護官(レンジャー)ハーディマンらとともに密猟者の取り締まりに向かうが・・・


「ドン・キホーテ」(キャリー・ヴォーン)
 スペイン大戦末期の1939年。敗色濃厚な共和国側を取材していた「わたし」は、奇妙な戦闘跡を追いかける。その先で見つけたのは・・・
 敵の大部隊を一台で殲滅した新兵器・・・これ、モデルは「○ン○ン○」? でも、それを見つけた「わたし」は意外な行動をとる。まあ理解はできるけど。


「天国と地獄の星」(サイモン・R・グリーン)
 人類に対して極めて敵対的なジャングルが繁茂する惑星アバドンに、基地建設要員として送り込まれたポールたち。そこは地獄のような環境だったが・・・
 主人公の着用するパワードスーツのAIには、亡き妻の人格と記憶が移植されていて、"彼女" と会話をしては嘆く・・・って、もうそれだけで主人公が ”病んでる” のがわかるよね。


「所有権の移転」(クリスティ・ヤント)
 専用の着用者であるカーソンを殺された外骨格(エグゾ)の「わたし」は、カーソンを殺した男に着用されるが・・・


「N体問題」(ショーン・ウィリアムズ)
 ループと呼ばれる一方通行のワープゲート網の行き止まりにあるハーベスター星系。そこに流れ着いたアレックスは、そこでメカスーツを着た不思議な女性執行官アイと出会う・・・
 短編の中にいろいろなテーマが潜み、ミステリ要素もある。


「猫のパジャマ」(ジャック・マクデヴィット)
 パルサーをめぐる研究ステーションを訪れた支援船カパーヘッド号。だが、ステーションは何らかのトラブルに巻き込まれているらしく・・・
 もう少し展開を明かすと、ステーションは事故にあって生存者はいなかったが、猫が一匹生き残っていた。しかし使えるスペーススーツは一着しかなく、その中に人間と猫は同時には収められない。支援船の責任者ジェイクはなんとか猫を救おうとするが・・・という話。猫好きな人にはたまらない作品かも。


 現代でも「パワードスーツ」は軍用/民生用を問わずに研究されているだろうが、やはりSFとしては未来が舞台になるだろう・・・と思っていたら、19世紀末や第二次大戦など過去の時代の作品もあったのはちょっと驚き。

 そして未来の「パワードスーツ」には、(当然のことだろうけど)着用者を支援するAIが搭載されるようになっていく。だがその機能は様々だ。その中には、自ら "意思" を持ち、着用者不在の状態でもスーツを動かせるものまで出てきていて、そうなるともうほとんど「ロボットSF」になってしまう。

 中原尚哉氏は、好きな翻訳家さん。この人の訳は、翻訳文っぽさをあまり感じさせずに、すいすい読める。
 あと、文庫のカバー絵と各編の扉絵の合計13枚は、加藤直之氏の手になるもの。相変わらず素晴らしいできで、「これぞSF!」って感じさせてくれる。



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非日常の謎 [読書・ミステリ]


非日常の謎 ミステリアンソロジー (講談社タイガ)

非日常の謎 ミステリアンソロジー (講談社タイガ)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/03/12

評価:★★★


 コロナウイルスが世界を席巻していた "非日常" の時期においても、身の回りではいつもの "日常" が進行していた。ならば、"日常" の中にも "非日常" が潜んでいるのではないか・・・というテーマのもとに編まれたアンソロジー。
 ちなみに、文庫表紙の絵がタイトルをよく表していて、実に秀逸。


「十四時間の空の旅」(辻堂ゆめ)
 主人公はまもなく16歳の誕生日を迎えるエリカ。12歳の時から、父の仕事の関係で一家揃ってアメリカで暮らしていたが、現地の生活に馴染めずに、日本の祖父母のもとで生活することになった。帰国のために一人で乗り込んだ旅客機の中で、4年間の生活を回想するエリカだが・・・
 エリカさんの境遇には同情を禁じ得ない。オチは途中で読めてしまうけど、この手の話は丸く収まるのがいちばんだよねぇ(笑)。


「表面張力」(凪良ゆう)
 老朽化したアパートを取り壊したところ、ある部屋の壁紙の下にお札が一面に貼ってあった・・・《管理人》
 寺の住職の弟で、附属幼稚園の園長をしている男は、妻に隠れて浮気をしているが・・・《園長》
 住職の妻は過去を回想する。かつて、恋愛成就のために、住んでいたアパートの部屋一面にお札を貼っていたことを・・・《彼女》
 隣の市の寺に出かけたところ、住職の家族たちの会話から小説のネタをみつけだした男は・・・《作家》
 この4つのパートの後、《編集者》というパートで意外な展開が。読んでると人間関係がこんがらかってしまいそう(笑)。


「これは運命ではない」(城平京)
 小山内敦(おさない・あつし)は就職して二年目。その日、取引先との会合に遅れそうで歩道を走っていたら、曲がり角で出会い頭に若い女性・三村景子(みむら・けいこ)にぶつかってしまう。散々に怒られてしまうが、なんと彼女は取引先の担当者だった。
 その終末、映画を見に行った敦だったが、なんと隣の席に景子がやってきた。驚く二人だったが、上映後には映画の出来を巡って一時間も激論してしまう。
 不思議な再会はこのあと二度も起こり、流石におかしいと思う敦。これは単なる偶然なのか、それとも彼女が仕組んでいるのか? 彼は大学の先輩・桜川九郎(さくらがわ・くろう)に相談するが・・・
 ラブコメみたいな展開に九郎が示す解釈が実にさまざま。日常(非日常?)の謎を多重解決するお手本みたいである。


「どっち?」(木元哉多)
 本田奎(ほんだ・けい)は、妻・美嘉(みか)が立ち上げたアパレル会社の広報部長を勤めている。美嘉の親友であるクリスティーンと浮気をしているが、美嘉の妊娠を知り、別れ話を切り出していた。
 ところが、美嘉が出産のために実家に帰っていて不在の家に帰ってきた奎は、寝室でクリスティーンの首吊り死体を発見する。浮気発覚を恐れる奎は、彼女の死体をゴルフ場の雑木林に埋めてしまう。隠蔽に成功したかと思われたが・・・
 ほとんどの読者は途中で真相に見当がつくと思うが、そこから先が本作の読みどころだろう。


「成人式とタイムカプセル」(阿津川辰海)
 小学4年生(10歳)のときに行う『二分の一成人式』。クラス委員だった主人公・有田雄馬(ありた・ゆうま)は友人たちと共にタイムカプセルを埋めた。
 そして10年後、20歳となった雄馬は、卒業した小学校から連絡を受ける。校舎改修で校庭を掘り返していたら「4-2有志」と書かれたタイムカプセルが出てきて、どうやら雄馬の代のものらしい。
 成人式に参加した雄馬は、そこで篠原日景(しのはら・ひかげ)と再会する。小学校5年の時にやってきた転校生で、雄馬の初恋の人でもあった。
 雄馬は日景と共に小学校へ向かうが、手紙とプレゼントが入っているはずのタイムカプセルの中は空だった・・・
 探偵役となる日景さんが実にいいキャラ。気さくで愛嬌もあり、打てば響くような気の利いた返しをする。雄馬とタメ口でじゃれ合う姿は実に微笑ましい。
 二人がこの後どうなるのか知りたいなぁ。続編でも後日談でもいいから書いてほしい(笑)。


「この世界には間違いが七つある」(芦沢央)
 部屋の中にいるのは、キララさん、田中さん、最高齢の真千子さん、その夫の孝介さん、そして「私」。
 キララさんが突然倒れて事切れた。しかし部屋の中の者たちはどこへも行けない。身動きすらしてはならない。なぜなら、"そう決められていたから"・・・
 これはミステリかなぁ。"奇妙な味" とも違う。不条理小説のような実験小説のようなSFのような。「先に書いた者勝ち」な、アイデア勝負の "一発芸" かな。



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文豪宮本武蔵 [読書・SF]


文豪宮本武蔵 (実業之日本社文庫)

文豪宮本武蔵 (実業之日本社文庫)

  • 作者: 田中 啓文
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2020/06/26

評価:★★☆


 巌流島で佐々木小次郎を倒した剣豪・宮本武蔵。だが小次郎には病身の妹・夏がいた。彼女の力になろうとする武蔵の前に、小次郎の亡霊が現れる。「夏を救えるのはおまえしかいない。そのためにおまえを一旦、別の世界に飛ばす」
 次の瞬間、武蔵は明治時代の東京にいた。そこで夏にうり二つの樋口一葉や、夏目漱石などの文士たちに出会い、武蔵はなりゆきで「小説家になりたい」と口走ってしまう・・・


 戦国時代末期から明治へとタイムスリップした宮本武蔵が、人力車夫をしながら小説家を目指す。ついでに帝都で進行していた陰謀も解決してしまう、コメディSF。


「第一話 武蔵、戦う」
 佐々木小次郎との対決を制した宮本武蔵。だが小次郎には病身の妹・夏がいることを知る。彼女のもとを密かに訪れた武蔵はその病状を知り、なんとか力になろうとするが士官の道はいっこうに開けない。
 思いあまって柳生但馬守に試合を申し込むが、その最中に小次郎の亡霊が現れ、
「おまえを一旦、別の世界に飛ばす。夏を助けてやってくれ・・・」
 武蔵が飛ばされた先は明治時代だった。そこで夏とうり二つの女性・樋口一葉と出会う。”一葉” はいわゆるペンネームで、彼女の本名は "夏子" だった。


「第二話 武蔵、剣を捨てる」
 夏子の助けを得て、明治時代での生活を始めた武蔵。
 ある日、帝大剣術同好会の者たちとトラブっていた男・正岡子規を助ける。彼を通じて夏目漱石などの文士たちとも知り合うことに。彼らとの会話の中で、武蔵は「私も小説家志望だ」と口走ってしまう。


「第三話 武蔵、小説を書く」
 夏子の書いた小説を読んで一念発起した武蔵は、人力車夫となって働きながら小説を書き始める。夏子との交流も次第に深まっていくが、彼女が(当時は不治の病とされていた)結核に冒されていることも知る・・・

 そして「第四話 武蔵、秘密を暴く」では、帝大剣術同好会の師範、さらにその背後にいる黒幕によって進行している陰謀に立ち向かう武蔵が描かれる。


 基本はタイムスリップテーマのコメディSF。明治の風俗に戸惑って頓珍漢な行動をとったり、戦国時代の常識を口にして周囲から不審がられたり、講談を聞きに行ったら自分(武蔵)の活躍が荒唐無稽に脚色されていて怒りだし、講談師にケンカを売ったり。
 もっとも最後まで読んでみると、武蔵の活躍がトンデモなく伝わった理由も意外と辻褄が合ってたりする。このあたりはけっこう上手い。
 明治の時代考証も意外と(失礼!)しっかり押さえているみたい。正岡子規が野球をするシーンとかもあるし。

 「エピローグ」では、過去に戻った武蔵の姿が描かれるんだが、時代を超えて薄命の女性二人に想いを寄せた武蔵の心情は、哀感たっぷりでちょっとホロリとさせる。

 ・・・と思ったら、この作者の持ち味というか "悪い癖" が、ここでもしっかり顔を出す(笑)。「エピローグ」の中のある記述を読むと、どっと脱力感に襲われる。結局、「○○○○」って云いたかっただけだったりする?



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清里高原殺人別荘 梶龍雄 驚愕ミステリ大発掘コレクション2 [読書・ミステリ]



評価:★★★★


 シーズンオフの冬を迎えた清里高原。ある別荘に5人の男女が忍び込む。ここで4日間を過ごすためだ。しかし無人のはずだったそこには意外な先客が。
 そして、総勢6人となった彼ら彼女らの間で殺人の連鎖が始まる。刺殺、毒殺、撲殺・・・姿なき殺人鬼は、外部の者か、別荘内に潜むのか、それとも彼らの中にいるのか・・・


 冬の清里高原。シーズンオフを迎えて閑散としているリゾート地に建つ二階建ての別荘(ビラ)は、金融業者・川口光栄、通称 "川光" の持ち物だ。資産家であり、インドの美術・工芸作品の蒐集家としても知られている。

 そこに5人の男女が忍び込んだ。三沢義信、勝浦由起夫、瀬戸ルリ子、高森博、呉(くれ)浩二。みな同じ大学の学生だ。その中で、最年少の義信が視点人物となって語られていく。

 無人のはずだった別荘には若い女性の先客がいた。川光の娘である川口秋江だった。5人は彼女を軟禁状態に置き、予定の4日間を過ごすことにする。

 ストーリーの進行とともに明らかになってくるのは、5人は何らかの犯罪行為に手を染め、警察から逃れて潜伏するためにここにやってきたこと。首謀者は沢木という男で、彼らとは別行動をとっており、毎日電話で連絡をしてくること。

 ちなみに本作の初刊は1988年なので携帯電話は登場しない。沢木がかけてくるのも固定電話である。携帯電話が一般に広く普及するのは90年代に入ってからだ。

 この別荘は、3年前に川光が息子・光一のために建てたものだという。しかしそれにしては窓が小さく、数も少ない。しかも内側からは開けられないという特異な構造を持つ。まるで誰かを閉じ込めるようにしてあるみたいではないか。

 そして5人が到着した夜、一人目の犠牲者が発生する。高森が何者かにナイフで刺殺されたのだ。そして第二、第三の殺人が起こる・・・

 折からの降り出した雪によって別荘の周囲は覆われ、外部からの出入りは不可能に思えた。犯人は別荘内部のどこかに隠れ潜んでいるのか、それとも彼らの中にいるのか・・・


 いわゆる "雪の山荘" タイプのクローズト・サークルもの。そこに外部にいる沢木の存在、さらに別荘自体が持つ "秘密" がからみ、重層的な謎が構成されている。

 もちろん最後にはすべての謎は解明されるのだが、ここで大きなサプライズがある。おそらくほとんどの読者の予想の範囲を超えたものだろう。
 ネタバレになるから書けないのだけど、私もいろんな "どんでん返し" ミステリを読んできたが、このパターンはいままで読んだことがない。いやはや作者の発想の豊かさには脱帽だ。

 哀しみと破滅の予感が漂うラストシーンまで、作者の超絶技巧に翻弄される作品だ。



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野獣死すべし/無法街の死 日本ハードボイルド全集2 [読書・冒険/サスペンス]


野獣死すべし/無法街の死: 日本ハードボイルド全集2 (創元推理文庫 M ん 11-2)

野獣死すべし/無法街の死: 日本ハードボイルド全集2 (創元推理文庫 M ん 11-2)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/10/19
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 日本ハードボイルド小説の勃興期を俯瞰する全集、第2巻は大藪春彦。
 デビュー作の中編「野獣死すべし」を筆頭に長編1作、短編8作を収録。


「野獣死すべし」
 大学院生・伊達邦彦(だて・くにひこ)が、大学の入学金強奪を実行する話。
 序盤は彼の生い立ちが語られる。第二次世界大戦前の中国で生まれ、終戦による混乱から脱出、必死の思いで帰国を果たす。
 名門高校へ進学し、演劇部を通じて複数の女性と関係するが、その一人が自殺し、その葬儀の場で自分の心の中に「野獣死すべし」という幻聴を聞く。
 大学では欧米のハードボイルド小説を研究、大学院に進学してから本格的に犯罪に手を染めていく。警官を殺して銃を奪い、同級生の真田を利用して現金強奪計画を推し進めていく・・・
 伊達邦彦は冷静沈着で怜悧な頭脳の中に、破壊への衝動を併せ持つダーク・ヒーローだ。wikipedia によると、彼の物語はシリーズ化され、日本はおろか世界を股に掛ける "ワン・マン・アーミー"(一人だけの軍隊)として様々な事件に関わっていく。


「無法街の死」(長編)
 東海道線沿いの街・杉浜(すぎはま)では、戦前から根を張っている和田組と、戦後の新興勢力・共和会という二つのヤクザ同士の間で抗争が起こっていた。警察幹部もヤクザから流れる金で買収されていて、まさにここは "無法街"。
 主人公・高城(たかぎ)は、ヴァイオリンケースに収めた短機関銃を武器とする殺し屋だ。彼が共和会に雇われ、杉浜にやってくるところから物語が始まる。
 それを嗅ぎつけた和田組のチンピラが高城を拉致しようと待ち構えているが、彼はあっさりと返り討ちにする。驚くのは、そこからラストに至るまで、暴力と殺人が延々と続いていくことだ。
 高城の行動は先のことはほとんど考えていない短絡的なもので、ひたすら目の前の障壁を突き破ることが最優先。だからストーリーはあってないようなもの。
 二組のヤクザの対立は、高城という "火種" が加わったことによって爆発的にエスカレートしていく。


「狙われた女」
 主人公の私立探偵・田島は、オリンピック射撃競技の候補にもなっている男。彼の元に「私は狙われている。守ってほしい」という女性からの依頼が。引き受けた田島だが、彼女の "藤倉秋子" という名乗りからして偽名らしい・・・


「国道一号線」
 私立探偵の "俺" は、宮田幸子という女性を探す依頼を受ける。3年前、高校2年生だったときに失踪したのだという。国道一号線沿いの深夜食堂での目撃情報だけを頼りに探し始めるのだが・・・


「廃銃」
 過去5年間で、摘発などにより暴力団等から押収した拳銃・散弾銃、さらに老朽化した警察用拳銃など、併せて一万挺近い銃器が、鉄工所の溶鉱炉に投げ込まれる寸前に強奪されてしまう。警視庁捜査第四課の秘密捜査官の "私" は、暴力団への潜入捜査に臨むが・・・


「黒革の手帖」
 警視庁淀橋署捜査一課の三村警部補は、関森組のヤクザ・大塚を正当防衛を装って射殺、彼が所持していたヘロインを奪う。しかしそれに感づいた "ジョー" という男が現れて・・・。いわゆる "悪徳警官" もの。


「乳房に拳銃」
 園井は保守党の有力者の娘・麻矢子と結婚したが、5年後の今はほとんどヒモ状態にあった。麻矢子の所有する宝石店は順調に発展し、園井の営む銃砲店は赤字続き。イタリア人ヤクザから借金の返済を迫られた園井は、麻矢子のもとへ向かうが・・・


「白い夏」
 享楽的に生きる若者・登志夫は、右翼の若者ともめ、ナイフで刺し殺してしまう。その直後、かつて仲間と共に輪姦した美子(よしこ)という女に出くわし、二人でドライブに出かけるのだが・・・


「殺してやる」
 豊島組組長の妻・悦子は、準幹部の石井と浮気していた。ある日、組長の豊島に呼ばれた石井は、対抗組織の花谷組組長の暗殺を命じられる。報酬は大幹部への昇格。ただし、警察に捕まっても、あくまで個人で行ったことだと証言することが条件だった・・・


「暗い星の下に」
 土井は友人の加藤から3000万円の物件を紹介される。土井の婚約者・順子の父は退職金を前借りして購入を決めるが、加藤はその金を持ち逃げしてしてしまう。物件の所有者・中田の元へ相談に行った順子は、その場でレイプされ、土井の前から姿を消す。すべてを喪った土井の復讐が始まる・・・


 ほぼ全作が犯罪小説/暴力小説。それも銃器がらみの話がほとんど。
 作者のデビューは衝撃的だったらしいが、それも理解できる。「野獣-」の伊達邦彦のキャラ造形は極めて刺激的だし、「無法街-」の、ほぼ全編にわたるガンアクション・シーンには圧倒される。

 巻末のエッセイでは、作家・馳星周氏が、高校2年生の頃に大藪春彦を読みまくった経験が綴られている。私も、この異様な熱気を纏う小説群を思春期に読んでいたら、その後の読書人生がいささか変わっていたかも知れない。

 また、そのエッセイの中では、純粋なハードボイルド作品や冒険小説が減っていることに懸念を示している。出版不況の現代では、その手の小説は "売れ筋" ではないらしい。
 馳氏はこのジャンルの復興を願ってエッセイを締めているが、私もそれには期待したい。大藪春彦的なバイオレンス小説はちょっと胃にもたれるが(笑)、冒険小説の傑作はぜひ読みたいものだ。



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迷宮の扉 [読書・ミステリ]


迷宮の扉 (角川文庫)

迷宮の扉 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/07/21
  • メディア: 文庫

評価:★★☆


 暴風雨を逃れて竜神館という屋敷に逃げ込んだ金田一耕助。その直後、一発の銃声と共に男が死亡する。彼は年に一度、屋敷の主の誕生日にやってきていたのだという。
 別々の場所に暮らす謎の双子、そしてそれぞれを取り巻く人々。莫大な財産を巡る連続殺人が始まる・・・

 横溝正史・ジュブナイル復刊シリーズ。
 表題作の中編と短編2作を収録。3編とも、"一年に一度" というのが裏テーマかな。


「迷宮の扉」

 三浦半島の突端、城ヶ島の近くに建つ竜神館。この屋敷の主、東海林日奈児(しょうじ・ひなこ)は中学生くらいの少年である。学校には通わず、小坂早苗という若い家庭教師について勉強している。
 降矢木一馬(ふりやぎ・かずま)という60歳近い男が日奈児の後見人として万事取り仕切っていた。

 昭和33年10月5日。接近する台風によって突然強まってきた風雨を逃れて、一人の男が竜神館にやってきた。それは、三浦半島見物にやって来たものの帰りのバスに乗り遅れてしまった(笑)金田一耕助だった。
 耕助が到着した直後、一発の銃声と共に一人の男が屋敷の土間に倒れ込んできた。一馬の命で発砲者を追って飼い犬が飛び出していく。

 倒れた男は即死だった。一馬によると、男は毎年、日奈児の誕生日にやってきて、ケーキを切って帰って行くだけで、名前も素性も知らないのだという。
 帰ってきた飼い犬は、”海のように真っ青な頭髪” を数本くわえていた。

 毎年、男を遣わしてくるのは、東海林日奈児の父・竜太郎だった。彼は "ある団体" の復讐を恐れて身を隠しているのだという。
 そして日奈児には月奈児(つきなこ)という双子の兄弟がいた。双子は当初、一馬とその妻・五百子(いおこ)に預けられていたが、やがて夫婦が不仲となったので、竜太郎は夫婦を別居させ、双子をそれぞれに分けて養育させることにしたのだという。

 月奈児が暮らす海神館は、三浦半島から東京湾を挟んだ対岸の房総半島にあった。つくりは竜神館にそっくり。

 そして物語の中盤からは、東京・吉祥寺に建つ双玉荘という屋敷へと舞台が移る。中央の平屋を挟んだ両側に、そっくりな作りの二つの洋館があるという特異な建物だ。
 ガンで余命幾ばくもない竜太郎が使用人たちと暮らすそこに、双子とその関係者たちがすべて集う。そして連続殺人事件が始まる・・・

 いつも思うが、横溝正史というのは魅力的な舞台や設定を作り出すのが素晴らしく上手い。文庫で200ページ足らずのジュニア向け作品なのに、並の大人向け長編2作分くらいのアイデアを注ぎ込んでいるのはたいしたもの。

 中学生雑誌(死語だねぇ)に連載されていたので、他のジュニアものと比べて対象年齢が高め。おどろおどろしい雰囲気よりも、サスペンス重視のつくり。
 ただ、ミステリとしてはよくできてるのかも知れないが、ジュブナイルとしてはこの展開と結末は如何なものだろう。
 本来は双子たちの保護者であるはずの竜太郎の我が儘ぶりばかりが印象に残り、中学生くらいの読者は、ちょっと救われない気分になりそうだなぁ・・・


「片耳の男」
 医科学生の宇佐美慎介(うさみ・しんすけ)は下宿への帰り道で、チンドン屋(これも死語)の扮装をした男が少女を襲うところに遭遇する。得意の柔道で暴漢を投げ飛ばした慎介。逃げ去った男は右耳が半分ちぎれたようになっていた。
 助けられた少女・鮎沢由美子(あゆざわ・ゆみこ)とその兄・俊郎(としろう)のもとには、5年前から毎年8月17日に、謎の贈り物が届くようになったのだという。あるときはお金だったり、あるときは高価な宝石だったり・・・
 贈り主の動機が心に沁みる一編。


「動かぬ時計」
 山野眉子(やまの・まゆこ)は中学を卒業後、父・六造の勤める会社で電話係(これも死語だろう)として働き出した。彼女には母の記憶がない。六造に聞いても言葉を濁して話してくれない。
 彼女が小学校に上がったときから、毎年5月15日に差出人不明の贈り物が届くようになった。最初はクレヨン。それは毎年品を変えて、今に至るまで続いている。
 そして今年の贈り物は高価な金時計だった。喜んだ眉子は肌身放さず大事にするが、ある日突然、止まってしまう。修理のために裏蓋を開けたら・・・
 六造の過去をいろいろと想像させるエンディング。このオチは偶然なのか超自然現象なのか。



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幽霊屋敷 [読書・ミステリ]


幽霊屋敷【新訳版】 (創元推理文庫)

幽霊屋敷【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/04/28
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 かつて執事が奇怪な死を遂げた "幽霊屋敷" を買い取った実業家が、友人知人6名を招いて "幽霊パーティー" を開く。
 初日の夜にはさっそく不審な出来事が起こる。無人の部屋で大きな物音が響いたのだ。そして翌朝には銃殺事件が発生する。目撃者の証言によると、壁に飾ってあった銃が勝手にジャンプして、空中で発砲したのだというのだが・・・


 幽霊が出るという噂のあるロングウッド・ハウスは、17年前に老執事が奇怪な死を遂げたという曰く付きの物件だった。実業家マーティン・クラークは、その屋敷を購入し、友人知人を集めた幽霊パーティを開催する。

 集まったのはジャーナリストのボブ・モリスン。その婚約者でドレスのバイヤーのテス・フレイザー、建築家のアンディ・ハンター、食品卸業のベントリー・ローガンとその妻グウィネス、弁護士のジュリアン・エンダビー。

 一行が到着したときから、小さいながらも不可解な出来事が起こり、夜中には誰もいないはずの書斎から大きな物音が聞こえてくる。

 さらにその翌朝、書斎にいたローガンが銃で殺害されてしまう。そのとき同室していたグウィネスは「壁に掛かっていた銃が、そこから勝手にジャンプして夫を撃った」と証言するのだが・・・


 妻の証言が真実なら、信じられないことが起こったことになる。カーお得意の "不可能犯罪もの" だ。

 トリック自体は単純で、現代だったら "バカミス" に分類されるかも知れない。犯人の狙い通りに実行できるかも疑問だろう。でもまあ、絶対に不可能とも言い切れないので、そのあたりは目をつぶろう(笑)。

 トリックにリアリティが乏しいことはカー本人もよく承知しているみたいで、それ以外の部分にも力を注いでいる。詳しく書くとネタバレになるのだけど、全編にわたって、カーのストーリーテラーとして本領が十分に発揮されていて、それはトリックが判明した後になって更に際立つ。

 単純であるが故に簡単に発動できるトリックなので、それを充分に活かしたシチュエーションが描かれる。それによって真相が二転三転する状況が生まれる。仕込まれた伏線がしっかり回収されていき、小さめながらスペクタクルな展開を挟み、皮肉が効いたラストまでもっていく。

 トリック自体は現代の目で見たら噴飯物かもしれないが、それを種として、そこから根や茎や葉を生じさせ、花へもっていくテクニックはやはりたいしたもの。

 「細かいことはいいんだよ!」っていうおおらかな気持ちで臨めば(笑)、楽しい読書の時間を過ごせるだろう。



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SF作家・豊田有恒さん、ご逝去 [日々の生活と雑感]



Yahoo!ニュースでSF作家・豊田有恒さんの訃報が伝えられました。
享年85歳とのこと。

記事から引用します。***************************************

 豊田有恒さんは1962年、「火星で最後の……」(※1)でSF作家デビュー。「日本SF作家第一世代」(※2)としてSF黎明期をけん引し、「モンゴルの残光」「ヤマトタケル」シリーズ、「異次元神話」「タイムスリップ大戦争」など多くの作品を残した。アニメ脚本家としても高く評価され、平井和正原作の「エイトマン」で脚本家デビューすると、手塚治虫の「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」など名作のシナリオを手がけた(※3)。人気アニメ「宇宙戦艦ヤマトシリーズ」では原案、設定にも携わった(※4)。

引用ここまで*********************************************

ちょっと注釈を入れると
※1:第2回ハヤカワ・SFコンテストの佳作に入賞
※2:同世代の作家には小松左京・星新一・筒井康隆・光瀬龍・平井和正・眉村卓など
※3:他の参加作品に「宇宙少年ソラン」「スーパージェッター」「冒険ガボテン島」など
※4『「宇宙戦艦ヤマト」の真実――いかに誕生し、進化したか(祥伝社新書、2017年10月)』で詳細を語っている

 「冒険ガボテン島」を最後にアニメ脚本を離れて作家専業になり、多くの作品を産み出されてきました。

   私が豊田有恒さんの名を知ったのは、中学時代に読んだ「SF教室」(筒井康隆・編著、1971年・ポプラブックス)。子供向けのSF入門書兼読書ガイドであるこの本で、SF作家の一人として豊田有恒さんの名もありました。

 そして本格的にSFにハマるきっかけになったのは、もちろんTVアニメ『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)でした。
 ここから数年は、私の読書の大半はSFが占めるようになりました。『ヤマト』に「SF設定」として参加されていた豊田さんの著作ももちろん貪るように読んだものです。

 ちなみに豊田さんも松本零士さんも1938年生まれなので、1974年には36歳。若かったんですねぇ。

 ハヤカワ文庫から出ていた作品は全て読みましたし、その後のSF作品もほとんど読んでいました。
 ヴィンス・エベレットを主人公としたタイムパトロール・シリーズ、日本神話の世界を舞台にしたヤマトタケル・シリーズなんか夢中になって読んだものです。
 特にヤマトタケル・シリーズは高千穂遙の『美獣』や栗本薫の『グインサーガ』より前でしたから、本格的なヒロイック・ファンタジー・シリーズとしてはたぶん日本初だったんじゃないかなぁ。
 作家活動の後半で歴史小説が主体になってしまってからは、足が遠のいてしまいましたが・・・


 数多い作品の中で、私がいちばん印象に残っているのは『地球の汚名』(1970年)です。たぶん、豊田さんの作品で一番最初か二番目くらいに読んだと記憶してます。『宇宙戦艦ヤマト』と同じく、星間戦争を扱った長編スペースオペラでもあったのも大きいでしょう。
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 もともとは「忠臣蔵」の物語を未来世界に置き換えたパロディとして考えていたものが、書いているうちにだんだん内容がシリアスになっていってしまった、って「あとがき」にあったのを覚えています。

 いまでもだいたいのストーリーは頭の中に残ってたりします。
 「幕府」を星間連盟、「赤穂」を地球に置き換えて、「吉良家」は地球と敵対する異星人ザミーン。
 「勅使」ならぬ星間連盟からの使節を迎えた地球だが、使節はザミーンの陰謀で暗殺され、地球は ”星間連盟への反逆者” の汚名を着せられてしまう。
 地球盟主(浅野内匠頭に相当)は処刑され、地球は星間連盟の管理下に置かれてしまう(進駐してくるのはザミーン軍)。しかし主人公たち一部の軍人(赤穂浪士に相当)は地球を脱出して太陽系内に潜伏、やがて宇宙艦隊を組織してザミーンの星系に侵攻、敵本星において陰謀の首魁を暴き、星間連盟に対して地球が無実である証しを立てる、というものです。
 豊田さんの作品の中では主流ではない作風なのですが、私にとっては忘れがたい傑作です。

 後に本作の設定の一部が映画『ヤマトよ永遠に』に流用されたそうです。ストーリー序盤で地球が敵の異星人に占領されてしまうところとか、小惑星帯に戦力が秘匿されていたところとか、太陽系を脱出した艦隊が敵本星を目指すところとか、でしょうね。

 幼少期に浴びるように観ていたTVアニメを脚本家として支え、私をオタク人生に引きずり込んだ(笑)『宇宙戦艦ヤマト』にも参加し、多くのSF小説で楽しませてくれた豊田有恒さんには感謝しかありません。

 最近、昭和の頃から活躍されていた俳優さんや声優さん、作家さんの訃報を耳にすることが増えました。淋しいことですがこれも時の流れ、なのでしょうね。

 ご冥福をお祈りします。
 合掌。


タグ:SF
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刀と傘 [読書・ミステリ]


刀と傘 (創元推理文庫)

刀と傘 (創元推理文庫)

  • 作者: 伊吹 亜門
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/04/19

評価:★★★☆


 慶応3年(1867年)、大政奉還直後の京都の街で、尾張藩士・鹿野師光(かの・もろみつ)は一人の男と出会う。佐賀藩士にして、後に近代日本の司法制度を築くことになる江藤新平(えとう・しんぺい)だ。
 幕末の動乱の時期に、京都で起こる不可解な事件に立ち向かう二人の活躍を描いた、連作ミステリ短編集。


「佐賀から来た男」
 鹿野の友人・五丁森了介(ごちょうもり・りょうすけ)は元黒田藩士。大政奉還に関わったために命を狙われ、京都の隠れ家に身を潜めていた。五丁森は鹿野に、近々、佐賀藩士・江藤新平という男がやってくると伝える。
 鹿野は、訪ねてきた江藤とともに隠れ家に向かうが、その中で切り刻まれた死体となった五丁森を発見する。
 隠れ家の場所を知るのは3人。広島藩士・多武峰秋水(とうのみね・しゅうすい)、越後新発田藩士・三柳北枝(みやなぎ・ほくし)、大垣藩士・上社虎之丞(かみやしろ・とらのじょう)だ。鹿野は個別に会って話を聞きながら手がかりを集めていく。
 被害者と犯人の行動には、幕末の動乱期ならではの動機がある。有名なトリックがアレンジされているが、それもこの時代ならでは。


「弾正台切腹事件」
 明治3年(1870年)。当時の京都には弾正台(だんじょうだい)と刑部省(ぎょうぶしょう)という二つの司法機関があった。司法の一元化を目指す江藤は弾正台の勢力を削ぐために陰謀を巡らす。
 かねてより弱みを握っていた汚職官吏・西川広元(にしかわ・ひろもと)に弾正台内部の記録の持ち出しを命じる。ところがその西川が文書庫内で死体となって発見される。引き戸には内側からつっかえ棒がかましてあり、窓からの出入りは不可能な密室状態で。
 日本家屋では珍しい密室もの。シンプルだけど巧みな方法が示される。


「監獄舎の殺人」
 明治5年(1872年)。元政府高官だった平針六五(ひらはり・ろくご)は、政府転覆を目論んだ謀反の首謀者として捕らえられ、京都の府立監獄舎の囚人となった。
 司法省から派遣された臨時の裁判官となっていた鹿野は、平針に刑の執行を伝えにやってくる。なんとその日の夕刻に行うという。
 それを伝えられた平針は、鹿野の前で食事をとっていたが、突然苦しみだして死亡してしまう。毒は粥の中に混入されていた石見銀山の鼠取り(ヒ素化合物)。獄舎内にも常備されていて、誰でも持ち出せたものだった。しかし、夕刻には処刑が決まっていた者を、なぜわざわざ毒殺する必要があったのか?
 この時代でなければ成立しない動機で、ホワイダニットの傑作なのだが、犯人も判明して決着したかと思ったらさらにもうひと捻り、さらに一段深い意外な真相が提示されて驚かされる。
 本作は第12回ミステリーズ!新人賞を受賞した、作者のデビュー作。


「桜」
 明治6年(1873年)3月。市政局次官・五百木部典善(いおきべ・てんぜん)の妾、沖牙由羅(おきが・ゆら)を主人公とした倒叙ミステリ。
 ある夜、由羅は眠っている典善と女中の日々乃(ひびの)を刺殺した後、旧知の侍・四ノ切左近(しのきり・さこん)を呼び込んだ。徳川残党で人斬りとして知られた男だ。ところが由羅は左近を短銃で射殺してしまう。
 すべての犯行を四ノ切に押しつけた由羅だったが、江藤の捜査によって追い詰められていく。彼の手によって事件は解決したかに見えたが、鹿野はそこにある疑惑を投げかける・・・


「そして、佐賀の乱」
 明治6年(1873年)10月。征韓論争に破れた江藤は下野し、翌年1月には東京を出発して佐賀へ向かう。その途中、鹿野を訪ねて京都の監獄舎へとやってきた。
 西棟に入った江藤は、そこで刺殺された男の死体を発見する。被害者は内務省の密偵・吹上虎市(ふきあげ・とらいち)で、江藤を追ってきたものと思われた。
 犯行可能な時間に西棟に入った者は限られる。江藤は吹上殺しの容疑者として鹿野に捕らえられてしまうのだが・・・


 江藤と鹿野は、どちらも並外れた推理力を示す。いわば "二人探偵もの" といえる。事件解決を目指すのは同じだが、その姿勢はかなり異なる。それは二人の政治的な立場の差でもある。
 純粋に真実の解明を目指す鹿野に対し、江藤は事件を自分の目的達成のために利用しようとする。5編の短編は時系列的順に語られているが、二人の目指すものの違いが次第に露わになっていく。

 明治7年(1874年)2月(「そして-」の翌月)、江藤は佐賀の乱を引き起こすが敗れ、4月に処刑されてしまう。
 鹿野については、過去に遡って幕末時代の事件を解決する短編がいくつか書かれているので、いつか短編集で再会できるのだろう。



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