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マトリョーシカ・ブラッド [読書・ミステリ]


マトリョーシカ・ブラッド (徳間文庫)

マトリョーシカ・ブラッド (徳間文庫)

  • 作者: 呉勝浩
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/05/13

評価:★★★★☆


 神奈川県警に一本の匿名電話が入る。「5年前、死体を埋めた」
 通報の通り、東京都と神奈川県の境にある陣馬山から白骨死体が見つかり、傍らにはマトリョーシカが埋められていた。
 さらに、同じ通報者によって八王子市から第2の死体が発見される。こちらにもマトリョーシカが。
 神奈川県警と警視庁による合同捜査となるが、刑事たちはお互いに反目し合い、協力体制の構築は覚束ない・・・


 JR川崎駅の公衆電話から神奈川県警に入った匿名電話。
「5年前、死体を埋めた。埋まっているのは香取富士夫(かとり・ふじお)だ」
 通報通り、陣馬山から白骨死体が見つかり、その傍らにはマトリョーシカが埋められていた。その中には正体不明の液体が入ったガラス瓶が。

 ちなみにマトリョーシカとは、大きな人形の中に小さいサイズの人形が何重にも入れ子構造になっている、ロシアの民芸品だ。

 香取は7年前に発覚した薬害事件に関わった医師だった。彼の勤務する東雲(しののめ)総合病院で、10歳の女児を含む4人のガン患者が急死した。原因はムラナカ製薬が開発した抗ガン剤「サファリ」。新薬の副作用を報告していなかった病院は非難に晒されるが、香取の部下の医師が自殺したことによって真相はうやむやになってしまう。

 その2年後、病院・製薬会社・厚生労働省を相手に被害者団体が起こした民事訴訟でも因果関係を立証できず、和解に至る。そしてその3ヶ月後に香取は失踪していた。

 そして再び匿名の通報により、八王子の公園内で第二の死体が発見される。遺体の側にはマトリョーシカが置いてあり、中には家庭用ビデオカメラのDVテープが。
 被害者は弓削浩二(ゆげ・こうじ)。厚労省の元官僚で、薬害事件の当事者の一人だった。ビデオに映っていたのは香取の遺体を損壊する謎の人物の姿。同一画面の中に映っているTVの映像から、撮影されたのは5年前、香取の失踪直後のものと判明する・・・


 メインとなる薬害事件だけでもけっこうスケールの大きな話なのだが、それに加えて重いテーマが二つもある。

 第一は、主人公の一人である神奈川県警の刑事・彦坂(ひこさか)の抱えているもの。彼には香取に対して "負い目" があった。失踪する直前、彼の愛人だという女性・林美帆(はやし・みほ)から「香取に身の危険が迫っているかも知れない」という相談を受けていたが、まともに取り合わずに放置してしまったのだった。

 二件の殺人は事件は神奈川県警と警視庁の合同捜査となり、彦坂もそれに加わるが、被害相談を握りつぶしたことが殺人に発展したことが発覚すれば県警を揺るがす不祥事になってしまう。彦坂(と神奈川県警)はそれを隠したまま捜査に臨むことになる。

 第二は、神奈川県警と警視庁の反目の問題。このあたりは警視庁の刑事・辰巳(たつみ)の行動を通して描かれる。
 競争意識はあるだろう。縄張り意識があるのも分からなくはない。だけど、組織のしがらみに囚われ、意地とメンツに拘り、顔を合わせればけんか腰でのもの言い、そして足の引っ張り合いを続けるのは如何なものか。まったく「誰のために働いてるんだよ」って云いたくなる。


 「神奈川県警と警視庁は仲が悪い」ってのは警察小説の世界では定番の設定(笑)みたいなんだが、ホントのところはどうなんだろうね?


 当時の関係者を洗ううちに容疑者が浮上してくるが、これ以上ないような鉄壁のアリバイを持つことも判明する。合同捜査にあたる刑事たちの足並みの乱れが真犯人への道を阻み、全容解明までほど遠いことをうかがわせる。


 しかし牛歩の歩みながら、刑事たちは徐々に真相に肉薄していく。だが皮肉なことに、真実に近づいたが故に、この社会を支配する ”理不尽” に直面することにもなる。警察内部のいがみ合いなんてものを遙かに超えた巨大なものだ。
 このあたり、詳しく書くとネタバレになるので隔靴掻痒の感がある。

 そんな中、辰巳の部下である若手刑事・六條(ろくじょう)がキーパーソンとなっていく。資産家の家族を持つが故に、組織のしがらみに囚われず、一歩引いたところから俯瞰してものを見られる立場にいる。読者からすると、いちばん感情移入しやすいキャラかも知れない。
 序盤では辰巳に顎で使われる身だが、事件を通じて成長を遂げていき、終盤に至って重要な役回りを果たすことになる。


 この作者の特徴として、本格ミステリ要素も併せ持つことがある。事件の各所で、そこぞれ大きさの異なるマトリョーシカが現れる。つまり、一組のマトリョーシカがバラバラにあちこちで使われているわけで、この人形の持つ意味も大きな謎だ。

 文庫で500ページを超える中で、新たな証拠や事実が見つかるたびに事件の様相が二転三転し、さまざまな伏線や断片が終盤に向かって綺麗に収束していくのは、毎度ながら見事なものだ。



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