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雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール [読書・ミステリ]


雛口依子(ひなぐちよりこ)の最低な落下とやけくそキャノンボール (光文社文庫)

雛口依子(ひなぐちよりこ)の最低な落下とやけくそキャノンボール (光文社文庫)

  • 作者: 呉 勝浩
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2021/11/16

評価:★★


 雛口依子(ひなぐち・よりこ)の前に現れた浦部葵(うらべ・あおい)は、ルポの共著を持ちかける。テーマは3年前の猟銃乱射事件。犯人とされたのは葵の兄、被害者となったのは依子の一家だった。
 依子は、葵に問われるままに過去を回想していくが。


 ストーリーは2016年と2012年を交互に行き来しながら語られていく。


 2012年の物語は、依子の兄・新太が突然覚醒するところから始まる。半年前、15階建てのマンションから転落したが奇跡的に命を取り留め、意識不明の状態になっていたのだ。
 目覚めた新太は、DVを繰り返していたのが嘘のような平穏な性格になってしまうのだが、読者はやがて依子の一家がとんでもない人々であることを知っていく。

 経済的に困窮していた一家は、"色川の伯父さん"(とはいっても血縁関係はない)なる人物の支配下にあった。金と(宗教がかった)マインドコントロールによって色川は一家にとっての ”絶対君主” となり、依子の両親や兄を意のままに操り、精神的にも肉体的にも虐待を繰り返していた。
 このあたりの描写がとにかく分厚い。本書は文庫で500ページ近くあるのだが、この虐待の部分だけでかなりの分量が費やされている。

 驚くことは、依子本人がそれをあまり抵抗なく受け入れてしまっていること。小学校の頃から不登校で、家族の中だけで成長してきた依子には通常の価値観/倫理観が欠如していることが強烈に印象づけられていく。


 2016年の物語は、依子の前に現れた浦部葵が、ルポの共著を持ちかけるところから始まる。
 3年前に起こった猟銃乱射事件。犯人とされたのは葵の兄、そして被害者となったのは依子の一家。
 葵の一家は殺人犯を出したことで崩壊し、葵も人生のどん底にあった。そこで一発逆転を目指し、"当事者" だった依子を巻き込んで実録ルポを出版、がっぽり印税を稼ごうと思い立ったのだ(おいおい)。
 葵から問われるまま、依子は過去を回想していくが、同時に疑問点も浮上してくる。2人はそれを解消すべく、調査を始めるが・・・


 2012年の物語は、やがて猟銃乱射事件へと至り、世間的に公表/認識されたものとは異なる真相が明らかになっていく。

 そして物語の終盤は2017年。互いに人生のどん底にある依子と葵は、2人の人生をここまで破壊し尽くした者たちに対して "落とし前" をつけるべく、ある "企て" を実行しようとするのだが・・・


 私は基本的にこの手の話は苦手だ。とくに虐待シーンはえげつない描写が続く。「この先は読みたくないなぁ」って思うんだが、なぜかやめられずに読んでしまった。ページをめくらせる力がスゴいのは認めよう。
 依子と葵、ある意味 "仇同士" でもある2人の関係性の変化も面白い。

 物語は基本的に依子の一人称によって語られていくのだが、内容の陰惨さに比べて、彼女の語り口はトボけていて、ときにユーモアまで織り交ぜ、被害者意識が薄いように見える。
 これは上にも書いたように、彼女が状況をきちんと把握/理解できていなかったこともあるだろう。でもそれを上回る "諦観" が垣間見えるようで、自分を突き放して見ているところも感じられる。これもまた読んでいる者の胸を苦しくさせる。

 でもまあ、この語り口のおかげで読者は読み進められるのかも知れない。悲痛さを切々と訴える文章で来られたら、あっという間に本を閉じてしまうんじゃないかな。

 ラストでは、依子と葵の将来にかすかな希望が見えてくるのだが、でもやっぱり、好きになれない話だよなぁ・・・



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