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刀と傘 [読書・ミステリ]


刀と傘 (創元推理文庫)

刀と傘 (創元推理文庫)

  • 作者: 伊吹 亜門
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/04/19

評価:★★★☆


 慶応3年(1867年)、大政奉還直後の京都の街で、尾張藩士・鹿野師光(かの・もろみつ)は一人の男と出会う。佐賀藩士にして、後に近代日本の司法制度を築くことになる江藤新平(えとう・しんぺい)だ。
 幕末の動乱の時期に、京都で起こる不可解な事件に立ち向かう二人の活躍を描いた、連作ミステリ短編集。


「佐賀から来た男」
 鹿野の友人・五丁森了介(ごちょうもり・りょうすけ)は元黒田藩士。大政奉還に関わったために命を狙われ、京都の隠れ家に身を潜めていた。五丁森は鹿野に、近々、佐賀藩士・江藤新平という男がやってくると伝える。
 鹿野は、訪ねてきた江藤とともに隠れ家に向かうが、その中で切り刻まれた死体となった五丁森を発見する。
 隠れ家の場所を知るのは3人。広島藩士・多武峰秋水(とうのみね・しゅうすい)、越後新発田藩士・三柳北枝(みやなぎ・ほくし)、大垣藩士・上社虎之丞(かみやしろ・とらのじょう)だ。鹿野は個別に会って話を聞きながら手がかりを集めていく。
 被害者と犯人の行動には、幕末の動乱期ならではの動機がある。有名なトリックがアレンジされているが、それもこの時代ならでは。


「弾正台切腹事件」
 明治3年(1870年)。当時の京都には弾正台(だんじょうだい)と刑部省(ぎょうぶしょう)という二つの司法機関があった。司法の一元化を目指す江藤は弾正台の勢力を削ぐために陰謀を巡らす。
 かねてより弱みを握っていた汚職官吏・西川広元(にしかわ・ひろもと)に弾正台内部の記録の持ち出しを命じる。ところがその西川が文書庫内で死体となって発見される。引き戸には内側からつっかえ棒がかましてあり、窓からの出入りは不可能な密室状態で。
 日本家屋では珍しい密室もの。シンプルだけど巧みな方法が示される。


「監獄舎の殺人」
 明治5年(1872年)。元政府高官だった平針六五(ひらはり・ろくご)は、政府転覆を目論んだ謀反の首謀者として捕らえられ、京都の府立監獄舎の囚人となった。
 司法省から派遣された臨時の裁判官となっていた鹿野は、平針に刑の執行を伝えにやってくる。なんとその日の夕刻に行うという。
 それを伝えられた平針は、鹿野の前で食事をとっていたが、突然苦しみだして死亡してしまう。毒は粥の中に混入されていた石見銀山の鼠取り(ヒ素化合物)。獄舎内にも常備されていて、誰でも持ち出せたものだった。しかし、夕刻には処刑が決まっていた者を、なぜわざわざ毒殺する必要があったのか?
 この時代でなければ成立しない動機で、ホワイダニットの傑作なのだが、犯人も判明して決着したかと思ったらさらにもうひと捻り、さらに一段深い意外な真相が提示されて驚かされる。
 本作は第12回ミステリーズ!新人賞を受賞した、作者のデビュー作。


「桜」
 明治6年(1873年)3月。市政局次官・五百木部典善(いおきべ・てんぜん)の妾、沖牙由羅(おきが・ゆら)を主人公とした倒叙ミステリ。
 ある夜、由羅は眠っている典善と女中の日々乃(ひびの)を刺殺した後、旧知の侍・四ノ切左近(しのきり・さこん)を呼び込んだ。徳川残党で人斬りとして知られた男だ。ところが由羅は左近を短銃で射殺してしまう。
 すべての犯行を四ノ切に押しつけた由羅だったが、江藤の捜査によって追い詰められていく。彼の手によって事件は解決したかに見えたが、鹿野はそこにある疑惑を投げかける・・・


「そして、佐賀の乱」
 明治6年(1873年)10月。征韓論争に破れた江藤は下野し、翌年1月には東京を出発して佐賀へ向かう。その途中、鹿野を訪ねて京都の監獄舎へとやってきた。
 西棟に入った江藤は、そこで刺殺された男の死体を発見する。被害者は内務省の密偵・吹上虎市(ふきあげ・とらいち)で、江藤を追ってきたものと思われた。
 犯行可能な時間に西棟に入った者は限られる。江藤は吹上殺しの容疑者として鹿野に捕らえられてしまうのだが・・・


 江藤と鹿野は、どちらも並外れた推理力を示す。いわば "二人探偵もの" といえる。事件解決を目指すのは同じだが、その姿勢はかなり異なる。それは二人の政治的な立場の差でもある。
 純粋に真実の解明を目指す鹿野に対し、江藤は事件を自分の目的達成のために利用しようとする。5編の短編は時系列的順に語られているが、二人の目指すものの違いが次第に露わになっていく。

 明治7年(1874年)2月(「そして-」の翌月)、江藤は佐賀の乱を引き起こすが敗れ、4月に処刑されてしまう。
 鹿野については、過去に遡って幕末時代の事件を解決する短編がいくつか書かれているので、いつか短編集で再会できるのだろう。



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