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ただし、無音に限り [読書・ミステリ]


ただし、無音に限り (創元推理文庫 M お 14-1)

ただし、無音に限り (創元推理文庫 M お 14-1)

  • 作者: 織守 きょうや
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/12/20
  • メディア: 文庫

評価:★★☆


 私立探偵・天野春近(あまの・はるちか)は、"霊が見える" という特殊能力がある。それを活かして依頼された事件に臨むのだが、その能力には制約があって、事件の解決はそう簡単ではないのだった・・・


 推理小説の名探偵に憧れて、私立探偵を開業した天野。実は彼には特殊能力がある。"霊が見える" のだ。ただ、見えるのはボヤっとした輪郭だけ。性別も年齢も分からず、ただそこに "霊がいる" ことだけがわかる。
 それだけではあまり役に立ちそうにないが、彼にはもう一つ、霊から情報を得る方法がある。霊がいる場所で眠るのだ。
 睡眠状態になると、"霊の見ていたもの" が見える。それは故人の視点から見た光景。つまり故人の生前の視覚記憶の一部が見えるということだ。
 ただし、見える光景は短く断片的で、しかも音が無い。いわば細切れの無声映画を見るようなものなのだ。

 ちなみに「無声映画」(サイレント映画)といっても知らない人はいるだろう。1888年に世界最初の映画が作られて以来、1927年までの約40年間、映画に音(台詞、音楽、効果音など)は無かったのだ。詳しくはグーグル先生に聞いてください(笑)。

 本書のタイトル「ただし、無音に限り」は、天野の特殊能力の制約を表しているわけだ。彼の知人で弁護士の朽木(くちき)は彼の特殊能力を知っているので、"その力" が活かせそうな事件を回してくれるようになった。
 故人の、音の無い視覚記憶を頼りに、天野は事件の真相に迫っていく。


「第一話 執行人の手」
 実業家で資産家の羽澄桐継(はづみ・きりつぐ)が療養中の自宅で死亡する。もともと治癒の見込みのない寝たきりの状況だったので、容態の悪化による自然死として処理され、葬儀も終わっていた。
 桐継には4人の実子がいたが、遺言書では早逝した長男の息子・楓(かえで)に財産と事業の大部分を相続させることになっていた。生前の桐継は、孫の楓を気に入っていて後継者にするつもりだったらしいが、彼は未だ中学生だった。
 桐継の長女・桜子は、楓が桐継を殺したのではないかと疑い、天野に調査を依頼してきたのだ。
 桜子の承諾を得て桐継の部屋で眠ることになった天野は、故人の視覚記憶を追体験する。そこで見たものは、自然死を否定する光景だった・・・
 キーパーソンとなる楓くんがなかなか良い味を出してる。中学生なのに、図太いというか何があっても動じない。天野が殺人を疑って調べ回っても、一向に意に介さない。たとえ無実であっても、周囲を嗅ぎ回られたら心穏やかではいられないだろうに。桐継が後継者の器と見込んだのも分かるような気がする。
 普段は素っ気ないのだが、嫌な奴でも無い。年相応に見えるときもあって、それなりに可愛かったりする(笑)。


「第二話 失踪人の顔」
 小さな運送会社を経営していた笠野俊夫は、2年前に多額の借金を残したまま失踪していた。その翌朝、笠野の車が山中の駐車場で見つかったことから、彼の妻・智子は、俊夫は自殺したものと考えていた。しかし広い山中で遺体を探しだすのは容易ではない。
 天野の能力を使えば遺体を見つけることができるのではないか。そう考えた朽木の紹介で、天野は智子の依頼を受けることに。
 智子の許可を得て運送会社の事務所に来た天野は、そこで霊を目撃する。俊夫はここで死んだのだろうか? さらにこの場所で眠った天野が見たのは、生前の霊本人(?)が何者かに襲われる光景だった・・・


 死者の霊から情報が得られれば簡単に解決するかと思いきや、逆にそれによって事件の謎が深まってしまうという、上手い構成だと思う。
 どちらも、最後に明かされる真相は意外なもの。特に「第二話」のほうはけっこう驚いた。"(しゃべれない)霊から得た情報" ゆえに、それをどう解釈するかは天野に任されることになる。そういう意味で彼の能力は、ストーリーを前に進める(あるいは迷走させる)要素としてうまく機能している。

 ただ、好みの問題なんだろうけど、死者の霊とシンクロして事件の手がかりを得るという、云ってみればホラータッチな手法に、私はいまひとつ抵抗を感じるんだよなぁ。星の数が多くないのもそれが理由。



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