SSブログ

真夜中の詩人 有栖川有栖選 必読! Selection 4 [読書・ミステリ]

 

有栖川有栖選 必読! Selection4 真夜中の詩人 (徳間文庫)

有栖川有栖選 必読! Selection4 真夜中の詩人 (徳間文庫)

  • 作者: 笹沢左保
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/04/13
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 老舗百貨店のオーナー・三津田家と、一介のサラリーマン家庭・浜尾家から、それぞれ乳児が誘拐される。しかし誘拐犯は「生命の危険はない」との電話をかけてきたのみで、身代金の要求は一切行わず、そのまま連絡を絶ってしまう。
 息子を誘拐された浜尾真紀(まき)は、単身で誘拐犯を追い始める。唯一の手がかりは「百合の香りのする女」・・・


 主人公の浜尾真紀は27歳の専業主婦。サラリーマンの夫・洋一郎と、生後11ヶ月の息子・純一との平凡な生活に幸福を感じていた。

 そんなとき、全国で一、二を争う老舗デパートチェーン・江戸幸(えどこう)の社長・三津田良吉の孫・和彦(生後12ヶ月)が誘拐されるという事件が起きた。
 犯人は「子どもを預かっている」とだけ告げ、身代金などの要求は一切無く、そのまま連絡を絶ってしまっていた。

 その誘拐から10日後、今度は浜尾家から純一が誘拐されてしまう。洋一郎を仕事に送り出した後、真紀が火災保険の勧誘にやってきた40歳ほどの女の相手をしているうちに、純一の姿が消えてしまったのだ。
 犯人は2人組で、1人が保険勧誘をしている隙に、もう1人が和彦を連れ出したものと思われた。そして誘拐犯からかかってきた電話(男の声)は「純一を預かっていること」「生命の危険は無いこと」を告げ、身代金の要求は一切せず、そのまま連絡を絶ってしまう。

 手口から見て二つの誘拐は同一犯と思われたが、公開捜査に踏み切ったものの進展はなく、膠着状態に。

 唯一の手がかりは、保険勧誘にやってきた女が "百合の香りの香水" をつけていたことくらい。しかしそれを聞いた真紀の母親・澄江は激しいショックを受けたような表情を浮かべる。どうやら澄江はその女に心当たりがあるらしい。

 しかし澄江は、ひき逃げで死亡してしまう。時刻は深夜12時過ぎ、場所は自宅から離れた埼玉県の新座だった。母は独自に "百合の香りのする女" を追っていたのではないか? そして犯人から口封じに殺されたのではないか?

 しかし、肝心の夫・洋一郎は澄江の死を単なる交通事故としか思わず、純一のことも早々と諦めたような言動を示すようになっていく。
「子どもは、これからもつくれるんだから・・・」

 純一を諦めきれない真紀は、単独での調査を開始する。
 澄江の辿ってきた人生のどこかに、"百合の香りのする女" との接点があったはずだ。彼女は母の過去を探索する旅を始める。その先に我が子の姿があると信じて・・・


 文庫で540ページほどもある大部。我が子を探す真紀の旅路の前途は多難である。
 乏しい手がかりを追ううちに、母の人生にいくつかの謎を見つけ出すが、その真相は一向に藪の中。
 若い女性の一人旅であるから、狙われる身でもある。時には貞操の危機(死語?)にまで晒される。
 しかし母は強い。彼女の粘り強い行動で、薄紙を剥がすように、少しずつ真相が姿を現していく。

 真紀の妹・由美もまたメインキャラの一人。彼女は江戸幸デパートで働いていることから、三津田家と浜尾家をつなぐ人物でもある。
 誘拐事件とは別筋で、彼女の恋愛事情(現恋人と別れたり、新しい恋人が現れたり)も描かれていくのだが、こちらも本筋と大きな関わりがあることが次第に明らかになっていく。


 正直なところ、ミステリを読み慣れた人なら、事件の背景についてかなり早い段階で見当がついてしまう人もいると思う。誘拐犯の真の目的についても。
 でも、これは奇想に満ちた本格ミステリの名作が溢れている現代に生きているからこそだとも思う。

 本書が発表されたのは1972年。なんと50年以上も前の話。いわゆる ”新本格ミステリ” が世に出るまで、まだ15年の時を要した時代。
 そんな「本格ミステリ冬の時代」に、”このネタ” で書かれたミステリは、当時としては十分衝撃的な真相だったのだろうとは思う。

 では現代の目から見たらつまらないのか、といえばそんなことはない。
 サスペンスに満ちた真紀の探索行は感情移入させるには十分だ。読者はハラハラしながら彼女の行動を見守ることになる。ストーリーが進むごとに彼女とともに一喜一憂することになるだろう。
 ”ミステリとしてのロマンに満ちた物語” としては、とても面白く読ませる作品だと思う。




nice!(5)  コメント(0)