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禁じられたジュリエット [読書・ミステリ]


禁じられたジュリエット (講談社文庫)

禁じられたジュリエット (講談社文庫)

  • 作者: 古野 まほろ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/09/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 "ミステリ" が禁書となってパラレルワールドの日本。全寮制の女子高校で、"禁忌" を犯した6人の生徒は「囚人」となって思想更生プログラムに強制参加させられ、同級生2人はその「看守」役となる。しかし囚人vs看守の対立は次第に激化していき、やがて死者が・・・


 本書の中で描かれるパラレルワールドの日本では、あまり遠くない過去に "革命" が起こったらしく、現政府は強硬な専制政治を敷いて反体制勢力を弾圧、民衆に対しては厳しい思想統制が行われている。もちろんそれに逆らう者は収容所送り。

 舞台となるのは全寮制の明教館女子高等学校。その目的は "国家有為の女子国民" の育成。そのため、校長は政府から送り込まれてきている。

 本書は、そこの生徒6人が "禁忌" を犯したことから始まる。それは "ミステリ" に触れたこと。彼女らは、校内に隠匿されていたミステリ小説を見つけ、読み、そしてそれを楽しんでしまったのだ。
 しかしこの世界では、ミステリは "退廃文学" として焚書の対象だった。
 彼女ら6人は「囚人」となり、2人の「看守」役の生徒の管理のもと、「思想更生プログラム」参加させられることになる。

 しかし当初、彼女たちは楽観していた。囚人と看守を務める8人の生徒たちはみな仲の良い友人同士。「それっぽい振る舞いをしていれば簡単に済む」と。

 しかし、いざ始まってみるとその目論見はあっけなく崩れ去る。
 看守たちもまた、学校側から圧力を受ける立場。「プログラム」を仕切る教頭の指示には逆らえない。

 本書の前半は、さながら "独裁体制による民衆支配のシミュレーション" のようにも読める。
 支配される側を巧妙に分断し、相互に対立を生み出す。体制側はその上に乗っかってそれをコントロールする。それが上手くいっている間は、体制側は安泰だ。

 6人の「囚人」たちは「反省室」という名の牢獄(学校の中にこういう施設が設置してあるところがこの世界の異様さを示している)に監禁され、虐待を受けることになる。それは「人間としての尊厳」をことごとく奪い去るものだった。
 最初、"なあなあの芝居" で済ませるはずだった「囚人」vs「看守」の関係は、次第に "本気" になり(ならざるをえないように学校側に仕組まれて)、彼女たちの対立はどんどん激化していく。

 その詳しい内容・経過はここには記さない。正直言って、書くのが辛いから。読んでいる間、頭の中には怒りの感情が渦巻き、胸が苦しくなった。何度も読むのをやめようかと思ったよ。


 本書は文庫で600ページほどだが、400ページを過ぎたあたりで "事件" が発生し、そこで大きな転回点を迎える。何がどう展開するのかは書かないが、ここから物語は "本格ミステリ" へと移行する。
 つまり、そこまでの "8人の女子高生による、牢獄内での陰険な対立の物語" は、そこまでの壮大な伏線だったわけだが・・・・それにしては長すぎるし、重すぎるよなぁ。

 終盤の200ページは、極めてロジカルな犯人解明のシーンになる。このあたりの微に入り細をうがつような怒濤の論理展開は、作者の得意技。
 時々鋭すぎて、ついていけなくなるが(おいおい)。

 そしてラストは・・・"焚書" と云えばブラッドベリだよねぇ(意味深)。


 巻末の「おまけ」には、校内に残されていて生徒たちが読んだとされる8冊の本格ミステリの書名が記されている(これらは "こちらの世界" に実在する作品)。いずれも有名な作品ではあるが、私の好みとはちょっと違うかな(笑)。



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幽世の薬剤師2 [読書・ファンタジー]


幽世の薬剤師2(新潮文庫nex)

幽世の薬剤師2(新潮文庫nex)

  • 作者: 紺野天龍
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2022/10/28

評価:★★★


 鬼や神霊などの "怪異" が跋扈する異世界・幽世(かくりよ)へと迷い込んでしまった主人公・空洞淵霧瑚(うろぶち・きりこ)は、漢方の薬剤師だった経歴を活かして働き始める。
 彼が巫女・御巫綺翠(みかなぎ・きすい)とともに幽世で起こる疫病や怪事件に立ち向かう、シリーズ第2巻。


 空洞淵が開業した薬処・〈伽藍堂〉(がらんどう)に一人の少女がやってくる。彼女は神屋敷花喃(かみやしき・かなん)と名乗り、山奥にある隠れ里・〈神籠(かみごも)村〉からやってきたという。

 花喃は語る。
 村には "ミズチ様" と呼ばれる "神様" がいること。"ミズチ様" は毎年一人ずつ、村の娘を "娶る" こと。娶られた娘は、神の子を "身籠もる" こと。
 しかし、娘は次第に衰弱し、出産する前にみな死んでしまうこと・・・

 もちろん、その代償はある。"ミズチ様" は、村を貧困・飢え・災害・疫病から守り、繁栄と安寧をもたらしているのだと。

 今年選ばれた "花嫁" は、花喃の姉だった。花喃の願いは、なんとか姉を救うことだったのだ。

 "神の花嫁" といいながら、実体は "人身御供" ではないのか・・・憤る空洞淵に対し、幽世の慣習にいたずらに干渉すべきでないと説く綺翠。
 しかし空洞淵の意思は硬く、〈神籠村〉へ向かうことを決める。そして綺翠もそれに同行することになった。

 村に到着した2人は、旅の夫婦を装って逗留することに。
 空洞淵は、既に "妊婦" の状態に化してしまった花喃の姉を診察して、彼女の肉体に生じた変化の原因を探り始める。
 さらには、村の長老から昔の話を聞き出し、 "ミズチ様" の正体に迫ろうと試みるのだが・・・


 ファンタジー世界の物語ではあるが、いくつかの謎は合理的に解かれていく。
 例えば "神の花嫁" が "妊娠" する現象は、"こちらの世界" の理屈で説明される。私もこれは見当がついたよ。たぶん、過去に何かで読んで知っていたからだと思うけど。


 ミステリやファンタジーとしての面白さもあるけれど、キャラ同士の掛け合いも楽しい。空洞淵と綺翠の関係も、"近づきそうでなかなか近づかない、でも終わってみれば着実に距離は縮まってる" っという経過を重ねていくんだろう。

 今回、2人は夫婦者と偽ってるので、ひとつの部屋に泊まることになる。しかし朴念仁かつ超草食系の空洞淵くんのことだから、自分の方から迫っていくことはない。
 まあ、彼が若い女性と仲良くしてると機嫌が悪くなったりと、綺翠の方も憎からず思っていそうだから、迫っていっても邪険に扱われないような気もするが(笑)。

 あと本書では、途中からは槐(えんじゅ)という新キャラが登場する。こちらもなかなか魅力的で、どうやらレギュラーキャラになるみたい。空洞淵と綺翠の周囲は、だんだん賑やかになっていくのかも知れない。



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教室が、ひとりになるまで [読書・ミステリ]


教室が、ひとりになるまで (角川文庫)

教室が、ひとりになるまで (角川文庫)

  • 作者: 浅倉 秋成
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/01/22

評価:★★★★


 主人公・垣内友弘(かきうち・ともひろ)が通う北楓(きたかえで)高校で、生徒の連続自殺事件が起こる。3人目の自殺者が出たとき、幼馴染みの同級生・白瀬美月(しらせ・みづき)は告げる。
「自殺じゃない。みんな "あいつ" に殺されたの」。
 北楓高校には、代々、4人の "異能者" がいるという。その一人、"他人を自殺させる力" を持つ者が一連の事件を起こしているのだ・・・


 北楓高校2年A組とB組は、様々な校内行事に合同で参加するほどの「全員が仲が良い最高のクラス」と呼ばれていた。
 しかしB組の女子が学校のトイレで首をつり、A組の男子が校舎から飛び降りるという連続自殺事件が起こる。
 2人とも〈私は教室で大きな声を出しすぎました。調律される必要があります。さようなら〉という遺書を残していた。

 主人公・垣内友弘はA組の生徒。クラスの雰囲気には馴染めないが表だって反対することもなく、大勢に順応して学校生活を送っている。
 しかし3人目の自殺者が出たことで、幼馴染みで同級生の白瀬美月は不登校になってしまう。そして友弘は美月から意外なことを告げられる。
「自殺じゃない。みんな "あいつ" に殺されたの」
 同級生の中に、"他人を自殺させる力" を持つ者がいるのだという。

 信じられない友弘のもとに、差出人不明の手紙が舞い込む。そこには北楓高校創立以来の "秘密" が記されていた。

1,北楓高校には、超常的な能力を持つ者(《受取人》と呼ばれる)が "常に" 4人いる。
2,《受取人》が卒業すると、新入生の中から新たな《受取人》が選ばれる。
3,《受取人》が在学中に死亡すると、先代の《受取人》から、新たな《受取人》が指名される。

 友弘はこの項目に従って、新たな《受取人》に指名されたらしい。
 彼が "受け取った能力" は、「他人の嘘を見破る能力」。ただし、”瞬間的に体に強い痛みを感じる” ことが能力の発動条件だった。

4,4人の能力はそれぞれ異なり、発動条件もそれぞれ異なる。
5,能力の内容と発動条件を他人に知られたり、言い当てられると、その時点で能力は失われてしまう。

 戯言かと思った友弘だが、実際に自分の能力の発動を経験するに至り、信じざるを得なくなる。ならば、一連の自殺事件も《受取人》が能力を使って行っているのではないか?
 友弘は自分の能力を使って、犯人である《受取人》を探し始めるが・・・


 たとえ "犯人" が分かっても、それだけでは解決しない。犯罪を立証しようにも証拠がひとつもないし、放置すればさらに "犯行" を続けるかも知れない。

 決着をつけるには、"犯人" が持つ能力の具体的な内容(おそらくは精神に何らかの働きかけを行う力)と発動条件まで探り出し、それを相手に突きつけることで能力を "喪失" させなければならない。


 4人の高校生がある日突然、超常の能力を得る、というのはデビュー作『ノワール・レヴナント』と同様だが、あちらでは力を得た4人が協力して巨大な陰謀と戦う物語だった。しかし本作ではその4人が、命を賭けた ”異能バトル” を行うことになる。


 "自殺" に追いやられたのは、みなクラスのリーダー格の者ばかり。「全員が仲が良い最高のクラス」を率先して "演出" していた。彼ら彼女らの意向でクラスの方針が決まっていく。逆らうとクラスの中で居場所がなくなってしまう。
 積極的にそれに協力する者もいるが、主人公・友弘のように、表面上はクラスの方針に温和しく従っているだけの "面従腹背" な者もいる。
 おそらくクラスメイトの大半はこのどちらかに属しているのだろうが、"犯人" は、それに我慢できない者だ。だから "受け取った力" を行使して叛旗を翻した。

 本書の初刊は2019年3月。安倍総理による非常事態宣言の約1年前で、まだ新型コロナで大騒ぎになる前だった。
 しかしコロナ禍を経験した身からすると、本書の持つ意味合いが一段深くなったように感じる。

 コロナ禍の中で "同調圧力" という言葉が市民権を得ていった。大勢に従わないものに対して激しく攻撃する "自粛警察" なるものまで現れた。

 しかし、そんな時代の訪れる遙か前から、学校というのは "同調圧力" の塊でもあった。「教育」という観点から見れば、それらすべてが悪いとは思わないが、それでも、それに馴染めない者は多く存在していた。
 そしてクラスというのは逃げ場のないところ。そこに押し込められている状況を苦痛と感じる者もいるだろう。そんな立場に追い込まれた者が起こした事件を描いているのが本書だ。


 本書を一言でいうと、ファンタジックな特殊設定ミステリ、となろうか。
 友弘は作中の手がかりから犯人の名、そして犯人の能力&発動条件を推理していくのだが、真のクライマックスはそれらすべてが明かされた後に訪れる。

 "超能力による殺人" に対し、警察/司法は無力だ。しかし殺人を犯したものは裁かれねばならない。明らかになった犯人に対し、友弘たちはどう振る舞い、どんな決着を望むのか? 作者がいちばん描きたかったシーンはここだろう。


 あともう一つ。これは主人公・友弘の成長の物語でもある。
 連続自殺事件と並行して、友弘自身の、不満と閉塞感に満ちた日常も描かれていく。青春時代には、誰でも多かれ少なかれ味わう感覚だろう。
 学校生活に意味が感じられず、校外に夢や生きがいを見つけ出そうとしている彼は、物語の中で大きな挫折を経験する。
 しかし、事件を通して再起のきっかけをつかむところもまた描かれる。ささやかながら、"希望の芽" も添えられて。



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真夜中の詩人 有栖川有栖選 必読! Selection 4 [読書・ミステリ]

 

有栖川有栖選 必読! Selection4 真夜中の詩人 (徳間文庫)

有栖川有栖選 必読! Selection4 真夜中の詩人 (徳間文庫)

  • 作者: 笹沢左保
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2022/04/13
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 老舗百貨店のオーナー・三津田家と、一介のサラリーマン家庭・浜尾家から、それぞれ乳児が誘拐される。しかし誘拐犯は「生命の危険はない」との電話をかけてきたのみで、身代金の要求は一切行わず、そのまま連絡を絶ってしまう。
 息子を誘拐された浜尾真紀(まき)は、単身で誘拐犯を追い始める。唯一の手がかりは「百合の香りのする女」・・・


 主人公の浜尾真紀は27歳の専業主婦。サラリーマンの夫・洋一郎と、生後11ヶ月の息子・純一との平凡な生活に幸福を感じていた。

 そんなとき、全国で一、二を争う老舗デパートチェーン・江戸幸(えどこう)の社長・三津田良吉の孫・和彦(生後12ヶ月)が誘拐されるという事件が起きた。
 犯人は「子どもを預かっている」とだけ告げ、身代金などの要求は一切無く、そのまま連絡を絶ってしまっていた。

 その誘拐から10日後、今度は浜尾家から純一が誘拐されてしまう。洋一郎を仕事に送り出した後、真紀が火災保険の勧誘にやってきた40歳ほどの女の相手をしているうちに、純一の姿が消えてしまったのだ。
 犯人は2人組で、1人が保険勧誘をしている隙に、もう1人が和彦を連れ出したものと思われた。そして誘拐犯からかかってきた電話(男の声)は「純一を預かっていること」「生命の危険は無いこと」を告げ、身代金の要求は一切せず、そのまま連絡を絶ってしまう。

 手口から見て二つの誘拐は同一犯と思われたが、公開捜査に踏み切ったものの進展はなく、膠着状態に。

 唯一の手がかりは、保険勧誘にやってきた女が "百合の香りの香水" をつけていたことくらい。しかしそれを聞いた真紀の母親・澄江は激しいショックを受けたような表情を浮かべる。どうやら澄江はその女に心当たりがあるらしい。

 しかし澄江は、ひき逃げで死亡してしまう。時刻は深夜12時過ぎ、場所は自宅から離れた埼玉県の新座だった。母は独自に "百合の香りのする女" を追っていたのではないか? そして犯人から口封じに殺されたのではないか?

 しかし、肝心の夫・洋一郎は澄江の死を単なる交通事故としか思わず、純一のことも早々と諦めたような言動を示すようになっていく。
「子どもは、これからもつくれるんだから・・・」

 純一を諦めきれない真紀は、単独での調査を開始する。
 澄江の辿ってきた人生のどこかに、"百合の香りのする女" との接点があったはずだ。彼女は母の過去を探索する旅を始める。その先に我が子の姿があると信じて・・・


 文庫で540ページほどもある大部。我が子を探す真紀の旅路の前途は多難である。
 乏しい手がかりを追ううちに、母の人生にいくつかの謎を見つけ出すが、その真相は一向に藪の中。
 若い女性の一人旅であるから、狙われる身でもある。時には貞操の危機(死語?)にまで晒される。
 しかし母は強い。彼女の粘り強い行動で、薄紙を剥がすように、少しずつ真相が姿を現していく。

 真紀の妹・由美もまたメインキャラの一人。彼女は江戸幸デパートで働いていることから、三津田家と浜尾家をつなぐ人物でもある。
 誘拐事件とは別筋で、彼女の恋愛事情(現恋人と別れたり、新しい恋人が現れたり)も描かれていくのだが、こちらも本筋と大きな関わりがあることが次第に明らかになっていく。


 正直なところ、ミステリを読み慣れた人なら、事件の背景についてかなり早い段階で見当がついてしまう人もいると思う。誘拐犯の真の目的についても。
 でも、これは奇想に満ちた本格ミステリの名作が溢れている現代に生きているからこそだとも思う。

 本書が発表されたのは1972年。なんと50年以上も前の話。いわゆる ”新本格ミステリ” が世に出るまで、まだ15年の時を要した時代。
 そんな「本格ミステリ冬の時代」に、”このネタ” で書かれたミステリは、当時としては十分衝撃的な真相だったのだろうとは思う。

 では現代の目から見たらつまらないのか、といえばそんなことはない。
 サスペンスに満ちた真紀の探索行は感情移入させるには十分だ。読者はハラハラしながら彼女の行動を見守ることになる。ストーリーが進むごとに彼女とともに一喜一憂することになるだろう。
 ”ミステリとしてのロマンに満ちた物語” としては、とても面白く読ませる作品だと思う。




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ただし、無音に限り [読書・ミステリ]


ただし、無音に限り (創元推理文庫 M お 14-1)

ただし、無音に限り (創元推理文庫 M お 14-1)

  • 作者: 織守 きょうや
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/12/20
  • メディア: 文庫

評価:★★☆


 私立探偵・天野春近(あまの・はるちか)は、"霊が見える" という特殊能力がある。それを活かして依頼された事件に臨むのだが、その能力には制約があって、事件の解決はそう簡単ではないのだった・・・


 推理小説の名探偵に憧れて、私立探偵を開業した天野。実は彼には特殊能力がある。"霊が見える" のだ。ただ、見えるのはボヤっとした輪郭だけ。性別も年齢も分からず、ただそこに "霊がいる" ことだけがわかる。
 それだけではあまり役に立ちそうにないが、彼にはもう一つ、霊から情報を得る方法がある。霊がいる場所で眠るのだ。
 睡眠状態になると、"霊の見ていたもの" が見える。それは故人の視点から見た光景。つまり故人の生前の視覚記憶の一部が見えるということだ。
 ただし、見える光景は短く断片的で、しかも音が無い。いわば細切れの無声映画を見るようなものなのだ。

 ちなみに「無声映画」(サイレント映画)といっても知らない人はいるだろう。1888年に世界最初の映画が作られて以来、1927年までの約40年間、映画に音(台詞、音楽、効果音など)は無かったのだ。詳しくはグーグル先生に聞いてください(笑)。

 本書のタイトル「ただし、無音に限り」は、天野の特殊能力の制約を表しているわけだ。彼の知人で弁護士の朽木(くちき)は彼の特殊能力を知っているので、"その力" が活かせそうな事件を回してくれるようになった。
 故人の、音の無い視覚記憶を頼りに、天野は事件の真相に迫っていく。


「第一話 執行人の手」
 実業家で資産家の羽澄桐継(はづみ・きりつぐ)が療養中の自宅で死亡する。もともと治癒の見込みのない寝たきりの状況だったので、容態の悪化による自然死として処理され、葬儀も終わっていた。
 桐継には4人の実子がいたが、遺言書では早逝した長男の息子・楓(かえで)に財産と事業の大部分を相続させることになっていた。生前の桐継は、孫の楓を気に入っていて後継者にするつもりだったらしいが、彼は未だ中学生だった。
 桐継の長女・桜子は、楓が桐継を殺したのではないかと疑い、天野に調査を依頼してきたのだ。
 桜子の承諾を得て桐継の部屋で眠ることになった天野は、故人の視覚記憶を追体験する。そこで見たものは、自然死を否定する光景だった・・・
 キーパーソンとなる楓くんがなかなか良い味を出してる。中学生なのに、図太いというか何があっても動じない。天野が殺人を疑って調べ回っても、一向に意に介さない。たとえ無実であっても、周囲を嗅ぎ回られたら心穏やかではいられないだろうに。桐継が後継者の器と見込んだのも分かるような気がする。
 普段は素っ気ないのだが、嫌な奴でも無い。年相応に見えるときもあって、それなりに可愛かったりする(笑)。


「第二話 失踪人の顔」
 小さな運送会社を経営していた笠野俊夫は、2年前に多額の借金を残したまま失踪していた。その翌朝、笠野の車が山中の駐車場で見つかったことから、彼の妻・智子は、俊夫は自殺したものと考えていた。しかし広い山中で遺体を探しだすのは容易ではない。
 天野の能力を使えば遺体を見つけることができるのではないか。そう考えた朽木の紹介で、天野は智子の依頼を受けることに。
 智子の許可を得て運送会社の事務所に来た天野は、そこで霊を目撃する。俊夫はここで死んだのだろうか? さらにこの場所で眠った天野が見たのは、生前の霊本人(?)が何者かに襲われる光景だった・・・


 死者の霊から情報が得られれば簡単に解決するかと思いきや、逆にそれによって事件の謎が深まってしまうという、上手い構成だと思う。
 どちらも、最後に明かされる真相は意外なもの。特に「第二話」のほうはけっこう驚いた。"(しゃべれない)霊から得た情報" ゆえに、それをどう解釈するかは天野に任されることになる。そういう意味で彼の能力は、ストーリーを前に進める(あるいは迷走させる)要素としてうまく機能している。

 ただ、好みの問題なんだろうけど、死者の霊とシンクロして事件の手がかりを得るという、云ってみればホラータッチな手法に、私はいまひとつ抵抗を感じるんだよなぁ。星の数が多くないのもそれが理由。



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御城の事件 〈西日本篇〉 [読書・ミステリ]


御城の事件 〈西日本篇〉 (光文社時代小説文庫)

御城の事件 〈西日本篇〉 (光文社時代小説文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/04/14
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 西日本の御城を舞台に起こる怪事件の数々を描く、書き下ろし歴史ミステリ・アンソロジー。


「幻術の一夜城」(黒田研二)
 小牧・長久手の戦いの後、秀吉が家康を攻めるべく軍勢の準備を進めている頃。かつて秀吉が一夜にして築いたと伝わる墨俣(すのまた)城に、家康が現れる。
 家康は「自分もまた幻術を使うことができる」と豪語し、秀吉が墨俣城を築いたカラクリを暴き、さらには「自分も城を一夜にして築き、そして消してみせる」という・・・
 このネタはトリックの枠を超えてますね。「運も実力のうち」なんていうけど、天下人になる人には運も味方するのだね。


「小谷の火影」(岡田秀文)
 天正元年(1573年)、越前の朝倉義景を滅ぼした織田軍は、羽柴秀吉の指揮の下、浅井長政が籠城する小谷城を包囲していた。
 そんなとき、城内で捕らえた織田方の間者が牢を脱走する。しかし間者は何者かに殺されてしまう。そして殺した賊は長政の父・久政とお市の方を人質に取り、城内の一角に立て籠もってしまう・・・
 一連の事件の真相は、かなり意外なもの。一般的な「浅井家滅亡」のイメージを覆す展開に驚かされる。


「ささやく水」(森谷明子)
 本能寺の変で信長が倒れ、天下の実権が秀吉に移った天正13年(1585年)、キリシタン大名・高山右近は明石に転封され、船上(ふなげ)城の築城に取りかかった。
 その工事中の城内で殺人が起こる。被害者はキリシタンの布教を行っていた武士。死因は溺死だったが、遺体の発見場所は海から離れた城の本丸近く。現場周囲も着ていた服も乾いていたが、死者は大量の水を飲んでいた。
 探偵役は高山右近。自然の川と海を取り込んだ城の設計を巧みに利用したトリックが光る。キリシタン布教の意外な裏面、そして瀬戸内海ならではの○○○○伝説まで絡んで盛り沢山な作品。


「影に葵あり」(安萬純一)
 既刊の忍者小説アンソロジー『忍者大戦 黒ノ巻』所収の「死に場所と見つけたり」の続編だが、ストーリーは独立しているので未読でも大丈夫。
 舞台は小浜藩・小浜城。主人公・韮山兼明(にらやま・かねあき)は小浜藩士だが、その正体は忍び。幕府が藩に潜ませた "草"(スパイ)だった。
 「死に場所と-」の事件を解決した功績で、城の警護役へと昇進したが、彼を妬む桶川亢之進(おけがわ・こうのしん)は、兼明を追い落とす陰謀を巡らせる。
 一方、兼明の前に現れた幕府の隠密・雷蔵は「おまえを見張っている2人組がいる」と告げる。そして、城内の巻物(機密文書)奪取を巡って殺人事件が起こるのだが・・・
 前作で、幕府の "草" だった父を喪い、その役を引き継いだ兼明は、その立場に疑問を覚える青年。忍者アクションもあり、ミステリとしてもよくできているが、兼明の成長が描かれているのがいちばん嬉しかった。


「帰雲城の仙人」(二階堂黎人)
 既刊の忍者小説アンソロジー『忍者大戦 黒ノ巻』所収の「幻獣」で活躍した伊賀忍者・風鬼と雷神が再登場。
 天正13年(1585年)の大地震によって、飛騨の国の帰雲(かえりぐも)城が崩壊してしまった。そこには城主・内ヶ島氏がため込んでいた埋蔵金と、金鉱への入り口があるという。しかしその辺り一帯では、暗黒斎なる怪人が率いる暗闇党という忍びの一群が暗躍しているらしい。
 帰雲城探索を命じられた風鬼と雷神は、暗黒斎が "神通力" を発揮するという儀式へ潜入する。暗黒斎は、眼前に見える山城を、一瞬にして消してみせるのだった・・・
 いわゆるイリュージョン、マジックショーのネタなんだけど、それを時代劇の中にうまく取り入れている。さらに、終盤になるとミステリというよりは伝奇小説になってしまう。まあ、こういうネタは嫌いではないが。
 暗黒斎はたいへんな長命であると自称しており、邪馬台国さえその目で見たという。彼の云うことが本当なら、正体は "あの人" だよねぇ。
 彼が語る "邪馬台国の所在地" も、かなり荒唐無稽。でももし本当ならちょっと見てみたくはある。



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黄金の指紋 [読書・冒険/サスペンス]


黄金の指紋 (角川文庫)

黄金の指紋 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/07/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★


横溝正史復刊シリーズ、ジュブナイルものの一編。
"体はゴリラ、頭脳は人間" のモンスター・怪獣男爵が三度目の登場、謎を秘めた黄金の燭台を巡って金田一耕助と対決する!


 中学2年生の野々村邦雄(ののむら・くにお)は、夏休みを利用して伯父のもとへ遊びに来ていた。そこは瀬戸内海に面する岡山県の児島半島にある町・下津田。
 ある夜、下津田を嵐が襲い、沖合で汽船が難破してしまう。町民たちが救助活動を始める中、邦雄は岩場で若い男を発見する。難破船から流れ着いた遭難者かと思われたが、胸部をピストルで撃たれて重傷を負っていた。彼は邦雄に黒い箱を託し、こう告げる。
 「東京に帰ったら・・・これを金田一耕助という人に渡してくれ・・・」

 箱の中身は、紫ダイヤを組み込んだ黄金の燭台だった。そして火皿のところには指紋がひとつ、黄金の地肌に "焼き付け" られていた。

 船が難破した夜から、邦雄の周囲には怪しげな男女たちが姿を見せ始める。いずれも、あの青年の行方を追い、黄金の燭台を狙っているらしい。
 一刻も早く東京へ向かうべく、新幹線に乗り込んだ邦雄だったが、車中で乗り合わせた美女の奸計にはまり、燭台が入ったバッグを奪われてしまう。

 燭台を奪った賊は神戸の酒場にやってくる。ところがそこには既に、変装した金田一耕助が潜んでいた。
 酒場の奥は賊のアジトになっており、そこには邦雄と同年代の少女が囚われていた。彼女は玉虫元伯爵の孫娘・小夜子。黄金の燭台は彼女の両親が遺したものであり、玉虫家に連なる彼女の身元を示す、唯一の証拠であったのだ。
 黄金の燭台の争奪を巡り、全編にわたって冒険活劇が繰り広げられていく。


 今回の主人公・邦雄少年はいままでのジュブナイルものの主役とはひと味違う。頭の回転が速くて機転が利き、実行力も充分。
 新幹線の中で燭台を入れたバッグを奪われてしまうのだが、彼は狙われることを想定しており、”ある方法” を使って燭台の無事を確保してみせる。これはスゴい。

 金田一耕助も、ジュブナイルものでは華やかに活躍する。変装して敵のアジトび潜入するのはもちろん、ピストルを持って悪漢と対決したりと熱血キャラぶりを見せる。

 今作の特徴は、燭台を狙う悪人が複数いること。それぞれ異なる思惑をもって争奪戦を繰り広げるのだけど、そのグループのひとつを率いるのが怪獣男爵だ。

 前作『大迷宮』の記事で「怪獣男爵のキャラが強烈すぎて、さすがの横溝正史も持て余してるのではないか」みたいなことを書いたのだけど、横溝自身もそれは感じてたのかも知れない。
 なぜなら、今作の怪獣男爵は実にアグレッシブ(笑)で、露出も多いし台詞も多くなっている。衆人環視の中で姿を見せたり、警官隊の前からゆうゆうと逃亡してみせたりと、パフォーマンスも派手になってる。
 終盤では隅田川に浮かぶ船上で金田一耕助と2人(1人と1頭?)だけで対決したりと、前作とは桁違いに存在感がアップしている。
 「持て余してる」なんてとんでもなかったですね。巨匠の "本気" を見せていただきました(笑)。



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工作艦明石の孤独 [読書・SF]


工作艦明石の孤独1 (ハヤカワ文庫JA)

工作艦明石の孤独1 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/07/20
工作艦明石の孤独2 (ハヤカワ文庫JA)

工作艦明石の孤独2 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/10/18
工作艦明石の孤独3 (ハヤカワ文庫JA)

工作艦明石の孤独3 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/01/24
工作艦明石の孤独4 (ハヤカワ文庫JA)

工作艦明石の孤独4 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 林 譲治
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2023/04/25

評価:★★★


 ワープ航法が実用化された時代。人類植民圏の辺境に位置するセラエノ星系で、突如地球圏とのワープが不可能な状態になる。地球圏からの物流が途絶えたら、150万人の市民の生活が危機に陥ってしまう。そんなとき、5光年離れたアイレム星系で未知の知性体が発見される・・・


 ワープ航法の開発によって、60ほどの植民星系にまで広がった人類。そのひとつ、セラエノ星系で、突然、セラエノ星系-太陽系間のワープが不可能になってしまう。
 太陽系に向けてワープをすると、5光年の距離で隣接するアイレム星系に到着してしまうのだ。アイレム星系から出発しても太陽系には着けず、セラエノ星系に出現してしまう。

 この作品世界でのワープ航法は、原理が未だ完全には解明されておらず、ブラックボックスな部分が多い技術、という設定。だから試行錯誤を繰り返しながら実用化してきた。そのため、いろいろ制約がある。
 例えば、太陽系とセラエノ星系は相互の行き来が可能だが、セラエノ星系から他の星系に向けて直接ワープすることは出来ず、必ず太陽系を経由しなければならない。
 さらに、電磁波は未だ超光速技術が確立されておらず、情報伝達はワープによる船舶の往来でしか行えない。

 だから、太陽系とのワープが途絶すると云うことは、すなわちセラエノ星系が人類圏から物流面でも情報面でも隔離されてしまうと云うことだ。
 しかも、本来不可能なはずの、隣接するアイレム星系との間でのみ相互のワープ移動が可能という不可解な状況に陥ってしまう(作品の中盤で、それを説明する仮説が登場するが)。


 本書の第一のテーマは、「孤立した植民星が、文明を維持できるのか?」というシミュレーションである。

 セラエノ星系には150万人が暮らしているが、精密機械・電子機器など植民星では製造できないものは地球からの輸入に頼っており、早晩、文明の維持ができなくなることが予想された。
 専門家の推定では、最悪の場合、蒸気機関レベルにまで技術が退行する可能性まで示されてしまう。

 人口150万人ってどれくらいなのか? ちょっとネットで調べてみたら、ほぼ鹿児島県の人口と同じだった。たしかにこの規模の集団が、外部との物流・人流・情報を一切止められたら、文明/生活レベルの維持は厳しいだろう。

 星系政府は原因究明に取り組む一方、このままワープ航路が閉ざされたままの事態を想定して様々な対策を立案していく。


 そして本書の2つめのテーマは「ファースト・コンタクト」。

 唯一、ワープ移動が可能なアイレム星系は、未だ人類が植民していない。そこへ向かった調査隊は、知的生命体と遭遇する。知性体は "イビス" と名付けられ、人類-イビス間で手探りながらのコミュニケーションの成立が模索されていくが、人類とは異質な進化・生態・価値観をもつイビスを理解することは容易ではない。

 イビスもまた、他の星系からやってきていたが、"彼ら" もまたワープ途絶の事態に巻き込まれ、母星から孤立していた。

 文明の維持、さらにはワープ再開のためには異星人との協力が必要と、セラエノ星系政府は考えるが・・・


 タイトルの "工作艦・明石" は、セラエノ星系で宇宙船の修理・改修を請け負う私企業の保有船。他にも地球宇宙軍の偵察戦艦・青鳳(せいほう)、輸送艦・津軽の、地球籍の2隻がたまたまセラエノ星系に滞在していて事態に巻き込まれる。
 セラエノ星系でワープが可能な艦船は、この3隻を含めても10隻に満たず、これらの船舶のクルーたち、そして星系政府首脳たちはこの未曾有の "災害" を克服しようとする最前線に立つことになる。


 本作は群像劇で、特定の主人公がいるわけではないが、明石のクルーはほぼみなメインキャストになる。
 そして、彼らのネーミングがまたユニークというか特徴的だ(この作者の作品では往々にして見られるが)。
 明石の艦長は狼群涼狐(ろうぐん・りょうこ)。その妹で工作部長が狼群妖虎(ろうぐん・ようこ)。
 きわめつけは、工作部の責任者が "椎名ラパーナ" さん。分かる人には分かるね。これは確信犯でしょう(笑)。かといってお遊びキャラではなく、彼女は序盤でイビスとの意思疎通に大活躍する超重要キャラだ。


 設定は魅力的だけど、戦闘などの派手なシーンはほとんど無い。どちらかというと地味な物語なのだが、最後まで興味を持たせて読ませる。

 その割に評価の星の数が少ないのは、ラストの締め方が今ひとつ、すっきりしないと感じるから。ラスト近く、ワープ途絶の原因についてある仮説が提示されるのだけど、うーん。いきなり「○○の○○」と云われてもなぁ・・・

 イビスとの協力関係も確立され、改めて地球圏への帰還を賭けたワープ実験が行われるんだが・・・この結果が気に入るかどうかが本書の評価を決めると思う。
 考えようによっては光瀬龍ばりにスケールの大きな話になるんだけど・・・そのあたりは読む人の好みかなぁ。



タグ:SF
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アリス・ザ・ワンダーキラー 少女探偵殺人事件 [読書・ミステリ]


アリス・ザ・ワンダーキラー~少女探偵殺人事件~ (光文社文庫)

アリス・ザ・ワンダーキラー~少女探偵殺人事件~ (光文社文庫)

  • 作者: 早坂 吝
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/02/28

評価:★★★


 10歳の誕生日を迎えたアリスは、父親からウサギ耳型のヘッドギアをプレゼントされる。彼女はそれを使ってVR空間『不思議の国のアリス』の中で、5つの問題を解くゲームをすることに。制限時間は24時間。


「プロローグ」
 10歳のアリスの将来の夢は、父親のような名探偵になること。しかし母親は猛反対。「もっと堅い仕事に就きなさい」
 反発したアリスは家を飛び出して山小屋へ向かう。そこで出会ったのはコーモラント・イーグレットと名乗る青年。彼はアリスの父親から預かっていた誕生日プレゼントをもってきていた。
 それはウサ耳型ヘッドギア。これを装着するとVR空間『不思議の国のアリス』へ入り込むことができる。そこで5つの問題を解くゲームに参加する、それが父親のプレゼント。ただし制限時間は24時間だ。


「第一問 SOLVE ME」
 "食べると体が大きくなるクッキー"、"飲むと体が小さくなるシロップ" を使って、鍵のかかった部屋から脱出する方法を見つけ出す。

「第二問 ハム爵夫人」
 胡椒にまみれた屋敷に住んでいる公爵夫人は、なぜか子ブタを我が子のように育てている。その子ブタが誘拐されてしまう。犯人は誰か?

「第三問 カラスと書き物机はなぜ似ているか」
 この世界にはハートの女王が君臨している。彼女に反発するグループのアジトへやってきたアリス。そこには、メンバーの一人である帽子屋の死体が・・・

「第四問 卵が先か」
 ハンプティ・ダンプティ(人面つきの卵www)が塀から落ちて死んで(割れて)しまう。しかし "彼" は、"ある薬" を使って殺されたらしい。その薬とは?

「第五問 Hunt the Heart」
 ハートの女王の城(形もハート型)へやってきたアリス。ところが今度は女王が首を切られて殺されてしまう・・・


 『不思議の国のアリス』に登場するキャラやアイテムを用いた謎が設定され、そこに入り込んだアリスは、案内人の "白ウサギ" に導かれながら、謎解きに挑んでいく。ところがこの白ウサギ、腹に一物秘めていそうで、胡散臭い言動を繰り返す。

 本編の途中には「挿話」というパートがあって、クックー・ドレイクなる人物がアリスの両親と何らかの関わりがあることが示唆される。

 5つの謎は、それぞれのパートでいちおうの解決を見るのだが、「エピローグ」に至るとすべての謎が再吟味され、物語の様相が一変する。このへんはなかなか意外な展開で、作者の面目躍如と云うところか。

 ファンタジー世界での特殊設定ミステリなのも面白いけど、本書の魅力はなんといってもヒロインの造形だろう。
 アリス嬢は、とても10歳とは思えない言動で物語の中を疾走していく。よく言えば逞しく、悪く云えば図太い(笑)キャラで、頭の回転は速いが口は悪い(おいおい)。でもまあ、そのあたりはご愛敬だろう。



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御城の事件 〈東日本篇〉 [読書・ミステリ]


御城の事件~〈東日本篇〉~ (光文社文庫)

御城の事件~〈東日本篇〉~ (光文社文庫)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/05/29

評価:★★★


 日本各地の御城(実在/架空を問わず)を舞台にした、時代ミステリーの書き下ろしアンソロジー。


「大奥の幽霊」(高橋由太)
 主人公の弥助(やすけ)は16歳。伊賀者である。組頭から、大奥内の怪事件の探索を命じられる。四代将軍・家綱が「大奥で赤子の幽霊が泣いておる」と組頭に告げたのだ。大奥を取り仕切る "お梅の局"(おうめのつぼね)のもとで、調査を始める弥助だが・・・。
 ミステリと云うよりは人情噺という趣き。


「安土の幻」(山田彩人)
 舞台は武蔵国大志(おおし)城。モデルは行田の忍(おし)城。いまは豊臣方に包囲されている。攻め手は利根川の堤防を切り、城内を水浸しにしようとしていた。
 そこに滞在している若い絵師・芳永(よしなが)が主人公。師の命により、大志城二の丸の襖絵の写生を命じられていた。本能寺の変の直後、灰燼に帰してしまった安土城の姿がそこには描かれていたからだ。しかし城が落ちれば彼の命も無いだろう。
 城主・鳴田(なりた)氏の娘・澪(みお)姫は、そんな芳永がお気に入りの様子だ。盲目であるにも関わらず、連日、芳永の写生につき合っている。
 いよいよ大志城も落城の時が迫ってきたとき、澪姫が城に抜け穴があることを発見する。芳永は、姫と共にそこから脱出を図ることになるが・・・
 これもミステリと云うよりはラブ・ストーリーの一種かな。"天真爛漫でお転婆な盲目の美姫" という澪姫のキャラが素晴らしく魅力的。彼女のパワー溢れる言動に導かれて最後まで読ませる。ラストの一行が最高だ。


「紙の舟が運ぶもの」(松尾由美)
 江戸の北、川越城に奉公する左右田隆信(そうだ・たかのぶ)は、場内の鳥の様子を監察し記録することを命じられる。
 役目を始めてしばらくしたある日、城の外堀に紙の舟が一艘浮かんでいるのを見つける。そしてそれは日を追ううちに二艘、四艘、八艘と倍々に増えていくのだった・・・
 基本は時代劇版 "日常の謎" という趣き。その理由というか動機も、まさにこの時代だからこそ成り立つもの。超自然な要素もちょっと出てくるけど、ミステリとしてはフェアだ。


「猿坂城の怪」(門前典之)
 4年前に起きた大地震で石垣が崩れ、修復中の猿坂城(モデルは熊本城)。様々な職人が大量に集められ、三の丸に設営された飯場で暮らしている。
 そんなとき、殺人事件が起こる。工事のために内堀に掛けられた仮橋の上で絵師・佐田が殴殺死体で発見される。彼は修復中の城の様子の記録をとるために場内に滞在していたのだ。しかし現場に向かう通路にはいくつもの関門が設けられており、凶器を持ち込むことは不可能。
 本書の中ではいちばんミステリ成分が濃いかな。トリックもなかなか大がかり。この作家さん初めて読んだけどけっこう面白い。


「富士に射す影」(霞流一)
 舞台は駿河国の冠原(かんばら)城(モデルは小田原城)。
 この城の周囲には謎の事態が立て続けに起こっていた。城門の近くで首の無いイタチの死骸と、男の生首が見つかった。10日前には小姓頭が変死しており、さらにひと月前には町の番屋から2人の囚人が脱走し、うち1人が林の中の土楼で死体となって発見されていた。3ヶ月前には、村はずれに6つあった地蔵のうち一つを何者かが持ち去っていた。
 うち続く不可解な事件に取り組むのは探偵役は、梵土丸七(ぼんど・まるしち)という(!)人を食った名前の旅の武士。
 一連の奇妙な出来事がきれいにひとつながりになるのはお見事。さらには、城自体に隠されていた秘密も明らかに。これはスケールが大きい。



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