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道徳の時間 [読書・ミステリ]


道徳の時間 (講談社文庫)

道徳の時間 (講談社文庫)

  • 作者: 呉勝浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/09/15

評価:★★★★


 ビデオジャーナリスト・伏見祐大(ふしみ・ゆうだい)の住む町内で有名陶芸家が死亡し、現場には殺人をほのめかす落書きが見つかる。
 同じ頃、彼のもとに、かつて地元の小学校で起きた殺人事件のドキュメンタリー映画を撮影する依頼が入る。しかしその監督・越智冬菜(おち・ふゆな)は、何かを企んでいるようだ・・・
 第61回(2015年)江戸川乱歩賞受賞作。


 近畿の地方都市、鳴川市では不審な事件が続いていた。最初は単なる悪戯かと思われたが次第にエスカレートしていった。
 まず小学校で買っていたウサギが殺され、現場には『生物の時間を始めます』という落書きが。続いて公園の鉄棒に細工されて女児が怪我をし、そこには『体育の時間を始めます』という落書きが。
 そして市内に住む陶芸家・青柳南房(あおやぎ・なんぼう)の服毒死体が自宅で発見され、そこには『道徳の時間を始めます』という落書きが残されていた。


 主人公・伏見祐大はビデオジャーナリスト。取材内容の撮影・編集・ナレーションなどの全行程を一人で行い、映像作品として発表するのを生業としていた。
 しかし仕事でドジを踏んでしまい、鳴川市に帰郷して妻・朋子と小学生の息子・友希(ともき)と一緒に暮らしていた。

 そんなとき、伏見に仕事の依頼が入る。それは地元の鳴川第二小学校で過去に起こった殺人事件に関するものだった。

 13年前の9月、小学校で開かれていた講演会で、講師の正木昌太郎(まさき・しょうたろう)が殺されるという事件が起こった。
 講演中、聴衆の一人であった向晴人(むかい・はると)が立ち上がって正木のもとへ歩み寄り、二人の体が接触した。
 その直後、駆けつけた教員・宮本由起夫によって向は引き離されたが、既に正木の胸にはナイフが突き立っていた・・・

 向は裁判では黙秘を貫き、懲役15年の刑が確定した。
 彼が裁判で語った唯一の証言は『これは道徳の問題なのです』の一言だった。

 刑に服していた向は、近々仮釈放になるという。それに合わせて、事件のドキュメンタリー映画が企画され、伏見はそのスタッフの一員として撮影を任された。監督は新人である越智冬菜が務める。
 しかし、制作が進行していくにつれて、伏見は疑問を抱き始める。

 当時小学生で、事件の現場に居合わせた人々へのインタビューにおいて、彼ら彼女らに対する発問の仕方、そして引き出そうとする回答を見ていると、そこに監督である越智の、かなり偏った方向性を感じたのだ。
 彼女は「向は犯人ではない」「真犯人は宮本である」という主張を映画に込め、観客の意識をそちらへ誘導しようとしているのではないか・・・?


 作中でも語られているが、ドキュメンタリーや報道というものは、情報の取捨選択や編集によって、いろんなメッセージを込めることが可能だ。製作側に既に ”ストーリー” ができあがっていて、それに沿った ”作品” になっていることも多い。そういう意味では純粋な事実の伝達だけに止まらず、「創作物」になっているといえる。
 つまり私たちが日々、さまざまなメディアから受け取る ”情報” は、みな程度の差はあれ「創作」(制作者側の意図)が含まれているということだ。
 それが良いか悪いかということではなく、ドキュメンタリーや報道とは「そういうもの」なのだ。これは本作のテーマのひとつでもある。
 


 ドキュメンタリー制作の一方で、伏見は青柳南房の服毒死事件で警察が友希をマークしているらしいことを知る。現場に残された落書きは、子どもでなくては入れない場所に書いてあったのだという・・・

 伏見は公私ともに『道徳の時間』という言葉がキーワードの事件に巻き込まれていく。


 服毒死事件も講師刺殺事件も、どちらもストーリーの進行とともに登場人物の "隠された顔" が次第に明らかになり、事件の様相が大きく変わっていく。
 とくに、刺殺事件における正木・宮本・向の過去のつながり、そして暴かれていく事実はかなり意外なもの。

 そして、全編にわたって伏見と対立することになる越智だが、彼女自身が本作に於ける最大の ”謎” だ。彼女の人物造形が本作の成功要因だろう。

 物語の最後に至り、彼女の "真意"、というか映画制作の "本当の目的"。それが明かされ、彼女の "抱えていたもの" を知ったとき、言葉を失ってしまう人は少なくないのではないか。



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