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ハルさん [読書・ミステリ]

ハルさん (創元推理文庫)

ハルさん (創元推理文庫)

  • 作者: 藤野 恵美
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/03/21
  • メディア: 文庫
評価:★★★

タイトルの「ハルさん」とは、本書の語り手である
春日部晴彦(かすかべ・はるひこ)の愛称である。

ハルさんは妻の瑠璃子さんと学生結婚、
就職はしたものの後に脱サラ、人形作家として生計を立てることに。
一人娘の風里(ふうり)、愛称「ふうちゃん」をもうけたものの
瑠璃子さんは早世してしまい、父と娘の二人暮らしとなる。

男手ひとつで育てられたふうちゃんも無事に成長して大学を卒業、
本書の冒頭はふうちゃんの結婚式の朝から始まる。

家を出て式場へ向かうハルさんの胸中を、
ふうちゃんと過ごした日々の回想がよぎっていく。
その中で、2人の周囲で起こった5つの事件が語られる。

いわゆるほのぼの系の、日常の謎ミステリの連作短篇集だ。

「第一話 消えた卵焼き事件」
ふうちゃんの幼稚園での同級生・隆くんのお弁当箱から
おかずの卵焼きが消えてしまう。
それを食べた犯人だとの濡れ衣を着せられたふうちゃんは
一念発起、犯人を捕まえると言い出すが・・・

「第二話 夏休みの失踪」
小学4年生になり、夏休みを迎えたふうちゃん。
ところがある日突然、姿を消してしまう。
娘を探しまわるハルさんは、ふうちゃんがいなくなる前に
近所の老人の家から花を持ちだしていたことを知るが・・・

「第三話 涙の理由」
中学2年生になったふうちゃんはハンドボール部に所属、
成績もかなり優秀らしく、高校受験も心配なさそうだ。
しかしふうちゃんが描いて入選したポスターが、
掲示場所からはがされていることが分かる。
”いじめ” を受けているのではないかと心配するハルさんだが・・・

「第四話 サンタが指輪を持ってくる」
高校最後の冬休み、ふうちゃんは花屋さんでアルバイトを始める。
しかし、忘れ物をしていったお客さんを追いかけて転倒、
足を骨折してしまい入院する騒ぎに。その忘れ物は指輪だった。
そのお客さんはクリスマスにプロポーズをするつもりらしい。
ふうちゃんに代わり、お客さんの行方を探すハルさんだが・・・

「第五話 人形の家」
北海道の大学へ進学したふうちゃんは家を出て寮暮らしに。
1年ぶりに里帰りした娘を迎えたハルさんに入った知らせは、
彼の製作した人形を購入してくれた三輪坂夫人からのもの。
家にあった人形がいつの間にか、そっくりの別の人形に
置き換わっていたのだという・・・

人は良いが、いささか頼りないところがあるハルさんに比べ、
ふうちゃんはしっかり者に育っていく。

決して恵まれた家庭環境ではないけれど、
ふうちゃんはグレたりせずにまっすぐ育ってくれて、
もうそれで十分に親孝行なお嬢さんだろう。

本書の探偵役はハルさんでもふうちゃんでもなく、瑠璃子さん。
事件の謎に混迷するハルさんの心の中に、ふっと現れて
ふんわりと真相を解き明かしてくれる、という展開。
べつに幽霊とかのオカルトな雰囲気ではなく、
ハルさんの心の中にはいつも瑠璃子さんはいる、ということなのだろう。

 あえて言うなら、ハルさんが無意識のうちに推理をしていて、
 それが瑠璃子さんの ”語り” として現れてくる、ってことなのだろうが
 そこまで理屈づけるのは野暮というものだね。

ミステリとしてはちょっと薄味かな、とも思う。
「第一話」~「第三話」は父と娘のホームドラマ、って感じだし
「第四話」は聖夜を盛り上げようとする人たちの ”ちょっといい話”、
といったところ。

そんな中、実はいちばん驚かされたのは巻末の「文庫版あとがき」。

作中、ハルさんはある意味理想的な父親として描かれる。
故人となった妻を愛し続け、ひたすら娘の無事な成長を願う。
しかし、このあとがきで明かされるのは作者の育った家庭の話。
そこには、およそハルさんとは真逆の姿の父親が。

この作品を書く上では、いろいろ複雑な思いがあっただろう。

作品中で描かれるハルさんが ”いい人” 過ぎて、
読んでいる最中にいろいろ考えてしまった。

こんなにいい人なら再婚話のひとつやふたつはあっただろうなぁ、とか
でも瑠璃子さんを思って断ってきたのだろうなぁ、とか
ふうちゃんのためにあえて再婚しないことにしたのかなぁ、とか。

ハルさんだって木石ではないのだから
心が動いた人もいたんじゃないかなぁ、とか
女性の方から思いを寄せられたこともあったんじゃないかなぁ、とか。

このあたりは、本編中ではまったく語られていない。
というか、あえて欠落させているのだろう。
父と娘の物語に純化させるのならそれが正解なのだろうけど、
本編ラストで、ふうちゃんを嫁がせたときのハルさんはまだ48歳。

人生100年時代。まだまだ老け込むトシではないし、
孫の顔を見るのだけが楽しみとかではちょっと淋しいよねぇ。

続編は無理かも知れないけど、短篇でも良いから、
本編後のハルさんの ”第二の人生” の物語を読みたいなあと思った。


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