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鹿の王 水底の橋 [読書・ファンタジー]

鹿の王 水底の橋 (角川文庫)

鹿の王 水底の橋 (角川文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/06/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

大河ファンタジー『鹿の王』、その続編。

とは言っても、孤高の戦士ヴァンの物語ではなく、
ストーリー上の直接のつながりもない。

『鹿の王』でヴァンとともに ”ダブル主演” を務めていた
オタワル聖領の医師ホッサルとその助手ミラルが本書の主役を張る。

前作でも描かれていた、オタワル医術と祭司医術の確執が本書のテーマ。

強大な武力で平原を支配する東乎琉(ツオル)帝国を襲った
伝説の病・黒狼熱(ミッツァル)の危機が去って間もない頃。

科学的な知見をベースに進歩してきたオタワル医術は
ここ10年ほどの間に、帝国臣民の間に広く知られるようになっていたが
帝国の国教・清心教の教えをバックボーンに持つ祭司医術者たちは
オタワル医術を ”異端” とみなし、激しい敵意を隠さない。

現皇帝・那多琉(なたる)はオタワル医術に理解を示しており、
祭司医術者を束ねる宮廷祭司医長・於津那(おつな)は
争いを好まぬ穏健派であった。
しかし二人とも高齢であることから、近い将来に代替わりする。

二人の次期皇帝候補を巡り、宮廷内では5人の選帝侯たちを含めて
熾烈な多数派工作が展開されていた。

オタワル医術の存続を認める方針が維持されるのか、弾圧に向かうか。
どちらが新皇帝になるかでオタワル医術の運命は決する。
ホッサルの祖父にしてオタワル医師の総帥であるリムエッルもまた
新皇帝を巡る混乱の渦中にあった・・・

というのが本書の物語の背景だ。

医師ホッサルは祭司医・真那(まな)から誘われ
彼の故郷・安房那(あわな)領を訪れていた。
真那の姪・亜々弥(ああや)が難病に冒されていたのだ。
しかしオタワル医術を以てしても有効な治療法はない。

そのとき、真那の父である安房那侯(安房那領の領主)から、
この病の特効薬が ”花部(かべ)” の地にあると聞く。

ホッサルたちは花部の地へ赴くが、そこで知ったのは
祭司医術の意外なルーツだった。

安房那領に戻ったホッサルは、安房那侯の招きで
『鳴き合わせ、詩(うた)合わせ』の儀式に参列する。

しかし、二人の次期皇帝候補、そして選帝侯たちも列席する祝いの席で
食中毒を装った暗殺未遂事件が起こってしまう・・・

前作での宿題というか積み残しとなっていた、
”オタワル医術vs祭司医術” の対立が描かれる。

物語の構成としては、
歴史的な禁忌に囚われず、常に新しい知見を求めるオタワル医術、
呪術の尻尾を引きずり、進歩を拒否する旧態依然とした祭司医術、
こう書いてくると前者が ”善” で後者が ”悪”、という
役回りになりそうに思える。実際それに近い展開にはなるのだが
ことはそう簡単ではない。

物語の中でホッサルは次第に ”医術” のありようを考えるようになる。
彼は、人間の ”生死” に対してどう臨むのかという
医術が持つ究極の問に直面することになるのだ。

はたしてオタワル医術がすべて正しいと言えるのか?
祭司医術はすべて否定されるべきものなのか?

回復が難しく、余命幾ばくも無い患者に対して、
1%でも可能性があれば、徹底的な延命治療を施すのが正しいのか?
家族とともに穏やかな死を迎えられるように案配するのが正しいのか?
本書の読者は ”死の迎え方” についていろいろ考えさせられるだろう。

 プライベートなことを書くと、私の実父と義父(かみさんの父)は
 亡くなる直前にはまさに上記のような状態にあった。
 二人の ”見送り方” は、まさに対照的だったと今になって思うのだが
 どうするのが正しかったのか、私の中でも答えは出ていない。

医術を巡る大きな物語と共に、ホッサルとミラルの仲にも変化が訪れる。

貴人の血を引き、天才医師と謳われたリムエッルの孫でもあり
オタワル医術の次期リーダーと目されるホッサルと、
平民のミラルでは身分差が大きく、正式な結婚は望めない。
だから二人は ”内縁” のままでいたわけで、
その関係は本作でもそのまま引き継がれている。

このあたりも、前作で残された ”宿題” ではあった。

ホッサルは、持ち込まれる縁談をことごとく断ってきたのだが
なんと今作では、安房那候の娘(真那の姉)との縁談が持ち上がる。

オタワル医術が迎えつつある危機を考えたら、
有力者の後ろ盾は喉から手が出るほど欲しい。

ホッサルもまた、次期皇帝選びから逃れることはできない。
そして物語の終盤近く、ミラルもまたある決断を下す。

そのあたりは書かないけど、作者が用意した二人の結末は
多くの読者が納得できるものだろう。

私もそうだったけど、続編が書かれるなら
ヴァンの物語を期待していた人はちょっとがっかりかなとも思うが、
考えてみれば彼自身の物語は前作で完結しているからね。

何もなければユナとサエと3人で平和に暮らしているはず。

とは言っても、短篇でもいいからヴァンたちの話が読みたいなあ。
いつか書いてくれないかなぁ・・・


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