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この空のまもり [読書・SF]

この空のまもり (ハヤカワ文庫JA)

この空のまもり (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 芝村裕吏
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/10/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

仮想現実からもう一段進んだ ”強化現実” 技術が実用化された近未来。

技術革新について行けなかった日本政府は、
諸外国に決定的な差をつけられ、技術立国日本は崩壊してしまった。
そんな「平成の世が終わって15年ほど経った時代」が舞台だ。

 もっとも、本書が刊行されたのは平成24年頃で
 平成がいつ終わるのかもまだ分かってなかったが。

強化現実メガネやスマホのカメラを通すと、
ありふれた日常の風景は一変する。

空間を半透明のウインドウが埋め尽くし、カラフルな文字が舞い、
看板は動き回り、バニーガールが客を呼び込もうとする。

みな ”仮想タグ” と呼ばれる仮想現実のグラフィックなのだが
なかには罵詈雑言などの悪意に満ちた ”悪性タグ” も存在する。
最近では、外国勢力によってあらゆるモノに
無数の ”悪性タグ” が貼り付けられるようになってしまっていた。

しかし日本政府の反応は鈍く、実質的な放置状態が続いていた。
これに業を煮やした一部のオタクたち、そして
コンピュータソフトウェア産業が崩壊して
行き場を失っていた技術者たちが自警団を組織し、
”悪性タグ” の一斉除去に取り組み始めた。

”自宅警備員” と失業者たちによるこの組織は
やがて ”架空軍” と改称し、やがて政治部門が分離し
”架空総理大臣” まで生まれるに至って
政治離れしていた若者たちを一気に吸収、”架空政府” となっていった。

つまりこの物語の日本は、リアルな政府と、仮想空間内の架空政府の
二重構造になっているわけだ。

物語の主人公は25歳の青年・田中翼。
自警団創設時から中心となって活動していた天才的な技術者で
”架空政府” 内では、10万人の ”架空防衛軍” を率いる
”架空防衛大臣” の要職にあった。

しかし現実世界での彼は、引きこもりのさえないニートで、
幼馴染みの七海(ななみ)からは、早く定職に就けとせっつかれるばかり。

ちなみにこの時代、”幼馴染み” という単語は大きな意味を持つ。
東京でも小学校の1クラスの人数が一桁という極端な少子化が進み、
独身でいる成人男女に対しては、”幼馴染み” という言葉は
ほぼ ”許嫁” と同義になっているのだ。

七海自身、翼と一緒になる気は十分あるようで
翼の身の回りの世話もよくしてくれるし、
結婚したら子どもをバンバン産むと宣言してる頼もしい女性。
ところが、翼の方がどうも煮え切らない・・・という状況が続いていた。

しかしある日、翼が指揮した ”悪性タグ掃討作戦” が大戦果を上げる。
その結果、”架空軍” への志願者が一気に増加したが
それに加えて、戦果に舞い上がってしまった一部の市民が
国内に住む外国人を排斥しようと、暴動を引き起こしてしまう・・・

物語は翼だけでなく、大学生や小学生、教師、主婦など
さまざまな人物の視点から綴られていく。

仮想現実や流入する外国人など、現在の日本から地続きにあると思える
状況の中で、起こりうる事態を描いていく。

迫害される外国人たちの描写など、物語内で起こる出来事は
かなり深刻なのだけど、あまりそう感じさせないのは
翼を始め、登場する人物たちが悲観的なものの見方をしないからだろう。

現実世界の有り様を素直に認めて受け入れ、
その中で自分のできることをやろうとする。

「あとがき」で、作者はもっと悲惨なラストを考えていたらしいけど、
諸々の事情で結末は変更になったらしい。
私もこの着地点で正解だと思う。

それにしても、七海さんはいい女だなぁ。


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