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名探偵は嘘をつかない [読書・ミステリ]

名探偵は嘘をつかない (光文社文庫)

名探偵は嘘をつかない (光文社文庫)

  • 作者: 阿津川 辰海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2020/06/10
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

光文社の新人発掘プロジェクト『カッパ・ツー』から生まれた
阿津川辰海のデビュー作。

 ちなみに『カッパ・ワン』という新人発掘プロジェクトが
 2002年に行われていて、ここでデビューしたのが
 石持浅海、加賀美雅之、林泰広、東川篤哉の4人。
 『カッパ・ツー』は、このうち石持氏と東川氏が中心となって
 すすめたプロジェクトだということだ。

本書は、”探偵機関” が警察の下部組織として確立している
パラレルワールドが舞台となっている。

特務探偵士・阿久津透(あくつ・とおる)は、数々の難事件を解決して
当代一の名探偵として名を馳せている。

しかしその過程で証拠を捏造し、自らの犯罪を隠蔽してきたとして
過去の事件の関係者たちから告発され、
本邦初の ”探偵弾劾裁判” が開かれることになる。

裁判の請求者6人のうちの一人、火村つかさは
かつて阿久津の探偵助手であったが、ある事件で
犯人が彼女の兄・火村明を殺すことを
阿久津は事前に予測していながら見過ごしていたことを知った。
つかさは弾劾裁判を通じて彼と対決することを選ぶ。
他の5人も、過去に阿久津が手がけた事件の当事者たちだ。

阿久津の探偵としての原点は、彼が中学2年の夏に起こった事件。
彼が小学校時代に通っていた塾の講師宅を訪れた日、
家の離れの中で講師夫妻の娘・相島早苗が惨殺されたのだ。

当時9歳だった早苗は頭部と四肢を切断され、
離れの周囲の地面は雨上がりでぬかるんでいたが
そこに犯人が出入りした足跡は無く、阿久津本人は
密室状態の離れの中、死体の傍らで失神している状態で発見された。

警察は阿久津を第一容疑者として逮捕し、彼も犯行を自白したのだが
裁判が始まると一転して否認に回り、検察側の論理の矛盾を
その推理力でことごとく打ち崩して無罪を勝ち取ってしまう。

この事件の担当だった刑事・黒崎は弾劾裁判の請求人に名を連ね、
裁判を通じて阿久津の犯行を立証しようと目論んでいた・・・

というわけで、ここまで読んできたら
弾劾裁判を通じて阿久津と6人の請求人の間に繰り広げられる
推理バトルがこの物語のメインになる、と思うだろう。
それは間違っていないのだが、それがすべてではない。
本書の中で起こるのはそう単純なことではないのだ。

これから書くことは、本書の中でも
かなり早い段階で明かされることなので、
ここでバラしてもいいかなと思うんだけど、
事前情報なしで初読のインパクトを味わいたい人は、
以下の文章は読まないことを推奨する。

本書の登場人物は人間ばかりではない。
正確に言えば、生きた人間ばかりではない。
つまり、「幽霊」も出てくるのだ。「魂」と言った方がいいかな。
登場人物の中には、死んだ人間から抜け出した「魂」が、
記憶と人格を保ったまま現世に滞留している「幽霊」状態の者もいるのだ。

一人は火村つかさの兄・明。
自らが ”殺された” 後、妹思いの明は、
死後も彼女の傍らにあって裁判の行方を見守ろうとする。

そしてもう一人は相島早苗。
死んだときの9歳の姿のままで現世に留まっているのだが、
なにせ死んでから十数年も経っているので、言動はすっかり大年増(笑)。
もっとも、殺された前後の状況は記憶にないので
肝心の自分を殺した者の正体は知らないのだが・・・

この二人の掛け合いは漫才みたいで、本書の読みどころのひとつにも
なっているとは思うが、このへんにも伏線が仕込んであったりするので
本格ミステリは油断ができない(笑)。

なんでこの二人だけなのかという理由を書き出すと長くなるのだけど、
「幽霊」になるためには、ある特殊な条件を満たす必要がある。

そして、さらにタイトな条件をクリアすれば、
死んだ直後の人間の中に入りこんで ”生き返る” ことも可能。

作中でも、6人の請求人のうちの一人が
途中で ”ある事情” により亡くなるのだが、
明はその肉体に入り込み、以後は ”その人物” として振る舞っていく。

密室事件を扱った本格ミステリであるのだけど、
「転生」という超常現象を持ち込んだ
”特殊設定ミステリ” でもある。

死者が生き返ったら何でもありじゃないかと思われるかも知れないが
「転生」に関する設定はきちんと作中で説明され、
それを逸脱することはない。ストーリーも、
この設定をきちんと踏まえて展開されていく。

読者は本格ミステリとして読むのに加え、
この ”設定” もアタマに入れておかなければならない。
これがけっこうたいへん(笑)。

文庫で580ページの大作だけど、物語は二転三転、
特殊設定も相まって、どう決着するのか全く予想できない。

でも、かなり無理矢理な「魂離脱」「転生」設定も含めて
最後まで論理的に解明されるミステリなのは単純にスゴいと思う。

さすがに石持氏と東川氏、当代人気の作家さん2人の
メガネにかなった人ではある。

でも、私のアタマのほうも通常の3倍くらい疲れました(笑)。


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