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恍惚病棟 [読書・ミステリ]

恍惚病棟 (祥伝社文庫)

恍惚病棟 (祥伝社文庫)

  • 作者: 山田正紀
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2020/07/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

タイトルを見て、昔『恍惚の人』って小説があったのを思い出した。
wikiで見てみたら、1972年刊行の有吉佐和子の長編。
テーマは認知症(当時は痴呆症って呼ばれてたが)で、
映画やドラマにもなって介護問題がクローズアップされるようになる
きっかけともなった作品だ。

タイトルの「恍惚」とは、これもネット辞書からの引用で恐縮だが
「物事に心を奪われてうっとりするさま」「意識がはっきりしないさま」
そして「老人の、病的に頭がぼんやりしているさま」をいう。
(ちなみに「ぼけ」は漢字で「惚け」と書く。)

もちろん「恍惚の人」でも本書「恍惚病棟」でも、
3つめの意味で使われている。

ヒロイン・平野美穂は心理学を専攻する大学3年生。
週に4日、認知症の老人を収容し治療を行っている
聖テレサ医大病院の老人病棟で看護師や心理士の
アシスタントとしてアルバイト勤務をしている。

美穂が担当する女性患者4人が日中を過ごすデイルームのテーブルには
おもちゃの電話機が4台置かれている。
美穂の発案で、症状が進んだ患者たちのために用意されたものだ。
患者たちはどこにも通じていないその電話機で
誰かと ”話” を始めるようになり、”通話” している間は
目に見えて生気を示すようになっていく。
看護師たちはその様子を ”テレフォン・クラブ” と呼んでいた。

しかしある日、”クラブ” のメンバーの一人・伊藤道子が行方不明になり
近所のスーパーマーケットの駐車場で倒れていたところを発見される。
彼女の死因は心筋梗塞によるものと診断されるが
美穂はこの事件に不審なものを感じる。

やがて同じ病棟の患者たちに次々と事故が起こるようになっていく。
病院内を調べ始めた美穂は、患者たちから
「死者から電話がかかってきた」という証言を得るのだが・・・

本書の発表は1992年なので、まだ携帯電話は一般に広く
普及していないし、作中での看護師の呼称も「看護婦」だったりする。

犯罪が起こっているという確証は持てないが、
何かが病院の中で起こっている。
病院というのはしばしばお化け屋敷のモチーフに用いられたりするが
本書でもじわじわと恐怖感が募ってくる。

医師の川口教授、看護婦長の澤田、患者の親族たちと
多くの人物が出てくるが、患者たちもまた強い印象を残す。
詳しく書くとネタバレになってしまうのだが・・・

中でも入院患者の一人で、食品会社の社長だった野村恭三の
息子の嫁である妙子さんは特筆もの。
金銭目当てで野村家に近づいたことを全く隠さないし
自分の欲望に忠実で、彼女なりに首尾一貫した行動は実に強かで、
いっそ気持ちがいいくらい。悪女なんだが不思議と憎めないキャラだ。

中盤から登場する研修医の新谷登(のぼる)も、
とぼけた性格の好青年のようでいて、なんとなく胡散臭くもあり、
こちらも一筋縄ではいかない。

終盤で明らかになる真相は、この時代にしては
ちょっと先走りな感があって、見ようによってはSF的でさえあるが
現代の目で見てもさほど古びていないのは、さすが。
2020年の読者でも違和感はないだろう。

ラストには意外な ”大技” が炸裂して
きっちり本格ミステリとして着地する。

本書のもう一つの要素として、認知症患者の実態描写がある。
世間一般のイメージと異なるところも多く、認識を改めた部分も多い。

2025年の日本では、高齢者の5人に一人が認知症になるという
統計もあるらしい。私も他人事ではないので(おいおい)、
このあたりは実に興味深く、というか
「明日は我が身」って思いながら読んでた(笑)。

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