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鹿の王 全4巻 [読書・ファンタジー]


広大な平原地帯にあったアカファ王国は、
東の大国・東乎琉(ツオル)の侵攻を受けた。

東乎琉の強大さを知るアカファ王は
あっさりと降伏し、恭順の意を表したが
最後まで抵抗を続ける者もいた。

"独角"(どっかく)と呼ばれる戦士団の長にして
"欠け角のヴァン" の二つ名で知られる男もまた
最後の一人になるまで戦い続けたが、衆寡敵せず
捕らえられて奴隷となり、アカファの岩塩坑の奥底に囚われていた。

妻も子も故郷も仲間も失い、絶望に沈んでいたヴァンだが、
ある夜を境に運命が変転していく。

不気味な犬の群れが岩塩坑を襲い、
それに噛まれた者たちの間に謎の病が発生したのだ。

看守・囚人を問わず、発病した者がことごとく死に絶える中、
ヴァンと、奴隷女の生んだ女児の二人のみが生き延びる。
彼はその幼子をユナと名づけ、ともに岩塩坑を脱走する。

かつて平原地帯に栄えたオタワル王国は、
伝染病によって多数の人民を失い、国勢の衰えを悟ると
アカファ人に王国の統治権を譲り、
その中枢だった貴人たちは険しい山々に囲まれた盆地に
"オタワル聖領" を築いて移り住んだ。
そしてそこで古より伝わる医学・工学などの技術を磨き、
深めることに専念することにしたのだ。

 読んでいて、このへんはアシモフの
 「ファウンデーション」を連想したよ。

そのレベルの高さに東乎琉帝国も利用価値を認め、
"聖領" はその存続を容認されていた。

その "オタワル聖領" でも「天才的な医術師」と目されるホッサル。
彼は謎の病で全滅した岩塩坑を調査し、遺体の状況から
250年前に故国を滅亡へ導いた伝説の病 "黒狼熱"(ミッツァル)が
再び現れたことに気づく。

さらに彼は、病から生き残った者がいたことを知り、
その後を追い始める。
その男の体を調べれば、病に対抗する方法が見つかるのではないか。
そう考えたからだ。

物語は、ユナと二人で安住の地を探すヴァンと、
彼らを追うオタワル医師ホッサル、
それぞれのパートを交互に描きながら進行する。

オタワルの最新医術を受け入れようとしない旧弊な東乎琉の祭司医たち、
それに苦慮するオタワル医師たち。
その中心になるのはホッサルの祖父にして高名な医術師リムエッル。

平原の北辺にあるオキ地方に暮らし、
そこでヴァンたちを受け入れる青年トマとその家族たち、
烏に魂を乗せて飛ぶことができる古老にして
<谺主>(こだまぬし)と呼ばれるスオッルなど
多彩なキャラクターが登場する。

東乎琉に忠誠を誓い、その後は
世捨て人のように暮らしているアカファ王だが、
その実けっこうしたたかに生きてるところとか、キャラの深みも充分。

そして、命令によってヴァンを追跡するうちに
次第に彼に思いを寄せるようになる<後追い狩人>のサエ、
ホッサルの助手にして実質的な妻であるミラルなど女性陣も魅力的。

やがて、"黒狼熱復活" は単なる自然現象ではなく、
その陰には、様々な勢力の陰謀・思惑・怨嗟などが
複雑に絡み合っていることが明らかになり
それに巻き込まれたヴァンとユナは、
長い長い苦難の道を歩んでいくことになる。

ファンタジーではあるけれど、医学的な描写はかなり現実に即している。
"黒狼熱復活" に至るくだりもそうだし、
いわゆる "免疫" とか "抗体" という概念に
ホッサルたちが到達していく過程も描かれる。
ちょっと進歩が早すぎる気もしなくもないが(笑)

タイトルにある「鹿の王」という言葉は
物語の途中でも何回か出てくるのだけど、
その本当の意味は最終巻の最終章で明らかになる。
そこでヴァンは、愛する者たちが平穏に暮らせる世界を取り戻すため、
ある決断を下すことになる。

それについて詳しく書くとネタバレになるのでここでは触れないけど
そのシーンを読んでいたら、涙があふれ出てきて、
文字が追えなくなってしまったことを告白しておこう。

とは言っても、決して悲しい話ではない。

これは、一度はあらゆるものすべてを失ってしまった男が
再び故郷を、仲間を、
そして家族を取り戻すまでを描いた物語なのだから。

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