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かくして殺人へ [読書・ミステリ]


かくして殺人へ (創元推理文庫)

かくして殺人へ (創元推理文庫)

  • 作者: カーター・ディクスン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/01/28
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

ヒロインは牧師の娘モニカ・スタントン。
生まれ育った村をほとんど出ることもなく22歳になった彼女は、
こっそり小説を書き上げ、出版社に持ち込んだ。

その処女作は大ヒットを飛ばし、映画化の話まで持ちあがるが
そのことを家族に知られ、村を飛び出してしまう。
内容が、牧師の娘にしてはあまりにも "はしたない" 話で
それを知った伯母に責められたからだ。

モニカはロンドン近郊の映画スタジオにやってきた。
彼女の作品を映画化するプロデューサーに会い、
その脚本を書かせてもらおうと思ったのだ。
しかし彼女に与えられた仕事は、他人の作品の脚色だった。

不本意ながら執筆をはじめた彼女は、なぜか命を狙われるようになる。
スタジオの中のセットで硫酸をかけられそうになったり
銃で撃たれたり(もちろん外れるんだが)。

モニカと共に働いている探偵小説作家ウィリアム・カートライト。
密かに彼女に惚れ込んでいたウィリアムは、犯人を見つけるために
名探偵ヘンリ・メリヴェール卿(H・M)に会いに行くが・・・


今回はタイトル通り、なかなか殺人事件が起きない。
もし起きたらその時点でヒロインが死んでしまうからね(笑)。

犯人あてミステリなので、もちろん「誰が」がメインなのだけど
怪しい人物はたくさんいる。
映画会社の社長、プロデューサー、監督、助監督、女優、脚本家・・・
芸能の世界に生きてる方々は、洋の東西を問わず
エキセントリックな性格の人が多いようで・・・

時はまさに第二次大戦の真っ最中(本書の発表は1940年)。
夜には爆撃に備えて灯火管制も敷かれるという非常時の中で
殺人に手を染めようという人物が跳梁するわけだ。
さらには、スタジオ内にドイツ軍のスパイがいるんじゃないという
噂まで出回るようになり、事態は混迷していく。

そして毎回のことだが、ラブコメ要素も楽しい。
出会った時の第一印象はお互いに最悪だったモニカとウィリアム。
この二人の仲がなかなか進行しそうでしないところもうまい展開だ。

こんなふうに、常に何か新しいことが起こっていって
読者を最後まで飽きさせない。
ストーリー・テラーの腕前については定評のあるカーだからね。

そしてラストにおけるH・Mの謎解きで
もつれた糸がするすると解けていく。
とくに、モニカがスタジオにやって来た早々から
大きな伏線が張られていたことが明かされると、思わず
「えー、あそこで!」と叫んでしまいそう(叫ばなかったけどww)。
そしてそれが彼女が狙われる理由にもつながっていく。

今回は密室はないけれど、不可能犯罪はしっかりある。
中盤過ぎで、誰も手を触れなかったはずの煙草の箱の中に
毒入り煙草が混入されるという事件が起こるのだ。
この謎解きもお楽しみ。

コミカルに見えるシーンにもしっかり手がかりが隠されてるんで
ホントに油断がならない。とにかく読んで楽しいミステリだ。

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旅猫リポート [読書・その他]


旅猫リポート (講談社文庫)

旅猫リポート (講談社文庫)

  • 作者: 有川 浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/02/15
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


「Pre-Report 僕たちが旅に出る前のこと」
野良猫のナナ(雄猫である)は、車に轢かれて瀕死の重傷を負うが、
サトルという青年に助けられ、彼の飼い猫となる。
しかし5年後、サトルはある事情からナナを手放さざるを得なくなり、
"彼" の飼い主になってくれる人を捜して旅に出ることになった。
それは、サトルの人生を振り返る旅でもあった。
この物語はナナの一人称で綴られていく。

「Report-01 コースケ」
小学校時代の幼なじみ、コースケを訪れ、旧交を温めるサトル。
30年前、二人が拾った子猫のこと。
小学6年生の修学旅行の最中に、サトルの身に降りかかった不幸のこと。

「Report-02 ヨシミネ」
中学時代の同級生、ヨシミネを訪ねるサトル。
かつて、転校生としてやってきたヨシミネとともに
一緒に園芸部を復活させたサトル。
お互い家庭に事情を抱えた中で親友となる二人。
そしてサトルは修学旅行中に "脱走" を企てる。

「Report-03 スギとチカコ」
高校時代からの友人、スギとチカコは大学卒業後に結婚した。
やがてスギは脱サラし、チカコの実家近くでペンションを開業した。
学生時代、チカコはサトルが好きだったのではないか?
スギはそんな心の葛藤を抱えてサトルとつきあっていた。
ナナを連れて現れたサトルに、スギの心は穏やかではない・・・


ここまでの3つの章は、サトル本人よりも、彼が会いにいった
コースケ、ヨシミネ、スギとチカコが主役である。
サトルと再会することにより、彼らは過去の自分とも再会する。
そして自分の人生を振りかえり、新たな一歩を踏み出すことになる。
サトルはそのきっかけをもたらす役回り。

結局、誰もナナを引き取ってはくれないのだが(笑)。

「Report-3.5 最後の旅」
「Report-04 ノリコ」
この2章はサトルの物語。結局、彼はナナを連れたまま、
育ての親ともいえる叔母・ノリコの住む札幌へと向かう。

読んでいけば、サトルがナナを手放さざるを得なくなった理由が
なんとなく見当がついてくるのだが・・・

「Last-Report」
ノリコを含め、今回の旅で出会った人々が一堂に会する〆の回。
しかしなんて切ない幕切れなのだろう。


これは悲しい話だ。有川浩にしては、という前提がつくが。

以前『ストーリー・セラー』という、
これも悲しい話を読ませてもらった。
まあ作者としても、いつもいつもラブコメばかり書いていたら
たまには違う話を書きたくなるのだろうとは思う。
でも、こういう話は苦手だなあ。

有川浩の作品はたいてい★4つつくんだけど今回は3つ半。
切なさの分だけ減点だ・・・

それにしても有川さん、私生活で何かあったんすかねぇ・・・?

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アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選 [読書・SF]


アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

アステロイド・ツリーの彼方へ (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/06/30
  • メディア: 文庫
評価:★★★

2015年に発表された短編SFから選ばれた19編(マンガ2編を含む)と、
第7回創元SF短編賞受賞作を合わせて全20編収録。

早いもので第9集になるそうな。
2007年の第1集から読んでるんだが、年を追うに従って
理解できない作品が増えてきてるような気がする。
アタマがついて行けないのかねぇ。トシのせいにはしたくないんだが。

収録作を評価ごとに3グループに分けてみた。


A:理解できたし、楽しめたもの

「ヴァンテアン」藤井太洋
野菜を入れたサラダ用ボトルの中で遺伝子改変した大腸菌を培養し、
バイオ・コンピュータをつくりだした遺伝子工学者・田奈橋杏。
彼女が開発した "サラダコンピュータ" は大ヒット商品となるが、
アメリカのバイオ企業が特許の無効を訴えてきた・・・
ストーリーはシンプルで、内容は分かりやすくかつ面白い。

「聖なる自動販売機の冒険」森見登美彦
主人公の働くオフィスの屋上に突如現れた自動販売機。
それは隣のビルの屋上に設置されていたものだった。
文庫で10ページちょっとしかないけど、
しっかり森見ワールドになってるのは流石。

「ラクーンドッグ・フリート」速水螺旋人
ラクーンドッグとはタヌキのこと。
異星人との戦争で劣勢に立った人類は、魔女や妖精、はては
狐狸の類の力まで借りて前線に投入していた・・・
という設定(たぶん)のスペースオペラ・コミック。
基本的にはギャグマンガなんだが、メインキャラの一人(一匹?)である
タヌキの "センバ丸" がラストで見せる一世一代の "化かし" が秀逸。
ちょっと感動してしまった。

「となりのヴィーナス」ユエミチタカ
進路決定の時期を迎えた中三男子・ソウジくんのクラスに
転校生・ミカがやってくる。彼女は自らを金星人と名乗り、
"自分探し" に来たのだという・・・。
謎の不思議少女に恋した、悩める少年を描いたSFマンガ。
絵もカワイイ。女性キャラが意味なく巨乳でないのもいい。
もっとこの人の作品を読んでみたいなあと思った。

「ある欠陥物件に関する関係者への聞き取り調査」林譲治
2020年東京オリンピックの競技場建設のゴタゴタを
パロディ化したものと思いきや・・・
このオチは秀逸。思わず笑ってしまう。

「たゆたいライトニング」梶尾真治
生物の発生以来の記憶を持ち続けている少女エマノンを主役にした
シリーズの一編。というかこのシリーズ、まだ続いてたんだねえ。
懐かしく読ませてもらったけど、シリーズの他の短編と
内容が繋がってるらしくて、ところどころよく分からない部分が。
いつか、全作がまとまったら読み直してみたいな。
できれば時系列順に。

「言葉は要らない」菅浩江
人間としての幸福を顧みることもなく、医療補助ロボットの開発に
すべてを捧げてきた研究者・木村。
ある日、彼のもとに新たな部下として五十嵐という青年が現れる。
医療ロボット開発を巡る木村と五十風の葛藤を描く。
"人型ロボット" が主役かと思いきや、あくまで人間がメインの感動作。

「アステロイド・ツリーの彼方へ」上田早夕里
無人探査機に搭載する予定の〈人工知性〉・バニラ。
その開発・教育のために、主人公・杉野は
バニラの "猫型端末" と生活をはじめるが、
バニラの示す "知性" の裏に、"実在する人間" を感じはじめる・・・
これも一種のロボットものと言えるだろう。
しかしSFに登場するロボットはみんな健気だねえ。


B:内容はそこそこ分かるが、面白く思えなかったもの

「小ねずみと童貞と復活した女」高野史緖
早世したSF作家・伊藤計劃の『死者の帝国』と同一設定を利用した
シェアード・ワールドもの。読んでいくとわかるが
某有名SF作品と同一のテーマを扱っている。

「製造人間は頭が固い」上遠野浩平
作者は、謎の組織・統和機構が作りだした
"合成人間" を巡る〈ブギーポップ〉シリーズで有名。
(私は読んだことないけど)
本作は全20巻におよぶシリーズのスピンオフ短編。

「法則」宮内悠介
ミステリファンなら1ページ目を読めば、
ここでいう "法則" とは何のことか分かるだろう。
ヴァン・ダインのアレですね。

「無人の船で発見された手記」坂永雄一
読み始めてすぐに、ノアの方舟を扱った作品だと気づく。
面白いのだろうとは思うけど、私はホラーが苦手です。

「神々のビリヤード」高井信
はがき1枚に納まるくらいの長さのショートショート。
もともと私はショートショートってあまり好きじゃない。
だから星新一もあんまり読んでないんだよね。

「インタビュウ」野崎まど
作者がインタビューされて、その受け答えをそのまま綴っていくうちに
最後は小説になるという仕掛け。アイデアは認めるけど。

「なめらかな世界と、その敵」伴名練
さまざまな可能性に分岐した並行世界の間を自由に行き来して
自分の "居場所" を替えることができるようになった時代。
女子高生・はづきのクラスに、幼なじみが転校生としてやってくる。
これもアイデアは面白いけど、その展開についていけない。
私のアタマが固いのかなあ。

「ほぼ百字小説」北野勇作
作者がtwitterを利用して発信している小説シリーズから100本を収録。
とはいっても1作あたり140字という制限があるので
全部合わせても文庫で20ページちょっと。
でも、これ小説と言えるのかなあ。
長い作品の一部を切り取っただけにしか見えないんだが。


C:理解できなかったし、面白く思えなかったもの

「La Poésie sauvage」飛浩隆
既発表のシリーズ作と同一設定の作品なのだが
よくわかりません。これ、詩なのでしょうか。

「〈ゲンジ物語〉の作者、〈マツダイラ・サダノブ〉」円城塔
もうこの人は無理。勘弁して。

「橡(つるばみ)」酉島伝法
やっぱりこの人と私は合わないみたい。


第7回創元SF短編賞受賞作

「吉田同名」石川宗生
自分にそっくりな奴が現れる、なんてのはよくあるパターンで
70年代あたりの小松左京や筒井康隆が書きそうなテーマ。
しかし、それをここまで徹底するとスゴイ。
ある日突然、平凡なサラリーマンだった吉田大輔さんが
一挙に20000人に増えてしまうという、もうこれは発想の勝利だ。
不条理ドラマになるかと思いきや、この異常事態に
政府や社会が右往左往させられる様子をじっくり書いていて
けっこう真面目なシミュレーションにも思える。
いちばん困ってるのは吉田さん "本人たち"(笑) なんだが
そのあたりの哀感も描かれていて、新人賞受賞も納得。

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炎路を行く者 -守り人作品集- [読書・ファンタジー]


炎路を行く者: 守り人作品集 (新潮文庫)

炎路を行く者: 守り人作品集 (新潮文庫)

  • 作者: 上橋 菜穂子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/12/23
  • メディア: 文庫
評価:★★★

全10巻におよぶ大河ファンタジー、『守り人』シリーズ。
その番外編、第2弾である。

「炎路の旅人」
文庫で約230ページと、ほとんど長編並みのボリューム。
主人公は本編第7巻『蒼路の旅人』から登場するヒュウゴ。
彼が戦災孤児からタルシュ帝国の密偵となるまでを描いている。
祖国であるヨゴ皇国がタルシュの侵攻によって滅亡、
皇帝の近衛兵である〈帝の盾〉であった父も戦死してしまう。
ヒュウゴ自身も命の危険にさらされたが
貧しい漁師ヨアルとその娘リュアンに匿われて生き延びる。
やがて酒場で働き始めるが、下街の不良少年たちの勢力争いに
巻き込まれ、リュアンと共に危機に陥ってしまう。
その二人を救ったのは、謎めいた商人風の男だった・・・
本編では成長した姿で登場し、タルシュ皇帝の後継を狙う
第二王子ラウルに仕えている。
一筋縄ではいかなそうなキャラではあったが、
その一端が本作で明かされる。

「十五の我には」
文庫で50ページちょっとの短編。
養父ジグロと共に用心棒稼業に勤しむ、15歳のバルサが描かれる。
ある隊商の護衛についたジグロとバルサだが、
他の護衛士たちが盗賊に内通していた。
襲撃を受けた二人は奮戦するが如何せん多勢に無勢、
バルサは深手を負ってしまう。
彼女の傷が癒えるまで、ジグロは住み込みの用心棒として
小さな宿場町に留まることにした。
そこの酒場で、バルサは二人を裏切った護衛士を見つけるが・・・
本編では初登場時にして既に30歳と、
いささか薹がたった(失礼!)主役だなあ・・・と思ったものだが
彼女のパーフェクトなソルジャーぶりを読んでみると、
この年齢設定に納得したものだ。
しかし本書のバルサは15歳。腕はともかく精神的にもまだまだ未熟で
無理して背伸びをしている様がなんとも微笑ましく、かつ痛々しい。
それを温かく支えるジグロもまた、その度量の大きさを見せる。
本編開始時には既に故人になっているジグロだが、
彼の "魂" はしっかりバルサに受けつがれているのがわかる。


うーん、やっぱり本編の続きが読みたいなあ。
ヒュウガなんて本編後の時代にこそ本格的な活躍の場がありそうだし、
バルサとタンダのその後も知りたいし、
なにより、二十歳前にして既に "名君" の片鱗を見せている
チャグムの治世を見てみたい。

長編でとは言わない(もちろん長編が出れば万々歳だが)。
短編集でもいいので、"その後" の話が読みたいなあ・・・

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華竜の宮 上下 [読書・SF]


華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)

華竜の宮(上) (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 上田 早夕里
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/11/09
  • メディア: 文庫
華竜の宮(下) (ハヤカワ文庫JA)

華竜の宮(下) (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 上田 早夕里
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2012/11/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★

文庫上下巻で800ページを越えるSF大作。

作者自ら《オーシャン・クロニクル・シリーズ》と
呼んでいるらしい作品群の中の一編で、舞台となるのは25世紀。

地球は、急激な地殻変動によって内部のホットプルームが上昇、
それによって海洋底が隆起し、海水面が260mも上昇してしまっている。

人類はその生活基盤のほとんどを失い、
高地に住む陸上民と海に生存の場を求めた海上民とに分かれた。

陸上民は、残された陸地のみならず海上都市をも建設し、
その科学技術をもって高度なネットワーク社会を構築していた。
一方、海と共生することを選んだ海上民は自らの遺伝子を改変し、
海上生活に適応した生態システムを手に入れていた。

しかし、乏しい資源や価値観の違いを巡って
両者は世界中で衝突を繰り返していた。

本書には多くのキャラクターが登場するけれど、
メインとなるのは日本政府の外交官・青澄誠司(アオズミ・セイジ)。

 もっともこの時代、日本列島は "日本群島" になっている(笑)。
 世界(陸上民)もいくつかの国家連合に再編されていて、
 日本はアメリカやオセアニアを母体とする
 国家連合〈ネジェス〉に属している。

彼は陸上民と海上民が平和的に共存するために
日夜、さまざまな組織との折衝に奔走していた。

しかし、国家連合の一つである〈汎アジア連合〉が
海上民の排除に動き出し、アジア海域での緊張が高まっていく。
青澄は対立を回避するために海上民の長・ツキソメとの接触を図る。

しかしその頃、IERA〈国際環境研究連合〉が擁する
環境シミュレータ〈シャドウランズ〉が驚くべき予測をはじき出す。
遅くとも、今後50年のうちに再び大地殻変動が起こり
地球は人類の生存できない環境へと激変するという。

IERAは人類生存のための "計画" を発案するが、
その実現のための手がかりともいうべきデータが、
ツキソメの遺伝子に潜んでいる可能性があることが判明する。

青澄は〈大異変〉の到来と "計画" の存在を知らされ、
ツキソメの身柄の保護に乗り出すが
"計画" を察知した〈国家連合〉群が
それぞれの思惑のもとに様々な陰謀を巡らせていた・・・


青澄に次いで出番と台詞が多いのは、彼の "相棒" である
〈アシスタント知性体〉のマキ。これがまたいい味を出している。

外観はAIを搭載した人間型ロボットというべきもので、
もちろんネットワークとも常時接続しているので通信も検索もOK。
ロボットではあるけれどイエスマンではなく
けっこう青澄に対して言いたいことを言う。
青澄の方も、人間ではない気安さのせいか本音をぶつけていて
"二人" の会話のシーンは楽しく読める。

そしてツキソメのパートでは、
遺伝子操作によって海に適応した人類の生活が描かれる。
その最たるものは "魚舟(さかなぶね)" と "獣舟(けものぶね)" なのだが
これを説明すると長くなるので割愛。

 手っ取り早く知りたい人は、『魚舟・獣舟』という
 そのものズバリの名前の短編を読むことをオススメする。
 同名の短編集も出ているし、各種SFアンソロジーにも
 収録されてるので、その気になれば入手は容易だろう。
 この駄文を読んですこしでも本書に興味をもって、
 でも文庫で800ページというぶ厚さに躊躇している人なら、
 まずこの短編を読んでみるといいと思う。
 この短編が楽しめれば、本書も大丈夫だろう。

それ以外にも、陸上民と海上民の間で商売をする
〈ダックウィード〉(海上商人)たち、
ツキソメたちを追撃する〈汎アジア連合〉の海上警備隊長・タイフォン、
その兄にして〈汎ア連合〉上級幹部のツェン・MM・リーなど
多彩な人物が登場する群像劇になっている。


ただまあ、読んでいて "心楽しい" という作品ではないのは確か。
何と言っても滅亡へのカウントダウンの中で進行するストーリーで
IERAが立案した、人類が生き延びるための計画も
成功率は絶望的に低いとあって悲観的な展開が続く。

普通の作品だったら「危機を乗り越えました」とか
「危機を乗り越える方策を見つけました」という方向に
物語を持っていくのだろうけど、作者はそのへんは徹底していて
安易な "希望" は一切与えてくれない。

 自分でもよく最後まで投げ出さずに読んだなあと思う(笑)。

作者が描きたかったのは、避けられない破局が迫っていても、
それでもなお、抗い続ける人類の姿だったのだろうし、
読んでいくうちに私もそれを見届けたいと思うようになった。

だから、もがく人類の典型である青澄くんの奮闘を
最後まで追いかけ続けることができたのだろう。

それでも、いささか物足りなく感じるのは
本編の最後に至っても〈大異変〉が起こらないこと。

 エピローグでは、一気に50年近く未来に飛んで、
 〈大異変〉の様子がちょっぴり描写されてるが。

しかしそこは作者もちゃんと分かっているようで、
本書に続く時代を描いた長編『深紅の碑文』が既に刊行されている。
そこでは、本書のラストから
〈大異変〉発生までの40年間が描かれている。

そして実は今、私はその『深紅-』を読んでいるところなのだ。

ちなみに、そちらにも青澄くんは引き続き登場している。
本書では30代だけど、私が今読んでるところでは、52歳になってる。
終盤では70代まで描かれるらしい。

『深紅-』も文庫上下巻で、総計1100ページ近いという、
本書を上回る大ボリューム。
これも、読み終わったら記事に書く予定なのだけど
まだ読書録を書いてない本が20冊以上溜まってるので
ブログに上がるのは10月頃かなあ・・・(^^;)。

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真鍮のむし 永見緋太郎の事件簿 [読書・ミステリ]


真鍮のむし (永見緋太郎の事件簿) (創元推理文庫)

真鍮のむし (永見緋太郎の事件簿) (創元推理文庫)

  • 作者: 田中 啓文
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/03/12
  • メディア: 文庫
評価:★★★

主人公・永見緋太郎(ながみ・ひたろう)はテナーサックスの奏者。
天才的な腕前ながらも世事には疎く、天然キャラで飄々と生きている。
そして彼にはもう一つの才能があった。
不思議な出来事に出会うと、その謎を
するすると解き明かす見事な推理を披露するのだ。

永見が所属するジャズバンドのリーダー・唐島が
ワトソン役兼本編の語り手を務めている。
そんな二人の出会う事件を綴った連作ミステリの第3弾。


「塞翁が馬」
人気ドラマー・久米山が自伝を出版したところベストセラーとなり、
映画化が決定して唐島のバンドにも出演依頼が来る。
永見たちは、クライマックス・シーンのリハーサルに臨むが
最大のライバルだったドラマー・野際と対決する場面の
撮影に立ち会っていた久米山の態度が何やらおかしい・・・
永見の推理が過去の因縁に新たな光を投げかける。
でも、この真相は読んでて "痛そう"。
へんな意味ではなく、ホントに怪我したときの "痛み" を感じる。

「犬猿の仲」
ベーシストの生瀬とドラマーの東は、ともにジャズ界の大物だが
25年前にある事情から仲違いし、それ以来犬猿の仲となっていた。
その生瀬と東を競演させようという企画が持ちあがるが
最初のリハーサルで二人は衝突してしまう。
周囲はイベントの失敗を確信するが、なぜか永見は
二人のいさかいは "解決" できると言い出す・・・
ミステリと言うよりは人情話みたいなオチだが、読後感は心地よい。

「虎は死して皮を残す」
私淑する名トランペット奏者タイガー・ブロンソンが
生前使用していたトランペットを、全財産はたいて購入した唐島。
しかしその楽器を何者かに盗まれてしまう。
現場はマンションの37階、しかも楽器はまもなく
35階の非常階段で発見される・・・。
密室状況からの物体消失と、犯人の意外な動機など
本書でいちばんミステリ要素が強い作品かな。

この事件のラストで、唐島は思うところあって
本場アメリカのジャズ巡りに行くことを決意、
自分のバンドを解散して旅立つが、なぜか永見がついてくる。
よって、この後の3作は二人が旅先で出会った事件が描かれる。

「獅子真鍮の虫」
ニューヨークに到着した二人だが、
さっそく永見がニックという青年から泥棒と間違われてしまう。
乱闘騒ぎで気を失った唐島が目を覚ましたのはニックの部屋。
しかし彼の部屋からテナーサックスが盗まれてしまう。
盗難事件の背後に隠された事情というミステリ要素より、
奏者として独り立ちしたいニックの奮闘ぶりがメイン。

「サギをカラスと」
シカゴにやってきた二人。
シカゴ川に架かる橋の上でテナーサックスを吹いていた永見たちは
掃除夫をしている老黒人と知り合うが、彼が実は、ある日突然失踪した
伝説のクラリネット奏者ジョセフ・キンガンである可能性が・・・
ジョセフが失踪に至った理由を永見が明らかにする。
これもミステリというよりは、音楽がらみの "いい話" という感じ。

「ザリガニで鯛を釣る」
旅の最後はニューオーリンズ。住民すべてがジャズ好きで、
街中が音楽で溢れている描写が延々と続く。
唐島たちが巻き込まれる事件も深刻なものではないし
ミステリ要素は本書中でいちばん希薄かも知れない。
演奏を楽しむ人たちを観ていた唐島の心の中に、
もう一度バンドを組んでジャズをやりたいという気持ちが湧き上がる。

そして、この事件の後で二人は日本に帰ってくる。

「狐につままれる」
芸能界の大御所・バンビー田﨑がデビュー40周年を迎え、
その記念パーティーでは、かつて彼が率いていたグループ、
アントライオンズが再結成されるという。
そのバックの演奏を引き受けた唐島と永見だが
会場となったホテルの別室に展示されていた
田﨑のデビュー曲大ヒット記念<ゴールド・ディスク>が
何者かに盗まれてしまう・・・
これもまたミステリには違いないんだが、
人情や音楽にまつわる話が続いた後で「最後の最後でこれかよ!」
真面目な人なら怒り出しそうなトリックだなあ。
普通の人なら「ホントにこんなこと可能なの?」って思うだろう。
まあそれもまたこの作者の持ち味だけど。


いちおうの本書で完結らしいのだけど、
作者は「本書がバカ売れすればすぐに再開する」って
あとがきに書いてるので、
続きが読みたい人は頑張って買いましょう(笑)。


あと、各話の最後にジャズのアルバムについて
作者の蘊蓄が語られてるんだけど、
如何せん私は全くといって良いほどジャズに無知なので
さっぱり分からない。
ジャズ自体は嫌いではないのだけど、たまにYouTubeで聞く程度。

いつか、もうちょっと詳しくなりたいなあという
願望だけは持ってるんだが・・・

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プリズン・トリック [読書・ミステリ]


プリズン・トリック (講談社文庫)

プリズン・トリック (講談社文庫)

  • 作者: 遠藤 武文
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2012/01/17
  • メディア: 文庫
評価:★★

第55回江戸川乱歩賞受賞作。

千葉県市原市の交通刑務所内で、受刑者・石原が殺害される。
現場は密室状況で、さらに犯人と目される受刑者・宮崎は
刑務所を脱走していた。

宮崎は家族の住む長野県安曇野市にも姿を見せず、
さらには死体の顔が損壊されていたことから
石原と宮崎が入れ替わっている可能性が浮上する。

やがて、宮崎が収監される原因となった交通事故と
安曇野市の汚職事件とのつながりが明らかになり・・・


私のつけた評価が低いのはいくつか理由がある。

まず、物語の中でスポットが当たる人物が複数いて、
それが頻繁に入れ替わるので、事態の進行が分かりにくい。

 単に私のアタマが悪いだけかも知れないが。

脱走者の捜索に加わる刑務官・野田、
捜査を指揮するキャリア警察官僚・武田、
週刊誌の記者から保険会社の調査員へと転身した滋野、
細かいところでは要所要所で情報をつかんでくる捜査員もいて、
それぞれの視点でストーリーが綴られていく。

しかも、彼らの中に "主役" はいない。
というか全編にわたってそれらしき人物がいない。
強いて言えば主役は "犯人" なのだろうけど、
これも終盤近くにならないと明らかにならない
(もちろん、ミステリだからwww)。

そしてまた、見事なまでに彼らに感情移入が出来ない。
というか感情移入できるような描写がされてない。
むしろ、真相(動機)が明らかになるにつれて
"犯人" の側に感情移入できるようになってしまう。

終盤にはそれなりにサスペンス・シーンもあるのだけど
登場人物への思い入れが乏しいのであまりハラハラしないし。

そして最大の理由は、読後感がよろしくないこと。
詳しく書くとネタバレになるので明かせないけど
いわゆる "イヤミス" なのかとも思う。


私は、長編では特にその傾向があると思うんだが
登場人物に入れ込んで読む質(たち)のようで、
それができにくい作品は評価が低くなる傾向があるようだ。
そして、入れ込んだキャラが報われないとさらに評価が辛くなる。

日本最大のミステリの賞をもらった作品だけあって、
冒頭の密室トリックや人間の入れ替わりとか、
多彩な謎が作中に仕込んであって
ミステリとしての要素は十分に持ちあわせていると思う。

でもまあ、私の好みには合わなかったということで。

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人形遣いの影盗み [読書・ミステリ]


人形遣いの影盗み (創元推理文庫)

人形遣いの影盗み (創元推理文庫)

  • 作者: 三木 笙子
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/09/29
  • メディア: 文庫
評価:★★★

明治末の時代を舞台に
雑誌記者・里見高広と天才絵師・有村礼のコンビが
帝都・東京で起こる不思議な事件の謎を解く
<帝都探偵絵図>シリーズの第3作。

「第一話 びいどろ池の月」
人気芸者・花竜(かりょう)は、新橋の御茶屋『びいどろ』で働く傍ら
私塾に通いながら勉学に励んでいる。
そこで長野出身の素封家の娘・圭子と仲良くなるが
そんな頃、御茶屋の女中がひとり失踪し、
『びいどろ』を巡ってある "噂" が流れ始める・・・
この事件の背景にあるものは、現代でも変わっていない。
いつの世でも○○を求める人はいるということ。
それが悪いことだとは思わないが、手段が問題だよねえ。

「第二話 恐怖の下宿屋」
高広が住む下宿屋・聖修館を訪れた礼だが、あいにく彼は不在で
代わりに出迎えたのは下宿屋の主・梨木桃介(とうすけ)。
礼は、所用でそこに居あわせた二人の男、竹下と愛川と一緒に
昼飯を振る舞われるが、食事が済むと桃介から「食った分は働け」と
下宿の仕事のあれこれを手伝わされる羽目に・・・
ミステリではないけれど、桃介の何気ない好意が
続発していた空き巣事件を解決してしまうという
ある種ほのぼのとしたものを感じるコミカルな一編。

「第三話 永遠の休暇」
礼が絵を教えにいっている松平子爵家。
正室から生まれた嫡男・顕芳(あきよし)が病弱だったため、
妾腹である次男・顕昌(あきまさ)に家督を譲ったとされている。
しかし「兄は本当は "島流し" にされたのではないか」という疑惑を
顕芳の妹・雛(ひな)は抱いていた。
礼は高広に無断で真相解明を請け負ってしまうが・・・
作中で『ロビンソン・クルーソー』が採り上げられる。
懐かしいなあ。最初に読んだのは小学校低学年だったなあ。
しばし回想に耽ってしまったよ。

「第四話 妙なる調べ奏でよ」
高広は、ライバル誌の記者・佐野から意外な話を聞かされる。
最近、礼がいかがわしい料理屋に出入りしているらしい。
密輸や故買などがからむ犯罪の噂が絶えない店内で、
礼は3人の人間と会っている。しかもそのうち1人は外国人だという。
ミステリ好きなら、礼の思いもまあ分かるかなあ・・・

「第五話 人形遣いの影盗み」
養父にして司法大臣である基博から、ある調査を頼まれた高広。
政財界の実力者・田無和盛の奥方が突如 "影を盗まれた" と言いだし、
真っ暗にした寝室に閉じ籠もるようになってしまったという。
事の起こりは、爪哇(ジャワ)からやってきた
影絵芝居の一座を見学したことらしい・・・
文庫で約300ページの本書の中でその約1/3、100ページを占める。
最大の長さの作品だけあって、後半には事件の鍵を握る存在として
怪盗ロータスまで登場するというサービス満点な一編。

「第六話 美術祭異聞」
第1作『人魚は空に還る』第一話「点灯人」で初登場し、
前作『世界記憶コンクール』第三話「黄金の日々」で再登場した
東京美術学校の学生・森恵(さとし)くん、三度目の登場である。
学校あてに「美術祭の間、第六講義室を使用するな」という脅迫状が届く。
最初は悪戯だと考えられていたが、展示所に飾られていた絵の一枚が
滅茶苦茶に切り裂かれるという事件が起こる。
文庫化の際に書き下ろされたボーナストラックで
わずか30ページちょっとの長さだけれど
現場を一目見て真相を見破る高広の名探偵ぶりがいいし、
最後に明らかになる "人の思い" が胸を熱くする。
本書の中でこれがいちばん好きな作品だ。

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バチカン奇跡調査官 月を呑む氷狼 [読書・ミステリ]


バチカン奇跡調査官月を呑む氷狼 (角川ホラー文庫)

バチカン奇跡調査官月を呑む氷狼 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 藤木 稟
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/09/25
  • メディア: 文庫
評価:★★★

カソリックの総本山、バチカン市国。
世界中から寄せられてくる "奇跡" 発見の報に対して
その真偽を判別する調査機関『聖徒の座』。

そこに所属する「奇跡調査官」である
天才科学者の平賀と、その相棒で
古文書の読解と暗号解読の達人・ロベルト。
この神父二人の活躍を描くシリーズの第9弾。
長編としては8作目になる。

FBI捜査官ビル・サスキンスは、第6作『ラプラスの悪魔』事件で
その途轍もない真相にすっかり打ちのめされてしまった。

閑職に追いやられたビルだが、新たな命令が下る。
ノルウェーの研究所で開発された、
画期的なテロ対策プログラムを受領してくること。

研究所のある場所は、山に囲まれた田舎町・オーモット。
そこに到着したビルだが、早々に騒ぎに巻き込まれる。
町の中央広場に突然轟音が響き渡り、つむじ風と赤い焔が駆け巡る。
そして、すべての光が消えて広場は暗闇に沈んでしまう。

さらに、広場近くの民家では氷漬けの凍死体が発見される。
現場となった部屋は、天井から無数の氷柱(つらら)が下がり
壁と床は一面の霜に覆われていたのだ。
北欧とは言っても当日の外気温は10℃を越えていて
決して寒冷な気象状況ではなかったのにも関わらず。

ごく短時間で部屋を凍結に至らしめた怪奇に
人々は北欧神話に伝わる、氷狼ハティの仕業と噂する。
そしてその氷狼は、町を囲む山の中腹にある
廃墟となったアウン城に棲むという・・・

しかし、被害者は何らかの陰謀で殺害されたと睨むビルは
バチカンにいるロベルトと平賀に救援を求める。


シリーズキャラクターにしてロベルト&平賀の宿敵である
ジュリア神父(らしき人物)の登場し、
やがて2人の調査によって、凍死した男・ケヴィンが
働いていた会社の裏の顔と、彼自身が抱えていた秘密が明らかになり、
さらには氷狼の正体を暴くべく、ビルを含めた3人は
アウン城に乗り込んでいく・・・
とまあこんな感じで、読者の興味をつないで最後まで飽きさせない。

シリーズに共通する特徴として、伝奇的な衣をまとっているけれど、
作中で起こる不思議な事件の背後には、意外なほど(失礼!)
最新の科学技術や知見を取り入れられていることがある。
今作ではケヴィンに関わる秘密あたりがそうだ。

カソリックをはじめとするさまざまな宗教や、
各種の神話や伝説にまつわる題材も頻繁に登場するし、
作者はかなり勉強も取材もしていることを窺わせる。

今回、いちばん大がかりなのはもちろん、
短時間で部屋を凍結させたトリックなのだが
これはもう分かってしまえばあまりにもベタなネタで、
"直球ど真ん中" と言っていい。
もし普通のミステリでこれを使ったら噴飯物だろう。
このシリーズだからこそ通用するネタだといえる。

短編ではけっこうオカルト・怪奇風味が濃いけれど
長編ではそれなりに(あくまでそれなりに、だけど)、
本書のように科学的で合理的な解釈が示される。

たまに "ハズレ" なときもあるのだが
"いい塩梅" で納まると楽しい読み物になる。

まさに現代版「怪奇大作戦」だと思う。

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パダム・パダム 京都府警平安署 新任署長・二条実房 [読書・ミステリ]


パダム・パダム: 京都府警平安署 新任署長・二条実房 (光文社文庫)

パダム・パダム: 京都府警平安署 新任署長・二条実房 (光文社文庫)

  • 作者: 古野 まほろ
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2015/07/09
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

同じ作者の『天帝』シリーズに
準レギュラー出演している警察官僚・二条実房。
本書は、若き日の彼を主役としたシリーズの第2作である。

 ちなみに、変わったタイトルだけど
 これはフランス語で足音を表す擬音語らしい。
 日本語で言うと「どたどた」と「ぱたぱた」の間くらいかな。

東京帝國大学法学部在学中は学生運動に身を投じていた二条だが、
卒業後は真逆の道を選び、キャリア警察官となった。

前作では、新米警部補として着任した二条が
学生時代の親友で、いまは過激派組織『革命的人民戦線』の
幹部となった男・我妻と対決する様が描かれた。

そしてこの第2作では前作から5年後が描かれる。


1年半のロンドン留学を終え、警視庁へ戻ってきた二条のもとへ
京都府警平安署長への異動が示される。

京都では、3人の人間を殺害したシリアル・キラーが跳梁していた。
犯人は被害者の眼球をくりぬくことから
「眼喰鬼」(アイ・イーター)と呼ばれていた。

連続殺人犯の検挙を至上命令として着任した二条だが
その日の夜、4人目の被害者が出てしまう。
しかも殺されたのは警戒出動中の平安署員だった。

「奴は我々を本気で怒らせた」
仲間である警官を殺されたことに憤る二条は、捜査員たちを前に
平安署の威信を賭けた "総力戦" を宣言する・・・

 いやあ、このシーンの二条くんはホントにカッコいいよ。


縦割り組織の集合体であるから、ある意味当たり前なのかも知れないが
部門間の確執、意地の張り合いが半端ではない。
それを、なだめたりスカしたり逆に煽ったりして御していく上層部。
もちろん、現場で必死になって汗を流している警官たちの姿も
しっかり描く。彼らの活躍なくして解決はあり得ないのだから。

このあたり、元警察官僚の作者が書いてるだけあって、
内部の描写がとにかく分厚い。
ところどころに学生運動の闘士だった二条の過去も顔を出して
警察小説としての読み応えも抜群だ。


そしてミステリとしても、さまざまな謎が設定されている。

警察の厳しい警備をかいくぐっては犯行を繰り返す、
犯人の神出鬼没ぶりも謎なんだが
もっとも大きいのは、ミッシングリンクだろう。
一見して無差別のように殺されているが、
彼ら彼女らが被害者として選ばれた理由は存在するのか?
殺害されるに至った動機は? そして、なぜ眼球を奪うのか?


そしてそして、いちばん大きいネタは冒頭の十数ページにある。
ここで、なんと作者は犯人についての重大な情報を
読者に開示しているのだ。

「えー、こんなことここで書いちゃっていいの?」

この情報のおかげで、私はもう
犯人が分かったようなつもりになって本編に入ったのだけど・・・

しかし結果はどうか。
この情報はもちろん間違いじゃないんだが
それに囚われて、最後まで作者に
いいように引き回されてしまったように思う。

 そう考えたら、これは上手な "撒き餌" だったのだろう。
 いわゆる「肉を切らせて骨を断つ」ってやつですね。

 こんなにあからさまなんだから「これは絶対 "引っかけ" だぞ」って
 心の中で叫ぶ声もあった(笑)んだけど・・・

ラストで明かされる真相には十分に驚かされてしまった。
「分かっていてもだまされる」という経験はそうそうない。
もう脱帽、流石です。


最後に余計なことを。

前作の終盤で、二条は近い将来に結婚することを宣言したのだが、
本作ではその相手が明らかになる。
誰なのかはお楽しみだが、私は「どひゃあ」だったね。

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