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冷えきった街/緋の記憶 日本ハードボイルド全集4 [読書・ミステリ]


冷えきった街/緋の記憶: 日本ハードボイルド全集4 (創元推理文庫 Mん 11-4)

冷えきった街/緋の記憶: 日本ハードボイルド全集4 (創元推理文庫 Mん 11-4)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/04/19
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 日本のハードボイルド小説の黎明期を俯瞰するシリーズ、第4巻。
 私立探偵・三影潤(みかげ・じゅん)シリーズから長編1作、短編5作を収める。


「冷え切った街」(長編)

 高級住宅地である世田谷区成城。そこにある実業家・堅岡清太郎(たておか・せいたろう)の豪邸へやってきたのは私立探偵・三影潤。依頼内容は、彼の家庭を巡って起こっている不審な出来事の調査だ。

 清太郎の長男・清嗣(きよつぐ)は38歳。妻子とともに、敷地内の別棟に住んでいる。妻子が親類に泊まりに行った夜、ガス漏れが起きて危うく死にかけた。何者かが屋内のガス栓を開けたらしいのだが、すべてのドアと窓は内側から鍵がかかっていた。
 次男・冬樹は高校2年生。最近グレだして学校へもろくに行っていない。それがある夜、何者かに袋だたきにされたと血だらけで帰ってきた。
 そして長女で6歳のこのみについては、「9月24日ヨルニユウカイスル」という予告状が舞い込んできたのだ。

 3人の子はみな母が違う。最初の妻カツは清嗣を生んだ後に病死、後添えの志保子は冬樹が小学1年生の時に死亡、現在の妻・玉代がこのみの母だ。

 複雑な家族構成に加え、これ以外にも清嗣の妻の母親とか、清太郎の義兄とかが敷地内に住んでいたり、使用人がいたりと、けっこう大人数の一家だ。

 そして全員揃ったパーティーの夜、聞こえてきた謎の物音に参加者が右往左往する騒ぎが起こる。その後、パーティー場所に残っていたお茶を飲んだ清嗣が死亡してしまう。何者かが毒物を投入していたのだ・・・


「色彩の夏」
 休暇で東伊豆にでかけた三影は、海水浴場近くのホテルの屋上から女性が転落死した事件に遭遇する。被害者は東京に住むOLで、殺人の疑いがあるらしい。
 その一ヶ月後、三影は自動車にひかれそうになった女性・松宮かおるを助ける。家に送り届けた三影は、かおるの義姉・さよ子と顔を合わせる。さよ子は、かおるをひきかけた車に乗っていた女ではないのか・・・?
 タイトルに絡むのだが、犯行が露見するきっかけが毛糸の色見本。男性ではなかなか着目しないアイテムではあるだろう。


「しめっぽい季節」
 時計屋を営む田畑義弘が2歳の娘を連れて散歩に出たところ、見知らぬ男が娘を連れ去ろうとした。娘を取り返そうともみ合った結果、男は崖から落ちて死んでしまったのだという。
 義弘は警察に連行されるが、三影は独自の調査を始める・・・
 1974年の発表だが、現代でも色あせないテーマではある。


「美(うるわ)しの五月」
 依頼案件の尾行を終えて住宅街を歩いていた三影は、12歳ほどの少女から声をかけられる。
「おじさん、私を警察に連れてって」。人を殺したというのだ。
 少女の名は中塚美佐。半年前、彼女の母親の広子から調査の依頼を受けたことがあり、そのときやってきた三影のことを美佐は覚えていたらしい。
 彼女は血のついたナイフを持っていた。これで同級生の赤木真帆子を刺したのだという。赤木家へ向かった三影は、真帆子の刺殺死体を発見するが・・・
 真相はけっこう陰惨なのだが、それだけに美佐の純真さが引き立つ。ラストシーンで美佐に別れを告げる三影は、ちょっと「カリオストロの城」のルパンっぽい(笑)。


「緋の記憶」
 依頼人は北松園美(きたまつ・そのみ)、18歳の女子大生だ。資産家の孫娘で両親は既に亡くなっている。最近妙な夢を見るという。
 西洋風の屋敷で、4歳頃の自分が小学生くらいの男の子と遊んでいる夢や、母と思われる女性が倒れていて、その横には手に何かを持った男性が立っている、という夢など・・・
 彼女の母親は14年前に死んでいる。もしこの夢が事実ならば殺人だ。殺人の時効である15年(当時の刑法で)は5ヶ月後。母の死の真相を調べてほしい。これが依頼だった。
 園美の母親の実家が夢に出てきた家らしいことを突き止める三影。その隣家には、当時小学生だった男の子がいたことも。
 物語はこの後に意外な展開を迎え、終盤で様相が一変する。お見事。


「数列と人魚」
 サラリーマン箕井昭(みのい・あきら)の妻・由利子が失踪した。彼女の持ち物から、数字の羅列が記された紙片が見つかる。失踪の数日前、道ばたで見知らぬ男から渡されたのだという。
 さらに近所の主婦から失踪当日の目撃情報を入手する。由利子が人魚の模様のついた手提袋を持っていたこと、別の女性が、やはり人魚の模様のついた紙袋を持っていたこと、そして2人とも同じような色の服を着ていたこと・・・
 不可解な出来事の裏には、巧妙な犯罪計画が隠されていた。ラスト、関係者の前で謎解きをする三影はすっかり名探偵である。


 仁木悦子と云えば、植物学者・仁木雄太郎とその妹・悦子を探偵役とするシリーズが有名だし、私もけっこう読んだ。江戸川乱歩賞を受賞してデビューした本格ミステリ作家、というイメージがある。
 本書は仁木兄妹でなく私立探偵・三影潤を主役としたシリーズを収めているが、それでも一読して感じるのは "よくできたミステリ" だなぁ、ということ。
 本書は「ハードボイルド全集」と銘打たれているが、読んでいるうちにそんなラベルのことはすっかり忘れて、本格ミステリの佳品集として楽しませてもらった。

 表題作の長編も、典型的な "富豪一家が住む屋敷で起こるミステリ" に思える。建物の見取り図も作中の2箇所に挿入されていたりする。探偵役の三影の調査は、関係者とひたすら会話を重ねていく手法で、アクションシーンなどの荒事の描写はほとんどない。いわば頭脳労働系の探偵といえる。
 その他の短編も、魅力的な謎の提示から始まり、意外だが合理的な解決に着地するパターンで、しっかり "ミステリ" している。

 強いてこのシリーズと "通常のミステリ" の差を探すなら、探偵役の三影が警察官ではない、というところだろう。
 真相や犯人が分かっても、その時点で警察に連絡して終わりではなく、自ら解決に関わっていって決着まで見届ける、というところか。そのあたりの三影の行動に彼なりの正義感というか、探偵という仕事へのポリシーが現れる。そこがいわゆる探偵小説的結末とちょっと異なる余韻を感じさせる。

 巻末のエッセイは女性作家の若竹七海氏。私立探偵・葉村晶シリーズでハードボイルド・ミステリの書き手として活躍している。そういう意味では仁木悦子の流れをくんでいる、とも言えるだろう。
 そして、若竹氏の作品もまた、みんなしっかり "ミステリ" していることを考えると、まさにぴったりの人選だと思う。



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