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すべてはエマのために [読書・ミステリ]


すべてはエマのために(新潮文庫nex)

すべてはエマのために(新潮文庫nex)

  • 作者: 月原渉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/06/26

評価:★★★★


 第一次大戦下のルーマニア。首都ブカレストで暮らすリサとエマの姉妹は、ドイツ軍の侵攻から逃れて地下水道へ逃げ込む。そこで出会った瀕死のルーマニア兵から「ネネ様」と呼びかけられ、指輪を託されるリサ。
 2年後、看護婦となったリサは、名門・ロイーダ家から名指しで仕事の依頼を受ける。病を抱えたエマのために仕事を受けたリサは、北部の村にあるロイーダ家の屋敷にやってくるが、そこで仮面をつけた当主の死体と遭遇する・・・


 第一次大戦下のルーマニア。首都ブカレストに侵攻してきたドイツ軍から逃れて、リサとエマの姉妹は地下水道へ逃げ込む。
 そこで出会った瀕死のルーマニア兵は、リサに「ネネ様」と呼びかけ、指輪を託す。人違いを訂正する間もなく地下水道の崩壊に巻き込まれ、姉妹はかろうじて脱出を果たす。

 2年後、リサは看護学校の卒業を迎えていたが、在学中にエマに腫瘍が見つかっていた。手術には輸血が必要だが、医師によるとエマの血液型は特殊で、適合する人間は極めて希少だという。

 作中の時代にはRh因子は未発見だったが、作中ではエマの血液型がRhマイナスであることが示唆されている。
 ちなみにRhマイナスは200人に1人。ABO型と組み合わせると、最も多いRhマイナスA型で500人に1人、最少のRhマイナスAB型だと2000人に1人だ。
 そして残念ながら、リサの血液型はエマに適合しなかった。

 そんなとき、名門・ロイーダ家から名指しで看護婦の求人依頼が入ってきた。"採用面接" に現れたネネ・ロイーダはなぜか ”仮面” をつけていた。しかし彼女の素顔を見たリサは驚く。ネネの顔はリサと瓜二つだったのだ。

 リサとエマの姉妹は母子家庭に育った。二人はひょっとするとロイーダ家の血を引いているのかも知れない。ならば、そこにはエマと適合する血液型の持ち主もいるのではないか?
 リサは一縷の希望を抱いて、ロイーダ家で看護婦として働く仕事を受けることにした。

 北部の村にあるロイーダ家の屋敷にやってきたリサが出会ったのは、当主のオイゲン、その後妻のカトレア、その息子マルコとイオン。これが現在のロイーダ家だ。
 そしてなぜか、前妻の娘であるネネは ”仮面” をつけて生活していた。対外的には「ロイーダ家の娘ではない」ということになっているのだという。

 オイゲンは病床にあると云うことだが、みたところ健康のようだ。ところがそのオイゲンが密室状態の中で死亡する。しかも死体は ”鉄仮面” をつけており、なぜか妻のカトレアは仮面を外すことに頑強に反対する・・・


 いかにも複雑な事情を抱えていそうな雰囲気の胡散臭い一族、そして仮面をつけた当主の死体、さらに殺人事件が続いていくというストーリー。

 語り手はリサが務めるのだが、探偵役となるのは彼女と共にロイーダ家に採用された女性医師だ。彼女の名はシズカ・ロマーノヴナ・ツユリ。そう、本書は「シズカ・シリーズ」の一編なのだ。
 いままでの作品はみな明治の頃の話だったので、時系列で云うと、その後の話なのだろう(第一次大戦は大正3~7年)。これまでも知性と教養溢れるハウスメイドさんだと思ってたけど、本作ではまさかの医師としての登場。どうやらポーランドに留学中だった模様だ。

 一連の事件の真相、ロイーダ家が抱えた秘密、そしてリサやシズカを雇い入れた目的。中盤までは、不穏ではあるが比較的ゆっくりとした雰囲気で謎が積み重なっていく。しかし終盤に至ると、一気に事態が動き出す。企みに満ちたカラクリを解き明かすところから、終盤のスペクタクルなクライマックスまで、シズカさんは縦横の大活躍を見せる。

 20世紀初頭という100年以上も過去の時代、欧州全体を巻き込む大戦下という特殊な状況、地方の名家が抱えた宿命、そんな舞台が用意されれば、現代では成立させにくいトリックやシチュエーションも不自然なく設定できる。とてもよくできた歴史ミステリだ。

 作中で明らかになるリサ・エマ・ネネの関係にもひねりが加えられていて、これも大きな伏線だ。
 とくに語り手のリサが実に健気。医療従事者としての矜持を心の支えに看護婦の仕事を全うしようとするし、それに加えて妹を救う道を最後まで模索し続ける。まさに『すべてはエマのために』。
 読者は、彼女の辿る運命をハラハラしながら見守ることになるだろう。



タグ:ミステリ
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