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神曲法廷 山田正紀・超絶ミステリコレクション #7 [読書・ミステリ]


山田正紀・超絶ミステリコレクション#7 神曲法廷 (徳間文庫 トクマの特選!)

山田正紀・超絶ミステリコレクション#7 神曲法廷 (徳間文庫 トクマの特選!)

  • 作者: 山田正紀
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2023/06/09

評価:★★★★☆


 天才建築家・藤堂俊作(とうどう・しゅんさく)が設計した神宮ドーム球場。しかしオープンから9ヶ月後、火災が発生し29名の死傷者を出した。ドーム側は管理責任を問われ、裁判になる。しかし5度目の公判が開かれる日に判事と弁護士が不可解な状況で殺害されてしまう。
 精神を病んで休職中の検事・佐伯神一郎(さえき・しんいちろう)は、突如「正義を為せ」という神の声を聞き、事件に介入していくことに・・・


 神宮球場の跡地に建設された神宮ドーム球場。しかし開業から9ヶ月後、市民体育祭のリハーサル中に火災が発生、場内にあったマットに引火し、そこから発生した有毒ガスで29人の死傷者を出してしまう。
 原因は放火と判明して捜査が始まるが、それとは別にドーム側の防火管理も問われ、当日の責任者だった綿抜周造(わたぬき・しゅうぞう)が業務上過失致死で起訴された。

 主人公兼探偵役となる佐伯神一郎は、23歳で司法試験に合格、地方の検察庁で5年勤めて後に東京地検へ異動したが、希望していた特捜部入りを果たせず、その挫折から精神を病んで休職中である。
 そんな佐伯を呼び出したのは、先輩検事の東郷一誠(とうごう・いっせい)。綿抜の公判を担当するチームの一員だ。神宮ドームの設計者である藤堂俊作が失踪したという。東郷は藤堂とは同郷で親友でもあることから、藤堂を探し出すことを佐伯に依頼してきたのだ。

 その日は、東京地方裁判所で綿抜の5度目の公判が予定されていた。しかし開廷を待つ傍聴人たちが待機する控室で、被告の弁護人・鹿内が胸を鋭利な凶器で刺されて殺されてしまう。しかし50人を超える衆人環視の中、凶器も犯人も見つからない。

 さらにその夜、公判を担当する裁判官・大月の絞殺死体が、法廷の "被告人席に座った" 状態で発見される。このとき裁判所内には警察関係者やマスコミ関係者が大挙して残っており、大月がいた10階の裁判官室から5階の法廷まで誰にも見られずに移動することは不可能だった・・・


 タイトルの『神曲法廷』は、ダンテの『神曲』からきている。
 学生時代に小説家志望だった佐伯は、ダンテの『神曲』を読んで圧倒され、その夢を捨てた。しかし挫折を経験したことをきっかけに再び『神曲』を読みふけるようになっていた。
 彼は東郷の依頼に応じて藤堂の探索を始め、次第に事件の深部へと入り込んでいくのだが、しばしば、いま自分が見ている光景を『神曲』の中の描写と重ね合わせていくようになる。

 物語の序盤、佐伯は「正義を為せ」という神の声を聞くのだが(精神を病んだ者の幻聴、という解釈がおそらく正しいのだろうが)、それを含め、事件の示すさまざまな様相が、佐伯の心象風景としては『神曲』の "地獄篇" とぴったり重なっていくのだ。
 そして彼が追う藤堂がまた『神曲』のマニア的愛好者と云うことで、これまた『神曲』を連想させるような行動をとっていたりするからややこしい(笑)。

 だからといって、『神曲』を読んでいないと本作が理解できない、ということは全くない。実際、私も読んでないし(笑)。それに何がどう重なっているのかは、佐伯の心理描写の中で十分に説明されていくから。
 まあ、読んでいる方がイメージがしやすいのかも知れないけど、ミステリとして楽しむ分には未読でも支障はない。

 そして "佐伯の心" というフィルターを通して事件を描くことで、作品に幻想的な不可思議さや神秘性が加わり、独特な雰囲気の醸成に貢献してるのは間違いない。
 もちろん、そんな幻想とか神秘とかの余計なものは必要ない、単純に不可能犯罪を扱った本格ミステリが読みたい、という人もいるかもしれないが、作者の用意したこの異様な作品世界に浸って流されていくというのもまた心地よい読書体験じゃないかと思う。この雰囲気は他の作家さんには出せないものだと思うし、山田正紀作品が持つ魅力のひとつでもある。

 作中では上に書いた二つの不可能殺人に加え、さらなる密室殺人やいくつかの不可解な事態も発生する。雰囲気は幻想的だが、ファンタジーに逃げることなく、作品内で起こった事象すべてにきっちり合理的な説明がなされていく。最後に残った謎はなんとラストの3ページで明らかになり(ちなみに本書は文庫で600ページを超える)、その解決と同時に最大の衝撃がやってくる。

 最後の最後までページを繰る手が止まらない。山田正紀という作家の凄さが充分に堪能できる作品だと思う。



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