永遠の森 博物館惑星 [読書・SF]
評価:★★★★
地球から38万km、月と同じ軌道上に浮かぶ小惑星<アフロディーテ>。
オーストラリア大陸と同じ表面積を持ち、ブラックホール技術を用いて地表面での1Gの重力を実現している。
そこは全世界からありとあらゆる芸術品が集められ、収蔵されている巨大博物館となっている。
併設されている劇場では音楽・演劇・舞踏などが行われ、広大な面積を生かした動物園・植物園では様々な生物が育成されている。
ここのコンピュータには、各種の芸術や生物についての膨大なデータが蓄積されており、勤務する学芸員たちは脳外科手術によってこれらのデータベースと直接接続して、収蔵品の分析・鑑定・研究を行っている。
主人公・田代孝弘は博物館の総合管轄を司る学芸員で、彼のもとに持ち込まれる収蔵品や芸術作品にまつわる ”謎” やトラブルの解決に関わっていく・・・という連作短篇集だ。
「I 天上の調べ聞きうる者」
無名の作曲家が描いた抽象画『おさな子への調べ』。しかし、辛口で知られる美術評論家に激賞された。「これは天上の調べだ」、と・・・
この短編が発表されたのは28年くらい前。当時としては斬新なネタだったのだろけど、今ではけっこう知られた事象になってしまったね。
「II この子はだあれ」
学者夫婦が持ち込んできた古い人形。依頼内容は、この人形の名前を探して欲しい、というものだった。
しかし膨大なデータベースのどこにも記録がない・・・
「III 夏衣(なつぎぬ)の雪」
竹笛(尺八?)の家元の襲名披露が<アフロディーテ>で行われることになった。新家元は16歳の少年。
田代はそのプロデューサーを命じられるが、このイベントには何か裏があるらしい・・・
「IV 享(う)ける形の手」
インド生まれのダンサー、シーター・サダヴィ。神秘ささえ感じさせる彼女の踊りは一世を風靡した。
しかし18年後の今、彼女は<アフロディーテ>で引退公演を行おうとしていた・・・
「V 抱擁」
一人の老人が展示室で昏倒する。彼はかつて<アフロディーテ>で働いていた学芸員だった・・・
「VI 永遠の森」
バイオ・クロックとは、遺伝子操作された植物を用いて、その移り変わりで時間を計るというもの。密閉容器で保管され、中に満たされた不活性因子を取り除くことで成長を開始し、時を刻み始める。
バイオ・クロックで財産を築いたアダム・ラクロが死亡した後、彼と同郷の人形作家ロザリンドの遺族は、特許を侵害されたとしてアダムの会社を訴えていた。
アダムは『エターニティ』、ロザリンドは『期待』というバイオ・クロック作品を残していた。
<アフロディーテ>で行われる『類似と影響』がテーマの展覧会の中で、この2つのバイオ・クロックを、並べて同時に作動させることが決まるのだが・・・
表題作でもあるし、この短編だけ何かのアンソロジーで読んだ記憶もあるので、それだけ評価が高いのだろう。
この作品で味わえる感動はSFならではのもの。
「VII 嘘つきな人魚」
<アフロディーテ>地表に形成された海で、製作に励む女性造形家ラリーサ。彼女は5年前の事故で肉体の大半をサイボーグ化していた。
海中ホールの建設現場で事故が発生し、一人の少年が倒壊した不可視水槽のブロックに閉じ込められてしまう。ラリーサは単身で少年の救助に向かうのだが・・・
「VIII きらきら星」
小惑星イダルゴで発見された五角形の彩色片、その数816個。何かを構成するモザイクタイルである可能性が考えられたのだが・・・
「IX ラヴ・ソング」
孝弘に新婚の妻・美和子がいることは「I」から既に語られている。
ここまでのいくつかの短篇の中でも、登場人物の何人かは台詞の中で彼女女の行動に触れてきたが、本人が登場することはなかった。そしてこの最後の短篇にいたり、やっとのことで(笑)美和子さんが主役となる。
これまでの短篇から窺えるのは、孝弘自身は妻との仲が今ひとつしっくりいっていないと感じていることだったのだが、彼にそう思わせた原因も、美和子の抱えていた葛藤も、彼女がそれによって決断したことも描かれていき、孝弘は改めて彼女と向き合うことになる。
こう書いてくると二人が破局に向かっていきそうだが、心配ご無用。
美和子が孝弘の前に姿を現すラストシーンに向けて、いかにもSFならではのラブ・ストーリーが展開する。
これまでのエピソードのあちこちで蒔かれていた伏線が回収されていくのも見事だ。
本書は「星雲賞」を受賞するなどSFとしての評価が高いのだけど、「日本推理作家協会賞・長編並びに連作短篇集部門」をも受賞している。
実際、収録されたエピソードのいくつかはSFミステリとしてもよくできてる。
続編として「不見の月 博物館惑星II」「歓喜の歌 博物館惑星III」の2冊も文庫化されてる。どちらも手元にあるので、近々読む予定。
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