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盲剣楼奇譚 [読書・ミステリ]


盲剣楼奇譚 (文春文庫 し 17-13)

盲剣楼奇譚 (文春文庫 し 17-13)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2023/08/02
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 警視庁の刑事・吉敷竹史(よしき・たけし)の妻・通子(みちこ)は、金沢の茶屋街に店を構えている。その大家である鷹科艶子(たかしな・つやこ)の孫娘・希美(のぞみ)が誘拐された。
 しかし犯人は奇妙な要求を突きつける。昭和20年9月に金沢で起こった大量惨殺事件の実行犯である金森修太(かなもり・しゅうた)を連れてこい、というもの。しかし彼はもう長いこと行方不明で、生きていても90歳近いはず。
 通子から相談を受けた吉敷は、独自の調査を始めるのだが・・・

* * * * * * * * * *

 まず驚くのは本書の厚さ。文庫で約900ページと、京極夏彦並みに分厚い(笑)。大きく四部に分かれているので、それぞれ順に追っていこう。


「金沢へ」
 東京大学内の博物館で開かれている展覧会へ、娘のゆき子とともにやってきた吉敷。そこで『盲剣(もうけん)さま』と題された絵画に目を留める。赤児を背負った美男剣士が太刀を振るっている絵だ。描いたのは鷹科艶子。吉敷の妻・通子が金沢で構えている店の大家でもあった。
 その艶子の孫娘・希美が誘拐されてしまう。犯人の要求は奇妙なものだった。昭和20年9月に金沢で起こった大量惨殺事件の犯人・金森修太を連れてこいというのだ。
 金森は艶子の父親(と思われる)男だったが、もう長いこと行方不明で、生きていても90歳近い高齢のはず(ちなみに、本作は平成10年代半ば頃の時代設定かと思われる)。通子から相談を受けた吉敷は、警察には無断で、独自の調査を始めるのだが・・・


「盲剣楼奇譚」
 昭和20年9月。艶子の母・お染(そめ)が切り回す "盲剣楼"(もうけんろう) は、江戸時代から続く金沢の芸者置屋だ。そこに6人の復員兵が侵入してきた。この頃は警察組織が機能せず、日本中が無法地帯となっていたのだ。
 すべての出入口を閉ざし、邪魔者が入らないようした上で乱暴狼藉の限りを尽くす復員兵たち。しかし突然、赤児を背負った剣士が現れて、瞬く間に5人を斬り殺してしまい、姿を消す。しかし現場は密室状態。彼はどこから現れ、どこへ消えたのか?
 そしてこのとき、現場には幼い艶子がいた。数十年後、彼女は自分が目撃した剣士の姿を絵に描き起こすことになり、このとき生き延びた復員兵の一人が、誘拐事件を引き起こすことになる。


「疾風無双剣」
 戦国時代が終わり、徳川の世となって30年ほど。新たに開墾されてできた紅葉(もみじ)村は、少しずつ豊かになってきていた。
 しかしそこに、ならず者一家の西河屋(さいかや)が入り込み、村を乗っ取ろうと様々な嫌がらせを始めていた。
 元武士で、いまは村長(むらおさ)の坂上豊信(さかがみ・とよのぶ)の娘・千代(ちよ)は、西河屋のチンピラに襲われたところを若武者・山縣鮎之進(やまがた・あゆのしん)に救われる。彼の剣豪ぶりに驚いた千代は、村を救ってくれるように山縣に頼み込むが・・・
 山縣は渋っていたが最終的に村を救い、その後金沢の街へでる。立身出世を願う山縣だったが、既に剣術で身を立てる時代は過ぎ去っていることを思い知らされる。
 そして、再び紅葉村と千代の身に危機が迫っていることを知った山縣は、村を救うべく戻っていくのだが・・・
 "盲剣楼" という名の起源を描いた物語。


「金沢へ」
 昭和20年の事件の真相に辿り着いた吉敷は、希美を救うべく誘拐犯と対峙する・・・


 「盲剣楼奇譚」のパートが約90ページ、「疾風無双剣」のパートはなんと620ページほどもある。つまり、この二つで約710ページで全体の8割近い。
 逆に、現代の誘拐事件のパートは2割ほどしかなく、ラストの "解決編" も50ページほどしかない。
 その内容も、ミステリを読み慣れている人なら見当がつくというか、「いろんな可能性を排除していけば、最後に残ったものが、それがどんなに信じられないものであっても、それが真実だ」というセオリー通りの結論になってる。

 「盲剣楼奇譚」はいわば "問題編パート" だから必要としても、「疾風無双剣」はこれほどの分量が必要なのか? ストーリーとしても独立しているし、実際、この部分だけ単独で新聞に連載されたというし。
 たぶん、作者がどうしても書きたかったんだろうなあとは思う(笑)。読んでも面白く、島田荘司のストーリーテラーぶりが実感できるので損した気にはならないけど。

 それよりも、20年ぶりの吉敷竹史もの、というほうが興味を引いた。妻の通子さんとの間にはいろいろあった(ありすぎた)からねえ。現在は東京と金沢と遠距離別居生活しているけど、とりあえず夫婦仲は良好のようだ。
 そして前作『涙流れるままに』では幼児だったゆき子ちゃんが大学生になってるのにまず驚き。そしてそれが ”赤門のある大学” だというのでさらにビックリ。
 
 近況が知れたのは嬉しいんだが、私としてはやっぱり吉敷刑事がガッツリ活躍する作品を読みたいなあ。作者もかなりご高齢になってるんだけど、もうちょっと頑張ってもらって。

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人形島の殺人 呪殺島秘録 [読書・ミステリ]


人形島の殺人―呪殺島秘録―(新潮文庫nex)

人形島の殺人―呪殺島秘録―(新潮文庫nex)

  • 作者: 萩原麻里
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/01/30

評価:★★★★


 "僕" の幼馴染みで民俗学オタクの三嶋古陶里(みしま・ことり)が姿を消した。実家のある壱六八島(いろはじま)へ向かったのだ。そこは、いにしえの時代に呪術を執り行っていた一族が流されたと伝わる "呪殺島" のひとつ。古陶里もまた、呪術師の一族・壱六八家の血を引いていたのだ。
 彼女を追って島を訪れた "僕" が遭遇したのは、壱六八家を襲う連続殺人事件だった・・・
 『呪殺島』シリーズ、第3巻。

* * * * * * * * * *

 年末に起こった前作『巫女島の殺人』から約10ヶ月後の11月上旬。"僕" の幼馴染みで民俗学オタクの三嶋古陶里(みしま・ことり)が姿を消した。生家のある壱六八島(いろはじま)へ向かったという。

 いにしえの時代に呪術を執り行っていた一族が流されたと伝わる "呪殺島" は全国で複数確認されているが、壱六八島はそのひとつ。古陶里もまた、呪術師の一族の血・壱六八家を引いていたのだ。

 彼女を追って島を訪れた "僕" が遭遇したのは、崖に吊された女性の死体。そしてそれを見上げている人たち。その中には壱六八家の姉弟、千姫(ちひろ)と和亀(かずき)がいた。

 彼らによると、死体は昨日やってきて夜には姿を消した客人、すなわち古陶里だという。しかし崖から下ろした死体を検分した彼らは驚愕する。それは二人の姉・万姫(まき)だったのだ。だが死体発見の知らせで二人が壱六八家を出たとき、万姫はまだ家の中にいたのだという。

 殺人の容疑者扱いをされた "僕" は壱六八家へ "連行" され、この旧家の内情を知らされる。

 複数の家業を持つ資産家でもある壱六八家、その当主だった壱六八真人(まひと)はこの夏に急死し、暫定的に彼の姉・御津代(みつよ)が当主を継いでいる。
 真人には本妻との間に四人の子がいる。万姫・千姫の双子姉妹と和亀・伊鶴(いづる)の双子兄弟だ。壱六八家では代々双子が生まれてきた。これは壱六八家が島に渡ってきてから連綿と続いてきたのだという。

 そして、島で唯一の寺・龍力寺(たつりきでら)の住職の娘・三嶋桜(さくら)と、真人の間に生まれたのが古陶里だった。
 当然ながら古陶里は壱六八家から疎まれ、認知もされないままに桜は娘と共に島を出た。そして "僕" と同じ児童福祉施設に古陶里を預けた後、交通事故で世を去った。これが古陶里の出自だった。

 壱六八家に滞在する "僕" に向けられる敵意のまなざし。その一方で、壱六八家の者たちが次々に命を落としていく。古陶里はどこにいるのか? 一連の事件にどんな関わりを持っているのか?


 『壱六八家殺人事件』という別名をつけたくなるくらい、地方の閉鎖的な旧家に取り憑いた因習が事件を引き起こしていく。ひと言で言ってしまえば "血の呪縛" というか、旧弊的で不合理な価値観が、その家の人々をがんじがらめに縛り付けていく。
 その最たるものである和亀くんなんか、"しがらみ" がそのまま服を着て歩いてるようなキャラで、登場時から "嫌な奴オーラ" 全開なんだが、読んでいるとだんだん可哀想に思えてくる(笑)。

 もちろんそこから抜け出そうという動きもあるが、それがまた新たな葛藤を生み、さらなる悲劇の引き金になっていく。
 そんな話を、時代を現代に設定して描こうというのだから、本土から離れた孤島という舞台は必然なのだろう。

 ヒロインである三嶋古陶里の出自(実はこれにもひとひねりあるのだが)が明らかになる(あわせて○の○○や○○まで判明する)本作で、シリーズ的には一区切りとなるのだろう。

 古陶里の事情のみを鑑みればここで完結してもおかしくないが、読んでみた感じではまだ続きそう。それでもターニング・ポイントにはなりそうな、大事な巻ではあるだろう。
 古陶里の出自も全てが語られてはいない気もする。続巻を期待しよう。



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スワン [読書・ミステリ]


スワン (角川文庫)

スワン (角川文庫)

  • 作者: 呉 勝浩
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/07/21

評価:★★★★☆


 日本最大級のショッピングモール「スワン」で、無差別大量殺傷事件が発生した。40人もの死傷者が出た中、現場に居合わせた二人の女子高生が生き残る。その一人であるいずみは、同じく生き残った小梢(こずえ)から「保身のために他人を見捨てた」と暴露されてしまう。
 世間からの激しいバッシングを浴びて精神を病んだいずみに、一通の招待状が届く。事件の関係者5人を集めた "お茶会" が開かれるのだという・・・

 第41回吉川英治文学新人賞受賞作、第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞作、第162回直木賞候補作。

* * * * * * * * * *

 自作の拳銃と日本刀で武装した二人組の男が、ショッピングモール「スワン」で大量殺傷事件を起こした。二手に分かれ、別々のフロアで殺戮を始めていく襲撃犯によって、買い物客で賑わう日曜日の「スワン」は阿鼻叫喚の地獄図へと化していく。

 本書は文庫で420ページほどだが、冒頭70ページほどがこの虐殺シーンの描写に充てられている。
 犯人たちは視線カメラを身につけ、自分たちの行為を記録し続ける。しかもその映像はネットを通じて世界中に配信されていく。最終的に二人は銃弾が尽きて自決するが、それまでに40人もの死傷者を出すという大惨事になっていた。

 本書の主人公・片岡(かたおか)いずみは16歳の高校2年生。同級生の古館(ふるたち)小梢によって「スワン」へ呼び出されたことから惨劇に巻き込まれてしまう。

 襲撃犯の一人・丹羽佑月(にわ・ゆづき)は凶行の最後に5階のスカイラウンジに立て籠もり、そこにいた客たちを次々に殺していく。
 そこにはいずみと小梢もいたが、二人は辛うじて生き残る。当初は犠牲者として同情的な目で見られていたいずみだったが、小梢が「いずみは保身のために他人を見捨てた」と暴露したことで、一転して激しいバッシングの嵐に晒されてしまう。


 そして半年。精神を病んでカウンセリングに通ういずみのもとに、一通の招待状が舞い込む。差出人は弁護士・徳下宗平。事件の関係者を集めた "お茶会" を開くという。
 集まったのは白髪の老人・保坂(ほさか)、中年の女性・生田(いくた)、若い会社員・波多野(はたの)、スタジャン姿の男・道山(どうざん)、そしていずみを含めた総勢5人。ただし本名を名乗っているのはいずみと保坂のみで、他の3人は仮名だ。

 事件当日、吉村菊乃という年配の女性が亡くなった。彼女は大手物産会社の社長の母親だった。そして菊乃が死んだ状況に不可解な点があるという。そこで社長の意を受けた徳下が、事件に居合わせた5人を集めて話を聞く・・・という説明がなされた。

 "お茶会" が始まり、当初は口が重かった参加者たちも少しずつ語り始め、やがて事件の裏側で起こっていた "さまざまなこと" が明らかになっていく。


 事件当日に「スワン」にいた人たちには、本来何の罪も無い。それが、襲撃犯たちの身勝手な動機による凶行で ”犠牲者” となってしまう。理不尽といったらこれ以上の理不尽はないだろう。
 死者は何も語ることはできないが、生き残った者は心や体に深い傷が残ってしまう。そして、自分が受けた理不尽に対する、やり場のない怒りを忘れた日は一日もない。
 "お茶会" に参加した者たちの中にも、その怒りを溜め込んでいる者がいて、それをぶつける相手を探していた。物語の後半では、それが爆発させる者も現れてくる。


 そしていずみの場合。
 完全武装の襲撃犯を前に、無力な女子高生である彼女に、いったい何ができたのか。
 銃を突きつけられて「次に誰を殺すか、お前が選べ」と言われた少女は、どうしたらよかったのか・・・。
 究極の選択を迫られた彼女がどんな行動をとろうと、誰がそれを非難できるのだろう・・・

 しかしマスコミ、そしてSNSは容赦がない。
 極限状態の中で冷静な判断などできようもないのに。
 自分を守るのに精一杯だった少女を責められる者などいないはずなのに。
 それでも "正義" を錦の御旗にして、いずみに対して執拗な攻撃を続ける者たちが後を絶たない。


 本書のタイトル「スワン」には、意味が二つある。
 一つは惨劇の舞台となった施設の名であり、もう一つはバレエ『白鳥の湖』に登場する白鳥と黒鳥だ。
 いずみと小梢は同じバレエスクールに通っていて、『白鳥の湖』の役を争うライバル同士だった。さらに学校では同級生であり、しかもいずみは小梢からイジメを受け続けていたという "因縁" があった。

 そんな二人が、最後の惨劇の場となったスカイラウンジにいて、二人だけが生き残った。そこでのいずみと小梢の間には、本当はどんなことが起こっていたのか。終盤で明かされる二人の "真実" に、驚かない読者はいないだろう。


 本書は、事件によって "人生を奪われてしまった" いずみの心のありようを追っていく。おそらく一生かかっても事件を "乗り越える" ことなどできないだろうが、それでも生き続けることを選び、"人生を取り戻す" ことをいずみが決意するところまでが描かれる。
 それでも、彼女の人生は辛いものになるのは間違いないだろう。でも、下を向くことをやめ、前を向いていくことを選んだいずみの姿にかすかな希望を感じて、読者は本を閉じることになるだろう。


 最後に余計なことを。
 本書に登場するショッピングモール「スワン」だが、「さいたま市に隣接する市にある」「日本で最大級の規模を誇る」「近くに人工の池がある」との記述から、”イオンレイクタウン越谷” がモデルであることは間違いないだろう。
 実は私、ここにはちょくちょく行ってます(笑)。



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サーカスから来た執達吏 [読書・ミステリ]


サーカスから来た執達吏 (講談社文庫)

サーカスから来た執達吏 (講談社文庫)

  • 作者: 夕木春央
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/08/10

評価:★★★★


 大正14年。莫大な債務に苦しむ樺谷(かばたに)子爵のもとにやってきた借金取りは、曲馬団(サーカス)で活躍していた少女・ユリ子。
 彼女は絹川(きぬがわ)子爵家が生前に隠した財宝を見つけ出して借金を返済することを提案し、その担保として樺谷子爵の三女・鞠子(まりこ)を預かることになった。
 かくして、二人の少女による "宝探し" の大冒険が始まる・・・

* * * * * * * * * *

 まず、本編開始前の出来事が語られる。


 明治44年、織原(おりはら)伯爵家の長男・瑛広(あきひろ)と、彼が雇った泥棒・樫田(かしだ)は、絹川家の別荘にある財宝を奪取に向かう。しかしそこで二人が出会ったのは別荘の番人の死体、そして人の出入りができないはずの別荘内から大量の財宝が消え失せるという不可解な事態だった。

 大正12年。関東大震災が発生し、絹川家と織原家は一家全員が死亡してしまう。だが、新たに絹川家の財宝を狙う者が現れる。簑島(みのしま)伯爵家と長谷部(はせべ)子爵家だ。
 長谷部家の長男・隆一郎(りゅういちろう)は、崩壊した絹川邸で一枚の紙片を発見する。それは財宝の在処を記した暗号文だった・・・


 そして大正14年から本編は幕を開ける。語り手は樺谷子爵の三女・鞠子。女学校を卒業したばかりの18歳だ。

 莫大な債務に苦しむ樺谷(かばたに)子爵のもとにやってきた借金取りは、鞠子と同い年くらいの少女・ユリ子。曲馬団(サーカス)のスターだったがそこを逃げ出し、いまは晴海商事(樺谷家の債権者)で執達吏(しったつり:債務取り立て人)として働いているという。

 借金を返す宛てのない子爵に対してユリ子はある提案をする。どこかに隠されている絹川家の財宝を見つけ、それを以て返済すること。さらに、子爵にその気がないなら自分が探す。その代わり、担保として鞠子を預かると。
 かくして鞠子は、サーカス出身のユリ子ともに財宝探しを始めることになる。

 二人は絹川家の別荘の調査に取りかかり、14年前にそこで起こった殺人と財宝消失事件を知る。

 ところが鞠子は財宝を狙う簑島家に拉致され、屋敷に監禁されてしまう。さらにそこにはもう一人、囚われている人物がいることを知る。
 助けに来たユリ子によって救出された鞠子だが、囚われの人物の正体を探るために再び簑島家の屋敷へ向かい、その意外な身元を知る。

 さらに、長谷部隆一郎が持つ暗号文を手に入れるため、二人は長谷部家主催の園遊会へ潜り込むが・・・


 鞠子は汽車の切符も買えないくらい、世間知らずの典型的なお嬢様だが、好奇心旺盛で小説家になりたいという夢を抱いている。
 対してユリ子はサーカス育ちで世事にも通じ、身のこなしも敏捷。万事抜かりがないけれど字は読めない。
 対照的な二人がバディを組んで冒険を繰り広げていく。

 ユリ子の猛進ぶりがお嬢様の鞠子の目を通して語られるので、描写はとてもユーモラス。読んでいて感じたのは『少年探偵団』(江戸川乱歩)みたいなジュヴナイルな雰囲気(ホラー風味はナシで)。差し詰め "少女探偵団"(二人しかいないけど)というところか。
 絹川家の別荘を調べに行ったら、たまたま14年前の事件を知る人物に出会ったり、長谷部家の園遊会に潜入したら、いとも簡単に暗号を書いた紙片を目にしたりと、いささか偶然が過ぎるというか都合が良すぎるような展開もあるのだけど、ジュヴナイルと思えばこれくらいは許せる気がする(笑)。

 字が読めないユリ子に代わり、鞠子は暗号解読に取り組むことに。これがなかなかよくできていて、しかも一筋縄ではいかない。
 しかし終盤に至って暗号が解けて、そこから芋づる式に明治44年の事件の真相と、一連の事態の裏に隠されていた秘密がするすると解き明かされていってしまう。
 単に暗号を出したかっただけではなく、きちんとストーリーの中に組み入れられていて、その内容が事件を解く鍵になっているのはお見事だ。

 ユニークなサブキャラも多い。その筆頭はユリ子と鞠子を匿う女優・浅間光枝(あさま・みつえ)なのだろうが、私は鞠子の父親の樺谷子爵のほうが印象に残った。典型的なダメオヤジなんだが、どうにも他人に思えなくて親近感を覚えてしまう(おいおい)。
 人間ではないが、ユリ子が飼っている馬もいい。"かつよ" という名前にも笑ってしまうが、本編の中では二人を助けて大活躍する "重要キャラ" だ。

 物語が終結してユリ子は去って行くが、鞠子は再び彼女と組んで冒険に出たいと願う。このままだと婿養子をもらって子爵家を継がされることになりそうだが、すんなり受け容れるとも思えない。
 短編でもいいから二人の後日談が読みたいなあ。



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幽霊城の魔導士 [読書・ファンタジー]


幽霊城の魔導士 (創元推理文庫)

幽霊城の魔導士 (創元推理文庫)

  • 作者: 佐藤 さくら
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/07/10
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 魔導士の訓練校になっているネレイス城には、幽霊が出るという噂があった。城の下働きの少女ル・フェ、訓練生のセレスとギィ。城で出会った三人は、城の秘密にまつわる騒動に巻き込まれていくが・・・
 著者のデビュー作『魔導の系譜』から始まる〈真理の織り手〉四部作の前日譚にあたる物語。

* * * * * * * * * *

 異民族の子であることから虐待を受け、口がきけなくなってしまった孤児ル・フェ。12歳となった彼女は魔導士の訓練校・ネレイス城で下働きをすることになり、孤児院を出た。

 働き出した最初の夜、城中で迷子になってしまったル・フェは、ローレンという少年と知り合う。なぜか彼の前では、自然に言葉が出てきて話ができることに驚くル・フェ。そして彼と語り合ううちに、彼女は自分の中に魔導士の資質が眠っていることに気づいていく。

 ネレイス城には、魔導士を目指す訓練生が集う。ここで実力を認められれば、魔導士の最高機関〈鉄(くろがね)の城〉の幹部候補への道が開かれる。
 訓練生のギィは、他人との軋轢を嫌う事なかれ主義がモットーなのだが、頼み事をされると断れない人の良さも併せ持つ少年。
 同じく訓練生のセレス・ノキアは天才との呼び声がある少女。訓練生の中にも派閥があり、彼女を自分の陣営に引き込もうという動きはあったが、彼女は全く相手にしないで孤高の状態を貫き、"氷の魔女" という通り名を持っていた。

 ネレイス城で働き始めたル・フェは、城の中で不思議な光景に出くわす。廊下の先の闇の中に、豪華な宴とその中で踊る人々の姿が浮かび上がった。そこはかつて大広間があったが、100年前に起こった戦争で燃えてしまい、改装された場所だった。彼女は100年前の光景を見たらしい。

 怪異はさらに続く。城の書庫番が何者かに襲われて負傷し、ついには死者まで出てしまう。そしてル・フェにはその殺人容疑が掛けられてしまう・・・


 最初はバラバラだったル・フェ、ギィ、セレスが物語の進行とともにひとつになっていき、城の秘密を解き明かしていく、というのが本書のストーリーの縦糸。
 横糸は、ハリー・ポッターみたいな学園ものの趣で、訓練の様子や生徒たちの確執も描かれていくところだろう。

 他に印象的なキャラとしてはリューリ・ウィールズがいる。彼も訓練生でギィの友人なのだが、セレスとはまた違った性格で、自由闊達に生きることが心情らしく群れることを嫌う。
 多くのキャラが登場するが、善玉/悪玉(主役3人に対して宥和的/敵対的)が比較的はっきりしているので、ストーリーはわかりやすい。
 謎の少年・ローレンの正体はだいたい見当がついてしまうが、読んでいてそれがマイナスには感じられない。作者はそこまで見越して語っているのだろう。

 記事の冒頭にも書いたが、本書は著者のデビュー作『魔導の系譜』から始まる〈真理の織り手〉四部作と世界を同じくする(時代はかなり過去)。登場人物も一部共通しているので、四部作を読んだ人なら「あのキャラの若い頃はこんなだったのか!」的な発見ができるのも本書の楽しみのひとつだろう。



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若きウェルテルの怪死 梶龍雄 青春迷路ミステリコレクション2 [読書・ミステリ]



評価:★★★★


 昭和9年、仙台。考古学者・大平(おおひら)博士の家に下宿していた旧制二高生・掘分(ほりわけ)が自殺し、同時に博士の所有する貴重な化石が盗まれてしまう。そしてTHD(東北反戦同盟)を名乗る組織が化石の身代金を要求してくる。
 掘分の友人・金谷(かなや)は一連の事件の真相を追い始めるが・・・

* * * * * * * * * *

 東京の飲み屋で金谷という老人と知り合った "私" は、彼が青年時代に経験した怪事件のことを聞かされる。当時のことを綴った日記を読ませてもらう "私"。


 舞台は昭和9年(1934年)の仙台。金谷は旧制二高(東北大学の前身)の学生で、友人の掘分は考古学者・大平博士の家の離れに下宿していた。

 しかしそこで掘分の死体が見つかる。どうやら自分で毒を飲んだらしいが、金谷は信じられない。
 本書のタイトルは、掘分がゲーテの『若きウェルテルの悩み』を愛読していたことからきている。

 同時に、博士の所有する貴重な化石が紛失していることが発覚する。何者かが盗み出したらしい。そしてTHD(東北反戦同盟)を名乗る組織が化石の身代金を要求してきた。
 掘分の死と化石の盗難には何か関係があるのか?

 THDは、化石の身代金2000円を大平博士の妻・美穂に持たせ、大崎八幡宮の境内に来いという。作中では「当時の2000円は現在では1200万円くらいの価値があるだろう」と言及されている。ちなみに本作の初刊は1983年だから、2024年ではもっと額が増えそうだ。

 境内で現金の入ったバッグを受け取った犯人は、その場から逃走をしてしまう。しかし現場は、予め金谷を含めて複数の人間に囲まれていたはずだった・・・


 大平博士の助手で医学生の高塚をはじめ、女中・庭師・運転手など大平邸に暮らす者は多く、中には不審な言動を示す者も。

 母親が経営するミルクホール(喫茶店の原型みたいなもの)で働く郁子(いくこ)は、掘分も金谷も思いを寄せるマドンナ的存在だったが、掘分の死によって金谷と郁子の関係も変化していく。この二人のロマンスの行方も気になるところだろう。

 また、当時は全国的に左翼学生による反戦運動(上記のTHDもその一派のようだ)が盛んだったようで、特高警察(特別高等警察:当時の秘密警察で、主に思想犯を取り締まる)の刑事たちも掘分の捜査に絡んでくる。

 このように様々な人物が錯綜する事件だが、もちろん終盤ではすべての謎が解明され、意外な犯人と巧妙な犯行が明らかにされていく。
 ミステリを読み慣れた人ならなんとなく真相に気づく人もいるかも知れないが、解決編を読むと予想以上にあちこちにきっちり伏線が張ってあったことに驚く。物語の冒頭にある何気ない描写にも終盤につながる重要な事実が潜んでいたりするわけで、この "怒濤の伏線回収" も読みどころだ。

 本書の裏表紙の惹句には「巧妙な伏線トラップ+爽やかな青春小説」とあるが、看板に偽りなしだと思う。

 ラストでは再び冒頭の続きに戻り、金谷の日記を読み終わった "私" のパートになる。事件からは40年以上経っており、当然ながら事件の関係者たちの "その後" も明らかになる。誰がどうなっているかは読んでのお楽しみだろう。



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ポストコロナのSF [読書・SF]


ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)

ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2021/04/14
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 本書の刊行は2021年4月。コロナウイルス流行に伴う3回目の緊急事態宣言(最大21都道府県が対象)が出た頃だ。
 未だ出口の見えないコロナ禍の中で、19人のSF作家が「コロナ後」の世界をテーマに競作した書き下ろしアンソロジー。

* * * * * * * * * *

 いずれも文庫で20~30ページほど。

「黄金の書物」(小川哲)
「オネストマスク」(伊野隆之)
「透明な街のゲーム」(高山羽根子)
「オンライン福男」(柴田勝家)
「熱夏にもわたしたちは」(若木未生)
「献身者たち」(柞刈湯葉)
「仮面槽」(林讓治)
「砂場」(菅浩江)
「粘膜の接触について」(津久井五月)
「書物は歌う」(立原透耶)
「空の幽契」(飛浩隆)
「カタル、ハナス、キユ」(津原泰水)
「木星風邪(ジョヴィアンフルウ)」(藤井太洋)
「愛しのダイアナ」(長谷敏司)
「ドストピア」(天沢時生)
「後香(レトロネイザル) Retronasal escape」(吉上亮)
「受け継ぐちから」(小川一水)
「愛の夢」(樋口恭介)
「不要不急の断片」(北野勇作)

 いままでの日常生活がコロナによって変質していく様子を描いたもの、
 コロナに適応した生活に移行したはずが次第に異様な状況へ変質していってしまうさまを描いたもの、
 コロナと闘う医療従事者を描いたもの、
 コロナが蔓延してもいっこうに進歩しない人間の愚行を描いたもの、
 抗菌滅菌に異様に拘る人間を描いたもの、
 コロナ禍での男女の愛欲の有り様を描いたもの、
 ウイルスが次第に毒性を高めて人類を滅亡へ追いやっていく様を描いたもの、
 遙か遠未来にまでウイルスの脅威が残っている世界を描いたもの・・・

 コロナ禍のもと、将来に対する漠然とした不安から悲観的かつ過激な妄想まで、いろんなことを考えたと思うのだけど、SF作家さんはそれらを独自に拾い上げて作品に仕立て上げている。

 歳をとるに従って、新しいSF作家さんの作品に対して理解に苦しむことが多くなってきた(笑)のだけど、今回は「コロナ禍」というテーマの縛りがあるせいか、比較的分かりやすいものが多かった印象。



タグ:SF
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名月一夜狂言 人形佐七捕物帖ミステリ傑作選 [読書・ミステリ]


名月一夜狂言: 人形佐七捕物帳ミステリ傑作選 (創元推理文庫)

名月一夜狂言: 人形佐七捕物帳ミステリ傑作選 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2023/12/18
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 巨匠・横溝正史の遺した人気時代小説、『人形佐七捕物帖』。
 そこからミステリ度の高い17編を選んだ短編集。

* * * * * * * * * *

 それぞれ簡単に紹介すると

「羽子板娘」
 シリーズ第一作。羽子板に描かれた人気の三人娘が次々に殺される。クリスティの『ABC殺人事件』のオマージュ。

「名月一夜狂言」
 殺害された死体の周囲には数々の手がかりがあるが、それがみな異なる人物を指している。

「戯作(げさく)地獄」
 佐七のもとに殺人を予告する書状が次々に届き、その通りに人が殺されていく。

「生きている自来也(じらいや)」
 7年ぶりに現れた怪盗・自来也は、押し入った家の主人を惨殺し、左手首を切断して持ち去っていた。

「出世競べ三人衆」
 材木問屋・伊丹屋喜兵衛は生前葬を行うが、その最中に毒殺されてしまう。

「鶴の千番」
 5人の男が、当たったら山分けの約束で富くじを買うが、それが賞金1000両の大当たり。しかしその5人が次々に殺されていく。

「春色眉かくし」
 抜け荷(密貿易)買いの調査をしているはずの佐七が浮気をしているという。それを知った佐七の妻・お粂(くめ)は泣き伏してしまうが。

「彫物師の娘」
 25年前、老舗の伊丹屋の娘が彫物師と駆け落ちをした。その後二人は娘のお信乃(しの)を遺して亡くなる。お信乃の背中には『八犬伝』の芳流閣の場の彫り物があった。孫のお信乃を探す伊丹屋の前に、芳流閣の彫り物をもつ娘が二人、現れる。

「春宵(しゅんしょう)とんとんとん」
 悪徳御家人の他殺死体が見つかるが、遺体の周囲は降った雪が積もり、犯人の足跡がない。いわゆる "雪の密室"。

「狐の裁判」
 歌舞伎の子役12人が踊っていた舞台上で、その中の一人が背中を刺されて殺される。

「当たり矢」
 いにしえの武将・権五郎の顔の刺青を背中に施した女が、権五郎の目の部分に矢を射込まれて殺される。

「風流女相撲」
 女相撲(そんなものが江戸時代にあったんだね)の大関が殺される。毒を盛られ、刃物で刺され、さらに首を絞められるという念の入りすぎた方法で。

「たぬき汁」
 旗本・榊原伊織の仲間(ちゅうげん:奉公人)たちがたぬき汁を食べ、9人が死亡する。さらに、伊織が開いた宴会でも死亡者が。

「遠眼鏡(とおめがね)の神様」
 隠居した元役人の趣味は遠眼鏡で景色を眺めること。ある日、浮気と思しき男女の姿を見つけ、悪戯で矢を射かける。ところが、その矢で殺されたと思われる女の死体が現れる。

「呪いの畳針」
 蝋燭屋の女房が亡くなり、その墓を掘っていた人足が誤って一年前に死んだ亭主の墓を壊してしまう。しかし亭主の頭蓋骨の中に畳針が入っているのがみつかる。そして、女房の頭の中にも畳針が。

「ろくろ首の女」
 刀屋へ二人組の強盗が入る事件が発生。主人の温情で二人は島流しになるが、帰ってきた一人が刀屋の主人とその愛妾を殺害する。

「初春笑い薬」
 材木問屋・槌屋の主人の病気回復の宴会で、芸者のお千代が毒殺される。しかし犯人の狙いは別の芸者ではなかったか、との疑惑が。


 書いてみて改めて思うが、横溝正史は読者の興味を引きつける舞台設定や、魅力的な謎の設定が抜群に上手い。もちろんこの時代ならではの動機も、この時代だからこそ成立するトリックもある。そして最後には、不可解な事象もしっかり合理的に説明されるのだからたいしたもの。

 ただ全般的に云えることだが、純粋なミステリとして見た場合、真相解明のための手がかりが全部提示されていない場合も多々ある。
 解決に至るとっかかりも、推理と云うよりは "佐七の勘" から始まる場合もあり、そこから辿ってみたら "当たり" だった、ってパターンもけっこうある。

 たぶんこれは枚数の都合だろう。本作に収録された作品はだいたい文庫で30ページほど。江戸の風俗の中で起こる事件を描き、佐七の手下二人の漫才みたいな掛け合いを入れ、佐七の謎解きを・・・と埋めていったら、きっちりした本格ものの展開を書くにはちょっと窮屈になってしまうのではないかな。

 あまり「本格」という言葉にこだわらず、江戸時代ならではの物語と、そこで起こる怪事件の謎を解く佐七の活躍を、おおらかに楽しむのが正解だろう。



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シャーロック・ホームズたちの新冒険 [読書・ミステリ]


シャーロック・ホームズたちの新冒険 (創元推理文庫 M た 6-5)

シャーロック・ホームズたちの新冒険 (創元推理文庫 M た 6-5)

  • 作者: 田中 啓文
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/11/29
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 トキワ荘で切磋琢磨する若き漫画家たち、死後の世界でもう一人の明智と出会う明智小五郎、ベーカー街で出会わなかった世界線でのホームズとワトソンなど、著名人や歴史上の人物などが登場する、オマージュミステリ短編集。

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「トキワ荘事件」
 手塚治虫、赤塚不二夫、石森章太郎、藤子不二雄・・・巨匠と呼ばれる漫画家たちがかつて暮らし、切磋琢磨した伝説のアパート・トキワ荘を舞台にしたミステリ。
 昭和28年。マンガ雑誌『少女マガジン』の編集者・丸谷(まるや)は手塚治虫担当。しかし今月分の連載原稿を完成させないまま、手塚が雲隠れしてしまう。
 切羽詰まった丸谷はトキワ荘を訪れ、漫画家たちに今月分の原稿の代筆を頼み込む。それぞれ連載を抱えて忙しい身だが、分担してなんとか原稿を書き上げる。しかしその原稿が、何者かに盗まれてしまう・・・
 出てくる漫画家さんには鬼籍に入られた方も多い。ミステリとしてより、作中で描かれる若き日の様子のほうに興味を覚えてしまった。


「ふたりの明智」
 気がついたとき、明智小五郎は冥界にいた。そこで出会ったのは、なんと明智光秀。光秀によると、小五郎は事件の捜査中に殺されてしまったらしい。そして、誰にどういう理由で殺されたかが分からないと、天国か地獄かの行く末が決まらないのだという。
 ここから、小五郎の回想シーンになる。事件の流れをなぞっても、犯人が分からない。後半になると、事件の関係者がぞくぞくと冥界に現れてくる(笑)。みんな犯人に殺されたのだと云うが・・・
 ○○○○や○○○○まで殺されてしまうのは驚きを通り越して呆れてしまう。江戸川乱歩作品の著作権が切れたからといって、ここまでイジってしまうとは。まあ面白いからいいか(おいおい)。


「二〇〇一年問題」
 アイザック・アシモフのミステリ・シリーズ〈黒後家蜘蛛の会〉のオマージュ。
 あるレストランでひとつの謎が参加者の間で議論されるが、最後は給仕のヘンリーが真相を解き明かす、というフォーマットのシリーズだ。
 今回、俎上に載せられるのは、木星を探査飛行したディスカバリー号の中で何が起こったか、という問題。つまり本作は、映画『2001年宇宙の旅』(原作はアーサー・C・クラーク)の内容が、現実の出来事として起こったパラレルワールドでの話なのだ。
 世界中のコンピュータが誤作動するんじゃないかと心配された "2000年問題" と、ディスカバリー号の搭載コンピュータ・HALの反乱とを掛けたタイトルだ。、
 アシモフとクラークという二大巨匠の代表作のいいとこ取りみたいな作品。ラストのひねりが ”いかにもアシモフ” なんだけど、SFを読まない人には分かりづらいかな。


「旅に病んで・・・」
 明治35年。病床にあった正岡子規は、弟子の高浜虚子を枕元に呼ぶ。子規の実家で文書を整理していたら、興味深い文書が出てきたという。それは松尾芭蕉の弟子・服部土芳(はっとり・とほう)の残した手記だった。
 元禄7年、芭蕉の死に際に間に合わなかった土芳は、臨終の席にいた人たちからの聞き書きをまとめているのだが、その中で、どうやら芭蕉は殺されたらしいと書いてあるという。
 ここから土芳の回想シーンに移り、最終的に "犯人" らしい人物が浮かび上がるのだが・・・。いやあこのオチは、笑っていいのか怒ったほうがいいのか。


「ホームズ転生」
 1918年、ロンドン。クイーンズ・ホールでホルストの『惑星』の演奏会を聞きに来たジョン・H・ワトソン医師。しかし演奏中にホルン奏者の一人が殺されるという事件に遭遇する。胸に銃弾を受けたようだ。
 そんな中、ヴァイオリン奏者の一人が銃声を聞いたと証言する。彼の名はシャーロック・ホームズ。
 本作に登場するワトソンもホームズもどちらも60台半ば、しかも二人は初対面。つまりこの世界は、若き日の二人がベーカー街で出会わなかった世界線上の物語なのだ。
 この世界のホームズは、音楽家として生きてきたが、ヴァイオリン奏者としても作曲家としても名を挙げることができず、「人生の敗残者」と自嘲するような寂しい老人になっている。自らの中に眠る探偵としての才能に気づくことも活用することなく、今まで生きてきてしまったわけだ。
 ホームズと会話する内に、彼の鋭い洞察力を感じたワトソンは、彼と共に事件の調査を始めるが・・・
 どう決着させるのかと思ったら、まさかの○○○○。でもまあ、この結末なら許されるだろう。



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