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スワン [読書・ミステリ]


スワン (角川文庫)

スワン (角川文庫)

  • 作者: 呉 勝浩
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/07/21

評価:★★★★☆


 日本最大級のショッピングモール「スワン」で、無差別大量殺傷事件が発生した。40人もの死傷者が出た中、現場に居合わせた二人の女子高生が生き残る。その一人であるいずみは、同じく生き残った小梢(こずえ)から「保身のために他人を見捨てた」と暴露されてしまう。
 世間からの激しいバッシングを浴びて精神を病んだいずみに、一通の招待状が届く。事件の関係者5人を集めた "お茶会" が開かれるのだという・・・

 第41回吉川英治文学新人賞受賞作、第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)受賞作、第162回直木賞候補作。

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 自作の拳銃と日本刀で武装した二人組の男が、ショッピングモール「スワン」で大量殺傷事件を起こした。二手に分かれ、別々のフロアで殺戮を始めていく襲撃犯によって、買い物客で賑わう日曜日の「スワン」は阿鼻叫喚の地獄図へと化していく。

 本書は文庫で420ページほどだが、冒頭70ページほどがこの虐殺シーンの描写に充てられている。
 犯人たちは視線カメラを身につけ、自分たちの行為を記録し続ける。しかもその映像はネットを通じて世界中に配信されていく。最終的に二人は銃弾が尽きて自決するが、それまでに40人もの死傷者を出すという大惨事になっていた。

 本書の主人公・片岡(かたおか)いずみは16歳の高校2年生。同級生の古館(ふるたち)小梢によって「スワン」へ呼び出されたことから惨劇に巻き込まれてしまう。

 襲撃犯の一人・丹羽佑月(にわ・ゆづき)は凶行の最後に5階のスカイラウンジに立て籠もり、そこにいた客たちを次々に殺していく。
 そこにはいずみと小梢もいたが、二人は辛うじて生き残る。当初は犠牲者として同情的な目で見られていたいずみだったが、小梢が「いずみは保身のために他人を見捨てた」と暴露したことで、一転して激しいバッシングの嵐に晒されてしまう。


 そして半年。精神を病んでカウンセリングに通ういずみのもとに、一通の招待状が舞い込む。差出人は弁護士・徳下宗平。事件の関係者を集めた "お茶会" を開くという。
 集まったのは白髪の老人・保坂(ほさか)、中年の女性・生田(いくた)、若い会社員・波多野(はたの)、スタジャン姿の男・道山(どうざん)、そしていずみを含めた総勢5人。ただし本名を名乗っているのはいずみと保坂のみで、他の3人は仮名だ。

 事件当日、吉村菊乃という年配の女性が亡くなった。彼女は大手物産会社の社長の母親だった。そして菊乃が死んだ状況に不可解な点があるという。そこで社長の意を受けた徳下が、事件に居合わせた5人を集めて話を聞く・・・という説明がなされた。

 "お茶会" が始まり、当初は口が重かった参加者たちも少しずつ語り始め、やがて事件の裏側で起こっていた "さまざまなこと" が明らかになっていく。


 事件当日に「スワン」にいた人たちには、本来何の罪も無い。それが、襲撃犯たちの身勝手な動機による凶行で ”犠牲者” となってしまう。理不尽といったらこれ以上の理不尽はないだろう。
 死者は何も語ることはできないが、生き残った者は心や体に深い傷が残ってしまう。そして、自分が受けた理不尽に対する、やり場のない怒りを忘れた日は一日もない。
 "お茶会" に参加した者たちの中にも、その怒りを溜め込んでいる者がいて、それをぶつける相手を探していた。物語の後半では、それが爆発させる者も現れてくる。


 そしていずみの場合。
 完全武装の襲撃犯を前に、無力な女子高生である彼女に、いったい何ができたのか。
 銃を突きつけられて「次に誰を殺すか、お前が選べ」と言われた少女は、どうしたらよかったのか・・・。
 究極の選択を迫られた彼女がどんな行動をとろうと、誰がそれを非難できるのだろう・・・

 しかしマスコミ、そしてSNSは容赦がない。
 極限状態の中で冷静な判断などできようもないのに。
 自分を守るのに精一杯だった少女を責められる者などいないはずなのに。
 それでも "正義" を錦の御旗にして、いずみに対して執拗な攻撃を続ける者たちが後を絶たない。


 本書のタイトル「スワン」には、意味が二つある。
 一つは惨劇の舞台となった施設の名であり、もう一つはバレエ『白鳥の湖』に登場する白鳥と黒鳥だ。
 いずみと小梢は同じバレエスクールに通っていて、『白鳥の湖』の役を争うライバル同士だった。さらに学校では同級生であり、しかもいずみは小梢からイジメを受け続けていたという "因縁" があった。

 そんな二人が、最後の惨劇の場となったスカイラウンジにいて、二人だけが生き残った。そこでのいずみと小梢の間には、本当はどんなことが起こっていたのか。終盤で明かされる二人の "真実" に、驚かない読者はいないだろう。


 本書は、事件によって "人生を奪われてしまった" いずみの心のありようを追っていく。おそらく一生かかっても事件を "乗り越える" ことなどできないだろうが、それでも生き続けることを選び、"人生を取り戻す" ことをいずみが決意するところまでが描かれる。
 それでも、彼女の人生は辛いものになるのは間違いないだろう。でも、下を向くことをやめ、前を向いていくことを選んだいずみの姿にかすかな希望を感じて、読者は本を閉じることになるだろう。


 最後に余計なことを。
 本書に登場するショッピングモール「スワン」だが、「さいたま市に隣接する市にある」「日本で最大級の規模を誇る」「近くに人工の池がある」との記述から、”イオンレイクタウン越谷” がモデルであることは間違いないだろう。
 実は私、ここにはちょくちょく行ってます(笑)。



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