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サーカスから来た執達吏 [読書・ミステリ]


サーカスから来た執達吏 (講談社文庫)

サーカスから来た執達吏 (講談社文庫)

  • 作者: 夕木春央
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/08/10

評価:★★★★


 大正14年。莫大な債務に苦しむ樺谷(かばたに)子爵のもとにやってきた借金取りは、曲馬団(サーカス)で活躍していた少女・ユリ子。
 彼女は絹川(きぬがわ)子爵家が生前に隠した財宝を見つけ出して借金を返済することを提案し、その担保として樺谷子爵の三女・鞠子(まりこ)を預かることになった。
 かくして、二人の少女による "宝探し" の大冒険が始まる・・・

* * * * * * * * * *

 まず、本編開始前の出来事が語られる。


 明治44年、織原(おりはら)伯爵家の長男・瑛広(あきひろ)と、彼が雇った泥棒・樫田(かしだ)は、絹川家の別荘にある財宝を奪取に向かう。しかしそこで二人が出会ったのは別荘の番人の死体、そして人の出入りができないはずの別荘内から大量の財宝が消え失せるという不可解な事態だった。

 大正12年。関東大震災が発生し、絹川家と織原家は一家全員が死亡してしまう。だが、新たに絹川家の財宝を狙う者が現れる。簑島(みのしま)伯爵家と長谷部(はせべ)子爵家だ。
 長谷部家の長男・隆一郎(りゅういちろう)は、崩壊した絹川邸で一枚の紙片を発見する。それは財宝の在処を記した暗号文だった・・・


 そして大正14年から本編は幕を開ける。語り手は樺谷子爵の三女・鞠子。女学校を卒業したばかりの18歳だ。

 莫大な債務に苦しむ樺谷(かばたに)子爵のもとにやってきた借金取りは、鞠子と同い年くらいの少女・ユリ子。曲馬団(サーカス)のスターだったがそこを逃げ出し、いまは晴海商事(樺谷家の債権者)で執達吏(しったつり:債務取り立て人)として働いているという。

 借金を返す宛てのない子爵に対してユリ子はある提案をする。どこかに隠されている絹川家の財宝を見つけ、それを以て返済すること。さらに、子爵にその気がないなら自分が探す。その代わり、担保として鞠子を預かると。
 かくして鞠子は、サーカス出身のユリ子ともに財宝探しを始めることになる。

 二人は絹川家の別荘の調査に取りかかり、14年前にそこで起こった殺人と財宝消失事件を知る。

 ところが鞠子は財宝を狙う簑島家に拉致され、屋敷に監禁されてしまう。さらにそこにはもう一人、囚われている人物がいることを知る。
 助けに来たユリ子によって救出された鞠子だが、囚われの人物の正体を探るために再び簑島家の屋敷へ向かい、その意外な身元を知る。

 さらに、長谷部隆一郎が持つ暗号文を手に入れるため、二人は長谷部家主催の園遊会へ潜り込むが・・・


 鞠子は汽車の切符も買えないくらい、世間知らずの典型的なお嬢様だが、好奇心旺盛で小説家になりたいという夢を抱いている。
 対してユリ子はサーカス育ちで世事にも通じ、身のこなしも敏捷。万事抜かりがないけれど字は読めない。
 対照的な二人がバディを組んで冒険を繰り広げていく。

 ユリ子の猛進ぶりがお嬢様の鞠子の目を通して語られるので、描写はとてもユーモラス。読んでいて感じたのは『少年探偵団』(江戸川乱歩)みたいなジュヴナイルな雰囲気(ホラー風味はナシで)。差し詰め "少女探偵団"(二人しかいないけど)というところか。
 絹川家の別荘を調べに行ったら、たまたま14年前の事件を知る人物に出会ったり、長谷部家の園遊会に潜入したら、いとも簡単に暗号を書いた紙片を目にしたりと、いささか偶然が過ぎるというか都合が良すぎるような展開もあるのだけど、ジュヴナイルと思えばこれくらいは許せる気がする(笑)。

 字が読めないユリ子に代わり、鞠子は暗号解読に取り組むことに。これがなかなかよくできていて、しかも一筋縄ではいかない。
 しかし終盤に至って暗号が解けて、そこから芋づる式に明治44年の事件の真相と、一連の事態の裏に隠されていた秘密がするすると解き明かされていってしまう。
 単に暗号を出したかっただけではなく、きちんとストーリーの中に組み入れられていて、その内容が事件を解く鍵になっているのはお見事だ。

 ユニークなサブキャラも多い。その筆頭はユリ子と鞠子を匿う女優・浅間光枝(あさま・みつえ)なのだろうが、私は鞠子の父親の樺谷子爵のほうが印象に残った。典型的なダメオヤジなんだが、どうにも他人に思えなくて親近感を覚えてしまう(おいおい)。
 人間ではないが、ユリ子が飼っている馬もいい。"かつよ" という名前にも笑ってしまうが、本編の中では二人を助けて大活躍する "重要キャラ" だ。

 物語が終結してユリ子は去って行くが、鞠子は再び彼女と組んで冒険に出たいと願う。このままだと婿養子をもらって子爵家を継がされることになりそうだが、すんなり受け容れるとも思えない。
 短編でもいいから二人の後日談が読みたいなあ。



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