監殺 [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★
警察内部で行われた陰湿なパワハラで、優秀な警部が自殺する。そして、警察官の悪事を取り締まるべく集められた「監殺部隊」が動き出す。
彼らによって、パワハラ事件の裏に隠された巨悪があぶり出される。そして、警部を死に追いやった者たちに、"処分" が下される・・・
犯罪を犯した者は警察が取り締まる。では、警察官自身が犯罪を犯した場合、誰がそれを暴き、裁くのか?
本書の基本コンセプトは、現代版 "必殺仕事人" だ。
"不祥事のデパート" とも言われるB県警。不祥事防止を啓蒙すべく、県警内に巡回教養班(SG班)が設立された。しかしそれは表むき。
SG班の真の姿は、凶悪犯罪に関わった悪徳警官を密かに "処分"(懲戒暗殺)する特殊部隊だったのだ。
そこに集められたのは、
・運だけで昇進した(と思われている)中村文人(なかむら・ふみひと)警視
・『機動隊の狂犬』秦野鉄(はたの・てつ)警部
・電子諜報の達人・漆間雄二(うるしま・ゆうじ)警部
・カリスマホストを超える女たらし・後藤田秀(ごとうだ・ひで)巡査部長
・元六本木のNo.1キャバクラ嬢だった國松友梨(くにまつ・ゆり)巡査
いずれも以前の所属部署でははみ出し者だった連中だが、この5人が各自の特殊技能を駆使し、悪人どもに鉄槌を下していくわけだ。
「なかむら」「てつ」「ゆうじ」「ひで」・・・必殺シリーズのファンならば、この音の響きに ”あの仕事人たち” の顔を思い浮かべるだろう
「第2章 監殺班、起動」では、さっそく彼らの鮮やかな "仕事" ぶりが披露されるのだが、メインのストーリーはその次から始まる。
今回の "仕事" の依頼人は、7年前に自殺した神浜忍警部の未亡人。
警備公安のエリートで、将来が嘱望されていた神浜は、畑違いの生活安全部に異動となる。たたき上げのベテラン揃いの中で新参者の神浜は孤立し、さらに壮絶なパワハラに晒されていった。
神浜の事件の調査を始めたSG班は、そのパワハラの詳細を追っていく。その内容をいちいちここには書かない。本書は、文庫で約480ページほどあるのだが、神浜に対するパワハラ調査は「第3章」~「第5章」まで、およそ270ページにわたる。
つまり本書の半分以上が、神浜へのパワハラの実態描写&調査に充てられているわけだ。だが・・・はっきり言って読んでいるのが辛くなってきて、何度も読むのを止めようかと思ったよ。
その内容は、とにかく凄まじいの一言。よくもまあこんなにえげつない手段を次から次へと繰り出してくるものだと、驚かされる。
これはフィクションなのか?
それとも実際にある(あった)ことを題材に書いているのか?
もちろん誇張はあるのだろうが、話半分、いや一割だって、とんでもない内容だ。警察官希望の若者が本書を読んだら、100人中99人が考え直すんじゃないかなぁ。
そして、神浜へのパワハラには、その根底に巨大な "陰謀" が潜んでいたことが明らかになっていく。神浜は、その陰謀を実現するための人身御供だったのだ。
とは言っても、”始末” するかどうかを決めるのはSG班ではない。
"仕事" の前には "医局" と呼ばれる組織による審査が行われる。これは "裏公安委員会" とも呼ばれるもので、3人の "有識者" からなる。この3人が "処分" の最終決定を下すわけだ。
そして、彼らの "裁定" を受けたSG班は、出動の時を迎える。
「晴らせぬ恨みを晴らす」ために。
冒頭に、本書は現代版 "必殺仕事人" だと書いた。それは基本的に間違ってはいないのだけど、1時間の枠で起承転結となるTVドラマと違って、本書は神浜へのパワハラシーンがかなり長く、かつものすごく重いので、TVドラマのような爽快感やカタルシスは感じにくいと思う。
作者が元警察官のせいか、警察内部での陰湿なパワハラシーンが延々と、微に入り細をうがつような詳細さで描かれ、(物語として必要なプロセスなのはわかるのだけど)読者の不快感と怒りをどんどん煽っていく。
このあたりが我慢できるかどうかが本書の評価になるかなぁ。あまりに辛くて、途中で読むのやめちゃう人、多そうな気がするんだけど。
タグ:サスペンス
未来のおもいで 白鳥山奇譚 [読書・SF]
評価:★★★☆
熊本県の白鳥山を登っていた滝水浩一(たきみず・こういち)は、美しい女性・沙穂流(さほる)と出会う。
一目で彼女に心を奪われてしまった浩一。だが、沙穂流は彼とは異なる時間を生きる人だった・・・
九州脊梁の中央部に位置する白鳥山は、訪れる人も少なく、秘境のイメージを保つ山だった。
主人公・滝水浩一は広告デザイナー。その日、白鳥山を登っていたところ、突然の雨に遭遇、登山道から外れた場所にある洞窟に避難するが、そこで沙穂流という女性に出会う。
浩一は湯を沸かして、持参したコーヒーを振る舞い、沙穂流と会話を交わす。彼女に惹かれるものを感じていたが、やがて雨の勢いも弱まり、彼女は立ち上がる。
彼女との縁を途絶えさせたくない浩一は、とっさに彼女にリュック・カバーを貸す。彼女は礼を言って去って行った。
浩一もまた出発しようとしたとき、洞窟の中で手帳をみつける。それは彼女が置き忘れたものだった。
手帳から "藤枝沙穂流" というフルネームと現住所を知った浩一は、手帳を届けに行く。そこには藤枝サチオと詩波流(しはる)という若い夫婦が住んでいたが、沙穂流という人は知らないという。
手帳の内容を調べた浩一は、驚くべきことを知る。彼女の書いたメモの日付は2033年だったのだ。浩一の生きているのは2006年。そして気づく。
沙穂流は、藤枝夫婦の間にこれから生まれる娘ではないのか?
浩一は、沙穂流と出会った洞窟を再訪する。そこで一通の手紙を見つける。それは27年後の未来の沙穂流から届いたものだった。
彼女にとっても、浩一は忘れがたい存在になっていた。リュック・カバーの記名から浩一の名を知った沙穂流は、彼に届くことを願って手紙を書き、洞窟に置いたのだった。
物語は、"時の洞窟" を介した奇妙な "文通" を挟みながら、浩一と沙穂流、双方の恋情が綴られていく・・・
ネット時代になって、紙に書いた文字で想いを伝え合うなんて文化はほぼ絶滅したんじゃないかと思うのだけど、会えないし話もできない、もちろんメールもLINEも通じないという、こんなシチュエーションのもとなら、手紙は実に魅力的なツールに感じられる。
沙穂流さんの書く文章が、2030年代の女性にしては、すごく古風で奥ゆかしく思える(私には昭和30~40年代くらいの言い回しに感じられる)けど、本書の雰囲気には、そのほうがあってるとも思う。
でもまあそれは、私がオジサンだからかも知れない(笑)。
2人の "時を超えた愛" の行く末については、途中でなんとなく予想はついてしまうんだが、それが悪いとは思わない(作者も隠す気はないみたい)。
時間テーマのロマンスSFとしては、王道のエンディングだろう。
本編は文庫で160ページほどとコンパクト。2009年には演劇集団キャラメルボックスで舞台化されているとのこと。
おまけ(なのか分からないが)60ページほどの「シナリオ版」も併録されてる。映画化の話もあったらしいけど実現していないとか。
個人的には、映画よりはNHKあたりで60~90分くらいのドラマにするのにちょうど良い素材かな、とも思う。
11文字の檻 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
ミステリ作家・青崎有吾のノン・シリーズ短編集。ミステリ、公認二次創作、ショートショート、SF、ヴァイオレンス百合小説などバラエティ豊か。
「加速してゆく」
平成17年(2005年)4月25日。JR福知山線で起こった脱線事故を題材にしたミステリ。
この日、出勤途中だった報道カメラマンの植戸(うえと)は、JR尼崎駅のホームで事故発生を知る。急遽タクシーで現場へ向かい、近くの工場の上層階から現場の俯瞰写真を撮り始めた。そのとき、傍らに1人の男子高校生がいることに気づく。彼の行動に不審なものを感じる植戸だったが・・・
この事故のことは覚えてる。JR史上最大の惨事だったらしい。写真で見た現場のあまりの異様さに驚いたことを覚えている。
男子高校生の抱えた "事情" については明言されないのだけど、見当はつく。こちらも平成の終わりくらいからけっこう議論になってる話題ではある。
「噤ヶ森の硝子屋敷」
他のアンソロジーで既読。
噤ヶ森(つぐみがもり)と呼ばれる深い樹海の奥に建てられたのは、ガラス製の館。外壁・内装・屋根・天井・階段、そして家具までも。
宿泊用の客室の外壁以外は透明度抜群の屋敷へやってきたのは、実業家・佐竹を中心とした5人組。しかし到着早々、佐竹は客室で銃殺されてしまう。
現場の窓は内側から施錠され、ドアから出入りした人物も一人もいない密室状態だった・・・
犯人がガラス屋敷を犯行現場に選んだ理由が、ラスト1行で明かされるんだが、この密室トリックは・・・アリかナシかと聞かれたら、ナシかなぁ。
ほとんどバカミスだよねぇ。このオチは。
「前髪は空を向いている」
マンガ『私がモテないのはどう考えてもおまえらが悪い!』の公式二次創作。ちなみに私はこのマンガ、全く内容を知らない(題名くらいは知ってたが)。
巻末にある作者自身の解説に「元ネタ作品を知らない人でも、とりあえずこれだけ知っていれば楽しめます」的な文章が載ってる。でもそれを読んでも、私にはよく分かりませんでした(とほほ)。
「your name」「飽くまで」
どちらも文庫で10ページに満たないショート・ミステリ。短いけれど、ラスト一行できっちりオチをつけてる。
「クレープまでは終わらせない」
地球を守るスーパーロボットは、全高17メートルに及ぶ。戦闘終了後、帰還したロボットを "お掃除" するのは、アルバイトの女子高生2人組。けっこうな肉体労働で、たいへんそうなのだが、そんな中で交わされる軽妙な会話が楽しい。
こんなアニメがあってもいいんじゃないかって思わせる(笑)。
「恋澤姉妹」
主人公・鈴白芹(すずしろ・せり)は、師である音切除夜子(おときり・じょやこ)の仇である恋澤(こいさわ)姉妹を探している。
孤児だった姉妹は、邪な目的で2人を引き取ってきた組織全員を皆殺しにして姿を消した。そのとき姉は10歳、妹は8歳だった。
それ以来、2人は生ける都市伝説となった。腕に覚えのある多くの殺人者が挑んだが、悉く返り討ちにあっていた。現在2人は二十代を迎えている。
案内人のワラビとともに、芹が姉妹の後を追うロードノベル。合間合間に姉妹のエピソードが挿入され、最後は姉妹と芹の対決だ・・・
壮絶かつ凄惨な戦闘描写に驚くが、これが "百合小説アンソロジー" の一編と聞いてさらにびっくり。青崎有吾ってこういうものも書けるんだね。引き出しの多い人だ。
「11文字の檻」
舞台はパラレルワールドの日本(と思しき国)。その国は先制攻撃で大陸へ侵攻、〈東土帝国〉と名を変え、暴走と進撃を続ける。
一方国内では、徹底的な思想弾圧が行われる。主人公・縋田(すがた)は官能小説家だったせいか、捕まって収容所に入れられてしまう。
収容所には奇妙な決まりがあった。「(日本語で)11文字のパスワードを当てたら、収容所から出ることができる」というもの。パスワードの条件は "凍土政府に恒久的な利益をもたらすもの" だ。当たらなくても、出来の良いものは政府のキャッチコピーとして採用されるらしい(笑)。
パスワードは1日に1回だけ投稿(部屋の壁に書く)できる。しかし計算上は2297の11乗という天文学的な組み合わせになり、まず当たることはない。縋田は、なんとかパスワードを探り出そうと頭をひねり続けるのだが・・・
最後は、縋田がパスワードを当てて収容所から出るのだろう・・・と多くの人は予想するだろう。だが作者の用意した結末は、その数段上をいく。これには脱帽だ。
プロの作家さんの発想というのは、つくづく凡人のそれとは次元が違うのだなぁと思わせる一編。
シャーロック・ホームズ対伊藤博文 [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★★
時に1891年(明治24年)。ホームズは宿敵モリアーティ教授をライヘンバッハの滝で葬った後、ヨーロッパを脱出した。大津事件でロシアとの間に緊張が高まっていた日本へ上陸したホームズは、枢密院議長・伊藤博文と協力してロシアの陰謀に立ち向かう。
ホームズはスイス・ライヘンバッハの滝で宿敵モリアーティ教授とともに死んだと思われていたが、辛くも生還を果たしていた。しかし、生存が明るみに出ると教授に対する殺人罪に問われる可能性があった。そこでホームズの兄マイクロフトの手引きでヨーロッパを脱出、日本へと向かう。
時に1891年(明治24年)。日本は大津事件に揺れていた。日本を訪問中のロシア帝国皇太子ニコライが、滋賀県の大津で警察官・津田三蔵に切りつけられて負傷したのだ。
ロシアの武力報復を恐れた政府の圧力にもかかわらず、裁判では死刑を回避、津田には無期懲役の判決を下して、司法は独立を示した。
意外にもロシアは裁判結果に対して寛容な態度を示し、賠償請求も武力報復も行わなかった・・・のだが、なぜか裁判の4ヶ月後になって9隻の軍艦を日本へ派遣し、事件を蒸し返すという強硬な態度へと豹変してしまった。
まさにそんなとき、ホームズは日本へやってきた。
ホームズは伊藤博文を訪ねることに。伊藤は28年前(当時22歳)にイギリスへ留学しており、そのとき少年だったホームズと知己を得ていたのだ。
再会した伊藤は50歳。初代内閣総理大臣を辞し、枢密院(天皇の諮問機関)議長を務めていた。
ホームズは伊藤とともに、ロシアが翻意した理由を探るべく調査を開始しするが、そこには意外な陰謀が潜んでいた・・・
ホームズ譚の「最後の事件」と「空き家の冒険」の間の、"3年間の空白" の時期にホームズが遭遇した事件、という設定だ。
”明治の元勲” と呼ばれた伊藤博文でも、相手はなんといってもエキセントリックなホームズさん。いいように引っ張り回されて、てんてこ舞い。もっぱらワトソン役を務めることになる。
とはいっても、伊藤は元気いっぱい。当時の50歳と云えばもう隠居する年頃なのだろうが、政府の仕事も現役バリバリでやってる。
家に帰れば奥方と可愛い娘さんも2人いるのに、女遊びも現役バリバリ(おいおい)。
本書はメインキャラがおっさんばかり(笑)なので、伊藤家のお嬢さんたちの登場シーンは一服の清涼剤。イギリスからやってきた謎の紳士に興味津々な様子が微笑ましい。
タイトルに堂々と謳ってあるとおり、伊藤自身もワトソン役に甘んじてない。かつての留学仲間で、こちらも政府の重鎮となっている井上馨(いのうえ・かおる)とともに、一般庶民に扮して聞き込みに出かけるなど活動的。
老いたりとはいえ、維新の激動をくぐり抜けてきた歴戦の勇士。終盤のアクションシーンでも、流石の大活躍を見せる。
伊藤の行動の根底には、日本を一日も早く列強と対抗できる国にしたい、という想いがある。2年前の1889年(明治22年)には大日本帝国憲法制定(明治憲法)にも関わった人だし。「法治国家」を実現し、欧米から "一人前の国" として扱ってもらえるようにすべく、粉骨砕身の日々だ。
そのためにも、ロシアとの関係悪化は避けたい。彼の国が本気になれば、日本はひとたまりもないだろう。
ホームズと伊藤が突き止めたのは、大津事件の意外な真相であり、それに関わるロシア皇室の秘密。このあたりは、歴史ミステリとしても、とてもよくできていて面白い。
ホームズが「最後の事件」以後の "空白の3年間" に何をしていたのかは、断片的には語られているのだけど、読者が想像の翼を広げる余地はたくさんある。
作者はコナン・ドイルの "原典" の隙間を、日本を舞台に埋めてみせた。とても楽しい作品になっていると思う。ホームズのファンなら読んで損はないんじゃないかな。
楽園とは探偵の不在なり [読書・ミステリ]
評価:★★★★☆
突如、地上に "天使" が降臨し、2人以上の殺人を犯した者を地獄に送り込み始める。それにより、"連続殺人" が世界から消滅する。
心に傷を抱えた探偵・青岸焦(あおぎし・こがれ)は、"天使" が集まる常世島(とこよじま)へと呼ばれる。そこで青岸の目前で展開されるのは、起こるはずのない連続殺人事件だった・・・
5年前のある日、全世界に "天使" が降臨した。"天使" とは呼ばれるが、外見は宗教画等に描かれたイメージからはほど遠い。
表紙のイラストにも描かれているが、コウモリをむりやり人間型に仕立てたような醜悪な姿をしている。濁った灰色の翼で空を飛ぶ。顔はなく、鏡のような輝きをもつ、のっぺらぼうの頭部を持つ。どちらかというと異星人や悪魔と云われたほうが納得できる容姿だ。言葉を発することはなく、"天使" とのコミュニケーションは成立しない。
人間たちの上空を翼を広げて遊弋(ゆうよく)しつつ、殺人を起こした人間を見つけるとわらわらと一斉に取りつく。その足下からは "地獄の業火" が吹き出し、殺人者はその中へ引きずり込まれていってしまう・・・なんとも凄惨な "審判" が行われるわけだ。
しかもそれは、「2人以上殺したとき」という条件付き。"天使" との意思の疎通は不可能ゆえ、「なぜ2人なのか」は謎だ。
ちなみに「殺した人数のカウントのしかた」というのも、よく考えられている。
例えば毒殺事件で、毒を仕込んだ者(A)と、それを飲ませた者(B)が別人の場合、"殺人数1" はAとBのどちら(あるいは両方)にカウントされるのか? とか、医師が手術中に患者が死んでしまったら、それでも殺人にカウントされてしまうのか? とか。
このあたり、作者はけっこう厳密に規定している。いろんな状況がありうるのだろうが、少なくとも本書の中での推理に必要なケースについては、ちゃんと作中で情報公開されている。
ついでに云うと、"天使" の "生態" についても随所で触れられている。これも推理構築のピースになっている。
"天使の降臨" により、連続殺人は激減したが、2人以上殺せば10人でも100人でも同じ、と考える者も出てくるわけで、大量殺人テロが頻発するようになっていく。
本書は、このような異様な状況に変貌してしまった世界を舞台にした "特殊設定ミステリ" である。
主人公の青岸焦は、過去の大量殺人で仲間を失い、心に傷を抱えた身。探偵業もほとんど開店休業だった。
しかし大富豪の常木王凱(つねき・おうがい)から依頼され、彼の所有する常世島へ赴く。そこは多数の "天使" が集まる場所として知られていた。
王凱の屋敷にやってきたのは、代議士、実業家、記者、医師、"天国研究家" なる者、そして使用人たち。青岸を含めて総勢10人・・・のはずが、招かれざる客が一人入り込んで11人に。
そして孤島で起こる殺人事件。それも、複数の人間が死んでいく。"天使" の存在により、不可能となったはずの連続殺人が起きたのだ・・・
「2人殺したらアウト」なら「1人まではセーフ」のはず。ならば、登場人物の半分の5人が殺人者なら、5人まで死者が出るだろう・・・って思うかも知れないが、もちろんそんな安易な結末だったら読者は怒りだしてしまうよね。
だが心配はご無用。ちゃんと納得できる真相が用意されている。最後まで読み終えてみると、犯人の動機を含めて、"この世界" だからこそ成立するミステリだということがわかるだろう。
探偵として生きる気力を失っていた青岸は、この事件を通じて再び立ち上がるきっかけをつかんでいく。相変わらず、"天使" は空を舞っているが、そんな世界でも探偵として生きていくことを選択する。
続編があるのか不明だが、この世界の行く末も気になるし、探偵としての青岸の姿をまた見てみたい気もする。
301号室の聖者 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
笹川総合病院の301号室で医療事故が連続する。病院に対する医療過誤を巡る損害賠償請求訴訟を担当することになった弁護士・木村は、病院関係者、そして入院患者とその家族を対象に調査をするのだが・・・
新米・木村龍一(きむら・りゅういち)とベテラン・高塚智明(たかつか・ともあき)の弁護士コンビが活躍するリーガル・ミステリ・シリーズ第2巻。
笹川総合病院に入院していた85歳の女性・丸岡輝美(まるおか・てるみ)が、食事中に喉を詰まらせ、そのまま昏睡状態になって2ヶ月後に死亡した。患者の娘・凌子(りょうこ)は病院を相手に医療過誤訴訟を起こす。
それを担当することになったのが新米弁護士・木村。彼にとっては初めての医療訴訟だ。さっそく病院へ赴き、当時の状況を調べ始める。
丸岡が入院していた301号室(4人部屋)の、他の患者たちや家族からも、輝美の様子や病院の対応を聞いていく木村。
しかしその一方で、現在の入院患者である池田千枝子(いけだ・ちえこ)、穂積昭子(ほづみ・あきこ)が立て続けに亡くなるという事態が勃発する・・・
タイトルに「301号室」とあるが、実は本書には「301号室」が2つ登場する。
輝美が入院していたのは「西棟301号室」。もう一つは「東棟301号室」だ。木村は最初に病院へ行ったとき、間違えて「東棟301号室」へ行ってしまう。
ちょっと横道にそれるが、同一病院内に同じ数字の病室があるのは医療事故のもとだとも思うのだけどね。私の父が晩年に入院していた病院も東棟・西棟があったけど、病室番号は同一にならないように振ってあったよ。閑話休題。
「東棟301号室」に入院していたのは早川由紀乃(はやかわ・ゆきの)という中学生の少女だった。これをきっかけに木村は彼女と言葉を交わすようになる。
彼女の両親は既に亡く、かなり長期間入院しているせいか、ちょっと浮世離れした雰囲気を持っている。保護者となっている叔母は遠方に住んでいるため、見舞いに来るのは親友と思しき女の子が一人だけ。病院にいる時間が長いだけあって、意外と内部の情報にも詳しかったりする。
彼女の詳しい病状は分からないが、生活自体は普通に行えているようで、近々退院するのだという。
ストーリーは、医療事故関係を中心に、合間に由紀乃のエピソードが挿入されていく。
この手の医療ミステリーでは、えてして病院側が悪者に描かれることが多いが、本書はそういうステレオタイプの物語ではない。
多数の入院患者に対するケアには、限界がある。物理的にもマンパワー的にも。一人の患者につきっきりでの世話はできないのだから。できうる限りの対応をしていても、事故の起こる確率はゼロにはできない。
一方、入院患者、そしてその家族の側にも様々な葛藤がある。長期の入院に伴い、精神的にも経済的にも負担は増していくのだから。
またまた脱線するが、私の妻の両親も晩年は意識不明状態になって入院していた。どちらも、さほど長引くことなく亡くなったので、家族の負担としては大きくなかったのだが、それでも病院の対応に不信感を抱かせるところはあった。訴訟まではしなかったけど。
読んでいて思うのは、弁護士という職業の目的。警察は真実を明らかにすることが目的だが、弁護士の場合は微妙に異なるのかも知れない。
弁護士にとっては、真実も大事ではあるが、それよりも関係者の間の "納得感の最大化" を目標にしてるように思える。争う者の間で、皆が納得できる(受け容れられる) "落とし所" をみつけるというか。
もっとも、人間は感情の動物であるから、理屈では説得できない局面も存在する。そういう点では、青臭い新米で、関係者に対して時には必要以上の思い入れを抱いてしまう木村が、誠心誠意を以て奔走するところに "解決の目" が生まれる、というのは、納得できる展開ではある。
そして、この世には「明らかにしても誰も幸福にしない真実」というものも存在する。終盤、木村はそんな "真実" に遭遇するが、それに対して彼のとった行動は、否定はできないとも思うが、いろいろ考えさせられる。
西棟301号室での連続死の真相も明らかになり、東棟301号室の由紀乃も退院の日を迎える。そしてラストの十数ページに至り、タイトルの「聖者」の意味が明らかになる。
よくできた医療ミステリーであり、よくできたリーガル・ミステリーであり、そして・・・私の涙腺を崩壊させた作品でした。
タグ:国内ミステリ
Another エピソードS [読書・ミステリ]
評価:★★★★
1998年5月。26歳の賢木晃也(さかき・てるや)は死んだ。しかし彼は "幽霊" となって目覚めた。そして、なぜか彼の死が家族によって隠蔽されていることを知る。
そして7月。賢木は一人の少女と "再会" する。彼女の名は見崎鳴(みさき・めい)。彼女は幽霊である賢木の姿が "見える" ようだ。彼女と共に賢木は自分の死の真相を探り始める・・・
夜見山北中学校3年3組には、何年かに一度、クラスの関係者に大量の死者が出るという "災厄" が発生する。そしてそれが "起こる年" だった1998年を描いたのが長編『Another』だ。
その終盤、見崎鳴は一週間ほど夜見山を離れていた。本書は、その間に彼女が遭遇した事件を描いたもの。
語り手の賢木晃也は26歳の青年。両親が遺した〈湖畔の屋敷〉で一人暮らしをしている。姉の月穂(つきほ)は最初の結婚で息子・想(そう)をもうけたが夫と死別。その後、比良塚修司(ひらつか・しゅうじ)と再婚し、娘・美礼(みれい)が生まれた。
1998年5月。賢木は屋敷の中で死亡するが、その2週間後に "幽霊" となって目覚めた。
自分の死亡時の記憶は曖昧だが、修司と月穂が賢木の死を隠蔽しているらしいことを知る。当然、葬儀も遺体の火葬も行われていない。幽霊となった賢木は自分の死体を探し始める。
そして7月。賢木は1年前の夏に知り合った少女と再会する。彼女の名は見崎鳴。オッドアイの彼女には、賢木の姿が "見える" ようだ。
2人は一緒に賢木の死体を探し始めるのだが・・・
幽霊による一人語りという異色作だが、随所に『Another』とのつながりが示される。
例えば賢木自身がかつては夜見山北中学校の3年3組で、『八七年の惨事』と呼ばれるバス事故の生き残りだった。それ故に「夜見山の災厄」現象の影響は賢木自身にも及んでいた。
このあたりは『Another』を読んでおかないと理解できないだろう(前作を読まずに本書を読む人はまずいないとは思うが)。
基本はホラーなのだけど、賢木の周囲には彼の死の隠蔽以外にも不可解な事象が発生しており、ミステリ要素も充分。
「夜見山の災厄」関連で、関係者に起こる特異な現象は前作で示されており、それも踏まえた前提で真相が解明されていく。だから "特殊設定ミステリ" の一種ともいえるだろう。
そして、相変わらず鳴さんはミステリアス。彼女の人物造形が本シリーズ最大の魅力なのは間違いないだろう。
本書は『Another』事件の終了後、鳴が榊原恒一くんに「夜見山にいなかった一週間」の出来事を語る、というシーンから始まるのだけど、彼女の言葉の端々にいろいろ思いを馳せて翻弄されてしまう恒一くんがいちいち可愛い(笑)。
時系列歴には『Another』のスピンオフというか外伝なのだが、本作に登場する比良塚想くんが次作『Another 2001』の主役らしいので、続編ともいえる。
ちょっと先走ると、作者は『Another 2001』に続く作品(完結編らしい)として『Another 2009』を予告している。
ならば、ひよっとするとその主役は想くんの妹の美礼ちゃんかもしれない。年齢的にはその頃に中学3年生になっていそうだから・・・
7人の名探偵 新本格30周年記念アンソロジー [読書・ミステリ]
評価:★★★
新本格ミステリの時代を開いた『十角館の殺人』(綾辻行人)の刊行(1987年)から30周年を記念して、2017年に刊行されたアンソロジーの文庫化。
新本格第一世代の作家7人が「名探偵」をテーマに競演する。
7篇収録なんだけど、うち4篇は短編集や他のアンソロジーで既読だったりする。でも、けっこう忘れているので、いちおう再読した(笑)。
既読作の紹介部分は過去の記事をベースにしてます。
「水曜日と金曜日が嫌い -大鏡家殺人事件-」(麻耶雄嵩)
山中で道に迷った美袋(みなぎ)は、一軒家の洋館に辿り着く。そこは高名な脳科学者・大鏡博士の屋敷で、彼が養子にした4人の男女が逗留していた。博士は既に亡くなり、遺産はその4人が分割相続する。しかし屋敷の離れで大量の血痕が見つかり、やがて死体が・・・
文庫で60ページほどだが、長編なみのネタが仕込んである。でも、登場する "銘" 探偵・メルカトル鮎は語る。
「私は長編には向かない探偵なんだよ」
まさにその通りのスピード解決(笑)。
「毒饅頭怖い 推理の一問題」(山口雅也)
落語の『饅頭怖い』をベースに、その40年後の後日談、という設定。
紺屋から呉服屋に転じた鷽吉(うそきち)は江戸でも有数の大店へと育て上げ、名も大拙(たいせつ)と改めた。還暦を迎えたのを機に、5人の息子から後継者を選ぼうとするが、何者かが毒を仕込んだ饅頭を食べて死んでしまう。そして犯人捜しが始まるが・・・
メタミステリ的な謎解きで真相解明がなされるが、最後のオチはやっぱり落語(笑)。
「プロジェクト・シャーロック」(我孫子武丸)
警視庁でIT関係のデスクワークに就いている木崎は、人工知能に推理をさせることを思い立つ。彼の開発した ”名探偵のAI” をオープンソースとして公開したところ、世界中のミステリ愛好家たちがこぞって改良に取り組み、やがて現実に起きるあらゆる事件に対応できる能力を持つようになる。しかし発案者の木崎が何者かに殺されてしまう・・・
発表当時はSFだったが、今では現実味が増してきたかな。
「船長が死んだ夜」(有栖川有栖)
調査の帰りに立ち寄った温泉地で殺人事件に出会う火村とアリス。元船乗りという経歴から ”キャプテン” と呼ばれていた男が一人暮らしの家の中で刺し殺されていたのだ。
犯行現場から消えていた ”あるもの” を起点にしていくつかの手がかりがするするとつながって、一気に犯人に辿り着く。
謎解きのお手本みたいな作品だ。事件解決後に明らかになる事実が、ミステリに留まらない余韻を残す。
「あべこべの遺書」(法月綸太郎)
イベント企画会社の社長・益田貴昭の住むマンションの8階から男が転落死した。しかし遺体は薬剤師・一ノ瀬篤紀のものだった。そして一ノ瀬の住むマンションの部屋では、益田の服毒死体が発見される。
どちらも自殺と思われたが、現場に残されていた遺書はあべこべだった。遺書が入れ替えられたのか?、人間が入れ替わって自殺したのか?
初読の時は、綸太郞の語る犯行の筋書きがどうにもわかりにくく往生した。こういう状況を成立させるために、かなりの綱渡りをしている印象。
今回再読してみて、さすがに初読時よりは理解できたが、それでもやっぱりわかりにくいなぁ・・・
「天才少年の見た夢は」(歌野晶午)
パラレルワールドと思われる世界の、日本(を模した国)が舞台。
戦争が始まり、大量破壊兵器を搭載した弾道弾で都市部は大損害を被る。天才的な能力をもつ子どもたちを集めたアカデミーでは、少年少女たちが地下のシェルターに逃れる。しかし外部との連絡は途絶し、その中で一人また一人と死者が続いていく。避難した中には名探偵の誉れ高い鷺宮藍(さぎみや・あい)がいたのだが・・・
フーダニット・ミステリなのだが、犯人が明らかになった後にさらにもうひとひねり。本書が刊行された2017年よりも今のほうが、より "オチ" が効いてきそう。
「仮題・ぬえの密室」(綾辻行人)
"新本格30年" を記念するイベントに綾辻行人、法月綸太郎、我孫子武丸が参加する。そこで話題に出たのが、京大ミステリ研の中で行われた "犯人当て" イベントの中で、"幻" と言われるほどのスゴい作品があったという噂。
3人は記憶をたどるがどうにも思い出せない。場所は綾辻邸に移り、妻である小野不由美まで話に加わって、「ぬえの密室」というタイトルまでは出てきたものの、そこから先は、ああでもないこうでもないという状態に。
新本格系の作家さんたちが実名で登場する、ドキュメントっぽい小説。ラスト近くに登場する人物は、新本格を語るなら絶対に外せない人だ。
幽世の薬剤師3 [読書・ミステリ]
評価:★★★☆
異世界「幽世(かくりよ)」に迷い込んだ空洞淵霧瑚(うろぶち・きりこ)は、薬剤師だった経歴を活かして働き始める。彼の開業した薬処に持ち込まれる怪事件に、巫女・御巫綺翠(みかなぎ・きすい)とともに立ち向かう。
ファンタジック・ミステリ・シリーズ第3巻。
今回は中編2本で構成。いずれもミステリ度は高め。
「悪魔を纏う娘」
霧瑚が切り盛りする薬所〈伽藍堂〉に、祓魔師(ふつまし)・朱雀院が現れる。最近、新たな "祓い屋" が現れ、商売あがったりなのだという。
新しい "祓い屋" はエクソシスト(主に西洋系の魔を祓う)だが、無償で行っているために、客がみなそちらに流れてしまっているらしい。
朱雀院と共に、エクソシストを訪ねる霧瑚。現れたのは烏丸倫陀(からすま・りんだ)と名乗る少女だったが、見るからに体調に異常がありそう。
彼女の祓魔法は感応霊媒。感応能力を一時的に増幅する〈霊薬〉を服用し、相手に取り憑いている "怪異" を自分に乗り移らせ、自分の中で "処理" をする、というもの。
しかし倫陀の妹・倫音(りんね)は、霧瑚に訴える。
「姉を、救ってほしい」と・・・
「幽世」では、この世界でのみ起こりうる、いくつかの現象があることが第1巻から示されている。霧瑚はそれを踏まえて、倫陀の「感応霊媒」に隠された秘密を見抜き、それに込められていた彼女の意図を明らかにする。
それで万事収まるかと思いきや、さらにもうひとひねり。〈霊薬〉の正体(これはこちらの世界にも存在する物質)までも暴いてみせる。
特殊設定をきっちり活かしたミステリ。これは上手い。
「錬金術師は賢者の石の夢を見るか?」
生薬の材料となる野草を摘みに、綺翠の妹・穂澄(ほずみ)とともに出かけた霧瑚。2人が森の中の一軒家で出会ったのは年齢不詳で白衣を着た美女。アヴィケンナ・カリオストロと名乗り、錬金術師だという。
錬金術は非金属(例えば鉛)から貴金属(主に金)を産み出そうとする試み(現代科学では不可能と判明してる)を指す。
古代から中世にかけては盛んに研究され、近代化学の源流となったものだ。
しばし錬金術談義を交わすアヴィケンナと霧瑚。薬剤師も化学の素養があるので話は合うようだ。なんと彼女は〈賢者の石〉の錬成に成功し、これを医療に用いているという。
実際、死病に冒された14歳の少女・ミコトのもとを訪れ、〈賢者の石〉の粉末を与えたところ、彼女は驚異的な回復を示したのだ・・・
文庫で120ページほどなんだが、なんと60ページ目あたりから解決篇が始まる。
アヴィケンナと錬金術師、ミコトをめぐる一連の事象について霧瑚の推論(この世界での特殊設定も含めて組み立てたもの)は事態の様相を根底から覆し、意外な真相を導き出す。
今回は綺翠嬢の出番が少ないなあ・・・と思っていたら、霧瑚が窮地に行ったところで颯爽と登場、しっかりと "祓い" の立ち回りシーンも挟み込む。
さらに解決篇の後半が続き、物語が二転三転していくという重層的な構成。
既刊3巻のなかでは、いちばんミステリ風味が "濃い" 作品になっていると思う。
九度目の十八歳を迎えた君と [読書・ミステリ]
評価:★★★★
主人公・間瀬(まぜ)は朝の通勤途中、駅のホームで偶然、高校の同級生・二和美咲(ふたわ・みさき)を目撃する。しかし彼女は高校の制服姿で、18歳のまま。
彼女は、9年前からずっと高校3年生の状態に留まっていたのだ。かつて彼女に恋心を抱いていた間瀬は、その理由を探り始める・・・
間瀬は大手印刷会社で営業職に就いている。ある朝、通勤途中の駅のホームで高校時代の同級生・二和美咲を目撃する。彼女は高校の制服を着て、18歳の時のままの姿をしていた。
仕事での外回りの途中、母校を訪れた間瀬は下校途中の美咲を見つける。彼女の話によると、卒業しないまま高校3年生を繰り返しているのだという。そしてそれは彼女自身の "意思" によるものなのだと。
驚くべきことに、教師やクラスメイトたちは(そしておそらく家族も)そんな美咲の状態に違和感を感じていない。どうやら周囲の人間は、彼女の "状態" を知ると、その瞬間から違和感を感じなくなってしまうらしい。
彼女の "現在の" 同級生・夏河理奈(なつかわ・りな)によると、美咲を18歳に留めておこうとする "何か" が、彼女の心の中にあるらしい。
それは未練なのか、後悔なのか、それとも何かを待っているのか?
美咲の抱える "何か" は、彼女の "最初の" 高校3年生の日々にある。そう考えた間瀬は、かつてのクラスメイトや恩師を訪ね、彼女の高校時代のことを調べ始める。しかしそれは、間瀬自身の高校時代を振り返ることでもあった・・・
いわゆる "特殊設定ミステリ"。いささかファンタジックだが、かつて恋していた少女が18歳のまま時を止めてしまっている理由を探し出し、彼女を再び時の流れに戻そうとする主人公の奔走が描かれる。
そして、本書にはもう一つ大きな謎がある。
周囲の者がみな、美咲の現状を違和感なく受け入れてしまうのに、なぜ間瀬だけが、いつまでも違和感を抱き続けるのか?
ストーリーは現在のパートと高校時代のパートが交互に綴られていく。
過去の間瀬を描いたパートは、多くの読者は自分の高校時代と重ねてみるだろう。いささか面はゆいものがあるし、時には辛さを感じる部分もある。
高校生の間瀬は、何事に対しても思いっきり "空回り" をしていた。有名無実だった部活動、無為に時間を過ごすことへの焦り、誇れるようなことは何もしてないという劣等感。
やがて美咲と知り合い、彼女に恋心を抱いたものの、想いを伝えられない。ついには思い切ってラブレターは書いたが、しかし・・・
高校時代に全く悔いがないと言い切れる人は希ではないか。ならば、読者は間瀬の中に(程度の差はあれ)自分を見ることになるだろう。私もそうだ。彼の抱える閉塞感は私もまた感じていたものだ。
一転して、現在のパートでの間瀬はなかなか立派に成長している。大手印刷会社の営業職で業績も優秀、若手では稼ぎ頭で、後輩からは目標にされる存在になっている。高校時代とは打って変わって、人間関係の構築も上手くなっている。
だがそんな彼でも、高校時代の自分は限りなく情けない "黒歴史" らしい。本書は、現在の間瀬が気力を奮い起こし、かつての自分と向き合う物語でもある。
美咲の ”抱えているもの” の正体に迫れば迫るほど、間瀬自身の苦しさもまた増していくのだが、成長した現在の間瀬はそこから逃げることなく、美咲のためにそれを解決しようとする。
当然ながらラストではすべてが明らかになり、美咲にも間瀬にも、新しい日常がやってくる。本編終了後の2人については、読者はいろいろ想像を巡らせることになるだろう。
あと、余計なことをひとつ。
作中、間瀬が自分の名前をローマ字で書くシーンがある。"MAZE" ・・・なかなか考えさせられる。作者はわかっててこのネーミングにした・・・んだよねぇ。
往年のヒット曲「青春時代」(森田公一とトップギャラン)を思い出してしまうオジサンなのでした(笑)。