SSブログ

自由研究には向かない殺人 [読書・ミステリ]


自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

自由研究には向かない殺人 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/08/24

評価:★★★★


 女子高生・ピップが暮らす街リトル・キルトンでは、5年前に17歳の少女が失踪する事件が起こっていた。交際相手だった男子が自殺したことから、彼が殺害したものとされていた。
 しかしそれに納得できないピップは、自由研究を口実に独自の調査を始める。やがて少女の意外な秘密が明らかになり、容疑者が続々と現れる・・・


 2017年の7月。主人公・ピップは夏休みを迎えた。9月にはグラマー・スクール(日本の高校に相当)の最上級生へと進級する予定だ。
 そして彼女は "自由研究" に取り組むことにした。テーマは「2012年、リトル・キルトンにおける行方不明者(アンディ・ベル)の捜索に関する研究」。

 5年前、17歳の少女アンディが失踪した。その4日後、彼女の同級生で交際相手でもあった少年サリル(サル)・シンの死体が発見された。遺体の状況から彼は自殺したものと判断され、アンディはサルに殺されたとの結論で事件は終結した。

 生前のサルと面識があり、彼の人となりを知っていたピップはそれに納得できず、自らも17歳になった今、独自の調査を始めることを決意したのだ。
 作中では明言されていないが、このあたりの描写から察するに、ピップにとってサルは "初恋の相手" に近い存在だったのかも知れない。

 ちなみに "自由研究" といっても、いわゆる "夏休みの宿題" ではなく、EPQ(Extended Project Qualification)「自由研究で得られる資格」と呼ばれるもので、高校卒業資格のように、れっきとした "資格" が与えられるようだ。しかも題材は自由だ。


 この事件により、シンの一家は殺人犯の家族として周囲から白い目で見られ、苛烈な誹謗中傷に晒されてきた。ピップの ”自由研究” は、彼らの家を訪ねるところから始まる。
 サルの弟・ラヴィの協力を取り付けたピップは、アンディとサルのかつての同級生たち、警官、記者たちへのインタビューを続けていく。

 さらに、現代の高校生らしく、メールやフェイスブックなどのSNSを駆使して情報を集めていく。作中にはメールやテキストメッセージのやりとりが図版として載っていたりする。
 調査の区切りごとにWordで書いたまとめの文章が記される。その最後には浮上してきた容疑者の名が挙げられるのだが、ストーリーが進むにつれてどんどん増えていってしまう(笑)。

 それでも、終盤に入るとだんだん絞られてくるので、地道な捜査から犯人に至るのかなぁ・・・と思っていたら、ラストはきちんと本格ミステリとして着地し、真相とともに意外な真犯人が明らかになる。


 ミステリとしてもよくできているのだけど、それに加えて興味を引くのは、イギリスの高校生たちの生活だ。

 舞台となるグラマー・スクールはそれなりの進学校のようで、ピップ自身もケンブリッジ大学への進学を目指す優等生だし、作中での授業内容もけっこうハイレベルに思える。

 しかし学校外へ出れば、かなりやんちゃな連中もいるようで、友人宅に集まってどんちゃん騒ぎ(”カラミティ・パーティ” と呼ばれる)をしてる奴もいる。
 高校生が集団で羽目を外せば、そこにはレイプなどの性犯罪や、薬物の売買なども発生しうる。作者はそんなダークな面もきっちり描いているし、事件解決の鍵もその中に潜んでいたりする。

 ピップ自身はそういうメンバーとは距離を置いているのだが、手がかりを得るためにあえてそういう "パーティ" に潜入するシーンもあり、読者はけっこうハラハラさせられる。私なんかすっかり親目線で心配してしまったよ(笑)。

 あと驚いたのは、高校生なのに車を乗り回していること。イギリスでは17歳から運転免許が取れるのでおかしくはないのだけど、最初はびっくりした。
 総じて作中に登場する高校生たちの行動は、日本での大学生のそれに近いように感じられる。


 上記のように、ピップの周囲は必ずしも優等生ばかりではない、というか(物語の構成上必要なのだろうが)問題を抱えている者も少なくない。そしてそれは必ずしも本人の責任とばかりは言いきれない。
 家族からの過干渉、あるいは放置、ときには虐待など、複雑で過酷な家庭環境に置かれた者もいる(これもまた事件の背景になってるのだが)。このあたりは洋の東西を問わないようだ。

 ともすれば陰鬱になりそうな要素が多いが、それを救っているのはピップのキャラクターだろう。彼女は極めて明朗快活、そして健やかな少女として描かれている。時には猪突猛進だったりもするんだが(笑)
 父を早くに亡くし、母が再婚した相手はアフリカ系の黒人。その後生まれた弟は、当然ながらピップとは肌の色が違う。しかしそれを当然のこととして育ってきた彼女は、人種や民族の違いによる偏見や差別とは無縁だ。
 物語のキーとなるシンの一家は、姓からも分かるようにインド系だが、サルの弟ラヴィとピップは、物語が進むにつれて信頼関係を深めていく。

 まあ、ときには親友のお姉ちゃんのPCに無断で入り込んで情報収集したり(おいおい)と、”よい子の皆さんはやってはいけないこと” をするんだが、その辺は目をつぶってあげよう(笑)。

 真相に迫っていくにつれて、彼女の周囲もきな臭くなってくる。捜査を中止せよとの脅迫文が届いたり、終盤には実際に身の危険にさらされたりするんだが、それでも、真実に向かって突っ走るピップの冒険から目が離せない。


 本書は『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』と続き、三部作となっている。
 実はこの文章を書いている現在(2023/7/26)、次作『優等生は-』を読み終わってる。こちらも面白いんだけど、物語は本書を超えてダークかつハードなものへとなっている。これを読んじゃうと、完結編となる『卒業生には-』を読みたくなってくる。このあたり、作者はうまいなぁって思ってしまう(笑)。



nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント