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アリバイ奪取 笹沢左保ミステリ短編選 [読書・ミステリ]


アリバイ奪取-笹沢左保ミステリ短篇選 (中公文庫 さ 16-11)

アリバイ奪取-笹沢左保ミステリ短篇選 (中公文庫 さ 16-11)

  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2022/09/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 ミステリ作家・笹沢左保が初期に書いた短編から8編を収録。内容もバラエティに富んていて出来も悪くないけど、やっぱり長編の方が好みかなぁ。


「伝言」
 保険会社の監査課長・芝野が熱海の保養所で死体で発見される。その前日、彼の元へ「楠木」と名乗る女から電話があり、「私は8時、そちらは10時、お間違いなく」という不可解な伝言が遺されていた。そして死体発見と時を同じくして、芝野の同僚の事務員・楠木美保が失踪していた・・・
 文庫で40ページちょっとなのに密度が高い。最後に事件の様相が一変してしまう構成は流石。


「殺してやりたい」
 稲見夕希子は自分を捨てた男・戸部への殺意を秘めて彼のアパートを訪れるが不在。帰りのタクシーに乗ったところ、座席の上に紙片を見つける。そこには「でられない たすけて」と口紅で書かれた文字が・・・
 紙片の出所、そして "何が起こっているのか" を突き止めようとする夕希子の行動が描かれる。魅力的な謎、そしてラストの切れ味もいい。


「十五年は長すぎる」
 昭和21年1月、20歳の明石和子は自分を騙していた恋人・宗方敬一を殺した。殺人の指名手配犯となった和子は逃亡、流転の日々を送ることに。
 時効まであと4ヶ月と迫った日(当時の殺人の時効は15年)、幼馴染みの戸畑信吉と再会する。ずっと和子を愛していたという信吉の言葉に心を動かされ、時効が過ぎたら結婚しようと約束するのだが・・・
 ミステリと云うよりは恋愛サスペンスの趣き。


「お嫁にゆけない」
 チンピラヤクザだった英二は、アパート『富士見荘』の管理人に納まった。しかし女癖は悪く、アパートに出入りしていたクリーニング屋の店員・ケイ子を強姦して愛人にしてしまう。
 ギャンブルに入れ込んだ英二は多額な借金を抱えてしまい、その返済のためにアパートに放火し、保険金を搾取しようと企むのだが・・・
 ラストでの意外な展開、そしてさらにもうひとひねり。


「第三の被害者」
 小菅拘置所から3人の未決囚が脱走し、1人の女性を人質にして住宅地区の資材小屋に立てこもった。事件は速やかに解決したがその2日後、現場近くに屋台を出していた焼き鳥屋の主人が殺される・・・
 立てこもり事件もサスペンスたっぷりなのだが、そこからミステリに引っ張っていくのが上手い。


「不安な証言」
 美沙子は高見俊介と離婚した。しかし彼女から俊介を奪った女・旗江(はたえ)には、姉・清子を殺した容疑がかかることに。美沙子は殺人事件の当日、旗江に電話を掛けていたが、その時刻が旗江のアリバイを左右していることを知る。
 その直後、美沙子の前に現れた清子の夫・昌平は、旗江のために有利な証言をしてくれと頭を下げるのだが・・・
 法廷に立った美沙子が証言をするシーンがクライマックス。その内容も予想を超えてくる。


「鏡のない部屋」
 拝藤美佐は醜女であった。美容整形の医師にも手術を断られるほどの。しかし父親が複数の企業の取締役を勤める資産家であることから、松井田という男に白羽の矢が立ち、結婚が決まった。もちろん彼には十分な "見返り" がもたらされることになっていた。しかし結婚式の夜、新婚旅行先のホテルの屋上から松井田が転落死する・・・
 ある意味、"純愛" の物語なのだが、美佐の妹・利佐が導き出す真相は実に哀しい。


「アリバイ奪取」
 利根川に架かる鉄橋で若い女の死体が発見される。東北線の列車から転落死したものと思われた。その翌日、鎌倉で若い女性の死体が発見される。こちらは強盗被害に遭ったらしい。
 新聞記者の "私" は、どちらの事件にも「久保田豊」という男が関わっていることから、彼の勤務先である太平紙業へ取材に赴く。太平紙業は労働争議でもめており、久保田は社長の一人娘の婚約者であった。当然、彼は労働組合からは目の敵にされる存在だったのだが・・・
 タイトル通り、久保田を含めて容疑者として浮上した3人の男のアリバイを検討していく過程が緻密。鉄道を使ったアリバイトリックなんて、ちょっと懐かしい。



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シン・仮面ライダー [映画]



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 まずはあらすじを、と思ったんだけど wiki を見たらストーリーが全部載ってるのにびっくり。なんだかなぁ。
 とりあえず序盤あたりを中心に、思いつくままに書いてみると・・・


 バイクをこよなく愛する青年・本郷猛(池松壮亮)は、謎の組織 SHOCKER の科学者・緑川弘(塚本晋也)によって、身体にバッタとのオーグメンテーション手術を施されて桁外れの跳躍力と腕力を持つ昆虫合成型オーグメント・バッタオーグとなる。


 実はこの部分は本編中では描かれず、映画は次のシーンから始まる。


 しかし弘の娘・ルリ子(浜辺美波)に促され、彼女とともにオートバイで組織の研究施設を脱出する。クモオーグと配下の戦闘員たちによる追撃を受けるが、猛はバッタオーグに変身、湧き上がるコントロール不能の力で、戦闘員らを瞬く間に惨殺し、ルリ子を救出してセーフハウスに身を隠す。


 このあたりは昭和のTV第一シリーズの雰囲気を濃厚に再現してる。流血シーンがあったのはちょっと驚いたが、これは明確に ”子ども向けではない” という宣言なのか。
 浜辺美波はとにかく綺麗でカッコいい。彼女については、あとでまとめて書く。
 池松壮亮は気弱な青年といった趣き。藤岡弘の演じたものとは真逆のキャラだが、あれを再現しても現代では浮きまくりだろうから、この ”令和の本郷猛” は正解だろうし、私も嫌いではない。


 そこに現れた弘は、猛が生体エネルギー・プラーナの力によって変身する昆虫合成型オーグメンテーションプロジェクトの最高傑作となったことを告げ、その力を個人のエゴではなく人のために使い、SHOCKER と対抗してほしいと語るが、そこに再び出現したクモオーグによって殺されてしまう。
 ルリ子を連れ去ったクモオーグを追って猛はバッタオーグへと変身し、ルリ子からヒーローの象徴として与えられた赤いマフラーを首に巻いて「仮面ライダー」と名乗り、クモオーグを倒す。


 ちゃんと ”仮面ライダー” の名の由来を描いてる。細かいところだが、私は嬉しかったな。


 自らも SHOCKER の一員であったルリ子は語る。
SHOCKER とは
 Sustainable Happiness Organization with
 Computational Knowledge Embedded Remodeling
 すなわち「計算機知識を組み込んだ再造形による持続可能な幸福組織」と名のる、最も深く絶望を抱えた人間を ”救済” するために設立された非合法組織なのだと。そのために、ルリ子の兄で SHOCKER の一員・緑川イチロー(森山未來)は、人間から生体エネルギー・プラーナを強奪し、”ハビタット世界” に魂を送り込んでいる。
 つまり SHOCKER による ”救済” とは、すべての人間を ”ハビタット世界” に送り込むという「人類滅亡計画」であるのだと。


 昭和の時代なら曲がりなりにも通用した「世界征服を企む悪の秘密結社」は、現代では荒唐無稽に過ぎるだろう。”敵” をどう設定するかは、悩むところ。
 本作での SHOCKER は、自分たちが ”人類の幸福を願う正義の組織” として認識しているようだ。終盤でのイチローの台詞にもそれがうかがえる。
 そういえば、庵野監督のアニメ『ふしぎの海のナディア』での敵組織ネオ・アトランティスの総帥ガーゴイル(CV清川元夢)も「我々は悪ではない。善なのだ!」って豪語してたし。
 イチローの遂行しようとしてる内容も、どこぞの補完計画みたいで、そうしてみると「イチロー - 緑川ルリ子 - 本郷猛」の関係は、「碇ゲンドウ - 葛城ミサト - 碇シンジ」の相似形にも見えてくる。
 ここ以外にも、たぶん意図的にやってるのだろうけど、時おりエヴァンゲリオンっぽい雰囲気が感じられる。まあこれが ”庵野監督の持ち味” なのだろう。


 そしてイチローは、ルリ子が猛を伴って自らの元に現れることを想定し、本郷と同様に昆虫合成型オーグメントとなった男・一文字隼人(柄本佑)を用意して待ち構えていた・・・


 1号ライダーと2号ライダーの戦闘シーンは、『シン・ウルトラマン』のウルトラマンvsメフィラスみたいだなって思ったのは私だけ?


 全体を通して「TV第一シリーズの序盤+原作マンガ」が、ベースというか指針みたいになっていると思う。だから、全体的に画面は戦闘シーンを含めて地味め。CGを多用すればいくらでも派手にできるのだろうけど、本作はそっち方面は目指してない。
 私みたいに昭和ライダーの時代から知ってる人間はともかく、平成ライダーあたりから入ってきた人にはかなり異質に感じる作品になってるんじゃないかな。そういう意味では ”観る人を選ぶ” 作品になってるかと思う。私自身は嫌いではないけれど、かといって大絶賛というほどではない。庵野秀明作品だから、そこそこお客さんは入って、赤字にはならないだろうけど。
 監督は続編を作りたいみたい。私も製作されて公開されれば観にいくとは思うけど、さてどうなるか。


 上にも書いたが、浜辺美波はいい。よくぞ彼女をキャスティングしてくれたと思う。ルリ子は感情を表さず、テキパキとやるべきことをやっていくキャラ。まさにクールビューティー。作中ではほとんど仏頂面なんだけど、後半までくるとわずかながら笑顔を見せてくれるシーンがあり、その後の展開では涙腺が緩んでしまった。「仮面ライダー」で泣かされるとは・・・本作は ”浜辺美波を観る映画” だと云っても過言ではない(キリッ)。

 彼女はアニメ映画『HELLO WORLD』(SF)、『金の国 水の国』(ファンタジー)ではヒロインのCVを務め、TVドラマ『アリバイ崩し承ります』・映画『屍人荘の殺人』などのミステリ作品では名探偵役と、サブカル系の作品にもたくさん出てくれる。
 いまは朝ドラにも出てるらしい(観てないけどw)。それも『屍人荘-』で共演した神木隆之介と夫婦役なんて楽しすぎる。
 これからもどんどんアニメや特撮作品に出てほしい俳優さんの一人だ。


 最後に音楽について。
 戦闘シーンに流れるBGMが、まさにTVシリーズで使われたものだったり、そのアレンジだったり。これは予想外だったけど、耳にした瞬間ちょっと感動してしまったのは事実。これは監督の趣味なのだろうけど、昭和ライダーを知る人へのサービスでもあるのだろう。
 エンドロールの途中でも「レッツゴー!!ライダーキック」が流れる。それも藤浩一(子門真人)が歌唱するもの。庵野監督だから「ひょっとしたら流れるかも」とは思ってたが、ホントに流れた。嬉しかったけど、知らない人には「何じゃこれ」って思われないか心配になったよ(笑)。


タグ:日本映画
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バチカン奇跡調査官 秘密の花園 [読書・ミステリ]


バチカン奇跡調査官 秘密の花園 (角川ホラー文庫)

バチカン奇跡調査官 秘密の花園 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 藤木 稟
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/09/21
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 カソリックの総本山、バチカン市国。
 そこには、世界中から寄せられてくる "奇跡" 発見の報に対してその真偽を判別する調査機関『聖徒の座』がある。

 そこに所属する天才科学者の平賀と、その相棒で古文書の解析と暗号解読の達人・ロベルト。「奇跡調査官」である神父二人の活躍を描く第23弾。
 短編集としては6巻目。外伝的な短編3作を収録。


「生霊殺人事件」
 イタリアの保健大臣キエーザが殺害された。現場はローマ郊外の空き家。胸と腹を鋭利な獲物で切り裂かれた凄惨な死体は、椅子に釘で打ち付けられていた。
 これは5年前からイタリアで出没し始め、7人を殺した連続殺人犯・"釘男" の殺害方法と同一だった。しかし "釘男" は昨年、逮捕・収監されたばかりだった。
 そして事件が発覚した日の朝、獄中にいる "釘男" が看守に「キエーザを殺した」と自供し、さらに殺害現場の写真まで所持していたことが判明する。さらに「自分の体から離れた霊体が殺人を犯した」と主張しているのだという。
 この奇妙な事件の解決を命じられたのが、カラビニエリ(国家治安警察隊)のアメデオ・アッカルディ大佐。いままで数々の難事件を解決してきたから、という理由なのだが、実は彼の功績の裏にはローレン・ディルーカという天才的犯罪者の助けがあった。
 「今度こそ自分の力で解決するぞ」との意気込みで捜査するも五里霧中のまま。結局、またまたプロファイラーのフィオナを通じて、ローレンに泣きつくことになる・・・
 "霊体による殺人云々" のカラクリは、まあ見当がつくのだが、安楽椅子探偵としてのローレンとフィオナが容疑者を絞り込んでいく過程が独特で、ここがいちばんの読みどころか。


「エレイン・シーモアの秘密の花園」
 ウォール街で活躍する実業家ルッジェリ。苦学の末に、彼の第一秘書にまで上り詰めたエレインは、いつか "本物のセレブ" になることを夢見ていた。
 ルッジェリは彼女に「ジュリアの弱みを探り出せ」と命じる。ジュリアはヨーロッパ貴族の血を引く正真正銘のセレブで、ルッジェリは彼を脅威に感じていた。
 エレインはフランスへ飛び、ジュリアの執事であるコールマンへの接触に成功、屋敷へ招待されることに。
 ジュリアとの面会も果たしたエレインは、いよいよ彼の個人情報を得るために使用人の1人・アダンを取り込もうとするのだが・・・
 シリーズを通じての宿敵であるジュリアが、一介の秘書風情に簡単に尻尾をつかませるはずもないので、読む方としては、いつエレインの思惑がバレてジュリアに捕まってしまうのかな? と、いささか意地の悪い読み方になってしまうのは仕方がない。
 もっとも、結末の予想がつく話なのに最後まで面白く読ませるのは流石ではある。


「迷い猫」
 トラットリア(大衆食堂)で平賀の誕生日を祝ったロベルト。その帰り道、2人は猫を探す少女ジーナと出会う。猫探しを手伝おうと、2人は彼女の自宅へ向かう。
 手分けして探すが猫は見つからない。そのさなか、2人はジーナの両親を取り巻く深刻な事情を知る。彼女の父が経営する会社で経理担当者が資金を持ち逃げしてしまい、経営が傾いてしまった。自宅も抵当に入っており、3日後には立ち退かなくてはならない。
 平賀の機転で猫を見つけることに成功するが、ついでにその猫が会社の危機をも救ってしまう(!)という、"ちょっといい" 話。たまにはこんなエピソードもいいね。



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少女は鳥籠で眠らない [読書・ミステリ]


少女は鳥籠で眠らない (講談社文庫)

少女は鳥籠で眠らない (講談社文庫)

  • 作者: 織守 きょうや
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 主人公・木村龍一は、仕事の中に理想を求めるような、青臭さの残る新米弁護士。相棒の高塚は、酸いも甘いも噛み分けた、そろそろベテランの域に入ろうとしている中堅弁護士。
 このコンビが、持ち込まれた奇妙な事件、不可解な依頼人の行動、その裏に隠されていた意外な事実を解明していくリーガル・ミステリ・シリーズ、第1巻。


「黒野葉月は鳥籠で眠らない」
 21歳の大学生・皆瀬理人(みなせ・りひと)が逮捕された。罪状は、彼が家庭教師をしていた教え子で15歳の高校1年生・黒野葉月(くろの・はづき)に対する淫行だ。木村は理人の弁護を引き受けることに。
 彼が2人に事情を聞いたところ、どうやら理人にはその気は無く、葉月の方が一方的に想いを寄せて彼に "迫っていった" のが真相らしい。しかも途中で親に見つかって "未遂" に終わったという(あれあれ)。
 しかし事情はどうあれ、未成年の相手と "そういうシチュエーション" になってしまえば、現行法では男の方が圧倒的に不利だ。
 葉月の両親は「娘との今後一切の接近禁止」を条件として示談を提案するが、なぜか理人はそれを拒否する。起訴されれば、理人には一生 "前科者" の烙印が押されてしまうにも関わらず・・・
 "優柔不断な草食系の優男" の理人くんと、"果敢な決断と実行力でパワーに満ち溢れた" 葉月さんとの対比が面白い。
 終盤に於ける彼女の行動は意表を突くもの。
「いやぁ、若いってすげぇなァ~」
 葉月さんの突破力が "最後に全部持っていってしまう" 一編だ。


「石田克志は暁に怯えない」
 木村のロースクール時代のクラスメイトだった石田克志(いしだ・かつし)が逮捕された。罪状は住居侵入。しかし侵入した先は彼の父・武徳(たけのり)の家だった。克志の両親は彼が子どもの頃に離婚し、克志は母子家庭で育っていた。
 木村は彼の弁護を引き受けるべく、警察に出向いていく。
 克志は4年前、妻の妊娠を機にロースクールを中退していた。3歳になる子は心臓に障害を抱えており、心臓移植以外に助かる方法はない。しかしそれには数千万円の資金が必要だ。
 資産家である父・武徳に資金援助を求めていったが断られた。それならと家の金庫を狙って侵入し、逮捕されたのだという。
 後日、木村は克志と共に武徳を再訪するが、その場で「これから遺言書を書き換え、克志を廃除する」と宣告されてしまう。”廃除” とは「遺産相続人から外す」という意味だ。
 そしてその夜、武徳が殺害され、克志が犯人として逮捕される。相続権を失った身なのに、なぜ彼は父親を殺したのか・・・?
 今回、克志の行動の目的を解明するのは高塚。同時に、彼の弁護も木村から引き継ぐのだが。このときの彼の台詞がいい。弁護活動を仕事と割り切っている彼なのだが、それだけではない、彼の人間性が垣間見える。
 そして、克志の "父親としての愛情" が胸を打つ。本書の中でもいちばんの感動作だ。


「三橋春人は花束を捨てない」
 木村の行きつけの弁当屋で働く深浦葵子(みうら・あおいこ)。彼女から持ち込まれたのは離婚の相談だった。
 彼女の高校時代の後輩でる三橋春人(みはし・はると)の妻・美紅(みく)が浮気をしているという。春人は結婚生活の継続は不可能と考え、離婚を求めていた。彼の求める条件はただ一つ。1歳の娘の親権をとることだった。
 一般に離婚において父親が親権をとることは難しいそうだ。しかし木村は、夫婦の生活が破綻した責任が美紅にあることを示し、首尾良く親権を勝ち取ろうと奔走するのだが・・・
 終盤に明らかになる春人の思惑には、驚きを通り越して恐ろしささえ感じてしまう。本作は発表年の短編ミステリの傑作として、日本推理作家協会の年鑑アンソロジーにも収録されたもので、ミステリ的な切れ味は本書でいちばんだ。


「小田切惣太は永遠を誓わない」
 小田切惣太は芸術家として成功し、巨大な資産を得ていた。しかし、かつて彼は家族に芸術の道へ進むことに反対され、十代の頃に勘当されたことから現在は関係を断っている。
 四十代となった彼の資産管理を任されたのが高塚だった。木村は彼とともに小田切宅を尋ね、彼と同居する若い女性・瑤子(ようこ)を目にする。てっきり年の離れた妻かと思った木村だが、高塚から彼女は惣太の娘なのだと知らされる。しかし2人の仲睦まじさは、どうみても親娘のそれではない。いったい、どういうことなのか・・・?
 終盤に明らかになるのは、2人の関係に隠された真実。それは瑤子を愛するが故の、小田切の深謀遠慮のもたらしたもの。美しいが、切なく哀しい結末だ。



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