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短編ミステリの二百年5 [読書・ミステリ]


短編ミステリの二百年5 (創元推理文庫)

短編ミステリの二百年5 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/06/21
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

 短編ミステリの歴史を俯瞰するアンソロジー、全6巻の5巻目。

 本書には12編を収録。


「ある囚人の回想」(スティーヴン・バー)[1950]
 年老いた囚人が、新聞記者に過去の事件について語る。19世紀末、ヴィクトリア女王在位60年記念の祭典に沸き立つロンドンで、資産家の家から宝石を盗もうと計画を進めていたのだが・・・。ミステリファンなら途中でネタが分かってしまうが、作者はそれも計算のうちだろう。

「隣人たち」(デイヴィッド・イーリイ)[1968]
 その町に引っ越してきたのは夫婦と子どもの3人家族。しかしなぜか夫婦は近所づきあいを拒み、しかも、子どもの姿を見た者は誰もいない・・・

「さよなら、フランシー」(ロバート・トゥーイ)[1970]
 ジョンの妻レオーナは資産家だが、かなり年上だ。彼は夫婦の住まいから25キロ離れた街にアパートを借り、そこでフランシーという女と過ごすようになっていく。それは ”ある陰謀” の準備のためだった・・・

「臣民の自由」(アヴラム・デイヴィッドスン)[1961]
 政治亡命を僭称してロンドンに逃げ込んだ外国人犯罪者・コマー。しかし生活のためにスパイ紛いのことをしていたが・・・

「破壊者たち」(グレアム・グリーン)[1954]
 不良少年たちのグループが、彼らが ”しょぼくれ” と呼ぶ老人が住む小屋を、壊してしまう。ただそれだけの話(笑)。よく意味が分かりません。何が面白いのかも私には分からないです。

「いつまでも美しく」(シーリア・フレムリン)[1970]
 夫が若い女性にご執心なことに危機感を覚えた41歳の妻は、”永遠の美を保証する” という触れ込みの、怪しげな医者に会いにいくのだが・・・

「フクシアのキャサリン、絶体絶命」(リース・デイヴィス)[1949]
 キャサリンは四十路の未婚女性。田舎町でひっそりと暮らしていたが、愛人のルイスが彼女のベッドの上で急死してしまう。村人たちには彼との仲を隠し通したのだが、彼の遺言書にはキャサリンに大金を贈ると記されていて・・・

「不可視配給株式会社」(ブライアン・W・オールディス)[1959]
 アーサーとメイベルの夫婦の元に、ある日、1人のセールスマンがやってくる。夫婦は彼と ”生涯にわたる賭け” をすることになるのだが・・・。
 タイトルの ”不可視” とは、”形のないもの” という意味。

「九マイルは遠すぎる」(ハリイ・ケメルマン)[1947]
 ”九マイルを歩くのはただごとじゃない。まして雨の中では”。通りすがりに耳にした、このわずかな文章を足がかりに推論をすすめ、意外な状況を引き出してみせる。もはや古典的名作の域。

「ママは願いごとをする」(ジェームズ・ヤッフェ)[1955]
 殺人課刑事の ”わたし” は、母(ママ)と妻・シャーリィとの3人暮らし。ママは類い希な推理力で、”わたし” が担当している事件の真相を解き明かす。刑事の身内が安楽椅子探偵を務めるというのは便利なパターンだなあと思う。

「ここ掘れドーヴァー」(ジョイス・ポーター)[1976]
 史上最悪の探偵(笑)といわれるドーヴァー警部。彼の妻も負けずに我が強い人らしく、自宅の物置小屋に何者かが忍び込んだと強硬に主張する。押し切られてしまったドーヴァーは、部下のマクレガー部長刑事を呼びだすのだが・・・

「青い死体」(ランドル・ギャレット)[1965]
 科学の代わりに魔術が基礎技術となって発展した世界を舞台にしたミステリ。死亡した貴族を葬るために棺を新調したが、その中には既に死体が入っていた。しかも全身を青く染められて・・・。現代の日本では、”特殊設定ミステリ” は広く書かれるようになってきたが、この頃はどうだったのだろう。


 ミステリとして面白いと思ったのは「ある囚人の回想」「さよなら、フランシー」「フクシアのキャサリン、絶体絶命」「九マイルは遠すぎる」「ママは願いごとをする」かな。おお、5作もあったぞ(おいおい)。

「青い死体」は今ひとつよく分からなかった。私のアタマの出来が悪いせいか。

「隣人たち」「いつまでも美しく」はある種のホラー、
”奇妙な味” の「不可視配給株式会社」。

「臣民の自由」はスパイもののパロディ、
「ここ掘れドーヴァー」は探偵ミステリを茶化してるみたい。

そんな中で「破壊者たち」はミステリとは思えず、面白いとも思えませんでした。やっぱり選者の方と私の間には、埋められない溝があるようです(笑)。


 このシリーズも残り1冊。
 ここまで、思ってたよりも(私の考えるところの)ミステリが少ない。
 さて、ラストにはどんな作品が待っているのでしょうか。
 まあ、ミステリではなくても、楽しく読めればそれでいいのですが。



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死神の矢 [読書・ミステリ]


死神の矢 (角川文庫)

死神の矢 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/02/22
  • メディア: 文庫
評価:★★★

 横溝正史復刊シリーズの一冊。
 表題作の長編と、短編を一作収録している。


「死神の矢」

 考古学者にして弓の収集家で知られる古館(ふるだて)博士。妻との間に一人娘・早苗をもうけたが、夫人は交通事故で早世してしまう。
 しかし新たに養育係として雇われた佐伯達子という女性のおかげで、早苗は美しく聡明な女性へと成長し、現在はバレリーナとして活躍している。

 その早苗の前に伊沢透、神部大介、高見沢康雄という3人の求婚者が現れる。だが揃いも揃ってみな道楽者で、品性のかけらもないバカ息子ばかり。こいつらのポンコツぶりも半端ない(笑)。そんな彼らに向かって古館は言う。
「海上に設定した的に向かってヨットの上から矢を射る。みごと的に当てた者を早苗の婿とする」と。

 古館とは旧知の仲だった金田一耕助はそれを聞かされて驚いてしまう。
 古館の愛弟子である加納三郎が早苗に想いを寄せていること、早苗もまた彼を憎からず思っていることを周囲の者たちは察していたからだ。

 言い出したら聞かない父親の気性を知る早苗は、半ば諦め気味。加納くんもまた師匠には逆らえないのか、静観の構えに見える。

 しかし、海上の的に向かって揺れるボートの上から射ることを考えれば、まず当たることはない。古館の提案は ”お遊びの一環” として楽観的に受け止められていた。

 そして古館邸の近くの片瀬海岸で、”競技” が始まった。予想通りに伊沢、神部は的を外すが、なんと高見沢が見事に矢を的中させてみせる。しかしその直後、モーターボートで現れた謎の人物が、3人が使った3本の矢を持ち去ってしまう。

 古館邸に戻った一行が休息を取る中、伊沢の死体が発見される。現場は密室状態の浴室で、遺体の胸には ”競技” で使われた矢が突き立っていた・・・

 毎度のことながら、横溝正史はドラマチックな舞台設定と、登場人物の配置がずば抜けて上手いと思う。それに加えて安定のストーリーテラーぶり。
 密室を始め、多くの魅力的な謎も提示されるが、もちろん事件の根底にあるのは人間の愛憎劇。金田一による解決の後で読み返してみると、冒頭からいくつも伏線が提示されていたのがわかる。


「蝙蝠(こうもり)と蛞蝓(なめくじ)」

 語り手は湯浅順平という学生。
 最近、彼が住むアパートの隣室に引っ越してきた人物が気に食わないようだ。
もじゃもじゃ頭でよれよれの和服姿。”蝙蝠男” みたいなそいつの名は、金田一耕助という。

 もう一人、湯浅が気に食わない人物が、アパートの裏手の家に住む女、お繁(しげ)だ。終戦直後に仕出かした悪事で夫が逮捕され、今は一人暮らし。ため込んだ着物を切り売りして生活しているようだ。毎日縁側に机を持ち出し、めそめそ泣きながら筆で何やら書き物をしている。湯浅は彼女を ”蛞蝓女” と呼んでいた。

 湯浅は鬱憤晴らしのために小説を書き始めた。自分が蛞蝓女を殺し、その罪を蝙蝠男になすりつける、という話だ。
 しかし本当にお繁が殺されてしまう。捜査の中で湯浅の書いた小説も警察に没収され、彼に殺人容疑が降りかかってくる・・・

 登場人物の一人が語り手になる ”金田一もの” はいくつかあるが、金田一耕助をこういうふうに描いたのは他にないかな。
 湯浅からすれば悪夢のような展開だけど、そこから救い出してくれたのが、さんざん嫌っていた金田一という皮肉な展開に。
 湯浅視線ではけっこうドタバタでユーモラスではあるが、事件の真相は意外に凶悪なもの。



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ドアを開けたら [読書・ミステリ]


ドアを開けたら(祥伝社文庫 お23-2)

ドアを開けたら(祥伝社文庫 お23-2)

  • 作者: 大崎 梢
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2022/04/15
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 主人公・鶴川佑作(つるかわ・ゆうさく)は54歳。独身で横須賀のマンションで一人暮らしをしている。”ある事情” で仕事を辞め、現在は無職。近くマンションを引き払って郷里に帰るつもりでいる。

 同じマンションの住人・串本英司は70歳を超えているが、佑作は親しくつきあってきた。
 引っ越しの準備もほぼ終わり、串本から借りていた雑誌を返そうと部屋を訪ねた佑作は、そこで彼の死体を発見してしまう。
 外傷はなく、事故死か病死か、はたまた殺人なのかも判然としない。

 驚いて逃げ出した佑作だったが、その様子を撮影していたのが高校生の佐々木紘人(ひろと)だった。佑作は紘人に脅され、串本の部屋に戻って ”手帳” を回収する羽目に。

 翌朝、警察に通報することを決めた佑作は、「第一発見者」になるために紘人とともに再び串本の部屋を訪れるが、なんと死体は消えていた・・・

 独身で、世界中を旅して廻ってきた串本。悠々自適の余生を送っていたはずの彼は、どのような状況で死に至ったのか? そして彼の死体を隠したのは誰か?

 佑作と紘人はその謎を解くため、串本の私生活を探り始めるのだが・・・


 探偵役は40歳近い年齢差がある2人。いわゆる ”バディもの” である。対立と反感から始まった関係が、次第に世代を超えた深い絆へと変わっていくのが読みどころだろう。

 ”ある事情” で仕事を辞めた佑作。紘人もまた、学校で ”何か” があって不登校になっていることが明らかになる。
 社会から、学校から、ドロップアウトしかかっている2人だが、串本の事件を通じて、彼らは自らの居場所を取り戻していく。

 串本の意外な私生活が明らかになっていくのは予想の範囲内だが、それに加えて、彼には別の犯罪の容疑がかけられていたことも判明する。
 そちらの ”事件” は、物語の冒頭から伏線は張られているので、気がつく人も多いだろう。果たして串本は ”犯罪者” だったのか・・・?

 終盤では、”事件” の真相が明かされるのだが、その中心人物の正体はかなり意表を突く。映画やドラマではよくあるのかも知れないけど、まさか○○○の○○が○○○を○○○○なんてねぇ・・・ビックリだよ~!(笑)

 明らかになった串本の私生活には、悲哀を感じる部分もあるけれど、彼は彼なりに幸せだったのだろうとも思える。私も数年後には彼の年齢に達するわけで、他人事とは思えない。

 すべての物語が終わった後、佑作と紘人にも新しい未来が提示されて、読後感はすこぶる良い。やはり大崎梢は素晴らしい作家さんだ。



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異動辞令は音楽隊 [映画]

 阿部寛さんは好きな俳優さんです。ですから期待して観に行きました。
 で、その結果は・・・うーん、つまらなくはなかったけど、事前の予想とはかなり違ってましたね。あと、いろいろモヤモヤしたこともあって。
idojirei.jpg

 そのあたりは後で書くとして、まずは映画の紹介から。
 以下は公式サイトの文章の転載です。


 犯罪撲滅に人生のすべてを捧げてきた鬼刑事・成瀬司(阿部寛)。
 だが、コンプライアンスが重視される今の時代に、違法すれすれの捜査や組織を乱す個人プレイ、上層部への反発や部下への高圧的なふるまいで、周囲から完全に浮いていた。
 遂に組織としても看過できず、上司が成瀬に命じた異動先は、まさかの警察音楽隊! しかも小学生の頃に町内会で和太鼓を演奏していたというだけで、ドラム奏者に任命される。
 すぐに刑事に戻れると信じて、練習にも気もそぞろで隊員たちとも険悪な関係に陥る成瀬。だが、担当していた強盗事件に口を出そうとして、今や自分は捜査本部にとって全く無用な存在だと思い知る。
 プライベートでも随分前に離婚、元妻と暮らす高校生の娘にはLINEをブロックされてしまう。
 失意の成瀬に心を動かされ手を差し伸べたのは、〈はぐれ者集団〉の隊員たちだった。音楽隊の演奏に救われる人たちがいることを知り、練習に励む成瀬と隊員たち。
 ところが、彼らの心と音色が美しいハーモニーを奏で始めた時、本部長から音楽隊の廃止が宣告される・・・。


 阿部寛をはじめ出演する俳優陣がいかに楽器の練習に打ち込んだかとか、演奏シーンの出来が素晴らしいとか、けっこう評判はいいようです。
 また、意に沿わぬ異動で意に沿わぬ仕事に回され(私にも経験がある)、家庭も崩壊し、ふてくされた男が、ゼロから再生を果たしていくドラマとしてもよくできていると思います。

 そのあたりの好評な感想については、ほかのSNSにもたくさん上がってると思うのでそちらに当たっていただいて・・・

 私は、この作品を観ていてモヤモヤするところがありました。
 主なものは三つ。それを書いて見ようと思います。
 いちゃもんをつけようという意図はないのですが、この映画を気に入った方には不快に思われるかも知れません。あらかじめお断りしておきます。


 一つ目は主人公の描き方について。

 「涙と笑いの人生大逆転エンターテインメント」これがこの映画のキャッチコピーなんですが、「笑い」の部分は少ないように思います。
 TVの番宣なんか見てると、コメディ部分を前面に出してるみたいに感じましたが、映画はシリアス要素が予想外に大きくて、笑えない要素が多々。

 冒頭から描かれるのはアポ電強盗。一人暮らしのお年寄りを狙うグループで、犯行の凶悪ぶりには恐怖とともに怒りを覚えます。
 そしてそれを主役の成瀬刑事(阿部寛)が捜査するのですが、これがまた粗暴で高圧的な人間にしか見えません。
 怪しいチンピラには容赦なく暴力を振るう、上司には楯突く、同僚後輩には暴言の嵐。パワハラで告発されるのももっともです。
 家庭も顧みないので妻は去り、娘とも連絡が取れない状態に。昭和の映画やTVドラマでは存在が許されたかも知れませんが、令和のこの時代ではレッドカードで一発退場でしょう。
 異動させられた音楽隊でも嫌々やっているのが丸見えで、ハッキリ言って、観ていて全く感情移入できない人物になってます。
 そしてこの状態が映画の冒頭から1/3くらいまでは続きます。

 その彼が、中盤からは自分の境遇を受け入れて変わっていきます。
 もちろん、”更生”(笑) した後の成瀬はとても魅力的な人物に変貌します。観客はここに来てやっと安心することができますが、そこにいくまでが私にはかなり長く感じました。


 二つめは警察音楽隊の描き方について。

 成瀬が異動した音楽隊は、ほとんどの隊員が他の業務(交通課や機動隊、自動車警ら隊など)との兼務。だから隊員が全員揃わないことも多く、フルメンバーでの練習もなかなかできません。

 ネットで検索したら、大規模な自治体(=警官数も多い)では、音楽隊員は専属のようです。例えば神奈川県の警察音楽隊は年間で160回も演奏活動してるってあったので、そもそも兼務なんて不可能でしょう。
 映画みたいな、他の業務と兼務している音楽隊は小規模自治体(=警官数が少ない)に多いようです。

 でも、兼務音楽隊を ”はぐれ者の集まり” みたいに描くのは如何なものでしょう。音楽隊への熱意についても濃淡があり、成瀬のように必ずしも音楽隊希望でない者もいて、仲間同士での諍いも絶えません。
 まあ、そういう ”寄せ集め” が次第にまとまっていき、終盤で大きな働きをする、って展開が映画としては盛り上がる、ってのは分かるつもりですが。

 でも実際、警察官の業務を兼任しながら音楽隊をやるのは、時間のやりくりはもちろん、とてつもない熱意と努力と滅私奉公が必要なのではないかと推察します。この映画での兼務音楽隊の描き方は、現場の音楽隊員さんからすれば不本意なのではないかと心配になってしまいました。
 まあラストでは音楽隊が大活躍するのでそれでOK、ということなのでしょうけど・・・


 そう思った理由の一つは、先日『新任巡査』(古野まほろ・新潮文庫)という本を読んだことにあります。
 元警察官で、交番勤務を振り出しに最後は警察大学校の教官まで務めた著者によるミステリなんですが、内容の2/3くらいは新人警官の交番勤務における研修の日々を描いたものです。これだけでも警察官の仕事が如何に激務なのかがよく分かります。
 この本を読むと、業務内容によって仕事量に多寡はあるでしょうが、それでも警察官が兼務をするというのは並大抵のことではなかろうと推察されます。


 三つめは、映画のラストについてです。未見の人はご注意を。


 映画というフィクションに、どこまでリアリティを求めるのかは作品によるでしょう。この作品に対して「法律がどうの」「管轄がどうの」とか文句を言うのは ”野暮なこと” だと百も承知なのですが・・・

 終盤では、アポ電強盗のボスを捕まえる話が展開します。

 観ていてまず思ったのは、これは ”おとり捜査” じゃないのかなぁ?ってことでした。”おとり捜査” にはかなり制約があって、麻薬事件とかごく一部にしか適用されないんじゃ・・・?
 でも、振り込め詐欺なんかでは、電話を受けた一般人を ”おとり” にして犯人を捕まえたって話も聞きますし、このレベルならOKなのかも知れません。

 でも、演奏をしている音楽隊員がステージを離れて ”強盗のボス” の捕縛に繰り出していくのはマズくないですか?
 周りには刑事課の私服警官がいるのに・・・?

 あともう一つだけ。

 ラスト直前、コンサート会場に向かう音楽隊のバスが渋滞に巻き込まれて止まってしまうシーン。かつての成瀬の同僚・坂本(磯村勇斗)が、サイレンを鳴らしながらパトカーで先導して渋滞を突破していきますが、これ、厳密に言ったら職権乱用ですよねぇ。

 法律を守るべき立場の現実の警察だったら絶対やらないことだろうし、マスコミに漏れたらけっこう物議を醸すだろうし、一般市民からもけっこう反感を買うんじゃないでしょうか? まあ映画だからこその演出なのでしょうけど。

 私はこのとき、音楽隊員が楽器を持ってバスを降りて、歩道でチンドン屋(死語)みたいに演奏しながら、沿道の人々と交流しつつ、のんびりと会場に向かう、って展開を予想したんですけど、見事に外れました(笑)。
 まあ、そもそも歩道に人がたくさんいたらできないことだし、これだって厳密に言えば道路交通法違反でしょうけど、コンサートには遅れても一般市民からの反感は遙かに少ないと思うんですけどね。


 映画というフィクションを成立させるには、いろいろ現実に目をつぶらなくてはいけないところがあるでしょう。
 まあ人の評価はそれぞれなので、上記の点が全く気にならない人もいるのは分かります。だけど、私にとっては ”気になってモヤモヤした” 映画でした。


タグ:日本映画
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貸しボート十三号 [読書・ミステリ]


貸しボート十三号 (角川文庫)

貸しボート十三号 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/02/22
  • メディア: 文庫
評価:★★★☆

 横溝正史復刊シリーズの一冊。
 文庫で100ページを超える中編を3作収録している。

「湖泥(こでい)」
 舞台は岡山県の山間のY村。三方を山に囲まれた人工湖を中心に北神家と西神家という二つの旧家が勢力を争っている。
 村の娘・御子柴由紀子と北神家の息子・浩一郎との間に縁談が持ち上がるが、そこへ割って入ったのが西神家の息子・康雄だった。
 両家の綱引きが続く中、由紀子が失踪してしまう。隣村の祭りへ出かけ、その帰りに消息を絶ってしまったのだ。
 村を挙げての捜索が行われ、湖畔の水車小屋から由紀子の絞殺死体が発見される。しかし、なぜか彼女の左目がえぐり取られていたのだ・・・
 横溝作品の中で、『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』など、地方の旧家を舞台にした系列に入るが、中編ながら伝奇的要素も十分でなかなかの読み応え。
 金田一耕助が明らかにする真相では、地方の農村に隠された因習や偏見、そして戦争の影響まで明らかにされる。なにせ、終戦からまだ10年経っていない時代(本作の発表は昭和28年)だからね。

「貸しボート十三号」
 舞台は東京。隅田川の河口に近い浜離宮庭園近くで発見された貸しボートの上には、男女2人の死体があった。女は40代、男は20代。しかも2人とも、首の半分ほどまでノコギリで切断されかかった状態になっていた。そして死因は首の切断ではなく、女は絞殺、男は心臓への刃物のひと突き。
 やがて被害者の身元が判明する。女は中央官僚である大木健造の妻・藤子、男は健造の娘・ひとみの家庭教師でX大学の学生・駿河穣治。
 駿河はX大学のボート部に所属し、ボート競技のチャンピオンでもあった。
 捜査が進む中、駿河と他のボート部員との間に、ある種の ”葛藤” があったことが浮上してくるのだが・・・
 冒頭では、極めて不可解な死体の状況が描かれる。さらに中編にしては多めの登場人物たちが事態を錯綜させる。
 しかし金田一耕助の推理は、彼ら彼女らが事件の夜にとった行動を一人一人明らかにして、”謎の状況が発生した経緯” を綺麗に解き明かしてみせる。
 このあたりの ”交通整理” の巧みさは特筆もので、十分に納得できる。”ベテランの味” とはこういうものをいうのだろう。

「墜(お)ちたる天女」
 東京の中でも交通量の多い交差点。中学2年生の遠藤由紀子は、社会科研究の一環としてクラスメイト3名とともに交通量調査をしていた。
 そこにやってきた一台のトラック。障害物に乗り上げて荷台から箱が滑り落ちてしまうが、そのまま走り去ってしまう。
 落とされた箱の中から発見されたのは石膏の像。その中には女性の死体が塗り込められていた。被害者は浅草の劇場に出ているストリッパー・リリー大木。
 彼女はかねてから自分が同性愛者であることを公言していたが、最近になって中河謙一という芸術家と深い仲になっていて、周囲からは ”墜ちたる天女” と呼ばれてからかわれていたという・・・
 さらに第二第三の事件が起き、金田一耕助が解決に乗り出す。遠藤由紀子から新たな証言を得て、さらに岡山県警の磯川警部が助っ人として登場する。彼が警視庁の等々力警部と対面を果たすのはファンサービスの一環だろう。
 同性愛に対する描写は、現代のLGBTQの観点から見るといささか偏見が過ぎるとも思うけど、本作の発表は昭和29年だからね。当時はそのように見られていた、ということだろう。



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菖蒲狂い 若さま侍捕物手帖 ミステリ傑作選 [読書・ミステリ]


菖蒲狂い (若さま侍捕物手帖ミステリ傑作選) (創元推理文庫)

菖蒲狂い (若さま侍捕物手帖ミステリ傑作選) (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/09/24
  • メディア: 文庫
評価:★★☆

 主人公の ”若さま” は、柳橋の船宿・喜仙(きせん)の奥まった一室に居候していて、宿の一人娘・おいとを相手に毎日酒を飲んで暮らしている。

 名前も出自も不明で、仕事も持っていなさそうなので、どこから部屋代・酒代が出てくるのか不明(笑)。とはいっても、人品卑しからずで、それなりの家に生まれたのではないかと思われる。生活費もそこから出てるのだろう。

 そして時折、南町奉行所与力の佐々島俊蔵や御用聞き(岡っ引き)の遠州屋小吉(こきち)が難事件を持ち込んでくる。俊蔵も、かなり ”若さま” に対して気を遣った物言いをしてるので、裕福な旗本の次男坊か三男坊あたりなのかな。

 そして事情を聞いた ”若さま” は、たちどころに解決してしまう。だって、どの短編も文庫で30ページに満たないから(笑)。

 全部で250編ほど書かれたらしいのだけど、その中から25編が収録されている。

「舞扇(まいおうぎ)の謎」「亡者殺し」「心中歌さばき」「十六剣通し」「菖蒲狂い」「二本傘の秘密」「あやふや人形」「お色検校(けんぎょう)」「天狗矢ごろし」「下手人作り」「命の恋」「女狐ごろし」「無筆の恋文」「生首人形」「友二郎(ともじろう)幽霊」「面妖殺し」

 文庫の惹句には ”伝説の安楽椅子探偵シリーズ” ってあるんだけど、そうでもない。
 俊蔵や小吉から話を聞いたら、ふらりと出かけて事件の関係者に会ったり現場を調べたりと、けっこうアウトドア(笑)な一面もある。
 もっとも、彼のアタマの中では既に解決していて、あくまで証拠固めというか確認のための外出なのかも知れないが。

 上にも書いたように各作品みんな短いんだけど、その中でも興味を引く謎はちゃんと提示される。
 どの作品がどれとは書かないが、誘拐、密室、犯行予告状、凶器の消失、人間消失、不可能殺人、倒叙もの、建物ミステリ、猟奇殺人、毒殺とバラエティに富んだラインナップ。

 あと、現代の目で見たら陳腐なトリックでも、一種の異世界である ”時代ミステリ” の中ではけっこう違和感なく読めるのも面白い。



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連続自殺事件 [読書・ミステリ]


連続自殺事件【新訳版】 (創元推理文庫 M カ 1-13 フェル博士シリーズ)

連続自殺事件【新訳版】 (創元推理文庫 M カ 1-13 フェル博士シリーズ)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2022/02/19
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 創元推理文庫で進行中の改訳シリーズの一編。

 本書は1941年に刊行された作品(邦訳の刊行は1961年)の改訳版となる。とはいっても、カーに『連続自殺事件』なんてタイトルの作品なんてあったかな? 『連続殺人事件』ってのはあったけど・・・って記憶を辿り、本書巻末の解説を見たら、その『連続殺人-』を改題したものとのこと。原題ではそっちの方が正しいらしい。

 旧訳を読んだのは大学時代だったかと思う。内容はさっぱり覚えてないのだけど、「とても面白かった」という記憶は残っていた。
 今回再読してみたけど、当時の感想は間違っていなかった。とても楽しませてもらった。


 舞台設定は1940年頃。
 スコットランドの古城に住む老人アンガス・キャンベルが亡くなり、遺産についてキャンベル家の一族による家族会議が開かれることになった。そこには、かなり遠縁の者たちまで呼ばれることに。

 まずは歴史学者のアラン・キャンベル。35歳と若いが、ユニヴァーシティ・カレッジの教授を務めている。

 彼がスコットランドへ向かう寝台列車の中で知り合ったのが、キャスリン・キャンベル。20代後半と若いが、彼女もまた女子カレッジの歴史学教授。

 こんな若い人たちが教授として大学の教壇に立ってるのは、日本とは大学教育のシステムが違う(「教授」の位置づけが違うとか)のかなとも思ったが、1940年という、第二次大戦中が舞台だったのも影響があるのかな、とも思ったり。

 鉄道会社の手違いで2人はダブルブッキング(同姓だったせい?)となり、目的地まで一晩、同じ客室の中で過ごすことになってしまう。
 仲良くするかと思いきや、2人は大げんかを始めるのだが、その理由は読んでのお楽しみかな。

 このあたりは典型的なラブコメ展開で、物語を通じて2人はだんだんと距離を縮めていくことになる。

 さて、古城に到着した2人はアンガスの死の状況を知る。20m近い高さの塔の、最上階の部屋からの転落死だった。しかも部屋は内側から鍵と閂(かんぬき)で厳重に施錠されていた。
 当然ながら自殺と思われたが、最上階の部屋からは事件直前まで存在していなかったはずの物品が見つかり、何者かの侵入も疑われた。

 そして明らかになったのは、アンガスが様々な事業に投資しては失敗し、財産がほとんど残っていないこと。彼の唯一の ”資産” は、35000ポンドの生命保険のみだった。しかし自殺だと保険金は支払われない。

 ちなみに、当時の35000ポンドって今の日本円でいくら位なのかと思っていくつかサイトを見てみた。それぞれ上下に幅があるのだけど、億単位の金額になりそうなのは間違いないみたい。

 そこで、真相究明のためにギディオン・フェル博士が呼ばれることに。

 しかし、不可解な事件は続く。
 古城の塔では第二の転落 ”事故” が発生し、密室状態の民家の中からはアンガスの知人の死体が発見される。タイトルに ”連続自殺” とあるように、どちらも自殺ともとれる状況なのだが・・・

 アンガスの内縁の妻、アンガスの弟、新聞記者、弁護士、保険会社の社員など一筋縄ではいかなそうな胡散臭い登場人物たちを交えて物語は進行する。
 作中での酒盛りシーンでは、泥酔した者たちによる大騒ぎが描かれる。ラブコメにドタバタと賑やかなのだけど、その中にもしっかり伏線は張ってある。


 今回、塔と民家という2つの密室が登場し、それぞれ別のトリックが使用される。塔のトリックは、実現可能性はどうなのかとも思うのだけど、当時としては斬新なものだったのだろう。

 その辺を差し引いても、ミスディレクションが巧みなのは流石だ。ラストの展開もなかなか意外。フェル博士の ”裁定” も、この物語の締めとしてはアリかと思う。


 さて、旧訳の『連続-』のほうで、ストーリーはサッパリ覚えてないと書いたんだけど、実は ”あるシーン” だけ覚えてた。とても印象的、というかインパクトが大きかったので。
 だから今回はそこが新訳で読めると思って楽しみにしてたんだが、なんとその場面がない! ”それらしいところ” さえ皆無。

 ・・・どうやらカーの別作品と混同していたらしい。いやはや40年前の記憶などあてにならない、ということを改めて思い知った次第。



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ここから先は何もない [読書・SF]


ここから先は何もない (河出文庫)

ここから先は何もない (河出文庫)

  • 作者: 山田正紀
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2022/04/05
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 SFミステリの金字塔として、揺るぎない評価を得ている『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン、1977年)。
 月面で宇宙服をまとった死体が発見され、しかもその年代は5万年前のものと推定される・・・という不可思議な事実が提示され、長大な時間と空間を駆け巡りながらその謎が解き明かされていく。

 しかし本書『ここから-』の巻末の解説(by恩田陸)によると、この名作SFに不満を覚えた山田正紀が、その不満を解消すべく書き上げたのが本書なのだという。その言葉に違わず、こちらも魅力的な謎が数多く散りばめられている。


 日本の宇宙科学研究開発機構が打ち上げた小惑星探査機〈ノリス2〉。目標は小惑星ジェネシス。しかし〈ノリス2〉がジェネシスとランデブーし、小惑星表面の試料採取のために着陸しようと接近を始めた直後、〈ノリス2〉との交信が途絶してしまう。90分後には突然回復するのだが、そのとき〈ノリス2〉の降下する先にジェネシスの姿はなく、代わりに見知らぬ小惑星の姿があった・・・

 ジェネシスは地球から3億キロの彼方。通信には片道17分のタイムラグが発生する。当然ながらリアルタイムの降下制御は出来ないので、〈ノリス2〉は完全自立・完全スタンドアロンのシステムを搭載していた。また、徹底的なセキュリティ対策が施されており、ウイルス等の可能性は考えられない。

 なぜ降下中にシステムはダウンしてしまったのか。そして、90分後に再起動したのはなぜか。何者かの意図によるものならば、その目的は何か。
 そして、消えたジェネシス。小惑星が入れ替わったのか、それとも〈ノリス2〉が移動したのか。しかし時間は90分しかない・・・

 新たな小惑星はパンドラと命名され、〈ノリス2〉はパンドラの表面に降下していく。そして、そこで発見されたのは、化石化した人骨だった・・・

 さらに、〈ノリス2〉がパンドラから地球に持ち帰ったサンプルが、アメリカによって持ち去られてしまうという事態が発生する。


 なんとここまでが前振り(笑)。なるほど、『星を継ぐもの』に負けないくらいの謎のオンパレードだ。そしてメインのストーリーはここから始まる。


 日本政府からサンプル奪還の命を受けた元自衛官・大場卓(おおば・たく)は、プロジェクト・チームのメンバーを集め始める。

 かつての同僚で、世界でもトップ5に入る天才ハッカー・神澤鋭二。彼が本書の中では、ほぼ主人公といえるキャラになる。
 十代と思われる謎の少女・野崎リカ。彼女は鋭二が加わる前からいたメンバーである。

 そして意外なのが次の2名。
 キャバクラ嬢を副業にしている法医学者・藤田東子(ふじた・とうこ)、
 聖職者だった父の遺した教会で暮らしている、元宇宙生物学者・任転動(にんてん・うごき)。本筋に関係ないけど、ふざけたネーミングではある(笑)。

 東子と任転は、こういうスパイ行為には全く縁がない人物。でも、このあたりを読んでると、往年の山田正紀の冒険小説を思い出す。
 素人の集団が、素人ならではの奇策で、プロの敵を翻弄していくという作品も多く書いてきたからね。
 今回はそういう場面はないのだけど、この2人は終盤の ”謎解き” で重要な役割を果たすことになる。


 パンドラのサンプルは ”スノーボール” と呼ばれるデータセンターに運び込まれた。それは沖縄のどこかにある。
 大場のチームは沖縄に向かい、その位置の探索と、そこへの潜入方法を入手すべく活動を始めるが・・・


 『星を継ぐもの』では人類の起源にまで話が広がったが、本書で終盤に向けて明らかになっていくのは生命の起源だ。アミノ酸・タンパク質・DNAなどの生命物質は、果たして地球で発生したものなのか。はるか宇宙の彼方から到来したものではないのか・・・いわゆるパンスヘルミア説だが、本書でもこれについて語られていく。

 ちょっと横道にそれる。今年(2022年)、「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルには、数十種類のアミノ酸が含まれていることが各国の研究機関で確認されたという。アミノ酸は地球外にも存在しているのだ。

 さらに本書の特徴は、生命の起源(過去)のみならず、生命の未来をも描こうとしていることだ。
 生命は何故生まれたのか? 生命は何故進化してきたのか? 人類は何故生まれたのか? そして人類の未来は・・・?


 スノーボールへの潜入を果たしたチームのメンバーたちによって、冒頭で提示された〈ノリス2〉、そしてパンドラ、そして化石人骨を巡る謎は終盤で解明されていく。

 パンドラについては、少なくない読者が「これ以外にないだろう」という解答を思い浮かべるだろうし、実際その答えであってはいるのだが、それでも興味を持ち続けて読んでいけるのは、その解答に至るまでの論理の展開というか ”トリックの段取り” というか、その描写がやはり尋常ではないくらい重層的だからだろう。

 しかし〈ノリス2〉を操作した存在、そして化石人骨の正体については、かなり驚かされるだろう。このあたりはSF作家・山田正紀の本領発揮だ。


 この文章を書いているのは、本書を読み終わって2週間ほど経った時点。
 冒頭にも書いたように、『星を継ぐもの』に触発されて生まれた作品らしいのだけど、今になって振り返ってみると、作者のデビュー長編『神狩り』のラストシーンをちょっと思い出してしまった。
 ひょっとしたら、作者の頭の中にも ”それ” がちょっぴりはあったのかも知れない

 あくまで、私個人の感想ですが。



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バイオレンスアクション [映画]


 まず私は、橋本環奈さんのファンというわけではない(嫌いでもないけど)。それに、原作マンガを読んだこともない、というかそもそもマンガが原作だったということすら知らなかった。

 じゃあ何で観に行ったのかと言えば「なんだか面白そうだったから」以上の理由はない。
 結果はどうかというと、2時間弱の上映時間中、退屈はしなかったし、途中で出ていこうとも思わなかった。
 つまり「それなりに楽しみました」ということなんだけど、観ていていろいろ考えたこともあった。これは後で書くとして、まずは映画の紹介から。
189186_02.jpg


 以下に公式サイトの文章を転載する。ちょっぴり編集してあるけど。

 ゆるふわピンクボブの菊野ケイ(橋本環奈)は日商簿記検定2級合格を目指し専門学校に通っていた。学校帰りのバスでビジネスマン風の青年テラノ(杉野遥亮)と出会い、ケイは胸を高鳴らせながらもいつも通りバイト先へ。
 一見、フツーのラーメン屋だが、その実態は殺し屋。ケイは、指名ナンバーワンの凄腕の殺し屋だったのだ...!!
 キレたら恐い店長(馬場ふみか)、不自然ヘアーの運転手ヅラさん(岡村隆史)、ケイに想いを寄せる渡辺(鈴鹿央士)と孤高のスナイパーだりあ(太田夢莉)がバイト仲間だ。
 この日の依頼は、巨大なヤクザ組織を仕切る三代目組長(佐藤二朗)からある人物を殺して欲しいという内容だった。そのターゲットとは巨大な抗争の渦中にいるヤクザの会計士、バスで出会ったテラノだった・・・。
 そこにケイを狙う最狂の殺し屋みちたかくん(城田優)まで現れて...!?
 菊野ケイ、史上最悪のバイトをどう乗り切る!?


 ヒロイン菊野ケイの仕事は殺しのデリバリー。依頼があった場所まで出かけていって、そこにいるターゲットを ”始末” する。
 殺し屋としての腕はウルトラスーパー級だ。格闘技でも刃物でも銃でも何でもOK、群がる ”標的” をぶち殺しまくり、映画開始5分ほどで画面の中には死体がゴロゴロという惨状が展開する。
 しかもそれをやってのけたのがピンクのヘアでボブカットのお嬢さんなんだから。簿記の専門学校に通い、休み時間には女友達とBLマンガを眺めてキャッキャ言ってる。まあ、そのギャップがこの作品のセールスポイントのひとつなのだろう。

 アクションシーンの演出は、リアリティよりは外連味を重視してる。アニメの画面をそのまま実写化したみたいに感じた。
 殺陣にしても、およそこんなことは不可能だろうと思われるシーンが多々あるし、主人公の撃つ弾丸は百発百中で、敵の弾丸はことごとく外れる。しかも、主人公が身を躱しながら飛んでくる弾丸をすいすいとよけていく。おまえは島村ジョーか、って心の中でツッコんでしまったよ。あ、分からない人は ”サイボーグ009” でググってください(笑)。

 そういう ”主人公補正” はどんな作品にも多かれ少なかれあるものだが、ここまで堂々とやられてしまうと、いっそ天晴れなのかも知れない。
 主人公の人間離れしたアクションシーンもまた、本作のセールスポイントのひとつなのだろう。


 でも、私がこの映画を観ていていちばんモヤモヤしたのはそういうところではなくて、主人公の ”人となり” だった。

 この映画では、主人公ケイの内面についてはほとんど描写されない。原作の方ではどうなのか知らないけど、少なくとも映画の中では語られない。

 大勢の人間を手にかけているのだけど、それについてどう感じているのかは描かれない。何も感じないで平然としているのか、実は悩んでいるのだけど表に出さない(そういうふうには見えないけど)のか。
 ひょっとすると彼女には精神に何らかの問題があって、感情に欠落があるのではないかとすら思ってしまったよ。

 なぜあんな超人的な殺人技を身につけているのかも語られない。ケイの仲間のスナイパー・だりあについては、断片的にだが過去が語られてるけどケイについては皆無だ。
 どうして殺し屋をやっているのかも分からない。始めたきっかけ、続けている理由も不明だ。

 まあ、そういうところにこだわるのが ”昭和の親爺” の悪いところで、若い人はそんなところは気にしないのだろう。
 「20歳の女の子が ”ゴルゴ13” をやってる」。そういう作品なんだ、って割り切って観るべき映画なのかも知れない。


 思ったよりも長くなってしまった。あとは俳優陣についてちょっと語って終わりにしよう。

 組長(佐藤二朗)のおやじギャグは全く笑えない。というか、店長(馬場ふみか)・ヅラさん(岡村隆史)・渡辺くん(鈴鹿央士)あたりを中心とした、観客を笑わせようとする演出はあまり成功しているようにはみえない(おいおい)。

 ゆるふわな主人公側に対して、ヤクザ組織側の演出は暑苦しい。
 木下(高橋克典)、その手下アヤベ(大東駿介)、スナイパー金子(森崎ウィン)。彼らの ”狂犬ぶり” の描き方は申し分ないのだけど、それを上回るのが殺し屋みちたかくん(城田優)。
 彼の怪物ぶりというか不死身ぶりは、さながら「ターミネーター」。シリアスなシーンのはずなのに、彼が登場すると一気にマンガチックな演出になってしまうのはどうしてだろう。原作でもそうなのだろうか、って思ったり。


 主演の橋本環奈さんは熱演してると思う。アクションシーンについてはスタントマンが演じてる部分もあるのだろうけど、本人もけっこう頑張ってるんじゃないかな。
 彼女がメジャーになって露出が増えてきた時、正直ここまでビッグになるとは予想しなかった。
 最近では舞台に挑戦したりと、仕事を(いい意味で)選ばないところも、素晴らしいと思う。



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魔偶の如き齎すもの [読書・ミステリ]


魔偶の如き齎すもの 刀城言耶 (講談社文庫)

魔偶の如き齎すもの 刀城言耶 (講談社文庫)

  • 作者: 三津田信三
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/06/15
評価:★★★★

 怪奇小説作家・刀城言耶(とうじょう・げんや)が探偵役を務めるシリーズの一冊。短編集としては3冊目で、彼が新人作家としてデビューした頃の話を収めている。


「妖服(ようふく)の如き切るもの」
 東京は神保町の隣、白砂坂(しらすざか)。坂道に沿って建つ4軒の家がある。
一番上の家には砂村剛義(つなよし)、一番下の家には砂村剛毅(ごうき)が住んでいる。2人は兄弟なのだが犬猿の仲。そして、いろいろ紆余曲折があって、剛義の息子・昭一は剛毅のもとで、剛毅の息子・和一は剛義のもとで暮らしていた。
 その剛義・剛毅の兄弟が、そろって同じ日、同じ時間帯に喉を切られて殺害される。しかも、ひとつの凶器が両方の殺人に使われていた。
 犯行時刻に、この2軒の間を移動した人物は目撃されていないことから、警察は昭一・和一による交換殺人を疑うが、凶器の受け渡し方法が分からない・・・
 凶器移動のトリック自体はミステリを読み慣れている人なら見当がついてしまうと思うのだけど、言耶による移動方法の検討シーンがなかなかの読み応え。
 物理的方法から心理的盲点まであらゆる可能性を挙げて検討をしていくのだが、内外の有名作品をある程度読んでいる人ほど楽しめるだろう。

「巫死(ふし)の如き甦るもの」
 西東京にある節織(ふしおり)村。そこの旧家・巫子見(ふしみ)家の息子・不二生(ふじお)は、戦争から復員してくると、家業を放り出して巫子見家所有の山にこもってしまい、仲間を集めて集団生活をするようになった。
 やがて自分たちの暮らす ”村” を高い塀で囲ってしまうが、当の不二生が不治の病に冒されていることが判明する。「死んでも必ず復活する」と独自の死生観を語り出した彼の元からは人が去り始め、最後に6人の女性が残った。
 そんなとき、凶悪事件の犯人を追う警察が ”村” に踏み込んだが、どこを探しても不二生の姿はない・・・。
 これも、事件発生までのディテールの積み重ねが分厚い。人間消失ネタは予想がつくのだけど、それでも面白く読ませるのは流石。

「獣家(けものや)の如き吸うもの」
 冒頭では、ある歩荷(ぼっか:山小屋への荷揚げを仕事とする者)の体験談が語られる。大歩危(おおぼけ)山の小屋への荷揚げが終えて下山するが、その途中で深い霧によって道に迷ってしまう。そこで彼が出くわしたのは、洋風の造りで奇怪な動物の彫刻が数多く刻まれた屋敷だった。中に入ったものの、”何か” がいる気配に恐れをなして、そこを逃げ出してしまう。
 次に語られるのは、この歩荷の話を又聞きした学生の話。この怪しい屋敷を見つけようと、大歩危山に登り始める。問題の家を発見したものの、彼もまた屋敷の異様な ”つくり” に恐れをなして逃げ帰ってしまう。
 この2つの体験談を持ち込まれた言耶は、彼らが出会ったそれぞれの屋敷に、決定的な ”構造の違い” があることを指摘する。しかし、同じ山中に、不気味な外見をもつ屋敷が2つもあるはずはない・・・
 建物を扱ったミステリはいくつかあるけど、これも予想はついた。けど自慢は出来ないんだな。なぜかと言うと、似たようなネタを扱った作品を、最近読んだばかりだったから(笑)。

「魔偶(まぐう)の如き齎(もたら)すもの」
 手にした者に幸福と禍(わざわい)を齎すという、”魔偶” と呼ばれる土偶が存在するらしい。骨董収集家の宝亀幹侍郎(ほうき・みきじろう)がそれを手に入れたという情報を聞いた言耶は、編集者の祖父江偲(そぶえ・しの)とともに宝亀家を訪れる。それは4つの出入り口を持つ、卍(まんじ)の形をした ”卍堂” という建物に収蔵されていた。
 その卍堂の中央部で、幹侍郎の身内である吾良(ごろう)が、何者かに殴打されて意識不明の状態で発見される。事件発生時、4つの出入り口にはそれぞれ人がいて現場は密室状態。犯人はその4人の中にいるはずなのだが・・・
 例によって言耶による推理が始まる。4人の容疑者それぞれについて犯人の可能性を逐一検討していく。
 ここがこのシリーズの見せ場なのだけど、今回は見事な背負い投げを食らってしまいました。振り返れば、伏線もきちんと張ってあって。いやもう脱帽です。

「椅人(いじん)の如き座るもの」
 裕福な材木商の家に生まれた鎖谷鋼三郎(くさりや・こうざぶろう)は、家業を3人の姉とその夫たちに譲り、自分は〈人間工房〉なるものを立ち上げた。そこで弟子の折田健吾と共に、一風変わった家具を作り始めたのだ。
 彼の作る家具はいずれも人体をデフォルメしたものばかり。例えば、人間が肘掛け椅子に座った状態をそのままの形で木工家具化したものが、タイトルになっている ”椅人” だ。
 しかし、そんな奇矯な家具が売れるはずもない。〈人間工房〉の維持費は、実家の援助に頼っていた。
 ある日の夕刻、祖父江偲は鋼三郎の元へ取材に訪れる。しかしその最中、実家の社員・元村が訪れて、専務が帰ってこないという。専務の照三は鋼三郎の姉の夫で、金食い虫の〈人間工房〉を巡って以前から衝突していた相手だった。
 鋼三郎によると、照三は朝8時頃にやってきて、午前中は事務室にこもって工房の帳簿を見ていたという。しかし昼に健吾が見に行くと既に姿はなかった。
 元村によると、近所の住人で照三が工房から帰って行く姿を目撃した者はいないのだというが・・・
 言耶が明かす内容は、読んでいてなんとなく頭に浮かんだ内容の、そのさらに一段上をいくもの。しかしまあ、よくこんなことを思いつくものです。


 最後に、本書をこれから読む人にアドバイス。
 「このシリーズを読むのは本書が初めて」って人はそうそういないとは思うのだけど、もしそういう人がいたら、シリーズの他の長編を何冊か読んでから本書にとりかかることをオススメする。そのほうが、より深く楽しめると思うから。



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