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死神の矢 [読書・ミステリ]


死神の矢 (角川文庫)

死神の矢 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/02/22
  • メディア: 文庫
評価:★★★

 横溝正史復刊シリーズの一冊。
 表題作の長編と、短編を一作収録している。


「死神の矢」

 考古学者にして弓の収集家で知られる古館(ふるだて)博士。妻との間に一人娘・早苗をもうけたが、夫人は交通事故で早世してしまう。
 しかし新たに養育係として雇われた佐伯達子という女性のおかげで、早苗は美しく聡明な女性へと成長し、現在はバレリーナとして活躍している。

 その早苗の前に伊沢透、神部大介、高見沢康雄という3人の求婚者が現れる。だが揃いも揃ってみな道楽者で、品性のかけらもないバカ息子ばかり。こいつらのポンコツぶりも半端ない(笑)。そんな彼らに向かって古館は言う。
「海上に設定した的に向かってヨットの上から矢を射る。みごと的に当てた者を早苗の婿とする」と。

 古館とは旧知の仲だった金田一耕助はそれを聞かされて驚いてしまう。
 古館の愛弟子である加納三郎が早苗に想いを寄せていること、早苗もまた彼を憎からず思っていることを周囲の者たちは察していたからだ。

 言い出したら聞かない父親の気性を知る早苗は、半ば諦め気味。加納くんもまた師匠には逆らえないのか、静観の構えに見える。

 しかし、海上の的に向かって揺れるボートの上から射ることを考えれば、まず当たることはない。古館の提案は ”お遊びの一環” として楽観的に受け止められていた。

 そして古館邸の近くの片瀬海岸で、”競技” が始まった。予想通りに伊沢、神部は的を外すが、なんと高見沢が見事に矢を的中させてみせる。しかしその直後、モーターボートで現れた謎の人物が、3人が使った3本の矢を持ち去ってしまう。

 古館邸に戻った一行が休息を取る中、伊沢の死体が発見される。現場は密室状態の浴室で、遺体の胸には ”競技” で使われた矢が突き立っていた・・・

 毎度のことながら、横溝正史はドラマチックな舞台設定と、登場人物の配置がずば抜けて上手いと思う。それに加えて安定のストーリーテラーぶり。
 密室を始め、多くの魅力的な謎も提示されるが、もちろん事件の根底にあるのは人間の愛憎劇。金田一による解決の後で読み返してみると、冒頭からいくつも伏線が提示されていたのがわかる。


「蝙蝠(こうもり)と蛞蝓(なめくじ)」

 語り手は湯浅順平という学生。
 最近、彼が住むアパートの隣室に引っ越してきた人物が気に食わないようだ。
もじゃもじゃ頭でよれよれの和服姿。”蝙蝠男” みたいなそいつの名は、金田一耕助という。

 もう一人、湯浅が気に食わない人物が、アパートの裏手の家に住む女、お繁(しげ)だ。終戦直後に仕出かした悪事で夫が逮捕され、今は一人暮らし。ため込んだ着物を切り売りして生活しているようだ。毎日縁側に机を持ち出し、めそめそ泣きながら筆で何やら書き物をしている。湯浅は彼女を ”蛞蝓女” と呼んでいた。

 湯浅は鬱憤晴らしのために小説を書き始めた。自分が蛞蝓女を殺し、その罪を蝙蝠男になすりつける、という話だ。
 しかし本当にお繁が殺されてしまう。捜査の中で湯浅の書いた小説も警察に没収され、彼に殺人容疑が降りかかってくる・・・

 登場人物の一人が語り手になる ”金田一もの” はいくつかあるが、金田一耕助をこういうふうに描いたのは他にないかな。
 湯浅からすれば悪夢のような展開だけど、そこから救い出してくれたのが、さんざん嫌っていた金田一という皮肉な展開に。
 湯浅視線ではけっこうドタバタでユーモラスではあるが、事件の真相は意外に凶悪なもの。



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