神とさざなみの密室 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
主人公・三廻部凜(みくるべ・りん)は女子大生。学業の傍ら、左翼系政治団体「コスモス」に所属し、政府への抗議活動に参加する日々。しかし、果たして自分たちの ”声” が一般市民に届いているのか、不安を覚えていた。
ある夜、大学の女子寮にいた凜は団体のリーダー・神崎京一郎から呼び出される。しかし、そこから先の記憶が欠落してしまう。
意識を取り戻したとき、彼女はいずことも知れぬ暗い部屋の中にいた。両手首を頭上に縛られた状態で。
もう一人の主人公は、渕大輝(ふち・だいき)。アイドルに入れ込む傍ら(笑)、右翼系政治団体「AFPU」に所属し、こちらもデモ活動に参加していた。
その日のデモの ”打ち上げ” を終えた後、秋葉原のアニメショップを回っていた大輝は、団体のリーダー・鏑木圭の姿を目撃するが、彼もまたそこから先の記憶が途切れてしまう。
監禁された身に恐怖を覚えていた凜のまえに、隣の部屋との扉が開き、若い男が現れる。それは大輝だった。彼もまた、何者かによってこの場所に拉致されてきていたのだ。
そして2人の間には、顔を焼かれた男の死体が横たわっていた・・・
2人のいる場所は厳重に施錠されており、この二つの部屋以外に行き来はできない。もちろん外へ出ることもできない。
思想的に相容れない2人なので、当然ながら険悪な関係に陥ってしまう。しかしここから脱出するためには、お互いの情報を持ち寄り、さらには協力し合わなければならない。
2人の監禁はある意味不完全。なぜなら2人のスマホは ”没収” されていなかったのだ。しかし、警察に知らせると殺人容疑が2人にかかり、ひいては自分たちの所属する団体が疑われてしまう。
2人はそれぞれの ”仲間” と連絡をとり、事態の打開を図るのだが・・・。
ミステリ要素については、申し分ない。冒頭での監禁状況に始まり、次第に深まる謎とサスペンスを通して、意外な真相と犯人に至るまで、流石の出来だ。
探偵役の設定もユニークだが、これは読んでのお楽しみだろう。
しかし、ミステリ要素と並んで本書を大きく特徴づけているのは、主役2人に象徴される「民主主義」をめぐる思想的な対立だ。
2人が拉致されてきた部屋の中で繰り広げる、あるいは作中あちこちで語られるのが、いわゆる ”保守vsリベラル” の非難合戦。
まあその内容は、ワイドショーのコメンテーターが口にしたり、ネットニュースでのコメントにあるようなものが大半なので、特に目新しくはない。
作者もどちらに肩入れするというわけでもないようだ。両方に対して批判的な指摘もしているし。
強いて言えば ”リベラル” にやや軸足を置いてるようにも思えるが、だからといって ”右の人” が読んでも不快になるほどのことはないだろう。
まあそのへんはエンタメだからね。バランスは大事(笑)。
とはいっても、この ”思想の対立” は主役2人を敵対関係に置くための理由づけが主な目的で、これが物語のメイン要素ではない。
そんな中で「ほほう」と思ったのは、序盤で神崎京一郎が語る「多数決」についての話。大学レベルの数式とグラフ(おそらく大多数の読者は理解できないだろう。もちろん私もwww)を用いて、「多数決の結果が正しくはない」ということを ”証明” してみせる。
学生時代に読んだら感心したかも知れないけど、社会人生活も40年を超えた身からすればねぇ・・・。
そもそも多数決というものは「集団の意思決定を行うための方法」であって、「正しい結果を導き出すための方法ではない」からね。
たぶん作者もそのへんは百も承知で、京一郎に長々と語らせてるのだろう。彼の頭デッカチぶりを強調するためなのかも知れない。
あと一点だけ。
巻末の参考文献には民主主義、哲学、行動経済学などのムズカシげな書籍が並んでる。もちろん柔らかめの本もあるのだけど、その中に『銀河英雄伝説』(田中芳樹)があったのには、なんだか納得してしまった。
20代の頃、この本を読んで ”民主主義の何たるか” とか ”リベラル的なもの” とかを知ったのも、いまでは懐かしい記憶だ。
「スペースオペラから ”政治” を学ぶなんて」と思う人もいるだろうけど、当時は私と似たような経験をした人も案外多いんじゃないかな。
もっとも、今読み返したら、また違う感想を抱きそうではあるが(笑)。