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ここから先は何もない [読書・SF]


ここから先は何もない (河出文庫)

ここから先は何もない (河出文庫)

  • 作者: 山田正紀
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2022/04/05
  • メディア: 文庫
評価:★★★★

 SFミステリの金字塔として、揺るぎない評価を得ている『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン、1977年)。
 月面で宇宙服をまとった死体が発見され、しかもその年代は5万年前のものと推定される・・・という不可思議な事実が提示され、長大な時間と空間を駆け巡りながらその謎が解き明かされていく。

 しかし本書『ここから-』の巻末の解説(by恩田陸)によると、この名作SFに不満を覚えた山田正紀が、その不満を解消すべく書き上げたのが本書なのだという。その言葉に違わず、こちらも魅力的な謎が数多く散りばめられている。


 日本の宇宙科学研究開発機構が打ち上げた小惑星探査機〈ノリス2〉。目標は小惑星ジェネシス。しかし〈ノリス2〉がジェネシスとランデブーし、小惑星表面の試料採取のために着陸しようと接近を始めた直後、〈ノリス2〉との交信が途絶してしまう。90分後には突然回復するのだが、そのとき〈ノリス2〉の降下する先にジェネシスの姿はなく、代わりに見知らぬ小惑星の姿があった・・・

 ジェネシスは地球から3億キロの彼方。通信には片道17分のタイムラグが発生する。当然ながらリアルタイムの降下制御は出来ないので、〈ノリス2〉は完全自立・完全スタンドアロンのシステムを搭載していた。また、徹底的なセキュリティ対策が施されており、ウイルス等の可能性は考えられない。

 なぜ降下中にシステムはダウンしてしまったのか。そして、90分後に再起動したのはなぜか。何者かの意図によるものならば、その目的は何か。
 そして、消えたジェネシス。小惑星が入れ替わったのか、それとも〈ノリス2〉が移動したのか。しかし時間は90分しかない・・・

 新たな小惑星はパンドラと命名され、〈ノリス2〉はパンドラの表面に降下していく。そして、そこで発見されたのは、化石化した人骨だった・・・

 さらに、〈ノリス2〉がパンドラから地球に持ち帰ったサンプルが、アメリカによって持ち去られてしまうという事態が発生する。


 なんとここまでが前振り(笑)。なるほど、『星を継ぐもの』に負けないくらいの謎のオンパレードだ。そしてメインのストーリーはここから始まる。


 日本政府からサンプル奪還の命を受けた元自衛官・大場卓(おおば・たく)は、プロジェクト・チームのメンバーを集め始める。

 かつての同僚で、世界でもトップ5に入る天才ハッカー・神澤鋭二。彼が本書の中では、ほぼ主人公といえるキャラになる。
 十代と思われる謎の少女・野崎リカ。彼女は鋭二が加わる前からいたメンバーである。

 そして意外なのが次の2名。
 キャバクラ嬢を副業にしている法医学者・藤田東子(ふじた・とうこ)、
 聖職者だった父の遺した教会で暮らしている、元宇宙生物学者・任転動(にんてん・うごき)。本筋に関係ないけど、ふざけたネーミングではある(笑)。

 東子と任転は、こういうスパイ行為には全く縁がない人物。でも、このあたりを読んでると、往年の山田正紀の冒険小説を思い出す。
 素人の集団が、素人ならではの奇策で、プロの敵を翻弄していくという作品も多く書いてきたからね。
 今回はそういう場面はないのだけど、この2人は終盤の ”謎解き” で重要な役割を果たすことになる。


 パンドラのサンプルは ”スノーボール” と呼ばれるデータセンターに運び込まれた。それは沖縄のどこかにある。
 大場のチームは沖縄に向かい、その位置の探索と、そこへの潜入方法を入手すべく活動を始めるが・・・


 『星を継ぐもの』では人類の起源にまで話が広がったが、本書で終盤に向けて明らかになっていくのは生命の起源だ。アミノ酸・タンパク質・DNAなどの生命物質は、果たして地球で発生したものなのか。はるか宇宙の彼方から到来したものではないのか・・・いわゆるパンスヘルミア説だが、本書でもこれについて語られていく。

 ちょっと横道にそれる。今年(2022年)、「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルには、数十種類のアミノ酸が含まれていることが各国の研究機関で確認されたという。アミノ酸は地球外にも存在しているのだ。

 さらに本書の特徴は、生命の起源(過去)のみならず、生命の未来をも描こうとしていることだ。
 生命は何故生まれたのか? 生命は何故進化してきたのか? 人類は何故生まれたのか? そして人類の未来は・・・?


 スノーボールへの潜入を果たしたチームのメンバーたちによって、冒頭で提示された〈ノリス2〉、そしてパンドラ、そして化石人骨を巡る謎は終盤で解明されていく。

 パンドラについては、少なくない読者が「これ以外にないだろう」という解答を思い浮かべるだろうし、実際その答えであってはいるのだが、それでも興味を持ち続けて読んでいけるのは、その解答に至るまでの論理の展開というか ”トリックの段取り” というか、その描写がやはり尋常ではないくらい重層的だからだろう。

 しかし〈ノリス2〉を操作した存在、そして化石人骨の正体については、かなり驚かされるだろう。このあたりはSF作家・山田正紀の本領発揮だ。


 この文章を書いているのは、本書を読み終わって2週間ほど経った時点。
 冒頭にも書いたように、『星を継ぐもの』に触発されて生まれた作品らしいのだけど、今になって振り返ってみると、作者のデビュー長編『神狩り』のラストシーンをちょっと思い出してしまった。
 ひょっとしたら、作者の頭の中にも ”それ” がちょっぴりはあったのかも知れない

 あくまで、私個人の感想ですが。



タグ:SF
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