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夏への扉 〔新装版〕 [読書・SF]

夏への扉〔新版〕 (ハヤカワ文庫SF)

夏への扉〔新版〕 (ハヤカワ文庫SF)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/12/03
  • メディア: Kindle版
評価:殿堂入り

オールドSFファンなら知らぬ者のない「永遠の名作」の新装版だ。

原著は1957年に刊行され、本邦初訳は翌58年。
訳者は福島正実氏。「SFマガジン」初代編集長だった人だ。

巻末の解説によると、それ以降、出版社が変わったり判型が変わったり
新訳になったりしながら、合計8回も ”新装版” が刊行されている。

それに加えて、国内でのファン団体や出版社主催による
各種の「オールタイムベストSFアンケート」では
1968年から2006年に至るまで、常にベスト3に入り続けているという。
なんと半世紀にもわたって驚異的な人気を保っている作品でもある。

私自身も、高校生の頃には題名だけは知っていた。
「名作」らしいというのは分かっていたが、手に入らなかった。
当時の最新版は「早川書房 世界SF全集 第12巻」(1971年刊行)。
同じ作者の長編「人形つかい」(これも名作!)と合本で1冊というもの。
しかし絶版だったのか、書店にない。
(あっても、高価で買えなかったかもしれんが)

そこで、大学1年だか2年(77~78年)の夏に、神田の古書店を巡って
上記の本を探し回った。見つけたときの喜びは今でも覚えている。
このへんのことは、過去の記事にも書いたなぁ。

 79年の春まで待てば、ハヤカワ文庫版で再刊されるなんて
 そんなことは分からなかったからねぇ・・・(笑)
 ちなみにこの文庫版も購入した。捨ててはいないので
 実家へ行けば、どこかに転がっているはず(おいおい)。

2009年には、小尾芙佐氏による〔新訳版〕が刊行。
コレも買ったなぁ。21世紀に合わせて訳語がアップデートされてた。

しかしそれ以後も、福島正実氏による旧訳版の人気は衰えず、
今回の新装版も福島版だ。実に日本で9回目の新装刊行である。
そしてこれは、実写映画化とのタイアップでもある。

 映画については、6/25に公開されるので、それを観てから書く予定。

前置きが長くなってしまった。内容紹介に入ろう。
オールドSFファンなら説明は不要だろうが、
知らない人も多いと思うので。

致命的なネタバレはしてないつもりだけど、
かなりストーリー(特に後半)に触れているので、
これから本書を読もうという人は、
以下の駄文は読まないことを推奨します。


舞台となる時代は1970年。

 ちなみに、本作は雑誌での初出が1956年だから、
 1970年は ”14年後の未来”。
 今の我々からみたら2035年あたりの感覚か。

主人公ダニエルは天才的な発明家で、飼い猫ピートと暮らしながら
多くの画期的な製品の開発に没頭していた。
物語は、彼の一人称で語られていく。

親友のマイルズ、秘書のベルとともに立ち上げた会社は
順調に成長していき、やがてダニエルはベルと婚約する。

しかし会社の運営方針を巡ってマイルズと衝突、
婚約者のベルにまで裏切られ、ダニエルは会社の権利や
彼の発明品に至るまで全てをだまし取られ、
さらには30年間の冷凍睡眠に放り込まれてしまう。

 この時代、冷凍睡眠技術は実用化され、費用の工面がつけば
 誰でも利用できるようになっている、という設定。
 不治の病を患っていて、未来での医療技術の進歩に期待するという
 深刻な願いをもつ人から、単純に未来世界を見てみたいという人まで
 様々な人々に冷凍睡眠が利用されている。

30年後の2000年に目覚めたダニエルは、
無一文で未来世界に放り出されることになる。
しかも、身につけていた科学技術も30年前のもの。

しかしここでくじけないのが主人公。
奮闘努力を続けて自分の居場所をつくっていく・・・

今回再読をしてみて気がついたのは、1970年と2000年の描写に
けっこうページを費やしていること。

この新装版は文庫で約400ページあるのだけど、
ダニエルが裏切りに遭って冷凍睡眠に放り込まれるまでが約150ページ、
西暦2000年の世界での奮闘を描くのが約150ページという配分だ。

作中でダニエルが考案する発明の数々、
その多くは家庭内の家事労働軽減のための機械。
いまでいうところのルンバみたいなものを考えていたわけだが
ダニエルは最終的に人間型のメカ(ロボット)に行き着く。

 今回の実写映画化では、主人公のダニエルこと高倉宗一郎(山崎賢人)が
 ロボット開発者に設定されているのは、そのためだろう。

そしてまた、未来世界をリアルに描くのも
ハインラインお得意の技で、半世紀以上昔の作品ながら、
未来の描写のいくつかは現代に通じるものもあったりして
今でも読むに耐えるものになっているのは流石だ。

西暦2000年で暮らしているうち、ダニエルは疑問を感じ始める。

自分が発明した機械(及びその改良型)は、
大企業が生産して広く普及しているのだが、どうやら
その会社にはマイルズとベルは関わっていないらしい。

そしてもう一つ。どうしてもリッキーの行方がつかめないこと。

リッキーとは、マイルズの義理の娘で、1970年当時は11歳。
ダニエルとピートのことを慕ってくれる少女だった。

しかしある偶然から彼女の手がかりを得たダニエルは、
その糸をたぐり、ついにリッキーの消息を掴むのだが・・・

このあとダニエルは、ある方法で30年過去の世界、
1970年へとタイムトラベルするのだけど、ページを確認したら
彼が ”跳ぶ” のは、ラストまで100ページを切ったあたり。
なんとなく、彼が時を超えるのは物語の中盤あたりかと
思っていたんだけど、けっこうラスト近くだったんだね。

戻った過去で ”いろいろ” あって、
ダニエルはリッキーとの再会を果たす。
ここでまた数えてみたら、2人のシーンは20ページほど。

物語のあちこちで彼女の名前は出てくるのだけど、ちゃんと登場して
ダニエルと2人だけで会話を交わすのは、ほぼこの20ページのみ。

このわずか20ページの出演で、日本のオールドSFファンの心に
しっかりその名を刻んでしまう「永遠のヒロイン」になろうとは。
作者のハインラインさんも思いもよらなかったでしょうな。

 出番だけならベルの方が圧倒的に多いのだけど
 「ベルがヒロイン」なんて書こうものなら、
 日本中のオールドSFファンから石を投げられますからねぇ・・・

 ちなみに、実写映画で原作でのリッキーに相当する
 松下璃子(りこ)を演じるのは清原果耶嬢。
 原作より年齢を上げて、高校生(18歳くらいか)に設定されてる。
 それでも、当代一の美少女が演じてくれるのは嬉しい限り。
 これだけでも映画館に足を運ぼうという気になる(おいおい)。

2009年に新訳が出たけれど、福島氏の旧訳の方も
根強い人気があるのは、いろいろ理由があると思うのだけど
(実際、今回の映画の「原作」として取り上げられたのは旧訳の方だ)
私からすればただ一点。
この新装版で言えば、372ページのリッキーの台詞にある。

 おそらく、小尾芙佐氏の新訳の方が原文には忠実なのでしょう。
 でも、旧訳の方が心を動かされてしまうのは、
 私が昭和生まれの古い人間だからかも知れません・・・

このあと、物語は絵に書いたような大団円を迎えるのだけど
ラスト近くのダニエルの言葉に、
当時のハインラインの考えが語られているように思う。

「そして未来は、いずれにしろ過去にまさる」
「誰がなんと言おうと、世界は日に日に良くなりつつあるのだ」
「人間精神が・・(中略)・・新しい、よりよい世界を築いていくのだ」

上にも書いたが、本書の初出は1956年。世界大戦は終結し、
まだ米ソの冷戦もそんなに深刻ではなかっただろう。

世界は(少なくとも先進国は)平和で、誰もが楽観的で、
未来に希望を抱ける時代だったのかも知れない。

現在の世界情勢を見てみると、隔世の感もあるが
ちょっと羨ましかったりもする。
1950年代よりも科学技術は格段の進歩を遂げたけど
そのわりに人間は幸せになっていないのかも知れない。

でも、たまにはこんな物語に浸るのもいいんじゃないか?
そして、そんな時代が来ることを願ってもいいんじゃないか?
そんなことを思った。

「主人公が時を超えて過去へ向かう。
 大事に思う女の子を探すため、あるいは助けるために・・・」
そんな作品は、昨今では珍しくなくなってしまったけれど、本書は
(私の知る限り)その「嚆矢」であり「元祖」とでも言うべき作品だ。

 今の若い人の感覚に合うかどうかは分からないけど・・・


もういい加減長く書いてきたのだけど、あと一つだけ。

この駄文を書いているときに思いだしたことがある。
「そういえば、この作品をモチーフにした歌があったな・・・」

その名もズバリ『夏への扉』。歌ってたのは難波弘之という人だった。
ひょっとしてもうお亡くなりかなと思ってwikiで調べたらご存命。
なんと東京音楽大学で教授を務めていらっしゃる。失礼!

 40年も昔の人の名前はすらすら思い出せたのに、
 昨日の晩ご飯のメニューが思い出せないのは何故だ(おいおい)

この曲は難波弘之氏が1979年に発表したアルバム、
「センス・オブ・ワンダー」に収録されてる。
ちなみに作詞は吉田美奈子、作曲は山下達郎。
山下氏自身もセルフカバー版を出していて、
こちらはラジオで聞いた記憶がある。
実家を探せばエアチェック(死語だね)したカセットテープが
どこかにあるはずだが、もうとっくに劣化してるだろうなぁ・・・

さて、実写映画は6/25公開予定。
観にいくつもりなんだけど、公式サイトを見てみたら
けっこう原作から改変されてるみたいなので不安も大きい。
期待しすぎたらがっかりするかも・・・

映画を見たら、記事に上げます。
そしてそれが、私がこの「夏への扉」という作品について書く
最後の文章になるでしょう・・・たぶん?

こんなに長い文章を書いたのは、ヤマト関連以外では久しぶり。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。m(_ _)m


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