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不可逆少年 [読書・ミステリ]


不可逆少年 (講談社文庫)

不可逆少年 (講談社文庫)

  • 作者: 五十嵐律人
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/10/13

評価:★★★★


 狐の面をつけた少女が、監禁した大人を次々に殺害していく動画がネット上に公開された。「私は13歳。法では裁かれない存在。だから、今しかないの」
 家庭裁判所調査官の瀬良真昼(せら・まひる)は、上司の早霧沙紀(さぎり・さき)とともに世間を震撼させた狐面の少女・神永詩緖(かみなが・しお)の事件に関わっていくが。

* * * * * * * * * *

 現行法では、13歳以下の少年に成人と同様の刑罰を科すことはできない。
 ネット上で中継された動画の中で、狐の面をつけた少女は「私は13歳。法では裁かれない存在」と語りながら、監禁していた大人たちを次々に殺害していく。刺殺、撲殺、絞殺、毒殺・・・


 物語は家庭裁判所調査官・瀬良真昼のパートと、茉莉(まり)という女子高生のパートが交互に綴られていく。


 動画の中で面を外し、素顔を晒した少女は当然ながら補導された。彼女の名は神永詩緖、13歳の中学生だった。精神鑑定の後、少年審判のために家庭裁判所に送られた。最終的には鑑別所に収容されることになる。

 本書の最も大きなテーマは「罪を犯した少年はやり直せるか」。
 家庭裁判所の調査官は、彼ら彼女らに向かい合う、いわば "最前線" にいる。
 主人公の家裁調査官・瀬良真昼は、更生は可能だと信じて職務に取り組んでいるのだが、上司の早霧はいささか異なる見解を持っている。
 彼女は、社会的な要因を取り除いても、なおかつ更生不可能な少年が一定数存在する、という立場だ。本書のタイトル『不可逆少年』は、そんな少年たちを指す言葉(もちろん早霧の造語)だ。
 真昼はそんな早霧に時に反発を覚えつつも、ともに神永詩緖の事件に関わっていく。"真昼" という変わった名にも実は理由があり、彼の過去も作中で明かされていく。


 もう一人の主人公である茉莉は旧姓・桜川。母親の再婚により雨田茉莉となった。彼女は定禅寺(ていぜんじ)高校の1年5組に在籍しているのだが、神永詩緖事件の被害者は、みなこのクラスの関係者だった。

 茉莉の義父(母の再婚相手)は刺殺、クラスメイトの佐原漠(さはら・ばく)の父親は撲殺、担任だった教師は絞殺されていた。
 そして同じくクラスメイトである神永奏乃(かの)は、詩緖の姉。詩緖に毒を注射されたが命は取り留めていた。

 茉莉のパートは、茉莉、佐原漠とその兄の砂(すな)、そして神永奏乃が中心となる。ちなみに佐原兄弟は二人併せて 佐原砂/漠、すなわち "サハラ砂漠" というふざけたネーミングになるが、これも兄弟の父親のせいだろう。

 茉莉と佐原兄弟は、義父や父親から虐待を受けており、その模様も語られていく。詩緒に殺された担任教師もまた、かつて一人の生徒を死に追いやったという過去があった。
 つまり詩緒の犠牲となった大人たちにはみな、そういう共通点があった。だから当然のことながら、茉莉たちは大人に対して信頼も期待もなく、あるのは嫌悪感のみ。

 茉莉たちの物語と並行して、朝のラッシュアワーの電車内で女子高生の髪が切られる事件が連続して起こっており、こちらも中盤で茉莉たちに関わってくることになる。それと同時に、茉莉のパートは急展開を見せ始める。


 最終的に真昼のパートと茉莉のパートは一つになる。重いテーマを持った社会派の物語であると同時に、自分の命に価値を見いだせない若者たちが暴走するサスペンスでもあり、そして最終的には本格ミステリとしてもきっちり着地してみせる。

 本書は作者の小説家デビューからわずか二作目なのだが、いくつもの要素を巧みに組み合わせて堅牢な構造物のような物語を紡いでみせる。すでにベテランのような風格さえ感じさせるその堂々とした書きっぷりには驚かされる。

 「罪を犯した少年はやり直せるか」
 これは少年犯罪に関わる者にとっては永遠のテーマかも知れないが、本書の最後の一行に書かれた真昼の台詞が、そのまま作者の答えなのだろうと思う。
 そして読者もまた、この台詞に心を打たれながら本書を閉じることだろう。



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