金木犀と彼女の時間 [読書・ミステリ]
評価:★★★★
主人公で語り手を務めるのは上原菜月という少女。
彼女は過去に二度、不思議な経験をしていた。突然、ループする時間の中に入ってしまうのだ。
気がつくと1時間前の世界に戻っており、それが5回繰り返される。そして5回目の世界で起こったことが ”確定した過去” となっていく。
一度目は7歳のとき、二度目は中学2年生の時。しかしどちらも彼女にとっては辛い経験でしかなく、性格形成にも大きな影響を与えた。
高校に入学した菜月は、周囲から浮くことを極端に恐れ、常に場の空気を読んで目立たないことを心がける生徒になっていた。
そしていま彼女は高校3年生。最後の文化祭を目前にしていた。
本書の前半は、主に文化祭の準備に奔走する菜月のクラスメイトや下級生たちの姿が描かれる。
男子も女子もユニークな人材が揃っていて、かなりの大人数が登場するのだけど、読んでいても迷うことが少ないのはキャラの書き分けが上手いからだろう。
そして迎えた文化祭当日。菜月はクラスメイトの天野拓未(たくみ)から声をかけられる。
「文化祭が終わった後の午後5時、校舎の屋上に来てくれ」
拓未はクラスのムードメーカー的存在で、女子からの人気も一番という明朗快活な爽やか系男子。
約束の時間に屋上にやってきた菜月は、なんとその拓未から想いを告げられることに。
まさかの告白に驚く菜月だったが、次の瞬間、彼女は1時間前の世界に戻っていた。人生で3度目のタイムリープに巻き込まれたのだ。
再び拓未と会うために屋上へ向かおうとした菜月は、衝撃的な光景を目撃する。彼が屋上から転落死するところを。
いったい誰が、どんな理由で拓未を殺したのか?
菜月は残った4回の ”ループ” の中で奔走する。拓未が死なない未来を見つけるために・・・
タイムトラベルとラブ・ストーリーは相性がいいが、そこにミステリが加わる。
さらに回数制限があり、最大でも5時間という ”タイムリミット” が設定されるのでサスペンス性も。これで面白くならないわけはない。
この手の話のお約束で、ループを繰り返しても事態は一向に改善されることなく、”時間” だけが過ぎていき、ラストの1回を残すのみに。
ミステリ的興味もあるけれど、それよりも印象に残るのは ”事件” を通じた菜月の成長だ。
波風立てずに受け身に徹して生きてきた彼女が、”拓未の死” に背中を押されて能動的に行動し始める。そしてそれが、今までの彼女が築いてきた周囲の人間たちとの関係にも変化をもたらしていく。
失敗を繰り返してループを続けるたびに、拓未へ抱く思いもまた、次第に大きくなっていく。今まで知らなかった拓未の一面を知るたびに一喜一憂する菜月は、やっぱり年頃の女の子なのだなぁと思ったり。
まあ一種の ”吊り橋効果” かもしれないけど(笑)、菜月の一途で純真な行動はとても健気だ。
拓未の死を防ぐということは、逆に考えれば、犯人を ”殺人者” という立場から救い出すことでもある。
その犯人と菜月が対決する終盤がクライマックスとなる。どう決着するかは最後まで予想がつかず、ハラハラさせられる。
そしてラスト3ページの展開がまたいい。やっぱり頑張ったヒロインは報われないとねぇ・・・
小説はここで終わるが、菜月の新たな物語はこの最終ページから始まる。
登場人物たちの人生はこれからも続いていく。それもおそらく、明るいであろう未来が待っている。
そう感じさせてくれる、心地よい読後感を与えてくれる作品だ。
コメント 0