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世界でいちばん透きとおった物語 [読書・ミステリ]


世界でいちばん透きとおった物語 (新潮文庫 す 31-2)

世界でいちばん透きとおった物語 (新潮文庫 す 31-2)

  • 作者: 杉井 光
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/04/26
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 藤阪燈真(ふじさか・とうま)は人気ミステリ作家・宮内彰吾(みやうち・しょうご)の愛人の子として生まれた。その宮内がガンで死亡し、彼の長男から連絡が入る。
「親父が死ぬ間際に書いていた『世界でいちばん透きとおった物語』という小説を知らないか?」
 編集者の深町霧子(ふかまち・きりこ)の協力を受け、父親の遺作となった原稿を探しはじめる燈真だが・・・

* * * * * * * * * *

 藤阪燈真は母親の恵美(めぐみ)と二人暮らしだった。
 母は大学を出たばかりの二十代で、妻子持ちのミステリ作家・宮内彰吾と愛人関係になった。やがて妊娠した恵美は宮内と別れ、燈真を産んだ。フリーランスの校正者として生計を立て、女手ひとつで燈真を育ててきた。

 しかし燈真が18歳の冬、恵美は交通事故で急死してしまう。もともと大学へいくつもりはなかった燈真は、母の残した貯金と書店のアルバイトで食いつなぐ日々を送っていた。

 そんなとき、宮内彰吾がガンで死亡したという知らせが入る。燈真としては、いまさら親子関係の認知を求める気もなかった。
 しかし松方朋晃(まつかた・ともあき)という男から連絡が入る。彼は宮内の正妻の息子で、燈真にとっては腹違いの兄だった。

 朋晃の話では、宮内が残したメモによると、彼は死の間際に長編小説を書き上げたらしいという。その長さは原稿用紙600枚を超える(宮内は今どき珍しい手書き派だった)。
 そのタイトルは『世界でいちばん透きとおった物語』。しかしその原稿が、どこを探しても見つからない。

 朋晃からの依頼を受け、燈真は父親の遺作原稿を探し始めるのだが・・・


 燈真にとって、宮内彰吾というのは、自分の生物学上の父親であり、それ以上の意味も思い入れも全くない人間だった。それどころか、女性関係が派手で愛人をとっかえひっかえしていたなんて聞くと、それだけで最低野郎だと思っていた。
 だから死んだと聞いても何も感じず、葬儀にも出なかったし、ましてや遺産の請求なんて考えたことすらなかった。

 そんな燈真が行きがかりとはいえ父親の遺作原稿探しを始めることに。
 彼は宮内の愛人だった3人の女性たち、宮内の担当だった編集者や、亡くなる直前を過ごしたホスピスの職員など、多くの人物に会い、そして父の様々なエピソードを聞いていく。
 行く先々で「お父さんに似ている」と云われて閉口してしまう(笑)のだが、それでも、生前の父親を知る人たちによって、図らずも宮内彰吾という男の素顔を知っていくことになる。

 それと並行して、燈真が暮らすマンションに何者かが侵入したり、原稿の在処と思われた宮内の仕事場で放火騒ぎが起こったりと、正体不明の妨害者が出没し始める。火災現場に駆けつけた燈真の前から犯人が消えてしまうなど、ミステリ要素も。


 登場人物は多いが、本書の中で印象に残るキャラの筆頭は深町霧子だろう。
 母・恵美を担当していた編集者で、燈真が高校生二年生の時に新入社員だったから6歳ほど年上だと思うのだが、燈真はほのかな想いを寄せているような描写がある。共に遺稿を探す中で、ある時は燈真を支え、ある時は導いていく役回りとなる。


 本書の中盤で、実在する某作家さんの名が出てくるのだが、ある程度のミステリファンだったら、ピンと来るものがあるだろう。ページをめくり返してしまう人もいるだろう(私がそうだった)。

 もちろん終盤では『世界でいちばん透きとおった物語』というものがどんな作品だったかが明らかになる。そして読者は「たしかにタイトル通りの物語だ」と納得することになる。

 中盤で大きなヒントを与えているのは、読者に「当ててもらう」ことを狙っているように思える。なぜなら、その先に「なぜこんな小説を書いたのか」という、さらに大きな謎が控えているからだ。
 こちらは、本文中にちゃんと伏線が張ってあったんだが、私は分かりませんでした(笑)。


 本書は意外かつ大がかりな仕掛けを含む作品で、意欲作であるのは間違いない。これを完成させるために作者が費したであろう並々ならぬ努力には、素直に敬意を表したい。
 ただまあ、この仕掛けを使えるのはこれ一回こっきり。いわゆる「一発芸」に近いものだろう(笑)。


 本書を読み終わった人は、きっと燈真くんの行く末が気になるだろう。
 先日刊行されたアンソロジー『嘘があふれた世界で』(新潮文庫nex)に、作者は『君がため春の野に』という短編を寄せている。これだけでも独立した作品として読めるのだが、本書の後日談でもある。これを読むと、燈真くんの「その後」がわかるようになっている。



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