潮首岬に郭公の鳴く [読書・ミステリ]
評価:★★★★
函館でも有数の資産家・岩倉松雄(いわくら・まつお)。その孫娘のひとり、咲良(さくら)が死体で発見された。その傍には血のついた鷹のブロンズ像が。
事件の前、岩倉家には芭蕉の俳句を記した手紙が届いており、咲良の犯行はその俳句に見立てたものと思われた。やがて事件は連続殺人へと発展していく。
少年探偵ジャン・ピエール・プラットが事件の謎を解く、シリーズ第一作。
* * * * * * * * * *
函館で有名な企業である岩倉商事。その会長・岩倉松雄の3人の孫娘は、美人三姉妹として知られていた。その三女で16歳の咲良が行方不明になり、やがて潮首岬(函館の東方にあって津軽海峡に面している)で死体となって発見された。その傍には血のついた鷹のブロンズ像が。それは岩倉家の屋敷に飾られていたものだった。
事件の前には、松雄の元へ「芭蕉の名を汚す者ども、皆滅びよ」と記された手紙が届き、そこには芭蕉の句を四つ記した短冊が同封されていた。
その句のひとつは「鷹ひとつ 見つけてうれし 伊良湖崎(いらござき)」。咲良の殺害はこの句の "見立て" と思われた。
ということは、あと3人殺されるということを意味する。
湯の川署の舟見俊介(ふなみ・しゅんすけ)警部補を中心とした捜査の結果、被害者の咲良は、松雄の経営する岩倉病院の医師たちと、いわゆる "援助交際" を行うなど奔放な異性関係を持っていたことが判明する。
次女の柑菜(かんな)は19歳の医学生、長女の彩芽(あやめ)は21歳で、婚約者と共に函館市内でデザイン会社を経営していた。
松雄自身は男子に恵まれず、後妻であるしのぶの連れ子・健二(けんじ)を養子に迎えていた。しかしなんと三姉妹は過去に、みな健二と(時期は重ならないが)性交渉を含む交際をしていたという。
そして健二自身も咲良と同じ16歳ながら、ケロッと三姉妹との関係を認めてしまうなど、なかなかのタマである。
事業を大きくしていく中で松雄に対して恨みを持つ者は少なくない。過去には愛人も多くいたようで、この方面も同様。
松雄自身も78歳で、事業の継承や財産の相続に絡む人間も多い。
事件はさらに俳句に見立てた死者が出て、連続殺人事件へと発展していく。容疑者は次々と現れるものの決め手に欠け、捜査は行き詰まっていく。
探偵役のフランス人ジャン・ピエール・プラットは、健二の友人として登場する。若干17歳ながら、過去に警察が難渋した事件を解決したことがあり、舟見警部補は彼に協力を仰ぐことに・・・
地方の名家の美人三姉妹を殺人鬼が襲う、しかも芭蕉の俳句の見立てで。これはもう『獄門島』のオマージュそのものだ。
もちろん、事件の真相は "本家" とは全く異なるが、犯人を殺人へと駆り立てる「動機」の異様さは負けてない。
本家『獄門島』のほうの動機も、尋常ではないが、あの時代 / あの島だからこそ成立したものだろう。
『潮首岬-』のほうも、この時代、そして "あの家" だからこそ成立するもの。『獄門島』の時代には想像すらできなかった理由ではあるが、それゆえにその異様さは本家に匹敵する。
事件の解決に必要な手がかりや事実関係は、すべて警察の捜査資料に含まれていた。ジャンは資料を読み込み、推理することで真相に到達してみせる。
大量の情報の中から、過去に起こった些細なエピソードや読み逃してしまいそうな小さな事実を組み合わせていくことで、意外な真相が姿を現していく。
読んでいて、"目から鱗が落ちる" という感覚を実感した。まさに "快刀乱麻を断つ" とはこのことだ。
事件の中で犯人が仕掛けるトリックの一つは、『獄門島』よりもむしろ『○○○○○○』を思わせる。そして物語の中では、封建的な地方の名家にありがちな "血の呪縛" が随所に顔を出す。そういう意味でも "横溝風味" は少なくない。
ジャンの登場するシリーズは続巻として『立待岬の鴎が見ていた』『葛登志岬の雁よ、雁たちよ』の二冊が刊行されている。
『立待岬-』のほうは文庫化されていて、既に読了しているので近く記事を書く予定。こちらも、とてもよくできた本格ミステリになってる。
タグ:国内ミステリ