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命の砦 [読書・冒険/サスペンス]


命の砦 (祥伝社文庫)

命の砦 (祥伝社文庫)

  • 作者: 五十嵐貴久
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2024/02/09

評価:★★★★☆


 12月24日の夕刻、クリスマスセールで賑わう新宿駅地下街で、同時多発的に火災が発生する。これは多人数のグループによる計画的な放火事件だった。地上への出口が閉ざされた地下街には数万に及ぶ人々が取り残されてしまう。
 未曾有の大火災に、東京都を含む近隣から消防士たちが総動員されるが、地下街には水と化学反応を起こして爆発する物質が大量に集積されていることが判明する。
 消防士・神谷夏美(かみや・なつみ)が所属する銀座第一消防署は、救難・消火活動の中枢を担うことになるが・・・

* * * * * * * * * *

 女性消防士・神谷夏美を主人公とするシリーズ・第3作。

 ハンドルネーム・"エンジェル" という人物が「自殺を止めるため」と銘打って立ち上げたウェブサイト・"ノー・スーサイド"。
 そこには苛めや虐待に悩む者、人生に理不尽さを感じて生きる気力を失っている者たちが集まってきた。"エンジェル" は彼ら彼女らの心を掴み、不平不満を巧みに煽って、自らの "計画" への賛同者を増やしていった。途中で去って行った者もいたが、最終的に30名ほどの者が残った。

 そして1ヶ月後の12月24日。クリスマスセールで賑わう新宿駅地下街で同時多発的に火災が発生する。"エンジェル" の計画が発動したのだ。
 参加メンバーたちは事前に地下街の防災センターを襲撃、さらに随所に用意されている消火器を使用不能の状態にしておいたため、火災は地下街全域に広がっていき、数万人の人々が地下街へ閉じ込められてしまう。

 新宿近縁の消防署が出動するが、あまりの規模に全く太刀打ちができない。
 東京を大災害から守るために設立された銀座第一消防署(通称ギンイチ)にも、地下街での大火災発生の知らせが入ってくる。1000人もの精鋭消防士を率いる村田大輔(むらた・だいすけ)消防正監は、直ちに総員出場を命じる。

 その日、新宿地下街の飲食店に3人の男女が集まっていた。2年半前のファルコンタワー火災(シリーズ第一作『炎の塔』)から生還した倉田秋絵(くらた・あきえ)、大学講師で夏美の恋人の折原真吾(おりはら・しんご)、そして夏美の先輩消防士の柳雅代(やなぎ・まさよ)。雅代は村田の婚約者でもあった。
 夏美の到着を待っていた3人だが、火災の発生によって地下街に閉じ込められてしまう。そして3人の元へ向かっていた夏美は、火災の発生によってギンイチへ呼び戻され、そのまま村田の指揮の下、消火活動の最前線へと突入していくことになる。


 大火災の物語と並行して、放火犯を扱う警視庁捜査一課第七強行犯係の活動も描かれる。火災調査官の小池洋輔(こいけ・ようすけ)はいち早く現場に人員を投入、火事見物の野次馬の中に放火犯の一人を発見する。そこから首謀者の存在を知った小池は、現場にいるはずの "エンジェル" を追い始める。その意外な正体も本書の読みどころだろう。


 ギンイチが消火活動を開始したのも束の間、驚愕の事実が判明する。
 その日、新宿地下街の特設ブースではIT機器のセールが行われていて、PCやタブレットなどが大量に搬入されていた。IT機器の筐体や部品に用いられているマグネシウム合金は高温に晒されると発火し、しかも水を加えると化学反応を起こして爆発するのだ。
 もし現場に集積されたマグネシウム合金が一斉に大爆発を起こした場合、被害は地下街だけに留まらない。地上のビル群も倒壊して新宿駅の周辺一帯が壊滅することになる。
 消火活動の最大の武器である ”水” を封じられた消防士たちは、苦闘を強いられることになる。


 多くのキャラクターが登場するが、その中で印象に残る筆頭は村田消防正監だろう。消火活動の総指揮を執る立場にあるが、時と場合によっては現場へ出ることも厭わない。今回の現場には婚約者の柳雅代もいるのだが、私情を挟むことも一切ない。
 時に独断専行することもあるが傑出した消防士であり、特別功労賞で表彰4回というのは他の追随を許さない。消防士としての能力は折り紙付きだが、自分が指揮する現場では部下に対して絶対服従を要求する。
 だが、下にも厳しいが上にも厳しく、納得できない命令には公然と無視もする。だから功績の割に昇進が遅い(笑)。いつでも辞表を出す覚悟で職務に取り組むなど、信念の塊のような男。その心の中には熱い ”消防士魂” が燃えていて、昭和の浪花節がよく似合う。

 夏美は三作目にして消防士長へと昇進し、小隊を率いることになる。そのメンバーの一人、溝川征治(みぞかわ・せいじ)は、総務省の事務職からの出向で、消防署勤務は省への復帰までの腰掛けだと思っている。だから今まで現場への出場を拒んできた。しかし今回の火災では全職員動員となったので、初めての現場となった。
 大災害を前にして、文句と泣き言ばかり吐いていた溝川だったが、夏美を始めとする消防士たちの活動に次第に感化されていく。消防士として ”覚醒” した彼の、終盤での奮闘ぶりもまた本作の読みどころだろう。

 大混乱に陥った地下街にあって、必死に生存の道を探る倉田秋絵や柳雅代についても書きたいことはたくさんあるのだが、もういい加減、長い文章になったのでやめておこう。


 後半では、最大のマグネシウム合金の集積場所となる区画・イーストスクエアの攻防が描かれる。ここに迫る火災を一気に鎮火させるという起死回生の作戦が立案されるが、成功の可能性は限りなく小さく、危険は限りなく大きい。
 夏美の率いる小隊は、この分の悪すぎる作戦の中核となって噴煙渦巻く焦熱地獄の中へ飛び込んでいく・・・


 大災害の中、多くの消防士たちが斃れていく。自らの身を挺して他者を救う者たちも。涙で文字が追えなくなってしまうこともしばしば。
 しかし斃れた者の後には、必ず続く者がいる。生き残った者は使命や責任を受け継ぎ、背負っていくことになる。

 今まで上司や先輩に育てられ導かれてきた夏美だったが、これからは夏美自身が後輩を育て導く立場になっていくことを予感させて本編は幕となる。


 当初このシリーズは "三部作" とアナウンスされてきたが、「あとがき」によると、もともとは五部作の構想だったらしい。ここで作者は三部作構想を変更し、さらに書き継ぐ(おそらく最低でも残り二作)ことを宣言している。
 そして第四作は森林火災を描くらしい。第五作の内容については語られていないが、ギンイチの設立目的からすると、首都圏を襲う巨大地震が舞台となるのではないかと予想している。
 それとは別に、夏美の新人時代を描いたスピンオフ長編『鋼の絆』も刊行されている。もうしばらく、このシリーズを楽しめそうだ。



タグ:サスペンス
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