SSブログ

第四の暴力 [読書・その他]


第四の暴力 (光文社文庫 ふ 26-3)

第四の暴力 (光文社文庫 ふ 26-3)

  • 作者: 深水黎一郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2022/01/11
  • メディア: 文庫

評価:★★☆


 立法・司法・行政と並んで、「第四の権力」と云われるマスメディア。大衆に対して大量の情報を迅速に伝える媒体として重要な地位にありながら、時にその権力の大きさから、暴走とも云える行為に走ることもしばしば。本書は、そんなマスメディアの "暴力" を描いた短編三作を収める。


「生存者一名あるいは神の手(ラ・マーノ・デ・ディオス)」
 とある山村を豪雨が襲い、発生した土石流によって村は全滅してしまう。樫原悠輔(かしはら・ゆうすけ)は、たまたま叔父のところに金策に出かけていて惨禍を免れ、ただ1人の生き残りとなってしまう。
 村へ帰った悠輔は、その惨状に呆然とする。妻と2人の子は膨大な土砂の下に生き埋めになっており、生存は絶望的。そんな彼にさらなる追い打ちがかかる。現地へ押しかけてきたマスコミから追い回される羽目になったのだ・・・。
 いわゆる暴走するマスコミの "餌食" となってしまった男の悲劇、そしてそれに対して蓄積していく鬱憤、そして爆発(!)が描かれていく。
 終盤の展開は・・・これは読んでのお楽しみか。

 そして、物語の結末は「読者に選ばせる」という驚きの仕掛け。その選択によって、続く2つの話のどちらかへ進む、という流れになってる。


「女抛春(ジョホールバル)の歓喜」
 主人公の子安(こやす)は、某キー局でバラエティ担当のプロデューサー兼ディレクター。その権限は絶大で、番組内ではまさに独裁者。ADたちを奴隷のように酷使する日々。
 ところがある日、収録中に身体に異常を覚え、救急車で病院へかつぎ込まれる。検査結果を待つ間、彼は可愛い看護師相手に昔話を始める。
 過去の担当番組で "演出" という名の〈やらせ〉をしたこと、集まらない参加者の枠をADで埋めたこと、彼らに課されるのは拷問と見紛うばかりの無茶振り、罰ゲーム的な仕打ちだったこと・・・これは今でもバラエティ番組でお笑い芸人が同じことをやってるが(笑)。
 そして判明する子安の病状と、それに対する彼の反応。いやはや、ここまでくればいっそ天晴れか。


「童波(ドーハ)の悲劇」
 主人公の津島はエリートサラリーマン。同僚たちが芸能人関係の話題で盛り上がっているのを内心では軽蔑している。そんな津島は、社内で行われる超エリート養成研修に選ばれる。一年間にわたって最先端技術の講習、12カ国語に渡る語学研修、世界中の支社の視察を行うなどの超英才教育を受けるものだ。津島は恋人の琴音にしばしの別れを告げ、勇躍して海外へと出発するのだが・・・
 マスコミの暴走が極まった世界が描かれるのだが、これが絵空事で終わることを願ってしまう。


 「手のひらを返す」って言葉があるが、「マスコミの手のひらは返すためにある」といつも思ってしまう。
 調子の良いときは "褒め殺し" と見紛うばかりに徹底的に褒め倒し、いったん落ち目になったら "水に落ちた犬は叩け" とばかりに圧倒的な集中砲火。
 具体例は挙げないけど、最近のニュースを見ていても感じることがあるのではないか。このようなマスコミの姿勢はここ何十年もの間、一向に変わっていないように思う。
 「(対象が)プロアスリートや芸能人なら、そんなふうに扱われるのも当たり前で、仕方のないことだろう」って考える人もいるかもしれない。でも、あまりにも臆面が無さ過ぎるように思うんだが。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

ミステリと言う勿れ [映画]



not-mystery-movie_poster.jpg

 まずは概要。映画のHPからの引用です。

**************************************************
 天然パーマがトレードマークで友達も彼女もいない、カレーをこよなく愛する大学生の主人公・久能整(くのう・ととのう)の、時に優しく、時に鋭い魔法のようなお喋りだけで、いつの間にか登場人物たちが抱える様々な悩みも、事件の謎までも解かれてしまうという新感覚ミステリー
**************************************************

 そして映画のあらすじ。こちらも映画のHPからの引用。

**************************************************
 天然パーマでおしゃべりな大学生・久能整[菅田将暉]は、美術展のために広島を訪れていた。そこで、犬堂我路(いぬどう・ガロ)[永山瑛太]の知り合いだという一人の女子高生・狩集汐路(かりあつまり・しおじ)[原菜乃華]と出会う。
「バイトしませんか。お金と命がかかっている。マジです。」
 そう言って汐路は、とあるバイトを整に持ちかける。それは、狩集家の莫大な遺産相続を巡るものだった。
 当主の孫にあたる、汐路、狩集理紀之助(かりあつまり・りきのすけ)[町田啓太]、波々壁新音(ははかべ・ねお)[萩原利久]、赤峰(あかみね)ゆら[柴咲コウ]の4人の相続候補者たちと狩集家の顧問弁護士の孫・車坂朝晴(くるまざか・あさはる)[松下洸平]は、遺言書に書かれた「それぞれの蔵においてあるべきものをあるべき所へ過不足なくせよ」というお題に従い、遺産を手にすべく、謎を解いていく。ただし先祖代々続く、この遺産相続はいわくつきで、その度に死人が出ている。汐路の父親も8年前に、他の候補者たちと自動車事故で死亡していたのだった・・・次第に紐解かれていく遺産相続に隠された<真実>。そしてそこには世代を超えて受け継がれる一族の<闇と秘密>があった――― 。
**************************************************

 ちょっと捕捉しておくと、狩集家の当主には4人の子がいたが、8年前の交通事故で一度に全員が死んでしまう。その4人にはそれぞれ子が1人ずついた。
 つまり今回の遺産相続は、当主の孫4人によって争われることになる。ちなみに、8年前の事故で一族を乗せた車のハンドルを握っていたのは汐路の父・弥(わたる)[滝藤賢一]だった。
 そして、遺言書に書かれた「お題」を解いた1人だけが全ての財産を手に入れることになる。まあ現実の相続では、たとえ遺言状にそう書かれていたとしても、遺留分とかがあって1人で独占することはできないのだが、その辺はミステリの約束事と割り切りましょう。


 まず最初に断っておくと、私は原作は未読です。とりあえずTVシリーズは全部見ましたが、以下に続く文章では原作を読んでる方からするとトンチンカンなこと、見当外れなことを書いてるかも知れません。

 ミステリマンガとしてとてもよくできている、という評判は耳にしていました。だからTVシリーズは全部録画してあったのですが、それっきりすっかり忘れていました(おいおい)。
 映画版の公開が近づいてきて、録画してあったことを思い出し、慌てて見はじめたのが8月の下旬くらいから。まあなんとも付け焼き刃で、いわゆる「にわか」そのものです。

 そのTVシリーズは、とても良かった。特に第1話が秀逸でした。ストーリーのほとんどが取調室での会話劇で進行するという、小説ではよくあってもドラマではほとんど見ないシチューエーション。探偵役としての久能の最大の武器が "言葉" であることを端的に示すエピソードで、シリーズの ”つかみ” は充分。
 ミステリとしての出来ももちろん素晴らしい。特筆すべきは、真相が分かった後にさらにもう一段のひねりを用意していて、それがまた、ドラマに深みを添えている。いやはやたいしたものです。


 さて、そんなTVシリーズを受けて製作された映画版はどうだったのでしょうか。
 結論から言うと、TVシリーズでファンになって「また『ミステリと言う勿れ』の世界に浸りたい」という人の期待には充分応える作品になっていたと思います。
 もっと言えば、近い将来に製作される(であろう)TVの第二シリーズの、壮大な ”前振り” としても充分な出来になっているでしょう。


 では一本の映画としてはどうか。
 正直なところ、観終わった直後の感想は「面白かったけど、映画にするほどの内容かな」でした。
「番組改編期によくやってるTVスペシャルとかの枠でやっても良かったんじゃないかなぁ。確かに地方ロケを行ったり、ギャラが高そうな俳優さんを起用したりとかしてるけど、TVの枠で作れない作品ではないんじゃないか・・・」と思ったわけです。

 でも、ミステリとしての側面を考えたらちょっと考えが変わりました。
 今回の事件、犯人(というか怪しげな人物)は、割と早く見当がついてしまいます。製作する側もあまり隠す気はないみたいです。
 ちなみに、配役から犯人の見当をつけられないように、メインとなる登場人物にはそれなりに有名な俳優さんが何人も起用されてます。

 話はそれますが、昔つくられたアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』(1974年)や『ナイル殺人事件』(1978年)は、”オールスターキャスト” がウリでした。これは観客を呼ぶためでもあったけど、配役で犯人が分からないようにするためでもあったはずです。

 この映画版『ミステリと言う勿れ』では、犯人の正体よりも、事件の背景に重点を置いているように思えます。
 ネタバレになるのであまり書けませんが、いくら地方の旧家とはいえ、21世紀、それも令和のこの時代に「いくらなんでもこれはないだろう」的な事情が描かれます。ほとんど伝奇ホラーなレベルで、本家の横溝正史ですらそこまではやらなかっただろうという。

 でも、「だからこそ映画にしたのかな」とも思いました。
 お茶の間のTVで観たら「えーっ」てなってしまうような描写でも、映画館の暗闇の中でスクリーンを注視するという ”非日常な環境” に置かれたら、受け容れてもらえ易くなるのではないか。
 いささか荒唐無稽な内容を、観た人に納得してもらう ”装置” として、映画館という ”場” が必要だった、ってのは考えすぎですかねぇ・・・


 もっといろいろ書きたかったんだけど、もうけっこうな分量を書いてきたので、配役について、あとちょっとだけ書いて終わりにします。

 久能整役の菅田将暉さんは、もうすっかり役を自分のものにしましたね。もう彼以外の配役は考えられないでしょう。
 ヒロインとなる狩集汐路は原菜乃華さん。『すずめの戸締まり』でのすずめ役で知りましたが、実写でお目にかかるのは丸亀製麺のCM以来かな。可愛いけど、気が強くて口が悪い(笑)という、なかなか個性的なお嬢さん役を好演されてます。汐路さんには、ぜひ第二シリーズで再登場してほしいなぁ。
 その汐路の父親役の滝藤賢一さん。登場場面は少ないけど、彼のシーンではちょっと涙腺がゆるんでしまいました。トシのせいか ”親子の情愛” には弱いんですよねぇ・・・
 あと、「松坂慶子の無駄遣い」を感じました(笑)。


nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

みどり町の怪人 [読書・ミステリ]


みどり町の怪人 (光文社文庫)

みどり町の怪人 (光文社文庫)

  • 作者: 彩坂 美月
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2023/01/11

評価:★★★


 首都圏のベッドタウン・みどり町。そこでは二十数年前、凄惨な母子殺人事件が起こっていた。犯人は捕まらずに迷宮入り。殺人者は未だ近くにいるのではないか。そんな疑心暗鬼が都市伝説を生んだ。
「みどり町には "怪人" が出る」という・・・。
 そして現代。みどり町で起こる不可解な事件を綴った、ホラータッチな連作ミステリ。


 埼玉県の県庁所在地から電車で30分ほどのところにある(と設定されている)街・みどり町。関東地方に住んでる人なら、いくつか候補が思い浮かぶかも知れない。都会ではないが田舎とも言い切れない。典型的な首都圏のベッドタウンだろう。
 そこでは二十数年前、凄惨な事件が起こっていた。若い母親とその子どもが何者かに殺害されたのだ。犯人は捕まらず、やがて都市伝説が生まれた。「みどり町には "怪人" が出る」・・・


「第一話 みどり町の怪人」
 みどり町へ引っ越してきた若いカップル・奈緒(なお)と春孝(はるたか)。春孝は職探しに出かけ、奈緒は買い物の途中で出会った少年から〈みどり町の怪人〉の噂を聞く。しかしその少年は、奈緒がちょっと目を離したすきに煙のように姿を消してしまった・・・
 「〈怪人〉が来る」と口走る老女、奈緒を尾行する謎の人影などが登場して雰囲気を盛り上げるが、ラストに意外な事実が明らかに。
 連作短編の導入部の話。舞台設定や町の様子の説明を織り込みながら、つかみは "ばっちり" だ。


「第二話 むすぶ手」
 姑・俊子の病気が原因で、早紀子は夫・裕樹とともにみどり町で姑と同居することに。価値観の合わない俊子との暮らしにストレスを溜める早紀子。
 そして同居から2年後、俊子は足を骨折し、早紀子はその介護に追われ、頼みの裕樹は単身赴任となってしまう。
 俊子との息が詰まるような生活を強いられる早紀子だが、やがて家の中で不可解な出来事が起こっていることに気づく・・・
 ミステリと云うよりは心理スリラーっぽいかな。穏便に終わりそうで最後にひとひねり。


「第三話 あやしい隣人」
 みどり町で教材販売会社の営業をしている田口。最近、会社の隣のデスクにいる柏木の様子がおかしい。そんなとき、会社内の階段で、田口は何者かに後ろから突き落とされてしまう。幸い軽い怪我で済んだが、田口は柏木が犯人だと睨み、自ら調べようとするのだが・・・
 殺伐とした話なのだが、時折挿入される田口の娘・由花の話がいい効果を上げている。


「第四話 なつのいろ」
 みどり町の小学校に勤務する友美子先生は20代後半。柔道がとびきり強いけど明朗快活、愛嬌たっぷりで児童からは大人気だ。しかしその友美子先生が1学期いっぱいで学校を辞めてしまうらしい。彼女が担任するクラスの男子3人は、口うるさい親からの苦情が原因だと思い込み、対策を考えだした。〈みどり町の怪人〉の実在を証明すれば、校長先生は腕っ節の強い友美子先生を引き留めるのではないか・・・
 本書の中ではいちばん微笑ましい話かな。殺伐としたものばかりでは息が詰まってしまうから、こういうエピソードも必要だろう(笑)。


「第五話 こわい夕暮れ」
 塾帰りの女子中学生が行方不明になり、〈みどり町の怪人〉の仕業ではないか、という噂が立っていた。大学生の卓(すぐる)と慎也は、怪人の正体を掴んで有名になろうと行動を始める。町のはずれにある、こじんまりとした山に怪人がいるという噂を聞きつけ、二人でそこへ向かうのだが・・・
 卓はいつみという女の子と遠距離恋愛中で、そちらの進行状況も同時進行で語られる。メインストーリーの真相は見当がつかなくても、こちらの恋模様の行方は誰でも予想できるだろう(おいおい)。


「第六話 ときぐすり」
 橘ゆりは中学3年生。塾の特進クラスにいるが成績は伸び悩んでいた。そんなとき、同じ特進クラスの日高薫が失踪する。美人で成績もトップクラスの薫は〈みどり町の怪人〉に掠われたという噂が広まる。
 一方、ゆりは模擬試験でマークシート記入でミスをしてしまい、そのショックから、ある行動に出ようとして・・・
 作中でゆりは、レインコートを着た謎の男と出くわすが、その意外な正体も明らかになる。彼は〈みどり町の怪人〉なのか・・・?


「第七話 嵐の、おわり」
 〈みどり町の怪人〉伝説、締めくくりの物語。
 第一話~第六話まで張られてきた伏線が回収される。二十数年前の惨劇の真相、そして殺人犯の行方も明らかに。これまでの話のキャラも何人か再登場し、まさにカーテンコール。


 基本的にはミステリなのだが、内容は日常の謎、コージー・ミステリ、ジュヴナイル、サスペンス、ホラー風なオチとなかなかバラエティに富んだ内容を含んでいて、改めて作者の引き出しの多さを実感する。



nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:

暗い傾斜 有栖川有栖選 必読! Selection 7 [読書・ミステリ]



評価:★★★☆


 経営危機を迎えた太平製作所。そのさなか、起死回生の画期的新製品を開発できなかった発明家・三津田誠(みつだ・まこと)と、経営陣の責任を追及する大株主・矢崎幸之介(やざき・こうのすけ)の二人が同日・同時刻に殺される。容疑は太平製作所社長・汐見(しおみ)ユカにかかるが、現場は四国と東京。
 ユカの潔白を信じる総務部長・松島順二と、幸之介の娘・久美子は、対立する立場ながらも、真相解明のために共に行動を始める・・・。


 大手企業の下請け会社である太平製作所。社長の汐見ユカは、"空中窒素の固定" を研究している三津田誠と知り合う。会社の発展を託し、三津田の云う「画期的な新技術」に出資するが、そのことをマスコミに漏らしてしまい、太平製作所の株価が暴騰してしまう。
 「まだ新製品は完成していない」と否定しても騒ぎは収まらず、それどころか「株価操作を狙っているのではないか」との憶測まで広がる。

 株主たちは臨時株主総会を開くように求めてきた。新製品情報が偽りならばユカに退陣を迫るつもりだ。しかし肝心の三津田が失踪してしまい、総会は大荒れのなかで流会となってしまう。

 大株主の矢崎幸之介は、ユカに対して自分と結婚すれば会社を救済しようという申し出をしてくる。しかし三津田の居場所が判明し、ユカは彼に会うために四国へ向かう。

 ところがその三津田が、高知県室戸岬の断崖で転落死体となって発見される。警察は殺人事件を疑い、ユカは容疑者となるが犯行を否認する。
 そして東京では、矢崎が愛人との密会用に使っていたアパートの一室で絞殺死体となって発見される。そして二つの事件の犯行は、同日でほぼ同時刻に行われたことが判明する。

 ユカの潔白を信じる総務部長・松島と、幸之介の娘・久美子は、対立する立場ながらも、真相解明のために共に四国へと調査行を始める・・・。


 遠く離れた2つの場所での同時殺人という不可能犯罪を扱ったミステリ。もちろんそのトリックも意表を突く巧みなものなのだが、それと並んで本書から色濃く感じられるのは、登場人物たちの深く熱い愛憎のドラマだ。

 32歳という若き社長・ユカ、彼女とともに10年に渡って会社を育ててきた総務部長・松島もまだ30歳である。
 お互いに好意を抱きながらも男女の仲には進展せず、松島は律子という女と結婚するが、夫婦仲は芳しくない。

 36歳まで研究一筋、いわゆる "学者バカ" 的な人生を送ってきた三津田は、ユカと出会ったことで “人生の転回点” を迎える。

 大株主である矢崎はユカに結婚を迫り、それを阻止したい矢崎の娘・久美子はユカに対して厳しく敵対する。
 実は久美子の出自には "ある事情" があるのだが、これは物語のかなり早い段階で予想がついてしまうだろう。

 そして成り行きとは云え、松島と久美子は敵対的な関係にありながら、呉越同舟となって共同で調査を始めることに。そこで解明される真相は、登場人物たちの愛憎のドラマと実は不可分だったりする。


 トリックとドラマが一体化した構成は実に読み応えがあり、ラストシーンの哀感も一段と冴えて心に沁みる。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

平成ストライク [読書・ミステリ]


平成ストライク (角川文庫)

平成ストライク (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/10/23

評価:★★☆


 「平成」の時代に起こった事件や、流行った物事などをテーマにしたミステリ・アンソロジー。
 各短編の題名・作者名の次にある[ ]内にあるのが、その作品で扱った "平成の出来事" だ。


「加速してゆく」(青崎有吾)[福知山線脱線事故]
 作者の短編集で既読。以下はそのときの記事の再掲。
 平成17年(2005年)4月25日。JR福知山線で起こった脱線事故を題材にしたミステリ。
 この日、出勤途中だった報道カメラマンの植戸(うえと)は、JR尼崎駅のホームで事故発生を知る。急遽タクシーで現場へ向かい、近くの工場の上層階から現場の俯瞰写真を撮り始めた。そのとき、傍らに1人の男子高校生がいることに気づく。彼の行動に不審なものを感じる植戸だったが・・・
 この事故のことは覚えてる。JR史上最大の惨事だったらしい。写真で見た現場のあまりの異様さに驚いたことを覚えている。
 男子高校生の抱えた "事情" については明言されないのだけど、見当はつく。こちらも平成の終わりくらいからけっこう議論になってる話題ではある。


「炎上屋尊徳」(井上夢人)[炎上、バイトテロ]
 体育大学に通う舟山恵美(ふなやま・めぐみ)は、所属するバレーボール・チームのコーチ・奥原俊幸(おくはら・としゆき)からの厳しい体罰に苦しんでいた。
 恵美の友人である "私" は、その話を聞いて知り合いのマジシャン・比良渡尊徳(ひらと・たかのり)に相談する。彼は「奥原に再起不能なほどのダメージを与えよう」と、恵美に体罰シーンの隠し撮りを指示する・・・
 特定個人/特定企業を狙った炎上動画の作成を生業にする "炎上屋"。成功体験に味を占めて次第にエスカレートしていく様子も不気味。


「半分オトナ」(千澤のり子)[児童虐待]
 小学4年生のときに学校行事として行われる「1/2成人式」。10年間の生活を振り返り、親に感謝し、今の自分ができることを披露する。
 しかし一人親家庭で暮らす正宗は、なんとか「1/2成人式」を中止にさせたい。そこで友人の武田を巻き込んで、"ある計画" を実行に移す・・・
 平成時代に始まった「1/2成人式」なるもの、現在はすっかり定着しているという。それにも驚くが、本作のミステリとしての出来にも驚く。二重三重に読者を誤誘導する仕組みにしっかり翻弄されてしまった。
 しかしこのラスト。ハッピーエンドなのか、新たな悲劇の始まりなのか・・・


「bye bye blackbird...」(遊井かなめ)[渋谷系]
 1999年12月25日。六本木WAVEが閉店した夜、ピンサロ「C Love.com」の売上金が盗まれ、"僕" の友人・さんちゃんに容疑がかかる。追われているさんちゃんを救うため、"僕" はAVショップの店長・ハラグチに助けを求めるが。
 とてつもなく猥雑で退廃的な、世紀末頃の都会の夜の風俗を背景にした物語なのだが、田舎者の私には、この手の話には疎くて今ひとつピンとこない。
 20代の頃、当時の同僚に池袋近辺にあったキャバクラに連れていかれたことを思い出したよ(笑)。


「白黒館の殺人」(小森健太朗)[人種差別]
 日本有数の資産家・田畑勝義(たばた・かつよし)は、悪名高い黒人差別団体KKKに似た団体を設立すると発表、世間から非難囂々となっていた。
 その田畑が、住まいである〈白黒館〉で射殺死体となって発見される。探偵として名高い刑事弁護士・栗生慎太郎(くりお・しんたろう)は警察とともに現場にやってくるが・・・
 オチは古典的なネタなのだが、それを現代の作品でやってしまったら「いくらなんでもそれはないだろう」だよなぁ。


「ラビットボールの切断 こども版」(白井智之)[新宗教]
 新興宗教ラビットは、山荘を施設とし、教祖・宍戸春と4人の信者たちが暮らしている。その春が殺されるという事件が起こる。犯人は信者たちの中にいるのだが・・・
 この作者さんは独特の世界観の中で展開されるインモラルな描写で有名なのだが、どうもそこのところが私とは合わなくて、こういうアンソロジーでしかお目にかからない。
 ミステリ的にはとてもきっちりできあがってるのがまた困るんだよなぁ(笑)。


「消費税狂騒曲」(乾くるみ)[消費税増税]
 2015年(平成27年)、三浦卓也(みうら・たくや)のもとへ浮気相手の矢代舞子(やしろ・まいこ)から連絡が入る。夫を殺してしまったのだという。夫と背格好が似ていた三浦は、替え玉を務め舞子のアリバイを作ろうとするが・・・
 この事件を挟んで、1989年(平成元年)から導入された消費税で起こった町中のさまざまな小騒動が描かれていくのだが、それが事件とどう関わるかが読みどころか。
 時折挿入される新本格ミステリがらみの小ネタが笑える。


「他人の不幸は蜜の味」(貫井徳郎)[ネット冤罪]
 お笑い芸人・ハピネスカトーが、未成年のときに女子高生を殺していたという噂が立ち、彼のブログには非難のコメントが殺到していた。
 丸の内で働くOL・美織は通勤途中での痴漢被害に悩んでいた。憂さ晴らしのために彼女もハピネスカトーのブログへ、彼の犯罪行為を糾弾するコメントを書き込み始めるのだが・・・
 「人の噂も七十五日」は過去の話か。放置しておくと更に炎上することも。書き込みひとつで誰でも犯罪者に仕立て上げられてしまう恐怖を描いた作品。
 「人を呪わば穴二つ」こちらは現代でも通用するかも知れない。


「From the New World」(天祢涼)[東日本大震災]
 2011年3月11日に起こった東日本大震災。その1年2ヶ月後、震災で母を喪った15歳の少年・玲生(れお)は、帰宅困難区域に指定された故郷・Q町へ一時帰宅をする。母が飼っていた猫・ムスを探すためだ。そこで玲生は、音宮美夜(おとみや・みや)という美しい女性と出会うのだが・・・
 美夜さんは作者のシリーズ探偵で、共感覚をもつ人。本作では犯罪は起こらないのだが、玲生の抱えた悩み苦しみに優しく寄り添って、彼を成長へと導いていく役回り。
 彼女はデビュー作『キョウカンカク 美しい夜に』から登場してる。これ、読んだはずなんだけど、どんな話だったかさっぱり覚えてないんだよねぇ(おいおい)。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

アリスとテレスのまぼろし工場 [アニメーション]


_27414d4ca4.jpg

 まずはあらすじから。


*******************************************************
 主人公・菊入正宗は14歳。製鉄所の企業城下町である見伏(みふせ)で暮らしている。
 彼は仲間達と、その日もいつものように過ごしていた。すると窓から見える製鉄所が突然爆発し、空にひび割れができ、しばらくすると何事もなかったように元に戻った。しかし、元通りではなかった。この町から外に出る道は全て塞がれ、さらに時までも止まり、永遠の冬に閉じ込められてしまったのだった。

 町の住人たちは、「このまま何も変えなければいつか元に戻れる」と信じ、今の自分を忘れないように〈自分確認票〉の提出を義務とする。そこには、住所、氏名、年齢だけでなく、髪型、趣味、好きな人、嫌いな人までもが明記されていた。正宗は、将来の夢も捨て、恋する気持ちにも蓋をし、退屈な日常を過ごすようになる。

 ある日、自分確認票の〝嫌いな人〟の欄に書き込んでいる同級生の佐上睦実から、「退屈、根こそぎ吹っ飛んでっちゃうようなの、見せてあげようか?」と持ち掛けられる。

 正宗が連れて行かれたのは、製鉄所の内部にある立ち入り禁止の第五高炉。そこにいたのは、言葉も話せず、感情剥き出しの野生の狼のような謎の少女。
 この少女は、時の止まったこの世界でただ一人だけ成長し、特別な存在として、長い間、閉じ込められていた。
 睦実から彼女の世話をする手伝いを命じられる正宗。「五実」と名付けた少女と接しながら、同級生たちとの生活を続けていくが、父はある日を境に家に戻らず、同級生が不思議な煙によって消える場面にも遭遇する。やがて正宗は自分たちのいる世界と五実についての手がかりを得る。

 二人の少女とのこの出会いは、世界の均衡が崩れるはじまりだった。止められない恋の衝動が行き着く未来とは?
*******************************************************


 感想を書こうと思ったのだが、私にとってこの映画はとても難物で、まとまったものは書けそうにない。以下は、映画を観て頭に思い浮かんだことを断片的に並べたものである。


 人間、生きていれば、辛いこと苦しいこと悲しいことに遭遇する。しかし時間の流れとともに、すこしずつそれらの感情は薄らいでいくものだ。振り返ってみれば「いい思い出」だって言えるようにもなっていく。
 逆に、いま幸福ならば「このまま時間が止まったらいいのに」なんて思ったりもする。人間というのは我が儘なものだ(笑)。

 この映画の中では、主人公とその仲間たちは「14歳」の時点で時間が止まってしまう。14歳と言えば「思春期」だ。心の成長と体の成長がアンバランスで不安定な時期だろう。

 冒頭、製鉄所が爆発して時間が止まったとき、主人公たちはこたつに入って受験勉強をしているので、中学3年の冬、入試が迫った時期だったのだろう。
 ならば、彼らは「受験生」というこれまたストレスのかかる状態のまま、時の止まった世界に閉じ込められてしまったことになる。

 「思春期」だって「受験生」だって、時間が経てばいつかは終わる。終わりが来る。しかし時が止まった世界では、永遠にそれが続くことになる。これはなかなかに辛い状況だろう。

 この映画全体を覆っている陰鬱な雰囲気は、そんな閉塞感と無関係ではないだろう。


 この映画は、端的に言えば正宗と睦実のラブ・ストーリーなのだろうが、思春期の少年少女らしく、不器用極まりない。感情的なぶつかり合いから始まり、それは終盤まで続く。まあ自分で自分の感情が制御できず、持て余してしまうのもこの年頃ならではかもしれないが。


 エンタメ的には、最終的に元の状態に戻り、人々が時の止まった世界から解放されるのが王道展開なのだろうが、中盤で明かされる ”この世界の秘密” は、それを許さない。
 同時に「五実」の正体もまた明らかになる。これはちょっと意外だが、それによって事態が好転しないのもまた意外。

 この世界にいる人間に残された選択は二つ。この世界に留まることを受け入れるか、拒否して消滅するか。
 どちらを選んでも幸福になれそうもないし、予定調和的なエンディングは否定する。こんな設定を用意した監督(製作陣)の意図は何なのだろう?

 でもこれは、現実の世界でも同じこととも言える。この世界の有り様を受け入れて、その中で生きていくか。それが出来なければ、社会からドロップアウトして消えていくか。
 そういう意味では、この「時の止まった世界」は異世界でありながら現実世界を映したものでもあるのだろう。

 映画の終盤で、主役の二人も選択をする。この結末にも考えてしまう。これにはどんなメッセージが込められているのだろう。

 幸福かどうかは他者が決めるものではなく、本人たちが決めるもの。本人たちが幸福と思えばそれでいいではないか。
 そして、完全な幸福などは存在しないのだから、苦しい世界の中でそれに耐えて生きていくべきではないのか。

 私はそんなふうに受け止めたのだが、全くの見当違いをしているのかもしれない。

 見る人にいろんなことを考えさせる映画ではあると思う。幅広い層に届いて大衆受けするような作品ではないかもしれないが、その代わり、波長が合う人にはとことん ”刺さる” んじゃないかと思う。

 私も、十代か二十代の頃に見たらまた違う感想を持っただろう。思春期の葛藤を忘れてしまったオッサンには、少々敷居が高い映画だったかな、と。


 映画を見た後、近くの書店に入ったら監督自身によるノベライズがあったので購入した。内容はほとんど映画と同一なのだけど、エピローグについて、ささやかながら追加情報があったのはよかった。ちょっと安心したよ。まあ映像を見れば想像できることではあったんだけど。


 最後に余計なことを。
 この映画はタイトルで損をしているような気がしてならない。作中の台詞でちょっと言及されてるんだけど、それだけでは分かりにくいと思う。
 もうちょっとウケが良い題名にしたら、とも思うんだけど、たぶんそんなことは百も承知で製作陣はこの題名を選んだのだろうな。


nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:アニメ

真珠塔・獣人魔島 [読書・ミステリ]


真珠塔・獣人魔島 (角川文庫)

真珠塔・獣人魔島 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/11/22
  • メディア: Kindle版



評価:★★☆


横溝正史・復刊シリーズ、ジュブナイルものの中編をタイトル通り2作収録。


「真珠塔」

 鬼火のような光を放つコウモリとともに現れる怪人・"金コウモリ" の噂が広まっていた。ドクロの仮面をつけ、全身を黒装束で包み、胸にはコウモリの印が縫い付けられているという。ちにみに文庫表紙のイラストがそれ。「黄金バット」ではないので、念のタメ(笑)。

 主人公・御子柴進(みこしば・すすむ)は、この春に中学校を卒業し、大手新聞である新日報社で給仕(下働き/雑用係)として働き始めた。

 仕事からの帰り、神宮外苑あたりを歩いていた進の傍らを、2台の自動車が猛スピードで走り去り、その直後に銃声が。駆けつけた進が見つけたのは、側溝にタイヤをとられて止まった車。そしてその中には、人気ミュージカル俳優・丹羽百合子(にわ・ゆりこ)の射殺死体があった。さらに、紙製の人形が十数体。

 人形自体が暗号になっている、まさに「踊る人形」なのだが、これ自体はあっさりと解ける。人形が両手に旗を持ってることから、手旗信号だと分かってしまうのだ。

 暗号に導かれて、進と新日報社の記者・三津木俊助は、真珠王・柚木(ゆのき)の主催する夜会へと向かう。柚木はそこで "真珠塔" を披露することになっていた。無数の真珠をちりばめた、高さ1mにもなるその塔は、時価にして数十億円の価値があるという。

 舞台は柚木家へ移り、当主の柚木老人、その娘で15歳の弥生、柚木が帰依するキリスト教会の神父ニコラなどメインキャラクターが登場して物語が動き始める。

 複数の怪人・金コウモリが登場したり(しかも仲間ではないらしい)、また別の暗号が登場したりと賑やかに進行する。本物の真珠塔の隠し場所を巡って、進・俊助・弥生たちの波瀾万丈の物語が綴られていく。


「獣人魔島」

 死刑囚・梶原一彦(かじわら・かずひこ)が脱走した。彼は自分に死刑判決を下した三芳隆吉(みよし・りゅうきち)判事を逆恨みし、復讐を企んでいるらしい。

 三芳判事の家には警官の護衛がつき、新日報社の給仕・御子柴進が泊まり込んでいた。13歳になる娘・由紀子と進が幼馴染みであったためである。

 地下道伝いに三芳家への侵入を果たした梶原だったが、進の機転によって撃退されてしまう。三芳判事の近所には、世界的な医学博士・鬼頭の家があった。梶原はそこに逃げ込むが、警察はそれ以後の足取りを見失ってしまう。

 その数日後、鬼頭と助手の里見が大きなトランクを抱えて出かける。鬼頭の屋敷を見張っていた進はそのまま2人を尾行し、瀬戸内海にある骸骨島という小島に辿り着く。

 そこは、かつて周辺の島々の墓場になっていたらしく、夥しい白骨が埋まっているという。さらに進は、島の絶壁の上に立つ、ゴリラのような謎の怪物を目撃する。
 島に上陸した進は、そこが悪人たちの巣窟となっていることを知る。彼らの話では、近いうちに新たなボスがやってくるらしい。それは、ゴリラの身体に梶原一彦の脳を移植した "怪物" なのだと・・・

 おいおい、まんま『怪獣男爵』じゃないか、ついに横溝正史もネタが尽きたのか・・・って思って読んでいたら、ラストでは意外な展開が。
 ネタかぶりなのを承知で、というか読者が『怪獣-』を読んでいる(であろう)ことを前提にして書かれたものだろう。さすがは巨匠。


nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

幽霊たちの不在証明 [読書・ミステリ]


幽霊たちの不在証明 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

幽霊たちの不在証明 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 朝永 理人
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2020/03/05
  • メディア: 文庫

評価:★★★★


 主人公の閑寺尚(かんてら・なお)は羊毛高校2年生。折しも学校は文化祭を迎え、彼のクラスは「お化け屋敷」で参加することに。しかし文化祭2日目の午後、"首吊り幽霊" に扮していたクラスメイト・旭川明日葉(あさひかわ・あしたば)が絞殺死体となって発見される。
 彼女に想いを寄せていた閑寺は落ち込むが、同じクラスの甲森瑠璃子(こうもり・るりこ)から犯人捜しの協力を頼まれる・・・


 主人公兼語り手・閑寺尚が通う羊毛高校は文化祭を迎えた。彼の所属する2年2組の「お化け屋敷」は大盛況で、閑寺も受付係として多くの入場客を捌くことに。
 そして迎えた二日目の午後、"首吊り幽霊" に扮していた旭川明日葉が絞殺死体となって発見される。場所はまさに「お化け屋敷」と化していた2年2組の教室内だった。

 クラス委員を務め、人気もあった彼女に想いを寄せていた閑寺は激しく落ち込むが、そんな彼に対してクラスメイトの甲森瑠璃子から犯人捜しへの協力を頼まれる。

 甲森は図書館で本ばかり読んでいるような生徒なのだが、決して "文学少女キャラ" などではなく、その内面には "ある野心" が潜んでいた。彼女が "探偵" に乗り出してきたのもそれが理由なのだが、それについては読んでのお楽しみとしておこう。

 本書は文庫で360ページほどあるのだが、序盤の100ページは「犯行日」である文化祭二日目の様子が綴られていく。多くのクラスメイトや同級生たちが登場し、閑寺と関わっていく。
 「お化け屋敷」にも多くの客が出入りするし、"お化け役" のスタッフとなっているクラスメイトたちも担当時間のスケジュールに従って出入りする。しかもミステリであるから、その中に手がかりや伏線を仕込まなければならない。

 普通に書いたら事実の羅列に終始し、無味乾燥で退屈になりそうな部分なのだが、それを閑寺の目を通すことで "ライトノベル的学園ラブコメ風" に描き、飽きさせることなく、いやむしろ引き込まれるように読ませる。これはたいしたものだ。
 ただ、共学の学校のはずなのに、この部分に登場してくる生徒のほとんどが女子なのはなぜだろう(笑)。作者の趣味かも知れないが(おいおい)。体感的には、文章量の9割くらいは女子の描写に充てられているような気がする(えーっ)。

 続く150ページほどが「調査編」。閑寺と甲森がクラスメイトたちから情報を仕入れていく過程が描かれる。"本の虫" のせいか、人とのコミュニケーションにちょっと難がある甲森に代わり、主に閑寺の出番。
 しかし、校内で行われた警察による生徒たちへの事情聴取を盗聴(!)してしまうなど、甲森の行動力はいささか暴走気味ではあるが。

 そして残り90ページほどのところで「甲森瑠璃子から皆様へ」と題した "読者への挑戦状" が挿入される。まさに直球ど真ん中の本格ミステリ宣言。

 そして展開される解決編。証言や事実を組み合わせて、甲森が導き出すのは殺害時刻。それも分刻みで。
 多くの容疑者から消去法で1人ずつ消していき、最後に残ったのが犯人、という展開はよく見るが、本書はそれを「時間」で行ってみせるのだ。

 当初は犯行時間には90分以上の幅があったのだが、甲森は消去法で「これにより殺害は○時△分以後」「これにより殺害は◇時□分以前」と、次々に時間を狭めていき、ついに「殺害時刻」をピンポイントで確定してしまう。それによって、その時刻に「お化け屋敷」内にいて、犯行が可能だった者に辿り着いてみせるのだ。これはなかなか斬新な手法だと思う。
 犯人像や動機とか、実際にこういうシチュエーションで殺人が可能かとか、ちょっと首をひねる部分もなくはないが、文化祭の「お化け屋敷」での殺人という "離れ業" に果敢に挑戦した心意気がいかにも新人らしくて素晴らしいと思う。

 ミステリとしても一級品だが、ラストに於いては青春小説としての側面も見せる。
 事件の解決に伴ってさまざまな事実が明らかになっていくが、中には「知らなかった方が幸せ」なこともある。それまでのライトノベル風のコミカルな雰囲気から一転、哀感すら漂うラストシーンが印象に残る。
 甲森の "野心" が成就したかどうか・・・それも読んでのお楽しみだろう。


 巻末の解説によると、本書の原型は第27回鮎川哲也賞に応募され、最終選考まで残ったらしい。このとき受賞した『屍人荘の殺人』(今村昌弘)と最後まで争ったのだから、そのレベルが高いのも頷ける。
 作者はこの後、同じレーベルで2冊のミステリを刊行している。どちらも手元にあるので近々、記事にする予定。



nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:

還らざる聖域 [読書・冒険/サスペンス]


還らざる聖域 (ハルキ文庫 ひ 5-10)

還らざる聖域 (ハルキ文庫 ひ 5-10)

  • 作者: 樋口 明雄
  • 出版社/メーカー: 角川春樹事務所
  • 発売日: 2023/07/14
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 九州の南に浮かぶ屋久島に朝鮮人民軍が襲来、警察署を爆破し通信を妨害、あっという間に島を占拠してしまう。彼らは島に核兵器を持ち込み、それによって日本政府に "ある要求" を突きつける。
 屋久島署の山岳救助隊に所属する高津夕季(たかつ・ゆき)巡査は、襲撃から逃れて山に逃げ込む。一方、山岳ガイドの狩野哲也(かの・てつや)は、山中で1人の女性を救出する。彼女は朝鮮人民軍特殊部隊の士官だった・・・


 北朝鮮内でパク・スンミ将軍率いる反乱が起こり、内戦状態に陥った。反乱軍は優勢に戦いを進め、キム総書記の身柄もパク将軍が押さえているらしい。
 本書の物語は、その反乱勃発から一年後に始まる。

 九州の南に浮かぶ屋久島は、直径30kmほどのほぼ円形の島だが、1000m級の高山を多数抱え、「洋上のアルプス」の異名を持っていた。

 ある夜、リ・ヨンギル将軍率いる朝鮮人民軍が屋久島に襲来し、警察署を爆破し通信を妨害、あっという間に島を占領してしまう。
 彼らが日本政府に突きつけた要求は「キム同志の解放と亡命」だった。彼らによると、今回の反乱は海外勢力(日米)の手引きによるものなのだという。
「日本そして合衆国はその責任を取り、パク将軍と交渉せよ。要求が容れられない場合は島に持ち込んだ核兵器を起爆させる」

 屋久島署の山岳救助隊に所属する高津夕季(たかつ・ゆき)巡査は、署への襲撃からただ1人、脱出に成功して山に逃げ込む。

 環境調査のため山中にいた山岳ガイド・狩野哲也と相棒の清水敦史(しみず・あつし)は、国籍不明の複葉機が爆発・墜落する現場に遭遇する。脱出者と思しきパラシュートを追った彼らが発見したのは、1人の女性兵士だった。
 彼女は朝鮮人民軍特殊部隊長ハン・ユリ大佐。機体からの脱出の際に重傷を負ったものの、救護にやってきた狩野たちを逆に拘束し、リ将軍のもとへの道案内を命じるのだった。
 一方、リ将軍は配下のカン・スギル中佐率いる特殊部隊を彼女の回収に向かわせる。

 日本政府は屋久島への奇襲を決定、海上自衛隊特殊部隊員18名は、屋久島の地理に詳しい環境省職員・寒河江信吾(さがえ・しんご)を伴い、ステルス特殊高速艇で上陸を目指すのだが・・・


 敵味方双方の離合集散、組織内部の裏切り、制圧された島の住民たちが始めるレジスタンス活動など、メインストーリー以外にも読みどころは多い。

 屋久島の山中はもちろん、市街地や海までも舞台とした戦闘/アクションが展開される。しかも核兵器は既に起爆スイッチが入っており、爆発までの秒読みが始まっているというタイムリミット・サスペンス。
 その核兵器をコントロールするキーを持っているのがハン・ユリ大佐、そして彼女と行動を共にしているのが主人公となる狩野だ。


 その狩野のキャラがいい。豪快でおおらか、そして敵味方の区別なく、困った者がいれば救いにいくという信念のもとに行動する。

 ダブルヒロインの1人となるハン・ユリ大佐もなかなか魅力的。軍内部での栄達のためにストイックな人生を送ってきた。他者へ当たりも容赦なく、そのために多くの軋轢を抱えることになる。
 今回、屋久島の部隊に加わっているカン・スギル中佐もまた彼女に深い恨みを抱いており、彼との対決も本書のヤマ場のひとつだ。
 頑ななまでに軍人としての信念に凝り固まった彼女が、狩野の人間性に触れて変わっていくあたりは、ベタと云えばベタだが、彼女の心境を丁寧に追うことで読者を納得させる。

 もう1人のヒロイン・高津夕季は、狩野とは友人以上恋人未満のような関係らしい。中盤からストーリーに絡んでくる寒河江信吾も夕季とは旧知の仲で、やはり彼女へ想いを寄せているようだ。

 巻末の解説によると、屋久島を舞台にした作品をもう一作、執筆中とのこと。狩野・夕季・寒河江の行く末もそこで描かれるのかも知れない。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

ホテル・カリフォルニアの殺人 [読書・ミステリ]


ホテル・カリフォルニアの殺人 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

ホテル・カリフォルニアの殺人 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 村上 暢
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2017/08/04
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 アマチュアミュージシャンの富井仁(とみい・じん:トミー)は21歳。ヒッチハイクでアメリカ大陸を横断中に、相棒のジミーとともに辿り着いたのが、砂漠の中にそびえる「ホテル・カリフォルニア」。
 そこでは連夜、パーティが開催され、女性歌手たちがそれに華を添えている。しかし歌手の一人が密室の中で殺される。外界から閉ざされたホテルでトミーたちは犯人捜しを始めるが、やがて第二の殺人が起こる・・・
 『このミステリーがスゴい!』大賞・"超隠し球" として刊行された作品。


 日本でインディーズバンドをやっている富井仁は、本場のロックの空気を体感するために、ニューヨークからロサンジェルスまでのアメリカ大陸ヒッチハイク横断にチャレンジする。その途中、アフリカ系米国人ジミーの車に同乗することになるが、モハーベ砂漠(アメリカ合衆国南西部にあり、面積は日本の約1/10、ほぼ九州と同じくらいらしい)で迷子になってしまう。

 そんな2人の前に現れたのは、巨大な館「ホテル・カリフォルニア」だった。人里離れた砂漠の中にあるそのホテルは、ごく一部の富裕層しか知らない超高級な "隠れ宿" だった。
 近隣の町へ通じる道はなく、必要物資輸送のために週に一度だけ定期便がやってくる。
 中央ホール・宿泊棟とは別にパーティ会場が7つもあり、毎日異なる場所でパーティが開催される。ホテルには多数の専属女性歌手がおり、その歌声でパーティに華を添えていた。

 宿泊費の代わりにホテルで働くことになった2人だが、3日目の夜、歌手たちのトップ(ここでは "歌姫" と呼ばれる)が密室状態の中で殺されてしまう。

 警察の介入が期待できない中、トミーとジミーは犯人捜しを始める。怪しげな振る舞いをする宿泊客の存在、歌手たちの間にある嫉妬・確執も明らかになっていくが、不可解な状況下で第二の殺人が起こってしまう・・・


 外部から隔絶した状況の館で起こる連続殺人と、本格好きならたまらない設定だろう。物理トリックや大がかりな仕掛けが使われているのは、いかにもデビュー作らしい。

 密室トリックについては、知っている人なら「ああ、あれだな」って見当がつくかも知れないが、その上にもうひと工夫してあるのは流石。
 第二の殺人のトリックは、うまくいった時のインパクトは抜群だが、実際には成功率は低そう。「いくらなんでもこれはないだろう」とも思うが、こういうことを思い切ってやってしまえるのも、新人さんならではか。評価は分かれるだろうけど(笑)

 探偵役をミュージシャンに設定してあるのも必然性があるし、相棒との掛け合いも楽しい。登場するキャラクターたちも、みなそれぞれ裏にいろいろ抱えていそうで、かつよく書き分けられてると思う。

 舞台になる「ホテル・カリフォルニア」についても、読んでいるうちに「あれ?」って疑問点がいくつか浮かぶんだが、ラストまでにはきちんと解消されるなど、設定もよく考えられてる。

 『このミステリーがスゴい!』大賞・"超隠し球" として刊行されたのも、伊達じゃないようだ。


 巻末の解説によると「『このミステリーがスゴい!』大賞において、純粋な本格ミステリで刊行までこぎ着けたのは本書が初」とのことだ。
 『ミステリー』と銘打った賞ながら、本格ミステリの応募が少なかったのは意外だが、考えてみれば、本格ミステリとして自信がある作品ならば「鮎川哲也賞」とか「メフィスト賞」へ応募しちゃうんだろうなぁ・・・。



nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ: