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暗い傾斜 有栖川有栖選 必読! Selection 7 [読書・ミステリ]



評価:★★★☆


 経営危機を迎えた太平製作所。そのさなか、起死回生の画期的新製品を開発できなかった発明家・三津田誠(みつだ・まこと)と、経営陣の責任を追及する大株主・矢崎幸之介(やざき・こうのすけ)の二人が同日・同時刻に殺される。容疑は太平製作所社長・汐見(しおみ)ユカにかかるが、現場は四国と東京。
 ユカの潔白を信じる総務部長・松島順二と、幸之介の娘・久美子は、対立する立場ながらも、真相解明のために共に行動を始める・・・。


 大手企業の下請け会社である太平製作所。社長の汐見ユカは、"空中窒素の固定" を研究している三津田誠と知り合う。会社の発展を託し、三津田の云う「画期的な新技術」に出資するが、そのことをマスコミに漏らしてしまい、太平製作所の株価が暴騰してしまう。
 「まだ新製品は完成していない」と否定しても騒ぎは収まらず、それどころか「株価操作を狙っているのではないか」との憶測まで広がる。

 株主たちは臨時株主総会を開くように求めてきた。新製品情報が偽りならばユカに退陣を迫るつもりだ。しかし肝心の三津田が失踪してしまい、総会は大荒れのなかで流会となってしまう。

 大株主の矢崎幸之介は、ユカに対して自分と結婚すれば会社を救済しようという申し出をしてくる。しかし三津田の居場所が判明し、ユカは彼に会うために四国へ向かう。

 ところがその三津田が、高知県室戸岬の断崖で転落死体となって発見される。警察は殺人事件を疑い、ユカは容疑者となるが犯行を否認する。
 そして東京では、矢崎が愛人との密会用に使っていたアパートの一室で絞殺死体となって発見される。そして二つの事件の犯行は、同日でほぼ同時刻に行われたことが判明する。

 ユカの潔白を信じる総務部長・松島と、幸之介の娘・久美子は、対立する立場ながらも、真相解明のために共に四国へと調査行を始める・・・。


 遠く離れた2つの場所での同時殺人という不可能犯罪を扱ったミステリ。もちろんそのトリックも意表を突く巧みなものなのだが、それと並んで本書から色濃く感じられるのは、登場人物たちの深く熱い愛憎のドラマだ。

 32歳という若き社長・ユカ、彼女とともに10年に渡って会社を育ててきた総務部長・松島もまだ30歳である。
 お互いに好意を抱きながらも男女の仲には進展せず、松島は律子という女と結婚するが、夫婦仲は芳しくない。

 36歳まで研究一筋、いわゆる "学者バカ" 的な人生を送ってきた三津田は、ユカと出会ったことで “人生の転回点” を迎える。

 大株主である矢崎はユカに結婚を迫り、それを阻止したい矢崎の娘・久美子はユカに対して厳しく敵対する。
 実は久美子の出自には "ある事情" があるのだが、これは物語のかなり早い段階で予想がついてしまうだろう。

 そして成り行きとは云え、松島と久美子は敵対的な関係にありながら、呉越同舟となって共同で調査を始めることに。そこで解明される真相は、登場人物たちの愛憎のドラマと実は不可分だったりする。


 トリックとドラマが一体化した構成は実に読み応えがあり、ラストシーンの哀感も一段と冴えて心に沁みる。



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