還らざる聖域 [読書・冒険/サスペンス]
評価:★★★
九州の南に浮かぶ屋久島に朝鮮人民軍が襲来、警察署を爆破し通信を妨害、あっという間に島を占拠してしまう。彼らは島に核兵器を持ち込み、それによって日本政府に "ある要求" を突きつける。
屋久島署の山岳救助隊に所属する高津夕季(たかつ・ゆき)巡査は、襲撃から逃れて山に逃げ込む。一方、山岳ガイドの狩野哲也(かの・てつや)は、山中で1人の女性を救出する。彼女は朝鮮人民軍特殊部隊の士官だった・・・
北朝鮮内でパク・スンミ将軍率いる反乱が起こり、内戦状態に陥った。反乱軍は優勢に戦いを進め、キム総書記の身柄もパク将軍が押さえているらしい。
本書の物語は、その反乱勃発から一年後に始まる。
九州の南に浮かぶ屋久島は、直径30kmほどのほぼ円形の島だが、1000m級の高山を多数抱え、「洋上のアルプス」の異名を持っていた。
ある夜、リ・ヨンギル将軍率いる朝鮮人民軍が屋久島に襲来し、警察署を爆破し通信を妨害、あっという間に島を占領してしまう。
彼らが日本政府に突きつけた要求は「キム同志の解放と亡命」だった。彼らによると、今回の反乱は海外勢力(日米)の手引きによるものなのだという。
「日本そして合衆国はその責任を取り、パク将軍と交渉せよ。要求が容れられない場合は島に持ち込んだ核兵器を起爆させる」
屋久島署の山岳救助隊に所属する高津夕季(たかつ・ゆき)巡査は、署への襲撃からただ1人、脱出に成功して山に逃げ込む。
環境調査のため山中にいた山岳ガイド・狩野哲也と相棒の清水敦史(しみず・あつし)は、国籍不明の複葉機が爆発・墜落する現場に遭遇する。脱出者と思しきパラシュートを追った彼らが発見したのは、1人の女性兵士だった。
彼女は朝鮮人民軍特殊部隊長ハン・ユリ大佐。機体からの脱出の際に重傷を負ったものの、救護にやってきた狩野たちを逆に拘束し、リ将軍のもとへの道案内を命じるのだった。
一方、リ将軍は配下のカン・スギル中佐率いる特殊部隊を彼女の回収に向かわせる。
日本政府は屋久島への奇襲を決定、海上自衛隊特殊部隊員18名は、屋久島の地理に詳しい環境省職員・寒河江信吾(さがえ・しんご)を伴い、ステルス特殊高速艇で上陸を目指すのだが・・・
敵味方双方の離合集散、組織内部の裏切り、制圧された島の住民たちが始めるレジスタンス活動など、メインストーリー以外にも読みどころは多い。
屋久島の山中はもちろん、市街地や海までも舞台とした戦闘/アクションが展開される。しかも核兵器は既に起爆スイッチが入っており、爆発までの秒読みが始まっているというタイムリミット・サスペンス。
その核兵器をコントロールするキーを持っているのがハン・ユリ大佐、そして彼女と行動を共にしているのが主人公となる狩野だ。
その狩野のキャラがいい。豪快でおおらか、そして敵味方の区別なく、困った者がいれば救いにいくという信念のもとに行動する。
ダブルヒロインの1人となるハン・ユリ大佐もなかなか魅力的。軍内部での栄達のためにストイックな人生を送ってきた。他者へ当たりも容赦なく、そのために多くの軋轢を抱えることになる。
今回、屋久島の部隊に加わっているカン・スギル中佐もまた彼女に深い恨みを抱いており、彼との対決も本書のヤマ場のひとつだ。
頑ななまでに軍人としての信念に凝り固まった彼女が、狩野の人間性に触れて変わっていくあたりは、ベタと云えばベタだが、彼女の心境を丁寧に追うことで読者を納得させる。
もう1人のヒロイン・高津夕季は、狩野とは友人以上恋人未満のような関係らしい。中盤からストーリーに絡んでくる寒河江信吾も夕季とは旧知の仲で、やはり彼女へ想いを寄せているようだ。
巻末の解説によると、屋久島を舞台にした作品をもう一作、執筆中とのこと。狩野・夕季・寒河江の行く末もそこで描かれるのかも知れない。