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蝋面博士 [読書・ミステリ]


蝋面博士 (角川文庫)

蝋面博士 (角川文庫)

  • 作者: 横溝 正史
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2022/09/21
  • メディア: 文庫

評価:★★☆


 横溝正史・ジュブナイル復刊シリーズ。
 中編1作と短編3作を収録。


「蝋面博士」

 主人公は大手新聞・新日報社で給仕(下働き/雑用係)として働く御子柴進(みこしば・すすむ)。社用のために車で日比谷を走っていたところ、トラックが街灯に衝突する事故に遭遇する。

 トラックから降りてきたのは異様な老人だった。蝋細工の面のように白く光る顔、灰色の髭、度の強そうな鼻眼鏡、そしてシルクハットに燕尾服。
 老人が逃げ去った後に残された積み荷には、洋服姿の女の蝋人形。しかしその中には、人間の死体が・・・。この事件以後、老人は "蝋面博士" と呼ばれるようになった。

 とっさの機転で蝋面博士を追跡した進は、郊外のアトリエに辿り着く。そこでは、人体を融かした蝋に浸して蝋人形に仕立て上げる作業が行われていた。蝋面博士には逃げられてしまうが、進は彼の残した手帳を発見する・・・。

 はじめは病院から死体を盗んで蝋人形にしていた博士だったが、やがて生きた人間を求め始める。最初の標的は銀座の花売り娘・高杉アケミ。
 前半はアケミを巡る博士と進たちの攻防が描かれ、後半では『オリオンの三姉妹』と呼ばれるミュージカルの美少女スターが狙われる。

 探偵役は金田一耕助なのだが、事件発生時には海外にいたので、登場は後半から。彼の活躍で蝋面博士の正体が明らかになるが、そちらよりも動機の方が意外性がある。


「黒薔薇荘の秘密」
 主人公の富士夫は14歳の中学2年生。伯父の小田切博士とともに黒薔薇荘へやってきた。そこは元子爵・古宮一麿(ふるみや・かずまろ)の屋敷なのだが、主人である古宮は一年前に謎の失踪を遂げていた。
 古宮夫人と娘の美智子に迎えられた二人は黒薔薇荘に宿泊するが、その夜富士夫は、泊まった部屋の大時計から現れたピエロの扮装の男に麻酔薬を嗅がされてしまう。
 しかし、その大時計の裏側は廊下になっていて、人が出てこられる抜け穴など存在していなかったのだ・・・
 ピエロの出現は、あるアイテムを使ったトリックなのだが、これがいかにもジュブナイル作品らしくて微笑ましくなってしまう。


「燈台島の怪」
 伊豆半島南端のS漁港から500m沖に浮かぶ小島には燈台(とうだい=灯台)があって、”燈台島” と呼ばれている。そこへ金田一耕助と立花滋(たちばな・しげる)少年がやってきた。二人は燈台守から不思議な話を聞く。
 一週間前、野口清吉という青年が「燈台を見せてほしい」と島を訪れた。海が荒れて帰れなくなったので燈台守の宿舎に泊まったが、その夜のうちに姿を消してしまったのだ。
 しかしそれ以来、燈台守はどこか遠くの方から聞こえるような声を時折聞くようになった。ひょっとすると島の地底にいるのかも知れない・・・
 物語はこの後、野口青年の発見と死、S村の寺に奉納された意味不明の文書の解読へと続き、燈台島に隠された秘密へと迫っていく。


「謎のルビー」
 高名な名探偵・藤生俊策(ふじお・しゅんさく)の息子・俊太郎(しゅんたろう)は、銀座の花売り娘・深尾由美(ふかお・ゆみ)と知り合う。
 時価数千万円のルビーが盗まれ、所有者の従兄弟が殺された。由美の兄・史郎(しろう)は、現場にいたために殺人容疑をかけられ、逃亡していた。
 盗まれたルビーが隠された場所を巡り二転三転する推理、そして意外な真犯人。なかなか密度が濃い。


 短編三作はいずれも文庫で30ページに満たない。それでいて物語はけっこう濃密。でもダイジェスト感は皆無。さすがはストーリーテリングの名手だ。


 さて、ここからはちょっと余計な話を。

 終戦から昭和20年代を描いた作品にしばしば登場するのが、本書にも登場する「花売り娘」なるもの。ちょっとネットで調べたら、終戦後の混乱期、貧しい家庭の娘が道ばたの花を摘んで売り歩いていたという、文字通り「花を売る娘さん」を指す場合と、"裏の意味" を指す場合があるようだ。”裏” のほうについてはここに記さないけど、興味のある方は調べてみていただきたい。ちなみに本書はジュブナイルだから、もちろん前者の意味だろう。

 あと『蝋面博士』冒頭で、進が自動車を運転するシーンがあるのだが、彼は中学校を卒業したばかりのはず。こちらもネットで調べたら、この作品の発表時(昭和29年)では、一部の小型車・軽自動車は16歳から運転免許が取れたようだ。

 考えたら昭和20年代って80年くらい前。リアルタイムでその頃のことを体験して覚えてる人なんて90歳くらいだろう。そういう意味では、横溝正史の作品は "時代/歴史ミステリ" の分野に入りつつあるのかも知れない。



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