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蜃気楼の犬 [読書・ミステリ]


蜃気楼の犬 (講談社文庫)

蜃気楼の犬 (講談社文庫)

  • 作者: 呉勝浩
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/05/15

評価:★★★☆


 県警捜査一課の刑事・番場(ばんば)。管内で起こる事件の謎を、地道な捜査で解き明かしていく。"現場の番場" と呼ばれる、そんな彼の労働意欲の源泉は、二回りも年下で身重の妻・コヨリの存在だった・・・


 6つの事件を収めた、連作短編集。

「月に吠える兎」
 アロマのネット販売をしていた女性・黄谷緑里(おうや・みどり)の死体が彼女のオフィスで発見される。遺体はバラバラにされていたが、右手の薬指と小指だけ、緑里のものではなかった。他人の指だったのだ。
 その後、郊外の一軒家でも女性のバラバラ死体が発見される。被害者は黄谷朱莉(あかり)。緑里の妹でデイ・トレーダー。こちらの右手の薬指と小指も朱莉のものではなかった。二本の指は、二つの遺体の間で交換されていたのだ・・・。
 死体の指が交換されていた、という不可解な謎があり、その理由の解明が犯人に結びつく。わかってみればシンプルで「なるほど」と思わせる。


「真夜中の放物線」
 十字路の中央で死体が発見される。高所から落下したものと思われたが、現場周辺の高層建築は10階建てのマンション一棟しかなく、しかも遺体の場所はマンションから20mも離れていた。
 なぜこんなことが起こったのか? 様々な仮説が立てられては捨てられていく。なかにはけっこう奇想天外なものも。大がかりな物理トリックかなとも思ったが、番場が最後に辿り着いた方法は、単純だがけっこう成功率は高そう。


「沈黙の終着駅」
 介護福祉会社の職員・加島(かしま)が駅の階段から転落死する。訪問介護の相手・多賀(たが)とともに外出中の出来事だった。多賀は数年前に脳梗塞を患い、言語障碍と指の麻痺という後遺症を負っていた。つまり、話すことも文字を書くこともできない。
 多賀に殺意があったのではないかと疑う番場たちは、加島の過去を探り始める。やがて2人には意外な接点があったことが判明するのだが・・・
 そもそも2人はどこへ向かって外出しようとしていたのか? それはどちらの意思によるものだったのか? 加島の行動に解釈の余地をもたせる結末が上手い。


「かくれんぼ」
 秋晴れの午後、日だまり幼稚園に男が侵入した。男は5人の園児と職員の荻野千佳(おぎの・ちか)とともに建物奥の職員室に立て籠もった。
 数時間後、機動隊が突入したとき、5人の園児は目と口・耳をガムテープで塞がれて自由を奪われていた。そして男は死亡しており、その傍らにはナイフを持った千佳が立っていた。千佳に関する聞き込みから、彼女と男は知り合いだったことが浮上してくるのだが・・・
 長時間の立てこもりの間、職員室の中で、本当は何が起こっていたのか。ナイフを持っていた男に襲われた千佳による正当防衛の案件・・・と見えながら、その裏に潜む意外な事情が明らかになっていく。


「蜃気楼の犬」
 雨の朝、市の中心部にあるスクランブル交差点で銃殺事件が発生した。立て続けに4発の銃声が響き渡り、3人が死亡、1人が負傷した。
 かなりの遠距離からの狙撃と思われたが、無差別殺人ではなく、相手を選んでの殺害を意図していたとしたら、犯人はかなりの射撃の技量をもつと思われた。警察上層部では、密かにある人物が "犯人" として浮上してくる。
 そして番場は、4人の被害者をつなぐミッシングリンクを探し始めるが、最初に殺されたのが、バラバラ殺人(「月に吠える兎」事件)の被害者・黄谷緑里のパトロンだったりと、ストーリーが進むにつれて以前の4つの事件に関係した人物が再び登場してくるなど、以前の4つの事件が微妙に絡み合って今回の事件を形成していることが判明していく・・・
 犯人の隠された意図に気づく番場の ”読み” が鋭い。


 最初の4つの事件では、バラバラ死体の(一部)入れ替わり、実現不可能な飛び降り死体、whydunit、whatdunit など、ネタとしては新本格寄りだが、それを刑事の地道な捜査(もちろん番場の柔軟な発想が大きいが)で解決していくという、ちょっと変わった雰囲気の作品。

 番場の妻・コヨリさんも毎回顔を出す。二回りも違うのに夫婦仲は良さそう。彼女の前での番場が、犯罪現場での様子とはかけ離れているのも面白い。
 だが、嫁さんの家族からはよく思われていないみたい(年齢差を考えたら無理もないかなとも思うが)。
 番場を刑事の仕事へと駆り立てる理由には彼女の存在があるのだが、そのあたりがいささか常軌を逸しているところにちょっと危うさも感じさせる。


「No.9」
 同期入社の和俊(かずとし)、英也(ひでや)、昭太郎(しょうたろう)、佳輔(けいすけ)。上司の娘と婚約し、海外勤務と昇進を決めた和俊の送別会が、プールバーを会場に同期4人だけで開かれた。しかしその最中、和俊は苦しみだして死んでしまう。彼の飲んだ酒に何者かが毒を入れたのだ・・・
 会場に駆けつけた番場は、3人の容疑者と個別に事情聴取し、その場で犯人を指摘してみせる。
 事件後に分かることだが、番場が速攻で解決を図った理由にはびっくりさせられる。

 基本的にこの作品集は時系列順に並んでいるのだが、この「No.9」だけがそこから外れている。「目次」には "特別書き下ろし" とあるので、ボーナストラック的位置づけなのだろう。



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