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四元館の殺人 探偵AIのリアル・ディープラーニング [読書・ミステリ]


四元館の殺人―探偵AIのリアル・ディープラーニング―(新潮文庫nex)

四元館の殺人―探偵AIのリアル・ディープラーニング―(新潮文庫nex)

  • 作者: 早坂吝
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/06/24

評価:★★★


 主人公・輔(たすく)の父は、《探偵》のAI・相以(あい)と、《犯人》のAI・以相(いあ)を開発した。"相互対戦" することで "成長" するように設計された2つのAIが、様々な事件を通じて対決していくミステリ・シリーズ、第3巻。


 ネット空間で開かれた犯罪オークション。《犯人》のAI・以相が立案した犯罪計画を競り落とすものだ。
 そこに現れたリボンをつけたゾウ(アバター)が、「親しい人を殺した犯人を見つけて、そいつを殺してほしい」と願いを口にする。その口調から幼い女の子と推測されるが、意外にも以相はそれを引き受けるのだった。

 それを知った輔と《探偵》のAI・相以は、雪の残るR県の山中へとやってきた。犯罪オークションで以相の犯罪計画を競り落とした少女がここに住んでいる、と相以が推理した場所だった。

 そこには奇妙な白い洋館、"四元館" があった。風車、太陽光、地熱、水車と4つの発電装置を備えた屋敷だ。

 そしてそこには四元錬華(よつもと・れんか)という10歳の少女が住んでいた。どうやら彼女が以相の犯罪計画を落札した人物らしい。

 彼女の父・錬二(れんじ)はかつて株の相場で大儲けをして資産家となったが、趣味の登山にいったきり、消息を絶ってしまう。
 錬二の妻・凜花(りんか)は、夫が行方不明になった山に四元館を建設したが、2年前に病没してしまう。その後、この屋敷には錬二の兄・欽一(きんいち)の一家をはじめ、錬二の遺産を狙う親類たちが押し寄せ、同居を始めていた。

 そして、二日後には錬二の失踪から7年がたつ。錬二は公的に死亡扱いとなり、錬華が唯一の遺産相続人となるはずだった。錬華が生きている限り、錬二の遺産は親類たちの手には入らない。

 金の亡者ばかりの親類の中で、唯一、錬華が打ち解けられる存在だったのは従姉妹の四元てとら。しかし彼女も一年前に屋敷の風車塔近くで変死体となって発見された。遺体の周囲には雪が積もり、足跡は一切なく、凶器も存在しないという不可解な状況で。

 錬華が犯罪計画を落札したのはてとらの復讐が目的と思われた。しかし事件はそれだけでは終わらず、第二、第三の殺人が起こる・・・


 不可解な状況での殺人事件の数々が、ラストで解明されるんだが、真犯人とメインのトリックだけを見たら、驚くというより唖然としてしまう。怒り出す人もいるんじゃないかなぁ。それくらい "トンデモ/バカミス系" のネタだ。
 ある意味、館ミステリの限界に挑んでいるとも云えるかな。作者の意欲というか度胸は買うが、評価は分かれそう。

 そして終盤はミステリというより、生命の危機にさらされた状況からの脱出ゲームみたいな雰囲気に。物語としてはけっこう面白いと思うんだけどね。



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アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実 [読書・ミステリ]


アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実 (角川文庫)

アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実 (角川文庫)

  • 作者: 松岡 圭祐
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/11/20

評価:★★★★


 昭和4年(1929年)。アルセーヌ・ルパンは55歳。かつて拉致され、行方不明となっていた息子が日本にいるとの情報を得て、客船で横浜へ上陸する。
 その頃、東京では黄金の仮面をつけた怪盗が跳梁していた。その解決に駆り出されたのは、洋行帰りの青年探偵・明智小五郎。
 東西ミステリの二大スター、夢の競演だ。ゲストキャラも豪華。ルパン、明智それぞれに縁の深い "あの人たち" が登場するというファンサービスぶり。


 はじめに書いておくけど、江戸川乱歩に『黄金仮面』(初出は1930年)という長編がある。もしそちらを既読ならば、そのまま本書を読んでOK。楽しい読書体験が待っているだろう。

 「大昔に読んだけど、内容はほとんど忘れちゃったよ」はい、私もそれ。あらすじは全く記憶になかった(さすがに黄金仮面の正体だけは覚えてたが)。まあでも、全部忘れていても大丈夫。

 つまり『黄金仮面』を未読でも本書は充分に楽しめるということ。時間に余裕があれば読んでからでもいいけれど、なにぶん古い作品なのでねぇ。好みは分かれるところかと。

 閑話休題。


 1927年。53歳を迎えたルパンだが、いまだ怪盗として腕を振るっている。
 コート・ダジュールの古城で開かれたパーティーへ潜入、貴婦人たちの身につけた宝飾品を "頂戴" している中、20歳ほどの東洋人女性と知り合う。
 彼女の名は大鳥不二子(おおとり・ふじこ)。軍需企業・大鳥航空機を経営する大鳥喜三郎(きさぶろう)の娘だった。

 城内の金庫から目当てのお宝を奪って退散する途中、ルパンは4人の賊が不二子を連れ去ろうとするのを目撃する。
 すかさずそこへ割って入るルパン。年齢を重ねた身で苦戦する(笑)も、なんとか不二子を救い出す。しかし同時に盗難も発覚してしまい、這々の体で古城を抜け出すことに。

 不二子を襲ったのは、窃盗団マチアス・ラヴォワの一味だった。しかし彼女を拉致しようとした目的は不明だ。

 ルパンは20歳の頃、最初の結婚をした。妻クラリス・デティーグは出産した後に亡くなり、失意のルパンをさらに悲劇が襲う。残された息子ジャンがカリオストロ伯爵夫人ジョセフィーヌ・バルサモによって誘拐されてしまったのだ。
 以来、ルパンはジャンを探し続けていたが未だに手がかりを得ていなかった。そこへ、ジャンと思われる人物が日本にいるという情報がもたらされたのだった。

 このあたり、読んでいて「おいおい、いくらなんでもそれはないだろう」って思ったんだが、まあこういう想像も楽しいんじゃなかろうか。

 舞台は2年後、1929年の日本へ。東京では金色の仮面をつけた怪盗が跳梁、有名な美術品の盗難が相次いでいた。横浜に着いたルパンはそれを知り、その正体はラヴォワの一味だと睨む。

 日光・中禅寺湖畔に建つ鷲尾侯爵の別邸。そこを訪れたのはフランス大使ルージェール伯爵。侯爵の収集した美術品を見るためだ。しかし屋敷の近くに黄金仮面が現れたとの目撃情報が。
 浪越警部を中心に警官隊が警護する中、侯爵の娘・美子が浴室で殺害されてしまう。さらに美術品も盗まれ、現場には "A・L" という署名が残されていた。

 一方、日本に来たルパンだが、西洋人はよく目立つ。そこで、サーカスの団員・遠藤平吉(えんどう・へいきち)の協力を得て(というよりは無理矢理、彼の住み処へ転がり込んだという方が正しいが)、東京の市井に潜んで活動を続けることに。

 遠藤平吉という名にピンときたなら、なかなかの乱歩ファンだろう。ルパンは、サーカスでの劣悪な待遇にくすぶっていた平吉に、手先の技術や変装など、"怪盗" としてのスキルを伝授していく。なるほど、○○○○○○はルパンの薫陶を受けていたのだね。
 本作中での平吉は、ルパンの ”助手” 的な立ち位置で活躍することになる。


 ルパンを騙る黄金仮面の一味。ルパンに対して激しい敵愾心を燃え上がらせる明智。しかし当のルパンからすれば濡れ衣だ。
 物語の前半では、激しく対立する二人だが、後半に入ると一転、すべてを仕組んだラヴォワたち、さらにはその背後にいた "黒幕" の野望を粉砕すべく、共闘することになる。

 ラヴォワたちの真のターゲットは大鳥航空機。その社長の娘である不二子も狙われることに。
 ルパンは2年前の出会い以来、不二子に想いを寄せていた。親子ほども年の差があるが、ルパンにとっては関係ない。
 不二子を巡る激しい争奪戦が繰り広げられる。ラヴォワたちの陰謀が成功したら多くの人命が失われてしまう。ルパンと明智はそれを阻止すべく、地を駆け空を翔る。

 そして、女性キャラは不二子さんだけじゃない。明智の助手・文代さんは18歳の美少女として登場する。
 出番自体は多くないけれど、物語の終盤では、絶体絶命の危機に陥った明智とルパンの元へ、颯爽と駆けつける姿が描かれる。これなら明智が惚れてしまうのも無理はない。ルパンが文代に手を出さないか心配する明智が楽しい(笑)。


 ミステリと云うよりは日本を舞台にした "ルパンの大冒険" といった趣き。時系列的にはルブランの原典である『ルパン最後の事件』のさらに後、ということになるようだ。
 行方不明になっていた息子の消息をはじめ、原典で描かれた数々の事件の矛盾点や疑問点なども綺麗に整理されているなど、作者の思い入れは半端ではないのが窺える。

 そして、もともと江戸川乱歩の作品にはツッコミどころが多いのだが(おいおい)、原典の『黄金仮面』での矛盾点も解消されているのは流石としか言い様がない。

 さらに、昭和4年という時代背景・世界情勢も物語に大きく関わってくるなど、時代小説としてもよくできているのには脱帽だ。

 子どもの頃、少年探偵団やルパンの活躍に胸を躍らせた人にはたまらない作品になっていると思う。
 もちろん、そうではなかった人でも充分楽しめるエンタメ作品だけどね。



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使徒の聖域 [読書・ミステリ]


使徒の聖域 (角川文庫)

使徒の聖域 (角川文庫)

  • 作者: 森 晶麿
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2021/09/18
  • メディア: 文庫

評価:★★


 2010年、女子高生だった美谷千尋(みたに・ちひろ)は、故郷の山口県で「ヒロアキ」という謎めいた男と知り合った。その異常な行動から、彼に興味を抱く千尋。
 そして2018年。心理カウンセラーとなった千尋は、自殺願望を持つ女子高生・今道奈央(いまみち・なお)と出会い、自殺サイトの存在を知らされる。
 その内容から、サイトの管理人の正体が「ヒロアキ」なのではないかと思い至るが・・・


 2018年、東京・練馬の図書館で出張カウンセラーをしている美谷千尋は、自殺願望を持つ女子高生・今道奈央と出会う。彼女はツイッターで〈首絞めヒロ〉というアカウントをフォローしていた。〈首絞めヒロ〉は、苦しまずに死ねる方法を知っているのだという。

 〈首絞めヒロ〉にあった『青天井の散歩者』というタグをクリックすると、自作の小説のようなものが。その内容から、千尋は8年前に知り合った「ヒロアキ」のことを思い出す。

 2010年、高校3年生だった千尋は予備校へと向かう途中、路上で後ろから突然、首を絞められてしまう。意識がなくなる寸前、その手が緩む。
 意外にも "犯人" の男は逃げずにそこへ留まっていた。彼は「マミヤヒロアキ、20歳の大学生」と名乗り、「警察に通報してもいいよ」という。他人事のように振る舞うヒロアキの中に、千尋は "狂気" を感じる。

 「ヒロアキを救わなければならない」と感じた千尋は、彼について調査を開始する。ヒロアキの家庭は、警官の父、専業主婦の母の3人暮らしだが、どうも不穏な雰囲気がある。
 そして千尋は、ヒロアキが2年前(2008年)に凶器を使った傷害事件を起こしていたことを知る・・・


 物語は2018年と2010年を交互に描きながら進行していく。

 驚くべきは2010年の千尋さんの行動力だ。ヒロアキの情報を得るために、彼の "婚約者" と名乗って出身高校へ乗り込んだり、"男娼"(おいおい)を斡旋する場所へ潜入したり(そこではかなり際どい行為を強要されたり)と、およそ普通の女子高生のすることではないことを、平然と行ってしまう。

 「いくらなんでもそれはないだろう」とも思うのだが、千尋自身も家庭内にかなりの葛藤を抱えた身であることから、ヒロアキに対しても一種の親近感を覚えていて、かなり切実に「放ってはおけない」と考えているようだ。
 とはいっても、それで彼女の行動を完全に理解できるわけではないし、納得するにはラストまで読まなければならない。

 2018年では、今道奈央に自殺を思いとどまらせるために、ヒロアキの行方を捜す千尋が描かれる。しかしその間にも、ヒロアキの自殺サイトを見たと思われる女性の他殺死体が発見される・・・


 サイコパス的な資質を持つ殺人鬼と、彼の犯行を止めようとする女性カウンセラーの話が進行していく。対立はしているのに、実は心の奥底ではつながっているような、一種のラブ・ストーリーとしても解釈できるような。
 そしてラストに至るのだが・・・

 ミステリであるので最後には "真相" が明かされる。いままで語られてきたこと、表面的に見えていたこと、それらには "裏" があって・・・という定番の展開なのだが。

 私はこのラストが好きになれません。どこがどうダメなのかを書くとネタバレになるので伏せますが、まあ、これは好みの問題なのでしょう。



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幽世の薬剤師4 [読書・ファンタジー]


幽世の薬剤師4 (新潮文庫 こ 74-4)

幽世の薬剤師4 (新潮文庫 こ 74-4)

  • 作者: 紺野 天龍
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2023/06/26
  • メディア: 文庫

評価:★★★


 異世界・幽世(かくりよ)へ迷い込んでしまった空洞淵霧瑚(うろぶち・きりこ)は、薬剤師だった経歴を活かして薬処を開く。
 巫女・御巫綺翠(みかなぎ・きすい)とともに、幽世で起こる怪事件に立ち向かう、シリーズ4巻目。


 空洞淵が営む薬処〈伽藍堂〉(がらんどう)に祓い師・釈迦堂悟(しゃかどう・さとる)が訪れ、奇妙な話を語る。近頃、夜の街に〈死神〉が現れるのだという。

 〈死神〉は "人の魂を刈り取っている" らしい。被害に遭った者は "魂を抜かれたように" 意識を失い、死んだように眠ってしまうのだという。

 そして死神は、「日本刀を持った、髪の長い女性」の姿をしているらしい。それではまるで綺翠のようではないか?

 綺翠は空洞淵とともに夜廻りにでることに。そして〈死神〉に遭遇する。
 〈死神〉はたしかに綺翠によく似ていた。それどころではなく、綺翠の抱えた "秘密" のあれこれを知っているようだ。
 問答無用とばかりに斬りかかる綺翠だが、なんと返り討ちに遭ってしまう。
"魂を刈り取られた" 綺翠は深い昏睡状態へと陥るのだった。

 窮した空洞淵は、幽世の造物主たる金糸雀(カナリヤ)の元を訪れ、綺翠が自らの "破鬼の巫女" の資質について悩みを感じていたことを知る。さらに、〈死神〉の意外な正体を告げられる・・・


 毎回、ファンタジー世界の中での謎解きが描かれてきた。本書もその例に漏れないが、今までの巻よりはミステリ要素は薄めな感じ。
 その代わり、作品世界全体を通しての "謎解き" というか "事実の開示" が行われ、シリーズのターニングポイントに差し掛かった感がある。

 〈死神〉と綺翠との関係、300年前に幽世が誕生したときに、空虚淵の先祖がどう関わったのか。
 造物主である金糸雀に対し、その妹・月読は、いままで起こった様々な事件の黒幕的存在として描かれてきた。だがしかし、はたして金糸雀は "善" で、月読は "悪" なのか?
 次巻以降では物語の根幹に関わる2人の真意、あるいは思惑も描かれていくのだろう。

 そして何より、空虚淵と綺翠の関係がさらに深化したところで本書は終わるので、「次巻で完結」って云われても違和感がなさそう。
 さて、このシリーズはどうなるのでしょう?



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ドクターM(ミステリー) 医療ミステリーアンソロジー [読書・ミステリ]


医療ミステリーアンソロジー『ドクターM』 (朝日文庫)

医療ミステリーアンソロジー『ドクターM』 (朝日文庫)

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2020/07/07
  • メディア: 文庫


評価:★★★


 本書の刊行は2020年7月。まさに新型コロナウイルスが猛威を振るっていて、「医療崩壊」って言葉がマスコミに溢れていた頃。タイムリーというか便乗というか(笑)、その「医療」をテーマにしたミステリー・アンソロジー。
 文庫で560ページという厚さの中に8篇を収録。


「エナメルの証言」(海堂尊)
 焼死体などの氏名不詳の遺体は、まず歯の治療記録で身元確認される。そこで一致すれば調査は打ち切り。日本ではほとんどの遺体は解剖されないし、ましてやDNA鑑定も行われないから。
 主人公の栗田は、"遺体専門の歯科医"。依頼があった遺体の歯を "治療" し、お望みの状態に仕立てるのが仕事。要するに遺体の身元を偽装するわけだ。
 最近、暴力団鯨岡組の組長直々の命令での依頼が続いているのだが、その理由は・・・
 なるほど、現行制度化の日本ではこういう "商売" も成立するのかも知れない。実際にこういう仕事をしている人間がいるかどうかは分からないが・・・


「嘘はキライ」(久坂部羊)
 内科医の水島は不思議な能力を持っていた。嘘をついている人の後頭部から、黄緑色の狼煙のようなものが立ち上るのが見える。つまり人の嘘が見抜けるのだ。
 ある日、大学の同窓生である堀から、ある依頼を受ける。大学に残って研究者となっている堀だが、退官する疋田教授の後任争いが起こっているという。順当にいけば准教授の仲川が後任となるはずが、疋田は自分の息のかかった者を就けようとしているらしい。仲川の派閥に属する堀は、疋田の野望をくじくために水島に協力を頼んだのだ・・・
 SFっぽい設定だが、解決はミステリ的。しかし大学内で上のポストを目指すってのは大変なんだねぇ。研究成果だけではダメで、いわゆる "出世のための接待" も必要で、コマネズミのように働かなくてはいけないらしい。


「第二病棟の魔女」(近藤史恵)
 新任看護師のさやかは小児病棟に配属される。実は子どもが苦手のさやかは苦悩の日々。
 そんな中、4人の子どもたちから「病院に魔女がいる」という話を聞かされる。さやかは即座に否定するが、納得できない子どもらは夜中に病室を抜け出して病院内を探検、そのせいで体調を悪化させてしまった子もでてしまう。
 窮地に陥ったさやかは、自ら噂の真偽を確かめるべく、夜勤を利用して調査を始めるが・・・
 〈清掃人探偵〉と呼ばれるシリーズの一編。神出鬼没の清掃人・キリコ(桐子)さんがさやかの病院に現れる。文庫で130ページと本書中最長の作品で、魔女騒ぎ以外にもいくつかのサブストーリーと謎が設定されているが、全部まとめてキリコさんが解決していく。
 近藤史恵さんって、ほとんど読んでないんだけど、キリコさんはなかなか魅力的。このシリーズだけでも読んでみようかな、って思わせる。


「人格再編」(篠田節子)
 時代は近未来。認知症の進行で粗暴な言動を示すようになった老人に対して、"人格再編手術" が許可された。脳内に "家族の話を元に構成された記憶" を再生させるチップを埋め込むものだ。
 史上初の手術を受けた小暮喜美(こぐれ・きみ)の異常行動はピタリと止み、それどころか非の打ち所のない聖人君子へと変貌してしまう。喜んだ家族たちだが、次第に彼女の変化に違和感を抱き始める・・・
 SFとしてもよくできているが、作者の描く未来の姿が尋常ではない。経済的に没落した日本。まともな企業と有能な人材は海外へ逃げ、残された若者は学習意欲を失った。漢字は読めず掛け算ができない。もちろん雇用状況は悲惨。だから高齢化した親の面倒なんて見る余裕はない。そこで登場したのが "人格改変手術" だ・・・。
 あながち否定できない未来像だったりするのがイヤだなぁ。


「人魂の原料」(知念実希人)
 病院勤務の内科医・小鳥遊(たかなし)は統括診断部に籍を置く。彼の元に持ち込まれたのは、病院内で "人魂" が出るとの噂だった。
 それを聞きつけた小鳥遊の上司で女医の天久鷹生(あめく・たかお)は、小鳥遊を引き連れて深夜の病棟で待ち伏せをすることに・・・
 『天久鷹生の推理カルテ』シリーズの一編。探偵役の鷹生さんのエキセントリックさにワトソン役の小鳥遊がきりきり舞いさせられるところは、名探偵ものの定番の展開なのだろうが、面白いのは確か。
 人魂の正体もそうだが、そもそもなぜ人魂が発生したのかにも納得の理由付けがある。


「小医は病を医(なお)し」(長岡弘樹)
 役場職員の角谷(かどや)は、心筋梗塞で倒れてしまう。病院へかつぎ込まれて死地を脱した角谷は過去を回想する。彼にはかつて窃盗を繰り返していたという罪科があった。
 病状が落ち着いた角谷は二人部屋へ移る。相部屋となった男・喬木(たかぎ)は盗犯係の刑事だった・・・
 担当医師の岸辺を含めた病院内での3人の生活、そして喬木が追う現在の事件が微妙に角谷の過去と交錯するところが読みどころか。


「解剖実習」(新津きよみ)
 本作は3人の視点から語られる。一人目は、医学生の娘・久美をもつ専業主婦の容子。子どもの頃、予防接種すら嫌がっていたはずの娘が医学部に合格し、入学した。しかしその日は初の解剖実習。はたして久美がそれに耐えられるのか心配する。
 二人目の視点人物は久美。医学部を志したきっかけから現在までが語られる。
 そして三人目の語り手は意外な人物。まず語り手の過去が綴られ、それはやがて現在の容子と久美につながっていく。
 ミステリではあるのだろうけど、それには収まらないかなぁ。SFではないしホラーでもない。いわゆる "奇妙な味" って奴?
 藤子・F・不二雄のSF(すこし・不思議)マンガを彷彿させる雰囲気の話。


「厨子家の悪霊」(山田風太郞)
 山形県O村の旧家・厨子家で、後妻である馨子(きょうこ)夫人の刺殺死体が発見される。さらに喉笛は野犬に食いちぎられているという凄惨なもの。右目から血を流しているその犬は "厨子家の悪霊" と呼ばれていた。
 遺体の傍らでは、厨子家の長男(先妻の子)である弘吉(こうきち)が短刀を手に踊り狂っていた。彼は幼少時より精神を煩い、持っていた短刀に付着していた血の血液型は馨子夫人と一致した・・・
 田舎の旧家を舞台にした横溝正史ものみたいな雰囲気だが、関係者の手記が挿入されたり、時間軸が前後したりとストーリーが錯綜していて(ミステリ的に必要な手順なのだろうけど)、全体の見通しが甚だ悪い(と私には感じられる)。
 だから、探偵役である医学博士・葉梨教授によって真相が解き明かされるラストまでいっても、いまひとつよく分からないんだよねぇ。まあ、私のアタマが悪いせいなのだろうけど(とほほ)。



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六人の嘘つきな大学生 [読書・ミステリ]


六人の嘘つきな大学生 (角川文庫)

六人の嘘つきな大学生 (角川文庫)

  • 作者: 浅倉 秋成
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2023/06/13

評価:★★★★


 新興IT企業「スピラリンクス」。入社試験の最終選考に残った6人の大学生。与えられた課題の結果が良ければ6人全員に内定を与えるという。
 しかし選考日直前に「内定者は1人とする」、最終選考では「誰が内定者にふさわしいかを6人のディスカッションで決めること」と、課題内容が変更されてしまう。
 そして最終選考の日。会場の片隅に置かれていた封筒には「○○は人を殺した」など、6人の "過去の悪行/隠している秘密" を暴く告発文が入っていた・・・


 物語は二部構成になっている。


「Employment examination -就職試験-」

 大学生の就職先として大人気の新興IT企業「スピラリンクス」。5000人を超える希望者の中から選抜されて最終選考に残った6人の大学生は、いずれも有名大学出身者ばかり。その1人、波多野祥吾(はたの・しょうご)が語り手となる。

 最終選考の課題は、1ヶ月の間に6人で最高のチームをつくりあげること。結果が良ければ6人全員に内定を与えるという。
 波多野をふくめ、最終選考に残った九賀蒼太(くが・そうた)・袴田亮(はかまだ・りょう)・矢代(やしろ)つばさ・嶌衣織(しま・いおり)・森久保公彦(もりくぼ・きみひこ)たち6人は、定期的に会合を持つことにし、最終選考へ向けての準備をはじめる。

 選び抜かれた精鋭でもある6人は、話し合いを続けていくうちに一体感を高め、良好なチームワークを発展させていく。これなら全員内定も夢ではないと思い始めたのだが、最終選考直前になって課題が変更されてしまう。

 まず「内定者は1人とする」、さらに最終選考では「誰が内定者にふさわしいかを6人のディスカッションで決めること」。

 そして選考当日。与えられた時間は二時間半。6人は30分に一度ずつ、誰が内定者にふさわしいかを投票し、5回の投票の総数でいちばん得票の多い者を内定者とする、という取り決めをして討論に入った。

 しかしその途中、選考会場の隅に大判の封筒が置かれているのが見つかる。その中にあった6通の封筒には「○○は人を殺した」など、6人の "過去の悪行/隠している秘密" を暴き立てる告発文が入っていた。

 状況から考えて、封筒を持ち込んだのは6人の中の誰かだ。討論は険悪な "犯人捜し" の場へと変貌していく。
 メンバー間の推理と討論が続き、やがて "ある人物" が「犯人」と名指しされ、そして内定者もまた決まったところで終了となる。


「And then -それから-」

 就職試験から8年後の物語。この章の主役となる人物は、最終選考の6名のうちの一人だ。作中では氏名が明記されてるんだが、ミステリとしての興を削ぐので、ここでは "A" と呼称しよう。

 ある日、"A" のもとへ一本の電話が入る。掛けてきたのは、8年前の就職試験で「犯人」と名指しされた "ある人物" の妹だった。
 彼女と会って話を聞いた "A" は、8年前に "ある人物" を「犯人」としたのは間違いではなかったかと思い始める。

 そこで "A" は、当時のことを調べ始めることに。最終選考のメンバーも含む当時の関係者5人に会い、話を聞くことにしたのだ。

 第一部の冒頭から、本編中に断片的に挿入されているインタビュー形式の部分がこれ。"8年前の最終選考を振り返る" インタビューが間に入ることで、物語の不可解さがさらに盛り上がるという構成だ。

 やがて "A" は、すべてを仕組んだ真犯人の名と、意外極まる犯行動機を知ることになるのだが・・・


 まずは、ミステリとしてよくできていると思う。"伏線の狙撃手" の異名通り、意外なところに手がかりが潜んでいる。実際、読んでいて「ここも伏線だったか!」って驚かされる。開巻早々、6人が互いに自己紹介する場面があるのだが、もうここからミステリとしての "仕込み" は始まっている。

 ミステリ要素とは別に、本書のテーマにあるのは「人が人を選ぶことの難しさ」だろうか。ペーパーテストで知識・知能は分かっても、人格や人間性は別だ。
 面接や討論を通じても、たかだか数時間のことでその人のすべてを知ることは不可能だろう。ならば「就職試験」というものは、本当に "優秀な人間"、"その組織にふさわしい人間" を選んでいるのだろうか?
 真犯人の動機の一部もそこに根ざしている。

 でもまあ、人生に "100%正しい選択" なんてものは存在しないのだけどね。二つの道があったとき、どちらへ行くべきかは誰にも分からない。それまでに集めた情報を元に、自分の頭で考えて決めるしかない。どちらが正解だったかは時間だけが決めること。
 「就職試験」で人を選ぶ場合も同様だ。複数の中から1人を選ぶとき、試験の結果が拮抗していれば、最後は人間の判断になるのだから、そこに "100%正しい選択" は存在しないのだよねぇ・・・。
 

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