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ドクターM(ミステリー) 医療ミステリーアンソロジー [読書・ミステリ]


医療ミステリーアンソロジー『ドクターM』 (朝日文庫)

医療ミステリーアンソロジー『ドクターM』 (朝日文庫)

  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2020/07/07
  • メディア: 文庫


評価:★★★


 本書の刊行は2020年7月。まさに新型コロナウイルスが猛威を振るっていて、「医療崩壊」って言葉がマスコミに溢れていた頃。タイムリーというか便乗というか(笑)、その「医療」をテーマにしたミステリー・アンソロジー。
 文庫で560ページという厚さの中に8篇を収録。


「エナメルの証言」(海堂尊)
 焼死体などの氏名不詳の遺体は、まず歯の治療記録で身元確認される。そこで一致すれば調査は打ち切り。日本ではほとんどの遺体は解剖されないし、ましてやDNA鑑定も行われないから。
 主人公の栗田は、"遺体専門の歯科医"。依頼があった遺体の歯を "治療" し、お望みの状態に仕立てるのが仕事。要するに遺体の身元を偽装するわけだ。
 最近、暴力団鯨岡組の組長直々の命令での依頼が続いているのだが、その理由は・・・
 なるほど、現行制度化の日本ではこういう "商売" も成立するのかも知れない。実際にこういう仕事をしている人間がいるかどうかは分からないが・・・


「嘘はキライ」(久坂部羊)
 内科医の水島は不思議な能力を持っていた。嘘をついている人の後頭部から、黄緑色の狼煙のようなものが立ち上るのが見える。つまり人の嘘が見抜けるのだ。
 ある日、大学の同窓生である堀から、ある依頼を受ける。大学に残って研究者となっている堀だが、退官する疋田教授の後任争いが起こっているという。順当にいけば准教授の仲川が後任となるはずが、疋田は自分の息のかかった者を就けようとしているらしい。仲川の派閥に属する堀は、疋田の野望をくじくために水島に協力を頼んだのだ・・・
 SFっぽい設定だが、解決はミステリ的。しかし大学内で上のポストを目指すってのは大変なんだねぇ。研究成果だけではダメで、いわゆる "出世のための接待" も必要で、コマネズミのように働かなくてはいけないらしい。


「第二病棟の魔女」(近藤史恵)
 新任看護師のさやかは小児病棟に配属される。実は子どもが苦手のさやかは苦悩の日々。
 そんな中、4人の子どもたちから「病院に魔女がいる」という話を聞かされる。さやかは即座に否定するが、納得できない子どもらは夜中に病室を抜け出して病院内を探検、そのせいで体調を悪化させてしまった子もでてしまう。
 窮地に陥ったさやかは、自ら噂の真偽を確かめるべく、夜勤を利用して調査を始めるが・・・
 〈清掃人探偵〉と呼ばれるシリーズの一編。神出鬼没の清掃人・キリコ(桐子)さんがさやかの病院に現れる。文庫で130ページと本書中最長の作品で、魔女騒ぎ以外にもいくつかのサブストーリーと謎が設定されているが、全部まとめてキリコさんが解決していく。
 近藤史恵さんって、ほとんど読んでないんだけど、キリコさんはなかなか魅力的。このシリーズだけでも読んでみようかな、って思わせる。


「人格再編」(篠田節子)
 時代は近未来。認知症の進行で粗暴な言動を示すようになった老人に対して、"人格再編手術" が許可された。脳内に "家族の話を元に構成された記憶" を再生させるチップを埋め込むものだ。
 史上初の手術を受けた小暮喜美(こぐれ・きみ)の異常行動はピタリと止み、それどころか非の打ち所のない聖人君子へと変貌してしまう。喜んだ家族たちだが、次第に彼女の変化に違和感を抱き始める・・・
 SFとしてもよくできているが、作者の描く未来の姿が尋常ではない。経済的に没落した日本。まともな企業と有能な人材は海外へ逃げ、残された若者は学習意欲を失った。漢字は読めず掛け算ができない。もちろん雇用状況は悲惨。だから高齢化した親の面倒なんて見る余裕はない。そこで登場したのが "人格改変手術" だ・・・。
 あながち否定できない未来像だったりするのがイヤだなぁ。


「人魂の原料」(知念実希人)
 病院勤務の内科医・小鳥遊(たかなし)は統括診断部に籍を置く。彼の元に持ち込まれたのは、病院内で "人魂" が出るとの噂だった。
 それを聞きつけた小鳥遊の上司で女医の天久鷹生(あめく・たかお)は、小鳥遊を引き連れて深夜の病棟で待ち伏せをすることに・・・
 『天久鷹生の推理カルテ』シリーズの一編。探偵役の鷹生さんのエキセントリックさにワトソン役の小鳥遊がきりきり舞いさせられるところは、名探偵ものの定番の展開なのだろうが、面白いのは確か。
 人魂の正体もそうだが、そもそもなぜ人魂が発生したのかにも納得の理由付けがある。


「小医は病を医(なお)し」(長岡弘樹)
 役場職員の角谷(かどや)は、心筋梗塞で倒れてしまう。病院へかつぎ込まれて死地を脱した角谷は過去を回想する。彼にはかつて窃盗を繰り返していたという罪科があった。
 病状が落ち着いた角谷は二人部屋へ移る。相部屋となった男・喬木(たかぎ)は盗犯係の刑事だった・・・
 担当医師の岸辺を含めた病院内での3人の生活、そして喬木が追う現在の事件が微妙に角谷の過去と交錯するところが読みどころか。


「解剖実習」(新津きよみ)
 本作は3人の視点から語られる。一人目は、医学生の娘・久美をもつ専業主婦の容子。子どもの頃、予防接種すら嫌がっていたはずの娘が医学部に合格し、入学した。しかしその日は初の解剖実習。はたして久美がそれに耐えられるのか心配する。
 二人目の視点人物は久美。医学部を志したきっかけから現在までが語られる。
 そして三人目の語り手は意外な人物。まず語り手の過去が綴られ、それはやがて現在の容子と久美につながっていく。
 ミステリではあるのだろうけど、それには収まらないかなぁ。SFではないしホラーでもない。いわゆる "奇妙な味" って奴?
 藤子・F・不二雄のSF(すこし・不思議)マンガを彷彿させる雰囲気の話。


「厨子家の悪霊」(山田風太郞)
 山形県O村の旧家・厨子家で、後妻である馨子(きょうこ)夫人の刺殺死体が発見される。さらに喉笛は野犬に食いちぎられているという凄惨なもの。右目から血を流しているその犬は "厨子家の悪霊" と呼ばれていた。
 遺体の傍らでは、厨子家の長男(先妻の子)である弘吉(こうきち)が短刀を手に踊り狂っていた。彼は幼少時より精神を煩い、持っていた短刀に付着していた血の血液型は馨子夫人と一致した・・・
 田舎の旧家を舞台にした横溝正史ものみたいな雰囲気だが、関係者の手記が挿入されたり、時間軸が前後したりとストーリーが錯綜していて(ミステリ的に必要な手順なのだろうけど)、全体の見通しが甚だ悪い(と私には感じられる)。
 だから、探偵役である医学博士・葉梨教授によって真相が解き明かされるラストまでいっても、いまひとつよく分からないんだよねぇ。まあ、私のアタマが悪いせいなのだろうけど(とほほ)。



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