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トレント最後の事件 [読書・ミステリ]


トレント最後の事件【新版】 (創元推理文庫)

トレント最後の事件【新版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/02/19
  • メディア: 文庫

評価:★★★☆


 実業家マンダースンが殺され、画家にして名探偵のトレントが調査に乗り出す。そこで出会ったのは、被害者の妻・メイベル。彼女の美貌にすっかり魅せられてしまったトレントが、最後にたどり着いた真相とは・・・恋愛とミステリが一体となった古典的名作。


 アメリカ実業界で最大の実力者と目されていたシグズビー・マンダースンがイギリスの別荘で射殺死体となって発見された。

 画家でありながら、その鋭い推理力でいくつかの事件の解決に協力してきたトレントは、新聞社の依頼で臨時の特派員となって現地へと赴く。

 彼はまず元銀行家のカブルズ老人に会う。トレントとは旧知の仲で、シグズビーの妻・メイベルの叔父でもあった。
 彼から事件の概要を聞き出したトレントは現場となった別荘へ向かい、シグズビーの2人の秘書、執事、女中と、関係者たちから次々に話を聞くことに。

 そして、ヒロインとなる美しき未亡人・メイベルの登場はその後。なんと文庫で110ページを超えたあたり。全編で310ページほどであるから、満を持しての真打ち(ラスボス?)登場、というところか。

 現地に着いた翌朝、ホテルから散歩に出たトレントは、海岸沿いの崖の上に座る一人の女性と出会う。それがメイベルとの ”運命の出会い” だった。
 洋の東西を問わず、サスペンスには崖の上がよく似合うのだろう(笑)。

 その日に開かれる検死査問会に出席するために喪服に身を包んだメイベルの姿に、トレントはひと目で魅了されてしまう。
 「喪服の女性は美しい」のは万国共通のようだ(おいおい)。

 とにかく、ここでのメイベルの描写は流麗の一語に尽きる。
 白い顔、赤みを帯びた頬、黒い眉、形のよい鼻すじ、豊かな黒髪、靴も帽子も含めて黒一色に統一された装い。
 喪服に身を包んでいても、その瞳は生気に満ちている。彼女の一挙手一投足が魅力的に描かれ、これがミステリであることを忘れそうになってしまう。

 そしてこの瞬間、トレントは運命の恋に落ちてしまうのだ。

 ちなみにこのときトレントは32歳。メイベルは26歳で、夫のシグズビーとは20歳の年齢差があった。

 ミステリとしての本書は、このあと意外な展開を見せる。
 中盤過ぎにおいて、トレントの推理は "ある人物" を犯人として特定するに至るのだが、"ある理由" からそれを封印してしまうのだ。
 警察はシグズビーの事件を自殺と判断し、捜査は終結する。


 もちろん後半になると事態は二転三転、そして真相は明らかになり、トレントとメイベルの関係にも決着がもたらされる。


 読者が気になる最大の注目点は、「メイベルは犯人なのか否か」だろう。
 トレントはメイベルを運命の女性と思い定め、終盤近くでは彼女に対して自分の恋情を切々と訴える場面がある。出会いの時と合わせて、この2つのシーンはまさに恋愛小説の趣き。

 本書の発表は1913年で、ミステリが犯人当ての推理パズルから、ドラマ性を備えた小説へと進化し始める嚆矢となった作品だという。
 探偵が重要容疑者と運命の恋に陥ってしまう、という本書は、ミステリとしての興味と主役カップルの運命が不可分な構造になっていて、物語性が豊かになっているのは間違いない。

 純粋にミステリ的な評価は別として、緊張感に満ち溢れたラブ・ストーリーとしてはまことに面白い。やはり「名作」と銘打たれるだけのことはある作品だと思う。



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